ネスラさんと秘密の実験
ネスラさんが出してきた課題は机の上に並べられた3つのアイテムを『完全な状態』にすることだ。
「ゴルビナエバ」
地面に染み込んだマナジーを養分にして岩陰に咲くとても綺麗な花。
しかし、摘むとすぐに枯れてしまうため流通はしない。
「クグツイワ」
ロックタートルの甲羅から稀に取れる。
そのままでは脆く、少しの衝撃で崩れてしまう。
「ヒャッカソウ」
つぼみのまま生涯を終えると云われている花。
この3つのアイテムの共通点は、どれも不安定であること。「ゴルビナエバ」という植物は、今不思議な鉢植えに植えられた状態で綺麗な青い花を咲かせている。しかし、この花は摘み取るとすぐに枯れてしまうらしい。枯れないようにするための鉢植えなのだろう。「クグツイワ」は繊細で少しの衝撃で崩れてしまう。「ヒャッカソウ」はそもそも花が咲かず、つぼみのまま生涯を終えるという。
つまり、それぞれの不安定な要素を解決し、完全な状態にすることが課題の達成条件ということだろう。
ただ考えていても仕方がない。
そう思い、試しに「ゴルビナエバ」に向かって《アクアボール》を放ってみる。
“ガシャン”
…そりゃそうだよな。草だから水をあげるイメージで《アクアボール》を放ったのだが、植木鉢ごと粉々に砕け散ってしまった。
ネスラさんの「何やってんだコイツ」という視線を感じるが気にしてはだめだ。
それに、ただの奇行で終わらなかったようだ。一瞬だったが、《アクアボール》が当たった瞬間に「ゴルビナエバ」がほのかに光った。きっと俺のマナジーに反応したんじゃないだろうか。
魔術が関係していることは間違いないと思うが、アプローチの仕方が分からない。
攻撃魔法の《アクアボール》だったから駄目だったのかもしれない。《ウォッシュ》ならどうだ?
植木鉢に生える植物に《ウォッシュ》を使って水やりを行う。《アクアボール》の時と同じように植物全体がほのかに光っている。《ウォッシュ》を中断すると、光も収まる。
やはりマナジーに反応しているが、持続ではなく一時的な反応だ。そもそもマナジーがどう反応しているのかが分からない
…あ、
"見れば"いいのか。
そうだ俺には【魔力感知】ができるじゃないか。
魔力感知を行いながら再度 《ウォッシュ》をする。
「おぉ!!」
「ゴルビナエバ」の中をマナジーが通っていくのが分かる。しかも《ウォッシュ》を中断しても、微かにだが植木鉢の土からマナジーを取り込んで植物全体に行きわたっているのが分かった。
ひとつ試すとまた新たに試したいことが増えて面白い。俺は研究者に向いているのかな?
この「アイテムを完全な状態にする」というクエストが突発的な単体で発生するクエストだったらおそらく途方に暮れていたが、これは特殊クエストという大きなクエストの一部だ。であるならば、今これを行うことにも意味があるはず…。この課題の前に討伐クエストを行った。つまり、討伐クエストの特殊条件を達成できる者がこの課題に取り組んでいるということ。【魔力操作】や【魔力変換】が鍵なんじゃないだろうか。
・
・
・
「で、できた!?」
目の前にはほのかに、しかし確かに光り続けている「ゴルビナエバ」がある。
いくつか駄目にしてしまったが、どうやらひとつの課題をクリアしたようだ。
討伐クエストの時は自分の身体の中で魔術変換を行っていた。だが、変換したマナジーは「外部に干渉する力」でしかなかった。「ゴルビナエバ」に《アクアボール》や《ウォッシュ》などの魔術を使った際には、外側からの干渉で一時的には反応はしたが、必要なのは「内側から干渉」して植物自体がマナジーを含有しているようにすることだったようだ。
今まで手のひらの表面や身体の内部でマナジーの変換を行っていたが、「ゴルビナエバ」に触れた状態でこの植物も自分の身体の一部だとイメージする。そして、身体の中で循環しているマナジーを「ゴルビナエバ」にも経由して循環させる。そして、自由にマナジーを循環させることができるようになったら、「ゴルビナエバ」の内側にあるマナジーをそのまま【水属性】に変換し、手を放してマナジーの流れを切り離す。
そうすると、ひとりでに光り続ける「ゴルビナエバ」ができあがった。
同じ要領で、他の2つのアイテムにも挑戦した。
「クグツイワ」はマナジーを循環させた後に【火属性】に変換し、「ヒャッカソウ」は【水属性】と【光属性】に変換した。アイテムごとにそれぞれ適した属性があったようで、他の属性で試すとアイテムが駄目になってしまった。
2つのアイテムに関して「ゴルビナエバ」の時と違う点もあった。
「クグツイワ」は【火属性】に変換した後、マナジーの温度を高温に変えた。討伐クエストの時【光】【火】の魔術スキルに温度が存在することは分かっていたが、【火属性】の場合は魔術だけじゃなく、ただのマナジーの状態でも温度を変化させることができることが今回わかった。マナジーを高温にしたことで、「クグツイワ」の線状だった結晶が溶けて結合し、クリスタルスカルのような姿に変わった。
「ヒャッカソウ」は根、茎、葉の部分と、つぼみの部分でマナジーの流れが分断されていた。そのため根、茎、葉の部分のマナジーを【水属性】、花の部分を【光属性】という組み合わせで変換した時に、遂につぼみが光を放ちながら開き、今は虹色に輝く花が咲いている。
【では、今回の魔力講座おさらい!】
・物体の中にもマナジーが流れる
・物体に触れることでその物体に対して、マナジーで内側から干渉できる(魔力循環、魔力変換など…)
・【火属性】はマナジーの状態でも温度を変えることができる
・異なる属性を同時に含有することができる物体もある
3分で料理をつくる番組の音楽を頭の中で流しながら今回気づいたことをまとめてみた。もしかしたら見落としていることもあるかもしれないが…こんなところだろうか。
「思ったよりも速かったな」
ずっと無言でこちらを静観していたネスラさんが口を開いた。存在を忘れていた俺はびっくりして飛び上がったが、幸いスルーしてもらえた。
「どれも素晴らしい出来だ。完全な状態になった3つのアイテムはお前が持っておけ。いつか必要になるときが来るだろう。」
―――――
特殊クエスト
【魔術師への道:その身に宿るものーその2ー】
をクリアしました。
「ゴルビナエバ(完全体)」
「クグツイワ(完全体)」
「ヒャッカソウ(完全体)」
を入手しました。
―――――
お、特殊クエストが進行したぞ。「ゴルビナエバ」その他…は何やらイベントアイテムのようで、破棄譲渡不可のようだ。いつかの為にとっておこう。
「ではダニエル…、次が最後の課題だ。」
そう言ってネスラさんは右手を俺の方へかざした。手のひらの辺りで銀河のような揺らぎが…
次の瞬間、二人の姿が実験室から消えた。
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