魔術書房
俺を含め、プレイヤーが出現した広場から【英知の樹】に向かって大きな通りがまっすぐ伸び、たくさんの人々が行きかっており、通りの両側には店が並んでいる。武器屋、アイテム屋、道具屋…ここら辺は定番だな。
あとは…魔術書房?図書館に行かなくても買うという手があったか。
そう思い立って目に入った“魔術書房ベラゾフ”という店に入ってみた。
外の賑わいが嘘のように店の中は静かだ。何人か住人や俺と同じようなプレイヤーがいるが、それでも他の店よりは少ない気がする。店内は薄暗くこじんまりとしている。入り口から見て左側には古本屋のように本棚に挟まれた通路があり、様々なサイズの本がばらばらにしまってある。右側にはカウンターがあり、店主らしき老人が立っている。カウンターの部分がガラス張りのショーケースになっており、何冊かの本が大切そうに飾ってある。左の本棚と右のショーケースで随分と本の扱いが違うな…。そう思いながらまずは左の本棚を適当に見てみることにした。
「魔術の基本」「魔術属性とは」「体内のマナジー」「今日からあなたも一流魔術師」…魔術書?というより専門書やハウトゥー本といった感じだな。しかも本棚にバラバラに並んでいるから分かりにくい…。
次はショーケースの方を見てみる。
「魔術書【光】」「魔術書【闇】」「魔術書【火】」…etc 1,000,000z
「そうそうこれが欲しかった…って、たかっ!!」
思わず声が出てしまった。
まさかの1冊100万円!?高すぎだろ…。新規プレイヤーが買える値段じゃないぞ。そう心の中で嘆いていたら視線を感じた。顔を上げてみると店主らしき老人が渋い顔をしてこちらを睨んでいた。
「おぬしも来訪者か…。まったくどいつもこいつも店にやってきては本が高いと言って何も買わずに出ていく。」
“来訪者”とはおそらくプレイヤーのことだろう。どうやら俺と同じようなプレイヤーが既に何人も店を訪れて同じ反応をしていったらしい。
「気を悪くしてしまったならすみません。この街に来たばかりの者で、手持ちがなかったため値段にびっくりして思わず大きな声を出してしまいました。」
「やっぱりか…どうせ魔術書を買えば手っ取り早く魔術を習得できると思ってやってきた口だろう。」
「えーと…いや…」
「魔術はそんなに甘くないぞ。この魔術書だって、遥か昔から偉大な先代達が人生をかけて創り上げてきた歴史そのものだ。100万ジルでも安い方じゃぞ。」
だめだ…、完全に説教モードに入っている。しかも、さっきからチラチラ様子を見ていた他のプレイヤ-達は巻き込まれたくないとそそくさと店を出ていった。
確かにいきなりたくさんの人が押し寄せてきて大切な魔術書に難癖つけて帰っていかれるといい気はしないよな…。
「あの!!すみませんでした!!」
説教に割って入るすきが無かったので大声で謝ることにした。
「正直あなたの言うとおり魔術というものを舐めていました。美味しいとこどりをしようなんて甘いことを考えていました。」
「…」
店主は黙ったまま俺をギロリと見つめた。
「…おぬし名前は?」
「ダニエルと言います。」
「ふんっ…言ってみるもんじゃの。言っても無駄な奴らばかりだと思とったわい。わしの名は“アノラック”…
ダニエルよ、もし本当に魔術書を読んでみたいと思うのならまずは強くなることだ。」
店主ことアノラックはさっきまでとは一転落ち着いた様子で語りかけてきた。
「まだ魔術も数個ほどしか使えんひよっこだろう?魔術書は貴重だから高いのではないのだ。貴重は貴重だがな…身の丈に合わん魔術を使えば己の身を滅ぼすことになる。魔術とはそういうものじゃ。もしこの街の“樹”に行こうとしておったならそれも無駄足じゃぞ。あそこは限られた者しか入れんからな。」
なんと…。衝撃的な事実だ。アドバンテージは情報量だと息巻いてやってきたがまさかの入れないパターン。
「アノラックさん…では、どうやって力を身につければ…?」
「それもわしに訊くか…魔術の成長、そして習得に必要なのはすなわち実践じゃよ。知識がどれだけあっても使えなければ意味が無いというもの。…そうじゃな、この街【ソフィリア】は山に囲まれた高地に位置する。山奥に出現するモンスターはなかなかに手ごわく凶暴だが、山道付近のモンスターならちょうどいい練習相手になるのではないか?レベルが10ほどになったらまたここに来るといい。」
それだけ言い残すとアノラックさんは店の奥に入っていってしまった。
「ありがとうございます!!」
店の奥に聞こえるように大声で感謝し店を後にした。