3話 燃え尽きた体 燃えなかった想い
キャラクター紹介
ハクレ・・・小さい頃から悲しいことばかりな子狼。
アクラス・・・ハクレほど悲しみは無い子狼。
バトエール・・・優しくて、強いシェパード。エフォートを尊敬している。
エフォート・・・猟犬のとあるグループの長。シベリアンハスキー。
「はぁ・・・、はぁ・・・。」
四匹は、長い廊下を走っていた。大人の狼も子供の狼も息を切らしていた。
狼は元々、長時間走り続けても疲れない生き物だ。狩りをするときだって、ずっと走り続けるのだ。
なのに四匹は息を切らしていた。
「ゲホッ・・・。」
エフォートは口から血を吐いた。そして、地面に横たわる。
「エフォート!!」
バトエールは、エフォートの近くに寄った。その後に続くように、ハクレとアクラスも寄る。
「・・・・・・。」
エフォートは、ただただ息を切らしていただけだった。
何か言おうとしている。でも、それは声にならず風が奪い去っていく。
「エフォート。喋らないで。」
アクラスは、エフォートの口元を舐めた。他と違う血の味がした。
「・・・エフォートさん・・・。」
ハクレは、エフォートとバトエールの傷を見た。
どちらともとても傷ついている。バトエールなんて片眼が無い。
しかし、それよりもエフォートの傷の方がひどかった。
耳は片方無い。それだけならまだしも、あの時見えなかったが左後ろ足の太ももから、真っ白い骨がのぞいていた。
更には、尾も無くなっていた。普通なら即死なのにエフォートは生きているのが、ハクレは不思議に思った。
「無理をするな。」
バトエールは、頭を撫でた。
古くからの親友であるエフォートは、今のバトエールにとって命より大事の存在だ。
自分も傷ついた時、何度も慰めてもらった。妻子を野犬に殺されて、自暴自棄になっていた時だって、エフォートは寄り添ってくれた。
いろんなことを、エフォートはしてくれた。
今度は自分がする番。
そうバトエールは自分に言い聞かせた。
「ハクレ・・・どうしよう・・・。」
「どうした?」
「血が・・・止まらないよう・・・。」
「えっ・・・どうしよう・・・。」
バトエールは近くにあった、ドアから部屋に入った。そこは、医療室だった。
薬品のにおいが部屋じゅうに充満していた。バトエールは、顔をしかめつつ止血できる物を探した。
戸棚を漁り、薬品箱をひっくり返し、引き出しを乱暴に開けた。
そこで、バトエールは包帯を見つけた。
これであいつの元へ持って行けば―――。
「バトエールさん!!」
ハクレがドアの前に立っていた。
「エフォートさんが・・・。」
ハクレの顔は真っ青だった。それだけで、バトエールは、エフォートに何か危ないことがあるんだと解った。
「今行く。」
バトエールは、包帯を口にくわえエフォートの元に急いだ。
「エフォート!!」
エフォートは、咳をしていた。しかし、ただの咳では無い。血肉をはいていた。
その証拠に、周りには血の上に血肉があった。
「待ってろよ。少しの辛抱だ。」
バトエールは三匹に言った。
二匹は、無言でうなずき座った。
バトエールはてきぱきと包帯を巻いた。実際の所、彼は器用だった。
「よし。これで十分だ。」
バトエールは、ふぅーとため息を吐いた。
「大丈夫なの?」
アクラスは、バトエールの顔にのぞき込んで言った。
「ああ。しかし、このまま逃げるのは無理だな。」
「まさか・・・置いて―――。」
「いったりはしないさ。」
バトエールは重ねてそう言った。
「とりあえず、この部屋に―――。」
「いたぞ!!」
通ってきた廊下の奥。野犬は現れた。
しかも、一匹や二匹だけでは無い。後ろから続々と野犬が現れた。
その数、ざっと15匹。
「くっ!!」
「逃げるぞ!!」
バトエールは言った。
そして、エフォートを抱えようと下にもぐり込んだ。
しかし、それをエフォートは振り払った。
「どうした・・・?」
バトエールは何度も下にもぐり込んだが、エフォートは拒否した。
「おい!!」
バトエールは言った。
それに、かすれ声でエフォートは言った。
「子供達を・・・お願い・・・。」
「しかし・・・。」
エフォートは、バトエールの目しかと見据えた。
「あなたが・・・私を・・・どれだけ思って・・・くれたかは解る。何もしてあげられ・・・無かったと・・・思うなら・・・私の・・・お願いを・・・・・・・きい・・・て・・・。」
エフォートは、むせた。血肉を吐いている。
「バトエール!!」
アクラスが叫んだ。もうそこまで、野犬が来ていることを知らせてくれたようだ。
「・・・解った。」
バトエールは、背を向けハクレ達と共にその場を後にした。決して後ろを振り向かず。
(後は・・・任せたわ・・・バトエール。子供達を・・・頼んだよ・・・。)
ザクッッッ――――――
三匹は、脳髄が揺れた。決してそれはいいものでは無い。
「追え追えー!!」
野犬たちは、尚も追いかけてくる。
「・・・あれ?数が減っているね・・・。」
ハクレは、あそこからだいぶ離れたところで振り返った。
「ほんとだ。半分くらいの数になっている。」
アクラスも振り返って言った。
やがて、ゲートにたどり着いた。
「あっ!あそこから出られるよ!」
「んっ!?閉まってない!?」
ハクレの言うとおり、ゲートが閉まってきていた。
「多分、あの液と炎のせいだろうな。」
バトエールは、痛みを我慢しながら言った。
「走れ!!」
バトエールは、二匹に命令した。二匹は走った。
そして、飛び込んだ。
「よし!!」
その後に、ゲートが閉まった。もう向こうからはこちらに来れない。
そこで気づく。
「・・・あれ?バトエールは・・・?」
「ほんとだ・・・。」
二匹は、少し遅れて現実に気づいた。
「まさか・・・。」
「そのまさかさ。」
ゲートの奥でバトエールの声が聞こえた。
「ねぇ、なんで?」
ハクレは、ゲートをバンバン叩いて言った。
そこに、アクラスも加わる。
「バトエール!!どうして!?どうして!?」
その問いに、バトエールは応えなかった。
その代わりアクラスに質問した。
「なぁ、アクラス。昨日妻子のことを話しただろう?」
「う・・・うん・・・。」
急な質問にアクラスは、たたくのを止めた。
「あの時俺は何も出来なかった。野犬に殺されていくのを、ただただ見ているだけだった。」
その声は、だんだん泣き声に変わっていった。
「エフォートにも何も返してない。あいつは、俺にいろいろしてくれたんだ。しかし、俺はあいつに何もしてやれなかった。」
ドタドタと足音が聞こえてきた。それに混じりうなり声も。
「あいつは死ぬ寸前、お前らのことを俺に託した。」
バトエールは、だから、と言葉を続けた。
「これが、俺にできる・・・あいつへの『せめてものむくい』だ!!」
その声で、ハクレとアクラスはその場をあとにした。行け、と背中を後押しされたように感じたからだ。
足音が遠のいていくのをバトエールは感じながら、追いついた野犬たちを睨んでいた。
最後・・・。
最後の足音が消えたとき、バトエールは遠吠えをした。
「さあ・・・来い・・・野犬どもぉぉ!!」
★ ★ ★
この日、バトエールとエフォートは死んだ。
両方とも野犬に殺されてしまった。
喰われ、破られ、あさられて、それは見るに堪えない状態だった。
しかし、死体は見つからなかった。多分、燃えて灰になったのだろうとハクレは思う。
二匹は、とても安らかに死んでいった。
自分の愛する者を守れたからである。
短い間であったけど、二人の子供とふれあい仲良くできたからでもある。
二人の思いは、あの子達が継ぐだろう。
野犬をこの世から、抹消することを・・・。
あの後、ハクレとアクラスは自分の部族へ向けて、走った。燃えさかるアジトを時々振り返りながら。
そして、小一時間後。彼等は部族にたどりついた。
門をくぐり抜け、見張りの洞を横切り、首領の所へ向かった。
「おおっ、戻ったか!ハクレ!アクラス!」
首領は、二匹を見るやいなや涙を浮かべた。
「首領様!!」
二匹は、首領の前でひざまずいた。そして、慌ただしく今までのことを説明した。
首領は熱心に聞いていた。時々頷いたり、相槌をうったりした。
「そして、僕らはバトエールとエフォートのおかげで、逃げ切りました。」
すっかり落ち着きを取り戻した二匹は、最後にそう締めくくった。
いつの間にか周りには、狼達が集まっていた。そこには、アクラスの両親もいた。
「なるほど・・・野犬か・・・。」
首領はそう呟いた。
野犬の恐ろしさは、部族全員が知っている。なので、辺りはしんと静かだった。
「とりあえず、緊急長老会議を行う。全員、集会の洞に集まれい!!」
首領は、そう言って洞に向かおうとした。
ふと、足を止めてハクレとアクラスに言った。
「お主らは洞に帰って休んどくと良い。疲れているだろうしな。」
「は・・・はい。」
アクラスは自分の両親とハクレと共に、洞に帰ろうとした。
しかし、ハクレは
「行きたい場所があるんだ。そこに寄ってから帰るよ。」
「そう・・・。気をつけてね。」
アクラスの母親は、そう言った。
「はい。気をつけて行ってきます。」
ハクレは、今会議をしている洞を横切り、門番に挨拶をして森を歩いた。
倒れた木を右に・・・二つの爪痕の木を左に・・・
そうしてたどり着いた場所は、滝が落ちる泉のほとりだった。
段々坂になって、落ちる水は太陽の陽があたってキラキラ輝いていた。
その近く。骨が積まれた場所がある。それは、ハクレの両親の骨だった。
父親と母親。とても良い狼だった二匹は、部族からも好かれていた。
ハクレは、骨塚に近づきにおいづけをした。そして涙を流しながら、遠吠えをした。
● ● ●
恐怖の象徴 野犬
彼等はなんの為に 殺すのだろう
罪の無いもの達を 惨逆をもたらすのだろう
それに 立ち向かうものがいた
猟犬
ああ お父さん
あなたもその一人ですね
犬なのに お母さんとつがいになり
僕を産んでくれましたね
ああ お母さん
部族の中で一番の働き者
お父さんの死で お母さんはいなくなった
何も話してくれない 動かない
そして 病で死んでしまった
悲しい ああっ悲しい 悲しいよ
会いたいよ
僕の 優しい両親よ
● ● ●
遠吠えを止めると、ハクレは骨塚に向かって言った。
「ねえ、お父さん。お父さんの仲間だった猟犬に助けてもらったよ。バトエールさんと、エフォートさん。
ふたり共、お父さんのことを知っていたよ。いい人だったって。強かったって。
ねえ、お母さん。赤の他人の僕にやさしてくれる、生き物がいたよ。助けても意味が無いのに、助けてもらった。もしかすると、お母さんも助けた時、その生き物みたいな気持ちだったのかな。」
ハクレは、うずくまった。うずくまりながら、泣きまくった。
しかし、決してそれはあの時のアクラスと違う、涙を流していた。
「う・・・うああぁぁぁ!!」
風が、一匹の子狼を撫でた。
★ ★ ★
「ただいま。」
ハクレは、洞に帰ってきた。入ったとき、アクラスの両親は居なく、アクラスは眠っていた。
その横にある、自分の毛皮の上に寝転がり、ふぅーとため息をついた。
(今日はなんだか疲れたな。早く寝よっと。)
しかし、体は寝たがっているのに、眠れなかった。
仕方なくハクレは、体を起こし散歩に出た。
夕暮れが迫ってきている。
ハクレは、集会の洞を見た。
(あの中で、何が話し合われているのだろう。)
まだ、会議は続いているらしく声がかすかに聞こえてきた。
「あらっ!ハクレ!どうしたの、その傷!!」
「あっ・・・おばさん。」
茶色い狼は、ハクレに近づきながら言った。
「ちょっと見せて・・・やだ!痕になるわね!これ!」
ジャクセルと言うこの狼。実は、ハクレの母親の妹にあたる狼だ。
「どうしたの!やった奴言って!私がどついてくる!!」
「いや・・・落ち着いて・・・。」
今にも飛び出しそうな、ジャクセルをハクレはなだめる。
ジャクセルは、行動が速い狼だ。何事にも一番乗りで物事をこなす。
今のような感じである為、ハクレはいつも困っていた。
あと、部族一の美しさを持っている。
「姉さんの所に行ったの?」
ジャクセルはそう言った。
「うん。」
「そっか・・・。何か悲しいことでもあったのか?」
唐突の質問に、ハクレは押し黙った。
「えっ?」
「だってさ、あんたはさみしいことや、嫌なことがあると絶対にそこに行くんだもの。」
図星だった。
歩きながら、ジャクセルは続ける。
「そう言う訳だから、何があったか言ってみ。」
優しくジャクセルは微笑んだ。
ハクレは、照れた。なぜならあまりにも綺麗だったからである。
「あのね・・・、」
ハクレは、今までのことを話した。
野犬に襲われたこと。
猟犬に助けてもらい、エフォートさんとバトエールさんに会ったこと。
事件が起き、ふたりが死んだこと。
ありのまま全て話した。
「なるほど・・・ね。」
話を聞いたジャクセルは、呟いた。
「まあ、私から言えることは、お帰り・・・かな。」
ジャクセルは、そう言って笑った。
それにつられハクレも、あははっと、笑った。
坂を下っていくふたりのシルエットの奥に、大きな夕日が沈んでいった。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、短いですね。本当にすみません。