時期はずれな転校生と……?
寒い、息も凍るような冬の朝、私はこの鳥総中学校に転入してきた。
***
「寒い・・・・・・。」
朝7時45分ほどに家を出た私、右京あみは開口一番にそう言った。寒いのも当たり前、だって今は2月初旬。それにあたりには雪が降り積もっている。でも制服の下に下着とヒートテック、それからタイツを着て、コートは何でもOKということだったので、とモコモコのコートを着て、さらにチェックのマフラーを巻いていた。ついでにスクールバックを肩からかけて。絶対に寒くないだろうと思っていたのは扉を開ける前まで。扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き込んできて思わず寒いと言っていた。
(完全に見くびっていた。私は北海道をなめていた!!)
寒い寒いと家に戻って着替えなおそうかとも思ったが、負けを認めたような気がして思いとどまった。単に面倒くさかったというのもある。
私は親の転勤で、北海道に引っ越してきた。もともと通っていた東京の女子校から、共学の学校に転校。2年の最後のあたりというすごく中途半端な時期だった。
(せめて一年間最後までクラスメイトと一緒に過ごしたかった。)
もう少しでテスト、という時期だったから一緒に勉強する約束をしていた子もいたのに・・・・・・と、考えても仕方のないことを悶々と考えながら歩いていた。つもりだった。
(ひゃっ!)
つるっゴンッ
漫画とかでよく主人公が転ぶシーンを見て、実際にはツルッと書かれている効果音を見て、絶対転んだときこんな音しないでしょ、なんて思っていた。
でも、実際に自分が転んでみると、確かに聞こえた。つるっていう音が。脳が勝手に補正していたのかもしれないけど、聞こえた。ついでにどこかをぶつけた音も。
・・・・・・と、ここまでが現実逃避。そろそろ起き上がろうとした、けれど。
(あれ・・・・・・?起き上がれない)
ショックでも受けたのか知らないが、私は起き上がれなかった。思えば、雪で転んだのは初めて。かつ、さっきどこかをぶつけた。認めたくはないが、たぶん頭。
(やばい。やばいやばいやばいやばい。)
体は雪に接しているからどんどん冷えていく。転校初日になんてことを――ここまでか――なんて、馬鹿みたいなことを考えていた、そのとき。
「ねぇ、ちょっと。あんた、大丈夫?」
(・・・・・・へ?)
そう言って覗きこんできたのは、つり目に青い縁メガネに黒髪短髪、真っ黒いコートに身を包んで紺のマフラーを巻き、リュックを背負っていた――男子だった。詳しく容姿について言えたのはなんてことはない、その男子が美形、つまりイケメンだったのだ。思わず見とれてしまった。
「ねぇったら。大丈夫なのって聞いてるんだけど。聞こえてる?」
「え?あ、はい!聞こえてます大丈夫です!あ、でも・・・・・・。」
「でも、何?」
「・・・・・・起き上がれないです。」
「はぁ?」
心底呆れた、という顔をしていたその男子は、何かを考えるような仕草をした後、ほら、と言って手を差し伸べてきた。
ほっとして手を伸ばし、差し伸ばされた手を握り返そうと思ったのも束の間、手が動かない。持ち上がらない。
「え、何、嫌?」
「違います!手、というか体が動かないんです・・・・・・。」
「はぁ!?」
(いや、はぁと言われても困るんですけど。)
その男子はどうしようかとか、時間もやばいしとか、さっきと同じポーズでぶつぶつ言っている。その間にも私の体は冷えていく。その男子はちら、と私の方を見ると決心したように言った。
「じゃあ、俺誰かに助け呼んでくるから。」
「え、ちょ、ま、待ってください!」
私の体はどんどん冷えていっている。もうすでに手足の感覚も分からなくなるくらいに。このままここに置き去りにされて、助けが来るのに時間がかかったら。・・・・・・死んでしまうかもしれない。
「すぐ戻るから。」
「体、もうかなり冷えていて、手足の感覚も分からないんです・・・・・・!お願いです、助けてください!」
そこまで言い切ると男子は目を見開いて、
「なんでそれを早く言わないわけ。先に言ってくれればいいものを。」
「す、すみません・・・・・・。」
責めたように言われるとすぐに謝罪の言葉が出てしまう。悪い癖だ、と思っていても直せずにいた。
「謝らなくてもいいから。・・・・・・持ち上げるぞ。」
「え・・・・・・?ひゃっ。」
持ち上げられた。その状態のまま。俗にいうお姫様抱っこで、何もなかったかのように私を抱えた男子は歩き出した。スクールバックはなんとか肩に引っ掛かっている。
「えっ、えっ、えっ、あの・・・・・・。」
「これぐらいしか運ぶ方法ないでしょ。離れるなっていうし。」
「こっ、心の準備というものがですね・・・・・・。」
「死にそうな顔しておいて何言ってるわけ。非常事態って思えば、非常事態。」
「うっ・・・・・・。」
そこまで言われるともう何も言えない。それよりも今はバクバクとうるさい自分の心臓を抑えるのに必死だった。伝わっていないだろうか、と心配になってきた。もし伝わっていたとしたらそれはとても恥ずかしい。
生まれて初めてのお姫様抱っこ。女子校にいたときは、こんなこと起こりえないなんて思ってた。大学までエスカレーター式の学校だったから。男子と会えるのは大学を卒業して会社に就職したときぐらいだろうと。お姫様抱っこなんて夢のまた夢だろうと。思って、いたのに。
「そういえば、さっきから気になってたんだけどその制服、鳥中のだよね?」
「とりちゅう・・・・・・?」
「鳥総中学校のこと。やっぱり、転校生?いや、転入生か。この時期に、珍しい。」
「あ、はい。そうです。自分でも珍しいといやむしろなんでと思っています、右宮あみです。二年です。」
「俺は、雲谷快人。俺も二年だし、タメでいいから。よろしく、あみ。」
「え・・・・・・。」
そう言って笑った快人の顔にドキッとしてしまった。顔がぶわっと赤くなる。隠したかったけど、体は動かないので何もできなかった。幸いなことに、快人は前を向いていたので顔を見られることはなかった・・・・・・と、思いたい。
***
「やっとだ・・・・・・。やっと見えた、鳥中。俺こんなに通学路の道のり長いって思ったことないわー。」
「ほんっとうにご迷惑をおかけして・・・・・・。」
「・・・・・・いや、あみを見つけた俺の運が悪かったんだよ。気にすんな。」
「気にすんなっていう方が無理あると思うけど、そんなこと言っておいて。」
「ん?・・・・・・あ、完全に遅刻だな、これは。」
「え?」
校舎の方を見ると遠くの方に時計らしきものが見える。ちなみに私の視力は両目とも2・0だ。もう一度言うが私の視力は2・0だ。それでも見えないというのに、快人は見えるのか。
「え、時計、見えるの?私、見えないんだけど。」
「針の位置からなんとなくわかるだろ。たぶん今は8時15分くらいだ。それからうちは、15までに教室に着かないといけない。な、遅刻だろ。」
「そんな堂々と言われても・・・・・・。」
「どうせ遅刻ならもっとゆっくり行くぞ。どうせ遅刻だしな。」
そう言ってにやっと笑った顔にまたドキッとさせられた。照れ隠しに、軽口をたたく。
「なんでそんなに遅刻に前向きなの・・・・・・。」
「どうせ急いだって遅刻は遅刻。結局怒られるなら楽して行った方がいいだろ。」
「へぇ・・・・・・。」
私の前いた学校は、遅刻なんてしたら1時間は説教だった。だから、快人の考え方がなんだか新鮮で、なぜだかわからないけど嬉しかった。
***
それから少し歩いて、やっと校舎についた私たちは、まず保健室に向かった。いや、向かわされた。職員室から私たちを見つけたジャージ姿の教員が、何事かと駆けつけて快人に事情を聴いたのだ。そして靴を脱がせて、職員室まで連行した。私のスクールバックは先生が持ってくれた。
生徒玄関は開いていて、そこから大量のロッカーが見えた。一度転入手続きをしに来たのだが、やっぱりちゃんとした生徒として入るのは見学とは違って、何とも言えないような気持ちになった。快人は私のそんな気持ちに気付いたのか、私が改めて見学できるようにゆっくり歩いてくれた。イケメンめ。
大量のロッカーを抜けると、左右に道が分かれていて、右に教室棟、左に職員室や特別教室があると快人が教えてくれた。
(いや、私、来たことあるんだけど。ちょっとうろ覚えだけど。)
左に曲がってすぐ右に曲がったら、そこには扉が左側にずらりと並んでいた。手前から二つ目の扉が保健室らしい。扉の前に立ってしばらくじっとしていると、生徒玄関で待っていた教員が小走りで来て、
「すまん、すまん!お前らの靴はちゃんとロッカーに入れておいたぞ。後で確認しておけ。それから、雲谷、上靴だ。」
「先生、すみません。扉、開けてくれません?」
「すまん!手、ふさがってたの忘れてた。」
と、快人と会話した後、律儀に3回ノックして扉を開けてくれた。私たちが入り終わるまで扉を抑えてくれて、なかなかいい先生じゃないか、と安心する。
初めて見る保健室は最初に美人で白衣を着た保険医らしき先生が目に入った。先生の後ろにはひろめの机と椅子がおいてある。右側にはベッドが2つあって、当たり前だがカーテンがついていた。左側の角にソファが置いてあって壁にはドアが一つついていた。
保険医らしき先生が驚いたように目を見開き、のんびりと言葉を発した。
「あら~どうしたの?あなた、確か2年の雲谷君でしょ?それから、あなたは、転入生の右京さんよね?」
「え、あ、はい。」
「あ、転入生だったのか!どうりで見たことない顔だと思った!」
扉を開けてくれた先生がガハハと豪快に笑う。その様子を見て保険医の先生が顔をしかめて一言。
「田川先生!ここは保健室ですよ!お静かに願います!」
「あ、は、はい!」
田川先生、何気に顔が少し赤い。もしやこの先生に気があるな?と女子特有のうわさ好きビームを飛ばしながら今は快人の隣に立っている、そして私の足の方に立っている田川先生を見る。私の視線に気付いた田川先生が照れたように笑った。と思ったらシャンッと背筋を伸ばすように慌てて顔を引き締めている。視線を辿ってみると、軽くにらんでいる先生が。
「・・・・・・で、とりあえず右京さんをベッドに運んでくれる?雲谷君、相当疲れてると思うけど。」
え、と思って快人の顔を見てみると、わずかに汗が浮かんでた。全然気付かなかった。自責の念が次から次へと浮かんでは消えてゆく。
快人は、私をベッドにゆっくり降ろすと、引きつった顔の私を見て言った。
「・・・・・・わざとだし。心配かけたくなかったから。だから、そんな顔するなよ。」
その言葉に思わず涙が出そうになった。初対面で、道に倒れていた怪しい私を、見て見ぬふりをすることなく、動けないと言った私を抱いて、学校まで連れてきてくれた。思えば、家の場所を聞いて家まで送るなりできたかもしれないのに。感謝しても、しきれない。
「快人君、ほ、本当に、ありが・・・・・・。」
「あみ、ごめ・・・・・・。」
お礼を言ったのもつかの間、ドサ、という音を立てて快人が私の上に崩れ落ちてきた。快人の体を支えようにも体が動かない。私の体にぶつかる直前に田川先生が駆け寄り、快人の体を支えてくれた。
(え・・・・・・?)
一瞬、頭の中が真っ白になった。目の前の出来事を受け止められない、整理できない。いや、まるで自らが受け入れるのを拒否するような感じすらした。
「せ、先生・・・・・・、快人君は・・・・・・?」
おずおずと尋ねてみる。最悪の事態に陥っていないと願って。
「大丈夫。疲れで寝てるだけだと思うから。」
ほっと息をつく。一部始終を黙ってみていた保険医の先生が、
「じゃあ、すみませんが田川先生、隣のベッドに雲谷君、寝かしてくれないかしら?」
「はい!よろこんで!」
「・・・・・・。そろそろ授業じゃありません?生徒を待たせてはかわいそうですよ。」
「はっ、もうこんな時間ですか!では山畑先生、後は頼みました!」
「もちろんです。」
「では、失礼いたします!」
バタバタと騒々しく出て行った田川先生を見て山畑先生がため息をついた。私の方へ体ごと椅子を回転させると、改めて、と前置きをして話始めた。
「今までの会話でわかってると思うけど、私が保険医の山畑で、さっきのが体育教師の田川先生。あなたのことは後で担任の先生に言っておくから安心してね。さ、て、と、事情を聴きましょうか。」
ゆっくりと山畑先生がこちらに椅子と一緒に歩いてきた。よいしょと椅子に座った先生が、ニッコリ笑顔で私の顔を見ながら布団をかけてくれる。私の顔はたぶん、引きつっていただろう。
山畑先生は薄めのメイクで美人な顔をさらにグレードアップさせた、女ならだれもが憧れるであろう理想の女性像だと思う。
私は、拷問されているような気持ちで、雪道に慣れてなかったこと、派手に転んで頭を打ったこと、倒れてしばらくしたら快人が見つけてくれたこと、動けないといった私を快人が担いで運んでくれたこと、全部を話した。
先生は何かを考えるような仕草をしながら、(美人はそんな仕草すら様になっているから、羨ましい)私の体に手を当て始めた。
「う~ん、別に、どこも悪いとこはなさそうだし、動けなくなったのはショックと寒さのせいではないかしら。ここで休んでいっていいから、元気になったら、好きにしてもいいわよ。」
(好きにしていいって、体、動かないんだけど。)
思っただけのつもりだったが、どうやら顔に出ていたようだ。山畑先生は、私が言うんだから大丈夫よという雰囲気を顔全体で表してまたニッコリとほほ笑んだ。
***
キーンコーンカーンコーン
遠くでチャイムの音が聞こえた、と思って目をあけると真っ白い天井が目に入った。
(・・・・・・ん?ここ・・・・・・どこ・・・・・・?)
次第に意識がはっきりしてくる。私は、ゆっくりと体を起こすと、ゆっくりと辺りを見回した。
(あ、ここ、学校だ。保健室。)
自分の周りにかかっていたカーテンをさっと引くと、そこから見えたのは無人のベットだった。
(ん?確か、ベットは、2つ。で、寝てたのは、私と・・・・・・?)
「せ、先生!かかかか、か、快人、快人君は!」
私は気がついていたら叫んでいた。反対側のカーテンを慌てて引いて先生を探す。先生は最初に部屋に入ったときと同じところいて、時計を見ると10時5分を指していた。
快人が寝ていたはずのベットが空だった。なら、快人は今、どこにいるのだろう。
「あら、目が覚めたの、体はどう?」
私の慌てっぷりなどそっちのけで、先生は優雅に微笑んで尋ねた。
「え、それより、快人君は?ベット無人なんですけど!?」
「・・・・・・雲谷君なら元気になったって言って教室に帰っていったわよ?それより、体調は?どこも痛くない?」
「快調です!教室に帰っちゃったんだ、そっか・・・・・・。」
私が残念そうに言うと、先生は顔に意味深な微笑みを浮かべて、あら、と言った。
「何でそんなに残念そうに言うのか知らないけど、何?ここで何かしようとか考えてたの?ま、そんなことさせないけど。」
「え?いや、結局お礼もままならなかったし、それに・・・・・・。」
「それに?」
「あ、いえ!別に、大したことないです。それにしても、いや、うーん・・・・・・。」
「何?クラス違ってたらもう会えないかもー、とか、考えてるの?それだったら問題ないと思うけど。」
「え?」
確かに、クラスが違っていたら会えないかもしれない。でも家は近いと思うし、なんなら校門で待ち伏せすれば会おうと思えば会えるだろう。
(今まで考えたことなかったけど、快人君、何組なんだろう。)
私はちなみに2組だ。この学校は全ての学年が4組まである。
学力などで分けられてもいない、どのクラスも普通だと、担任の先生から聞いた。私が2組に入れられたのは、夏休み前にクラスの人が一人転校してしまって、2組だけ人が一人少ないからなんだそうだ。
私が入って同じ人数になっても、どうせすぐクラス替えがあるのに。どこでもよかったけど。なんて、聞かされた当初は勝手ながら思っていた。でも、快人が別のクラスになるのは、なんだか嫌だ。何でかわかんないけど。
「おーい、大丈夫?」
いきなり黙り込んだ私を、先生が顔を覗かせる様に見てきた。いつの間にか先生はベットの近くまで移動してきていた。考えるうちに頭も下がっていたのだろう、頭をあげると先生は心配そうな顔をしていた。
「あ、大丈夫です。そんなことより、問題ないって何ですか?」
「教室戻ったらわかるわよ。」
先生は相変わらず優雅な微笑みをたたえたままだ。もう何を言っても答えてくれそうにないので、私はあきらめて教室に戻ることにした。ベットから立ち上がる。体はすっかり動くようになった。
さっき動かなくなったのは何でなんだろう。まあいい。一応、礼をいっておいた方がいいよね。色々とお世話になったし。
「えっとー、あの、ありがとうございました。色々と。」
「ええ。あ、15分から授業よ。知ってると思うけど。ま、職員室に先にいった方がいいわね。」
「はい。ありがとうございました。」
「おだいじに。」
私は、失礼しました、と一応声をかけて保健室からでた。そのまま左を向き、職員室とかかれたプレートが掛かっている扉を探す。少し離れたところに、職員室のドアはあった。
すぅー、はぁー。別に緊張することない。たかがドア一枚、くぐるだけだ。
(あ。)
コート。コートを脱がなくては。そういえば、寝ている間はコートとマフラーはつけたままだったようだ。よくこれで寝れたな、私。
慌ててマフラーを外しコートを脱ぐ。ぶるっと寒さで震えた。そして片手に持ち、真っ白いドアをノックする。
「失礼、します。」
ドアを開けると温かい空気が体に向かって流れてきた。さっと身をひるがえし、中に入り、ドアを閉めた。
ふぅーと息をつく。当たり前だが自分の知っている教師はいない。その当たり前の事実に気づいたとき改めてほっとした。
(えーっと、どうすれば・・・・・・。あ、確か担任の先生はあの女の先生だ。名前は、安藤先生、だったような。)
沢山の机の間を通り、目当ての先生のところにいく。その先生はプリントや教科書が大量に積んである机の前で山のようにある教材を選び出しているようだった。
「あの・・・・・・先生・・・・・・?」
忙しそうなのでできるだけひっそりと声をかけてみると先生は顔だけこっちに向けて、何?と言った。
あの・・・・・・怖いです。手、だけ、まだ動いてますし。
(それにしても、この先生、整理とか、苦手なのかな。あと、物忘れとか、ひどそう。)
頭の中ではひどいことを考えていても顔にはださない。私の顔を見ても無反応なのでとりあえず自己紹介をしてみる。
「私、転入生の・・・・・・、右京、です。」
そこまで言うと先生はあっと小さく呟いて動かしていた手を止めた。ついでに体を伸ばし、体ごと私と向き合った。
先生は身長が160センチぐらいで、細い。パーカーにジーンズという格好で体育教師みたいにゆるい。でも、この先生は確か社会の先生だ。そこまで美人、とは思わないけど、かわいいかんじの人だ。好きになれそうな人だなと初めて見た時には思った。
「来たわね、右京さん。体は大丈夫?保険室の先生から聞いたけど、大変だったんですってね。次は私の授業だからクラスの皆にはそのとき紹介するわね。」
「あ、はい。」
容姿から、おとなしそうな人なのかな、と思っていたらずばずば話してきて意外だった。ちょっと気後れする。
先生はまた机に向き合って、がさがさと教材と格闘し始めた。手持ちぶさたになって、ふっと下を見ると、見覚えのあるスクールバックが目にはいった。
「先生、このスクバ・・・・・・。」
「ん?ああ!田川先生が持ってきてくださったの。持っていっていいわよ。」
「あ、ありがとうございます。」
スクバを手に取り、肩に担ぐ。先生の方を見ると、先生も資料や教材を片手で持ち、こちらを見ていた。私と目が合うと先生は、ニコッと可愛らしく笑って言った。
「さ、行きましょ。もうすぐ授業が始まるわ。詳しくは歩きながらでも話しましょう。」
出口の方に行くよう促された私は、先生が追い越してくれるようゆっくりと歩き、先生が追い越したら、遅れずに歩くようにした。
***
「はい。静かにしてー。3時間目始めるけど、その前に、転入生を紹介します。入ってきていいよー。」
教室の外でドキドキしながら待つ。教室ががやがやとしているのをドア越しに感じる。先生から入ってきていいと言われるのを今か今かと待っていた。緊張しすぎてもう一時間くらいに感じられる。言われたときは、やっとか、なんて思った。
手が若干震えているのがわかる。ドアに手をかけて、引いて・・・・・・。
私が教室には言った瞬間、女の子だー!と誰かが言った声が響いた。続いてまたがやがやと騒がしくなる。一つ一つの声なんて聞き取れなかった。席の方を見るのも怖くて、ただ先生だけを見つめて歩く。先生の隣に立つとできるだけ生徒の方を見ないようにして前を向いた。
「右京あみさんです。」
先生が私の名前を言いながら、私の名前を書いていく。先生は名前を呼ぶと、もう何も言うまいと口を結んでにこにこしている。あとはこちらに任せたということだろうか。こうなったら自棄だ。
「右京あみです!東京から引っ越して来ました。よろしくお願いします!」
そしてばっと頭を下げると前の方から沢山の拍手が返ってきた。拍手に反応して顔をあげると、
(あ。)
少し笑って拍手している快人と目があった。
お、同じクラスだったんだ。山畑先生が言っていたのはこういうことか。教えてくれてもよかったのに。快人がいる。そう思うと怖さもだんだんと薄れてきた。改めて、クラスを見てみる。・・・・・・知らない人ばかりだけど、優しそうな人ばかりだ。なんとかうまくやっていけそうな気がする。
「皆、これからテストで大変だと思うけど、仲良くするのよー!じゃ、右京さんはあの空いてる席に座ってね。」
そう言われて、空いてる席を探すと、それは快人の隣だった。これからが楽しみ。そう思って、私は快人の席に向かって歩き出した。