第11話 ツヴァリアの陰謀(7)
……ふと、目を覚ます。
離れて寝ていたリディアだったが、いつの間にやら俺の左腕に巻き付いて寝ていた。
ついこの前まで戦闘すらしたことがなかったのだ、不安もあるだろう。
しかし、『シシ』にいた時はまだまだ子供にしか見えなかったが……女の子は短期間で変わるものだな。離れて1年も経っていないのに、少し大人びた気がする。髪の毛を伸ばしているからかな。
思わずスケべ心が出そうになる。
が、しかぁし!
これ以上、同じ愚は冒すべきではない。
脳内で悪魔マッツを倒し、絡まった腕をゆっくり外す。
そうか。救援出発前のヘルマンがこんな心境だったのかもしれないな……
俺も成長したぜ。ヘルマン。
俺が起きた雰囲気を感じとったのか、リディアも起き出す。それからしばらくは、脱出の相談をして時間を過ごしていた。
やがて―――
ローブを纏った子供が来た。
手にはまた食事を持って来ている。
想定では、これは夕食のはずだ。
「ねぇ、私、リディアっていうの。君、名前は何て言うの?」
その子供はビクッ! とはしたものの、心なしか、俺の時ほどではないように見えた。そして、ようやくコミュニケーションが取れる。
「…………テオ」
「テオっていうのね。この人はマッツって言うのよ」
「よろしくな!テオ!」
「……こんばんわ」
「あら! 礼儀正しいのね! ……で、今は夜なのね?」
「……うん」
おどおどした目で俺とリディアを見る。が、最初よりも顔がよく見えるようになった。という事は、少しは警戒を解いてくれたという事か。
「お姉さん達……どうしてここにいるの?」
逆に、この子がエッカルトの仲間なのか、どうなのかの確証がまだ取れていない。
「……うーん。簡単に言うと、ここのジジイに無理やり連れてこられたって感じかな……テオは?」
リディアはそんな事は気にせず、話を進める。
確かに万が一、エッカルトにチクられた所でどうという事はないはずだ。
「……司祭様の敵なの?」
顔を上げ、俺とリディアを交互に見やる。
「敵だよ。昔、あいつをひっ捕らえたこともある」
俺が口を挟む。ここは正直に行こう。テオからは敵意も感じない事だしな。
「ぼ、ぼく、村から攫われたんだ! お願い……助けて! 家に帰りたいよ……」
「村……やっぱり君、ラシカ村の子供だったのね!」
「え!? 僕達の村を知ってるの?」
「うん! ここに来るまでにアデリナに会って、君の事を聞いたわ」
「アデリナ姉ちゃんに!?」
完全に顔が見えた。まだ子供、10歳前後だろうか?
いくつか擦り傷のようなものが見えるが、幼く、まん丸な目をした可愛らしい顔立ちをしている。
そして、やはりアデリナの村の子だったか。
「帰りたいよ! アデリナ姉ちゃんに会いたい! お母さんに会いたいよう」
「大丈夫よ! お姉さんが助けてあげる!お姉さんも、このお兄さんも強いから! ……ま、今はその、色々あって捕まっちゃってるけどね」
牢屋に閉じ込められた人間から、その言葉は説得力があるのだろうか。
だが、テオの縋るような目を見て誰が断れようか。
「……テオ、そろそろ戻らないとやばいんじゃないか?」
テオはハッとした表情になり、頷くと、空になっている昼食時の食器を持ち、引き返して行った。ここまで来たら焦る必要はない。まだ言葉を交わすタイミングはある。
「……テオ、今回は話してくれたわね」
「そうだな。リディアのおかげだよ」
「それにしても急すぎないかしら」
「……恐らくだが、昼間はエッカルトが見ていたんじゃないかな。テオはそれを知っていたから、会話するのを避けていた、ような気がする」
「確かに別れ際、そんな感じだったわね」
「ただ、俺達を警戒していたのは確かだよ。彼が口を開いたのは、やっぱりリディアのおかげだよ」
本当にそう思う。
俺1人ならもっと時間がかかっただろう。
「あんな小さな子供までこんな所に閉じ込めてこき使うとか、ほんと、許せないわ!」
その後、俺達は食事を済ませ、リディアが『太っちゃう』というので、守備隊でやっていた訓練紛いの運動を少しして、打ち合わせの後、今日は寝ることにした。
エッカルトがいつ『遠視』で覗いてくるかわからない。またテオが話せない場合もあるかもしれない。ハンス達が俺達を追ってこれるように、印を書く為に持ってきた紙に、剣を持ってきて欲しいと書き、その横にシュタークスの絵を描いておき、明日、取りに来るはずの食器に隠しておいた。
翌日、『よう!』と声を掛けたが、テオはちらりと見ただけで、すぐに目を伏せ、一言も話すことなく昼食を置き、そして食器を下げて行った。
だが、これでOKだ。
特に凝った所に隠した訳ではない。メッセージは確実に伝わるはずだ。問題はテオがどれだけ自由に動けるか、だが……
朗報だった。
夜、テオが、エッカルトの部屋に置いてある剣を見つけた、と教えてくれた。
昼は想像通り、『遠視』をつかっていた可能性があったため喋れなかった、との事だった。
「有難う、テオ。明日、昼飯を食べたら、俺達はこの格子をぶち破って脱出する。まず、間違いなくエッカルトと戦闘になる」
「司祭様が、いっぱいモンスターを呼び出していたから、それと戦うことになるかもしれないよ? 今も何か呼び出す儀式をしてるみたい」
ふむ。
『召喚』……か。
以前も使っていた手だ。
2日間、俺の時間稼ぎに合わせて軍備を補強していたということか。
しかし、それだけか? 剣がなくても、俺にゴブリンやオークをぶつけた所で無意味なのはわかっているはずだが……。
ひょっとして、素手だと戦えないとでも思っているのか?
「……まあ、それでも問題ないさ。エッカルトは俺達が逃げるのを絶対に見過ごさない。テオはその隙に剣を取り返して来て欲しい」
「任せて!」
大きく頷くテオ。それを見てリディアに向き直る。
「よし。敵のアジトは見つけた。本来ならこれで帰るべきだが、予定変更だ。エッカルトを倒し、この子をラシカ村まで送り届けよう」
リディアは大きく頷き、テオに優しい笑顔を向ける。
「大丈夫よ、テオ。村まで一緒に帰ろうね」
「……うん!」
そして、次の日 ―――