第13話 ツヴァリアの戦い(2)
エッカルトめ……なんてヤツを召喚しやがったんだ。
「ギギ……ワタシノ……テキ……マッツ……オーウェン」
「リディア、しっかりしろ! 一旦、ここから離れるぞ!」
リディアに肩を貸し、無理やり立たせ、魔神から少しでも距離を取るため、とにかく逆の方向へ走る。
ギギ……
アスラも動く。
(ドシッ!)
1歩踏み出すだけで物凄い音がし、地面から振動が伝わってくる。
(ドシッ……ドシッ……ドシ!)
走る事はないようだが、歩幅が大きいため、グズグズしているとあっという間に追いつかれてしまう。
廃墟と木で視界が悪いのは好都合だ。
リディアを抱えながら、左に曲がり、右に曲がり、とにかく細く隠れやすい位置にひたすら移動しながら逃げる。
(ドシ! ドシ!)
不意に足音が止まる。
向こうからこっちが見えないのと同様、こちらからもアスラが見えない。
どうするつもりだ? まさか、飛んでくる気か?
一旦、近くの壁にもたれ、様子を伺う。
ズズズズ……
突然、背にした壁が膨れ上がったかと思うと、壁ごと、はるか前方に弾き飛ばされる。
「うぅ……わぁぁぁーー」
ドォォォォォォォォォォォォォォンーーーー
距離と遮蔽物があったため、最初ほどの衝撃ではないが、吹き飛ばされ、地面に落下すると、やはり強烈なダメージを食らう。
やべぇぞ。こんな無茶苦茶な攻撃を喰らい続けたら、あっという間に動けなくなってしまう……
「……あ、あ、うぅぅ……あーーくそっ!」
(ドシ!)
アスラの足音が確実に近付いてくる。
ダメだ。あんなデタラメな奴、素手でどうにかできるもんじゃない。
「くそっ、エッカルトの野郎……剣を取りに行かないと……」
地面に手を突き、歯を食いしばり、何とか身を起こす。その時、すぐ近くの瓦礫の中でうつ伏せになっている何者かと目が合った。あれは……
「……テ……テオか!?」
「……マッツ……さん……」
「テオ!! 大丈夫か、テオ!」
リディアを抱えながらテオに近付き、瓦礫をどける。身体中、血だらけでどう見ても大丈夫そうじゃあない。
(ドシ……ドシ!)
「お前、何でこんな危ない所に……」
「やった……マッツさんに会えた」
「すまない、テオ。巻き込んじまって……」
「……僕は……大丈夫だよ、マッツさん。それより……これを!!」
そう言うと、力無い笑顔で震える手をゆっくりと動かし、背中にかけた「それ」を俺に差し出す。
『魔剣シュタークス』
「テオ……お前……!」
剣を取り返したテオは、おそらく遠目で様子を伺い、俺があいつらから離れたタイミングを見計らって近づき、そしてさっきの爆発に巻き込まれてしまったんだ。
「これでもう……大丈夫……だよね……? マッツさん……」
「……ありがとう、テオ!」
テオから剣を受け取る。
「ああ。任せとけ! もう大丈夫だ!!」
(ドシ! ドシ! ドシ!)
音が大きくなる。もう、そこまで来ているはずだ。
しかし、俺の手に剣が帰ってきた。もう逃げる必要はない。『シュタークス』があれば、俺は誰にも負けないからだ。
「……ウ……ウ……マッツ……オーウェン……」
ギギギギギギギギ……
リディアを地面に寝かせ、彼女とテオを背に立ち上がり、アスラを睨む。
ここより先で爆発を起こさせはしない。
雄叫びを上げて、アスラ目指して走る!
「ォォォォォォォォアアアアアア!!」
「……ウ……ウ……マッツ……オー……」
アスラが爆撃の拳を振り上げる。
「こっちだアスラァァ! 風竜剣技!『翔』!!」
非常に小さい、しかし強力な竜巻が発生し、俺を持ち上げる。風に乗り、アスラの肩ほどの高さまでジャンプする。
ギギ……
その俺を追うアスラの金色の眼と睨み合う。
ブゥオオオン!
来た! 爆発を伴う拳!! 飛翔中であまり細かく動けない俺を大雑把に狙って放たれる!
「地竜剣技!」
詠唱と同時に目の前に発生する、岩のシールド!
「『岩砕』ァァ!!!」
元々は対魔術師用の剣技だが、魔法、物理、関係無く防ぐシールドだ!
対象となる攻撃を定め、その攻撃と『岩砕』の詠唱タイミングが合わなければ発動しない。非常に難易度の高い剣技だが、アスラは動きがさほど早くはないため、比較的、合わせ易い。広範囲に及ぶ爆発力を止めるにはこれしかない。
ドガガガガガッッッ!
アスラからの攻撃エネルギーが、俺とアスラの間に発現した、魔力で作られた岩と衝突する。
衝突したエネルギーは岩を砕き、全て相殺されるのだ。
シュインシュインシュインシュイン……
「……よし、魔神にも通用する……!」
次はこっちの番だ!!
「おおおお! 火竜剣技!」
炎を纏った剣の剣先から魔力の集合であるビームを発射、アスラの胸に照準を絞る。
「『爆』!!!」
ポイントした箇所から指向性のある爆発を起こす強力な剣技。向きがあるため、俺の前方向にのみ、爆発力が生まれるのだ。
アスラにとっては胸から内向きの爆発が突然発生したことになる。
ズゥッッッドォォォォォォン!!!!!
……
「……オオオオ……マッツ……」
……ダメだ。何てこった。全く効いていない。
この技で擦り傷1つ負わないとなると、アスラの物理耐性は噂通りか。
「ちっ……」
その時!
「マッツ・オーウェン。貴様、何故剣を持っている」
不意にかけられた声に空を見上げると、いつの間にかエッカルトが『浮遊』ですぐそこまで近付いて来ていた。
しまった。アスラに夢中で気付かなかった。
「ハッ。なるほど。そこに、おるな? ……テオ!」
「待て、エッカルト! 俺が相手してやる」
「アスラだけでは足りんかね。クク」
エッカルトの全身に闇の色が浮かぶ。
「セン・ヤ・シリ・ライ・ヤ・シリ・リヴァルヴ・ミール・ケフィスト……」
やばいぞ。あれは『雷撃』の魔法! リディアやテオも巻き込まれる!
「地竜剣技!『岩砕』!!!」
「『雷撃』!!」
ゴロゴロゴロ……
ピシャピシャッ
ズドドドドッ!!
「クク…… 『氷の槍』!!」
平行詠唱!『雷撃』は囮かっ!
既に『雷撃』に対して『岩砕』が発動しているため、『氷の槍』を防ぐことが出来ない。
「テオーーーー! 逃げ……」
言うよりも早く、細く、しかし魔法により頑丈な、文字通り氷の槍が、雨あられとなり、テオ目掛けて発射される!
「『偉大なる……盾』!!」
テオの身体を水色のオーラが包む。リディアだ!
「クク……テン系の魔術師か。防ぎきれるかな?」
「青竜剣技!『飛』!!」
氷の槍を斬撃で潰す。が、同じ水属性な上、数に勝る氷の槍を潰し切れるものではなく、無性にもテオの頭上に降り注ぐ。
ズドドドドドドドッッッ
「クッフフ……」
ギギ……
ッッッ!!
アスラが来る!
「ヒッコ……ンデ……オレ……! ニンゲ……ン…………マジュツシ……フゼ……イ……ガ……」
……え?
「何じゃと!?」
「ウ……ウ……ゴォアアアアアア!!」
アスラが頭を抱えて、苦しがっている。制御が完全ではないのかもしれない!
「……チッ……役立たずめ!」
忌々しげにエッカルトが舌打ちをする。
今だ。
急いでテオが倒れている所に駆け寄り、状態を確認する。
「!!……テ、テオ……」
リディアの魔法はエッカルトの『氷の槍』をよく防いでくれたらしい。
しかし、どんな防御魔法もそうだが、術者の魔力を超える一定以上の攻撃を受けると消えてしまう。
「う……ごめんなさい、マッツ……」
リディアが顔を上げ、眉を寄せる。
何てこった……
『氷の槍』を一本……防ぎ切れなかったらしい。
テオの腹部を貫いているその槍は、流れ出る血ごと、周囲を凍りつかせている。衝撃でテオは気絶しているようだ。
しかしこの状況はむしろ、運が良い方だ。
「いや、リディアの魔法が無ければテオは死んでいただろう」
「でも……でも……!」
「大丈夫さ。内臓がやられているようだが、幸か不幸か、氷のおかげで傷口が凍っている。失血は大したことは無い筈だ」
無論、楽観できる状況では無い。すぐにでも手を施さなければ危険な状態だろう。
とは言え、リディアのせいではない。
いや、むしろ、これは俺のせいなのだ。
とにかく今の状況を凌ぎ、『タカ』に連れ帰らねばならない。反省などは後だ。
幸か不幸か、魔法で生成され、コーティングされた氷のため、簡単に溶けることはなさそうだ。
氷の槍の余分な部分を切り落とし、移動に差し支えない様にする。
「……リディア、テオを頼む。出来るだけここから離れてくれ」
黙って頷くリディア。
彼女も先ほどの爆発のダメージから回復していない。俺の回復力が異常なだけだ。
だが、今は一緒にいては危ない。
「出来れば、『タカ』まで連れ帰って欲しい。運が良ければ、森の途中でハンス達に会えるかもしれない」
「わかったわ!」
無論、そんな事は万に1つも無いだろう。ハンス達は救援地点でオーガに釘付けにされているに違いない。リディアもわかっている。
「死なないで、マッツ……」
「……勿論だ。リディアこそ気をつけてくれ」
「私は大丈夫!」
そしてテオを背にかつぎ、覚束無い足取りで森の方へと向かって行く。
すまない。リディア。頼んだ……!
……さて、エッカルト……
やってくれたな……!!
「エッッッッカルトォォォォ!!」
叫びながら全速力で奴に向かう!!
「ん?……クフフ…… あの小僧は……死んだかね?」
「死なせるわけ、ねぇだろがッッッ!!」
そのまま、左肩口からエッカルトを切り裂く。
多少のシールドはその魔力ごと切る事が出来るのだ。
……だが、しかし、エッカルトのシールドは「多少」では無いらしい。剣はヤツの体を通らない。
ギギギギギギ……
「!!!」
振り向き、しまった! と思うが早いか、
ドォォォォォォォン!!
爆風にあおられ、付近の廃墟まで吹き飛ばされる。
「あー、いってぇな、クソッッ!」
「ツェイツェイ・ミィリーター・ニャ・ヴォルダー・テンペラー……」
「あ?」
詠唱に気付き、見上げると空に薄く竜が現れており、俺に向かってでかい口を開けている。
「竜ッ……!?」
本物の竜がいるわけでは無いだろうが、これはやばい。
「『水龍の息』!!」
ドラゴンの口から大量の水が凄まじい勢いで吐き出され、津波の様に押し寄せる。
「火竜剣技! 『爆』!!!」
眼前に迫り来る水流をポイントし、エッカルトに向けて爆発させる。
この水は物理的な「水」ではなく、いわゆる魔力のイメージだ。対して、火竜剣技は魔法に対しても滅法強い。物理攻撃と耐性、魔法攻撃と耐性、全てを破壊する火竜の名を冠した最強の剣技。
アスラには効かなかったが、どうだ??
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
「……やるではないか、マッツ・オーウェン……」
笑いもせずにエッカルトが呟く。やつのローブが焼け焦げ、煙を吐いている。
火竜の爆撃は、水龍の津波を押し分け、エッカルトに届き、今度は少なからず、ダメージを与えたようだ。
「このまま捻り殺してやりたいところだが、貴様はアスラの餌にするのでな。可愛がってもらえ……」
「こっちは魔神なんかに用は無いんだよ! 俺がぶちのめしたいのは貴様だ。エッカルト!」
ギギ……ギギ…………
くそっ!
邪魔だ!アスラッッッ!!
そう毒付いたのと同時に、アスラの右の拳が振り下ろされる。
「地竜剣技!『岩砕』!!!」
相殺!
しかし、間髪入れず、左の蹴りが飛んでくる。
「だぁりゃぁぁぁぁ!! 火竜剣技! 『爆』!!」
ズッッッドォォォォォォォォォォォン!!
勢いは多少軽減されたようだが、やはり、吹き飛ばされる。『爆』では、広範囲の爆発力を完全に殺す事が出来ない。
いってぇぇ……体はズタボロだ。
全身打撲、流血、骨折。しかし……まだ体は動く。
「アァスゥラァァ…… 何なんだよお前、関係ねぇだろうが…… 引っ込んでろよ……」
剣を杖代わりに起き上がり、アスラに吐き捨てる。
「ウ……マッツ……オーウェン……ナゼ……キサマハ……ワタシノ……テキ……ナノ……ダ……?」
「知るかぁぁ! ボケ魔神! そんなジジイに操られてんじゃねぇッッッ!!」
怒りが全身を支配する。
散々やられたお礼に魔竜剣技で吹き飛ばしてやりたいところだが、詠唱が長い。エッカルトが邪魔をするだろう。魔神に効くかどうかも微妙だが……。
「アスラよ……我の命に従え。マッツ・オーウェンを殺すのだ!」
エッカルトが魔韻を含んだ言葉でアスラに命じる。
「青竜剣技!」
エッカルトの防御魔法『霊幕』は、前面にしか効かない筈だ。なら、全方位からぶち抜いてやる!
「『円』!!!」
エッカルトの周囲に『魔剣シュタークス』の分身が何十と発現する。
「……おおお、マッツ・オーウェン!!」
「分身とは言え、『シュタークス』の能力をコピーしてるんだぜ……? 攻撃特化魔術師のお前に……耐えきれるかな?」
コピーされた『魔剣シュタークス』の分身達は、エッカルト目掛け一斉に奴を串刺しにする!
シュンシュンシュンシュンシュン!!!
ズサッズサッズサッズサッ!!
「……どうだっ!?」
……
「……………………おおお……今のは、少し……危なかったぞ? マッツ・オーウェン……」
ドサッ
ドサッドサッドサッ
ドサッドサッ!
空中にいるエッカルトの周囲から何かが落ちてくる。
……ゴブリン? オーク……ウェアウルフ!
野郎!
自分の周囲にモンスターを何重にも召喚し、盾代わりにしやがった……
僅かに勢いを殺された『シュタークス』の攻撃はエッカルトの防御シールドを突き破れず、表面を削るだけで止まってしまったようだ……
ギギ……
!!
アーーーッッ! クソッッッ!
アスラの爆撃が来るッッッ!
(ドスッッッッ!!!)
「地竜剣技!!!」
むっ?
アスラの動きが止まっている。そして剣技に入る前の音……あれは、何かが刺さったような音だ。
ドサァッッッ!!
何だ?
エッカルトが…………落ちてきた。
「……う……ぐ……うおおおお……!! 誰だ!!!」
見ると、エッカルトの背中から腹にかけて長い矢が突き刺さっている!
あの矢は見た事があるぞ。
あれは……アデリナの弓矢だ!