第12話 ツヴァリアの戦い(1)
昼食を済ませる。
準備万端、いよいよ脱出だ。
脱出したら戦闘になる事はわかりきっている。既に攻撃と防御の効果向上魔法をかけてもらっている。
クソジジイめ。何企んでるのかしらねぇが、(モロモロの恨みも込めて)必ずぶっ潰してやる。
「リディア」
「うん」
深く頷き、詠唱に入る。リディアの全身にオーラが発生する。魔法発動時の独特な現象だ。
「『連弾』!」
ズドドドドドドド!
魔力によって作られた石飛礫が、眼前の格子状の細い丸太をあっさりぶち壊す。摩擦で焦げている丸太から出る煙を横目に、急ぎ通路に出る。
予め、外に出るための地図をテオからもらっている。それに沿って脱出だ。とは言っても、道筋は迷うようなものではなく、実にアッサリと外に出る事が出来た。
「ん―――、外! なんだか、すっごい久しぶり!」
リディアが両腕を上げて背伸びをする。外は所々に大きな木が生えており、ツヴァリアの建物と相まって昼間でも薄暗いのだが、ずっと暗い牢屋に閉じ込められていた為か、普段よりも陽の光を感じる。
「ふう。あっさり脱出出来たな」
俺達が監禁されていた建物を外から見ると、意外に小さな廃墟だった。住居に使えそうな建物をエッカルトが修復したのだろう。
「マッツ・オーウェン!」
苔だらけの通りの、少し離れた所からエッカルトが姿を現わし、嗄れた声を張り上げる。いきなり見つかってしまったが、想定の範囲内だ。むしろ、こちらも逃げるつもりなどない。
「何かね。ジジイ」
向き直り、踏ん反り返って腕組みをする。
対して、ニヤニヤと笑みを浮かべるエッカルト。
「ククク。それが答えか。マッツ・オーウェン」
「当たり前だ。お前の手下になんかなるはずないだろ」
「そうかそうか! 残念だよ、マッツ・オーウェン。では君の大切な後ろの彼女は私が貰い受けるとしようか」
「ふん!誰があなたのものになんかなるもんですか!!」
「なるのさ。貴様の意思などとは無関係にな」
瞬間的に血が沸騰する。
「エッカルトォォォォ!!」
こいつは、やっぱり、ここで、必ず、倒す!!!!
「エイリーン・カルレイリン……」
リディアも詠唱を始める。
俺の使う修羅剣技のスペルの中には剣がなくても発動するものがある。
「ネイ・マ・チリ……『光雅奏』!!!」
エッカルトに向かって手刀で空を裂く。
肩口から、腕の長さの光の刃が作られ、敵に向かって放たれる。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ
「クク……剣無しに頑張るではないか。『霊幕』!」
瞬時にエッカルトの前面に薄く波打つ、虹色の『幕』が現れる。
シュンッッッ!!!
音もなく、光の刃が『幕』に吸い込まれた。
「ちっ」
「メイヴン・ヴィジュア・リティス……」
リディアの目が光る。
「……トゥエン・ティアー!!」
「む!」
エッカルトが、空を見上げる。
その先、50メートルほど上空に、人程の大きさ程もある岩が、無数に形成されている……
すげえ! いつの間にこんな魔法を習得したんだ!!
「『岩嵐』!!!!」
ゴオオオオォォォォ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッ!!!!!
エッカルトがいる場所を中心にした、半径10メートルほどの範囲に、無数の岩が降り注ぐ!
凄い凄い! 範囲魔法じゃないか!
これはエッカルトの前面を覆うだけの『霊幕』では防ぎ切れない筈だ。
今だ! このまま、倒してやる。
「ツァー・ラ・ラ……」
今度は両の拳を並べたその先から、鋼鉄のブーメランを形成する。大きさは両腕を広げた大きさだ。破壊力は凄まじい。
「『翼翔』!!!」
詠唱が終わるや否や、見えないスピードでエッカルトに向かってブーメランが飛ぶ。
当たれば、終わりだ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!
……
ドゥフッッッ!!!
……手応え有り、だ。
如何なエッカルトでも無事で済まないはず。
だが!
キーーーーーーーーーン!!
!!!!!!
敵意感知ッッッ!
「リディア!」
反射的にリディアの方に走り、もう少しで手が届く、いや、腕を掴んだ! と思ったその瞬間に、俺の体がリディアごと持ち上がり、そのまま大きく前へ、上へと吹き飛ばされてしまった。
何だ!?
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
ば……爆発か!?
「うぉ……うおああああああぁぁぁぁ!!」
そして、何十メートルかほど吹き飛ばされ、落下した。
ドォン!
「ゥガッッッ」
よくわからない……何が起こったんだ……
とにかく、衝撃だけが全身を襲う。
落ちる寸前に辛うじて体を入れ替えたが、どうだ? リディアは大丈夫か?
数秒遅れて、いや、実際にはもっと早かったのかもしれないが、激しい痛みが身体中を走る。
煙とモヤみたいなものでよく見えない。あ、いやこれは俺の血だ。目に入っている。
「リディア……大丈夫か! リディア!!」
必死で目をこすり、腕の中の彼女を観察する。
「……う」
「リディア!」
「ぅ……ぐ……イタタ……」
……大丈夫そうだ。
俺の胸の中で、弱々しいがピースサインを作っている。とはいえ、リディアも傷だらけだ。あちこちから血が流れでている。
「一体、何だってんだ……あいつ、あんな魔法使えたのか……?」
奴は、詠唱していたか? わからない……が、とにかく、俺達は爆破によるダメージと落下によるダメージをモロに受けてしまった。
バフ有りでこれだけの衝撃だ。そして、バフは一定以上のダメージを受けると掻き消えてしまう。
先ほどリディアがかけてくれた『大いなる盾』は、既に消えている。
今、もう一度同じ攻撃を食らうと……やばい。
リディアを必死で抱き寄せ、這いずって少しでも移動しながら、エッカルトの方を見る。
何か、いる。
何だ。アレは。
『岩嵐』と今の爆発の煙ではっきりとは見えないが、ヒトの形をした、何かがいる……
何だ、あのデカイのは……
「ククク…… ウワーッハッハ!! デカイ口を叩いておいて、1発でそのザマか。マッツ・オーウェン。良い気味じゃわ。クヒヒ……」
何なんだ、あの、エッカルトの前にいる奴は……
それは、モンスター、と呼ぶにはあまりにもヒトに近い形をしている。
そして、人間にしては、大き過ぎる。フルプレートで覆われた巨大な体躯が、見る者の視覚に頑丈さを訴えてくる。
「なんだあれ……ゴブリンロードの倍以上、あるな……」
「うっ……つつ……」
「大丈夫か!リディア!」
「……大丈夫……だけど……いっっったいわね! 何が……起こったの?」
「あれだ。エッカルトの前にいる、あの巨大な奴がやったんだ。さっきの強烈な敵意はアイツからだ」
巨人と呼ぶべきか、色んなモンスターがいたノゥトラスでも見たことが無い。
黒いフルプレートに覆われ、縦だけではなく横にもデカく、見た目はスマートではない。だがそれがなんとも言えないタフさ、無敵さを醸し出す。ハリボテでなければちょっとやそっとの攻撃は通りそうにない。
「クッフフ……どうだ、マッツ・オーウェン。これが、我の召喚によって降臨した魔神の力よ。今の爆発もほんの戯れの一撃」
「魔神……魔神だと!?」
「そうだ。お前でも聞いた事位はあるだろう? 魔界の7魔神の恐ろしさを。この魔神はその中でも最高のタフさと攻撃力を持つ、魔神アスラぞ!!」
嫌な笑みを浮かべ、誇らしげにそう叫ぶエッカルト。
「魔神アスラ……」
聞いたことがある……ぞ……
単純な殴る・蹴るの全ての動作に、超高威力の爆発を伴う。特殊な防御壁で覆われており、物理攻撃には極めて高い耐性を持つ。普通のモンスターは元より、竜を含めてですら、全ての生き物は等しくアスラには敵わない、と言われている伝説級の怪物だ。
「言っておくが、我が最終的に呼び出す魔神はこんなものでは無い。7魔神を配下に置き、この世のどのような生き物、『5超人』でさえ足元にも及ばぬ『神ミラー』の闇、魔神ミラーよ」
得意気に演説を続けるエッカルト。
神だの魔神など相手にしたくはない。
俺が倒したいのはあのジジイなのだ。
「アスラは戦うほどに強くなる魔神。貴様はアスラの肩慣らしのため、生かしてやったのだ。ほれ、剣聖の力を見せてみよ!」
クッソ野郎め……!!!
俺の目に、両手を天にかざし、勝ち誇った笑いを浮かべたエッカルトが映る。
「クックク。さあ、役目を果たし、死ぬがよい。マッツ・オーウェン」