旧友からの便り
「びっくりした…」
そう呟きながらトイレから書斎へもどる。
何事かと思った…ただの生理現象だった。
自分でアラート設定しているのを忘れていた。フルダイブ型のハードを使用しているため、現実世界で何かあった場合はすぐに知らされるようになっている。
魔術検証に夢中になってかなり長い時間ログインしたままだったようだ。
机に置いてあった携帯用端末が点滅していたため、確認するとメッセージが何十件と溜まっていた。
――――――――
矢口:どうする?警察とかに連絡する?
剣持:いやいやいや…それでただメッセージ見てなかっただけってなったら私たちが怒られるよ?
盾衣:でも確かに心配になってきたね。アイツどうしてんだろ
矢口:えるさーん!!
矢口:寝てるんですかー?
剣持:桐谷起きろー
盾衣:死ぬなよーーーー!!
桐谷:ごめんごめん今見た。
盾衣:あ
盾衣:生きてた
桐谷:勝手に殺すな
矢口:寝てたんですか?心配してたんですよ?
桐谷:ほんとごめんちょっと諸事情で…
盾衣:ゲームだな
剣持:ゲームね
桐谷:ゲームです
矢口:心配して損した
桐谷:矢口さんいきなり冷たい…いやほんとごめん
剣持:こんどは何てゲーム?
桐谷:CWOって魔術創るゲーム
盾衣:おし、ダウンロードしたぞ
剣持:面白そうね…私もダウンロードしよ
桐谷:いやいや、早すぎだろ…
矢口:皆さん早すぎる!!私も検索しまーす!
盾衣:てか、お前まだVR機と端末との連携してねーだろ
ゲームに熱中するのはいいけど連絡取れるようにしとけよ?
桐谷:わりぃ、今度はちゃんとします…
メッセージのやり取りが終わるとさっそく連携を済ませた。VR機と携帯用端末を連携しておくと、ゲームログイン中でもメッセージやメールを行ったり、ネットを見ることもできるのだがめんどくさくて放置していた。
「それにしてもアイツら行動が早いな…」
今メッセージをやりあったグループ、俺含めて4人は以前同じ会社で一緒にプロジェクトに取り組んでいたメンバーの中で特に仲が良かった人たちだ。今はそれぞれ転職したり部署が移ったりで、会社で会うことはほとんどないのだが、気が合うし、それぞれの趣味がゲームだったこともあり、今でもこうやってやり取りしている。
本当は、グループは5人いるのだが、ひとりは今アメリカへ行ってしまっているのでほとんどメッセージに参加してこない。
「そういえば今特殊クエスト進行中で街に行けないこと伝えてなかったな…まあどうせ後で連絡くるだろう。」
腹ごしらえしながらCWOの掲示板を流し見してふたたびログインした。
「どうやら真面目にクエストをこなしているようだな」
「うひゃっ!?」
ログインしたと同時に、突然後ろから声をかけられた。振り返ると漆黒のローブをまとった男ネスラさんが立っていた。
おいおい、音もなくいきなり背後に現れるなよ…変な声出ちゃっただろ…。
「よし、「実験室の鍵」をもらったようだな。ついてこい。」
「…は、はい。」
このネスラって人、たぶん悪い人じゃないと思うんだけど言葉足らず感が否めない。
ネスラさんに連れてこられたのは魔術大学の地下の一室。薄暗い廊下を進んだ先のひとつの扉の前まで連れてこられて、「実験室の鍵」を使用すると扉が開いた。部屋に入るとなんだか薬品の匂いが充満していた。広さは小学校の教室ひとクラス分くらいだろうか。怪しい素材や奇妙に光りながらグツグツと煙を上げる鍋などが置いてあり、理科の実験室や研究所というより魔女の部屋といった雰囲気だ。
その中のひとつの机の前に座らされ、部屋の一番前、入ってきた扉から正反対の位置にネスラさんが立った。「補修を受ける生徒と先生」みたいな感じでなんかやだな…
「討伐依頼4つを全て達成したということは幾分マナジーの扱いにも慣れたようだな。それと…報酬のアイテムも全て手にしたわけだ。」
全てを見通しているような口調でネスラさんは続ける。報酬で入手したアイテムは全て今から行う実験で使うクエストアイテムのようだ。ネスラさんの指示に従って目の前の机の上に入手したアイテムを並べていく。
「ゴルビナエバ」
地面に染み込んだマナジーを養分にして岩陰に咲くとても綺麗な花。
しかし、摘むとすぐに枯れてしまうため流通はしない。
「クグツイワ」
ロックタートルの甲羅から稀に取れる。
そのままでは脆く、少しの衝撃で崩れてしまう。
「ヒャッカソウ」
つぼみのまま生涯を終えると云われている花。
「……体内操作、…………………ふむ、この短期間で……………。…やはりアノラック……………」
アイテムを並べている間、ネスラさんはなにやらぶつぶつと独り言をつぶやいていた。アノラックさんの名前が聞こえた気がしたが、内容はよく聞き取れなかった。
「準備できたようだな。これからお前には課題をこなしてもらう。それは…クエストで入手した3種類のアイテムをそれぞれ『完全な状態』にすることだ。」
「完全な状態?」
「そうだ。それらのアイテムはとても貴重なもので、“ある共通点”がある。わかるか?」
共通点と言われて、改めてアイテムの詳細を確認する。
「ゴルビナエバ」
地面に染み込んだマナジーを養分にして岩陰に咲くとても綺麗な花。
しかし、摘むとすぐに枯れてしまうため流通はしない。
「クグツイワ」
ロックタートルの甲羅から稀に取れる。
そのままでは脆く、少しの衝撃で崩れてしまう。
「ヒャッカソウ」
つぼみのまま生涯を終えると云われている花。
「ゴルビナエバ」「ヒャッカソウ」はそれぞれ鉢植えに植えられている。鉢植えはレンガのような質感の陶器だが、ほのかにオレンジ色の光を放っている。
「クグツイワ」はどことなく頭蓋骨のような形に見えるが、かなり細い雪柱のような結晶が集まって形成されており、繊細そうだ。液が満たされたガラス容器の中で浮遊している。理科室のホルマリン漬けのようなイメージだ。これら3種類のアイテムの共通点は…
「どれも…不安定」
「…驚いた。その通りだ。」
呟いたひと言にネスラさんが少し驚いた様子を見せた。どうやら正解だったようだ。
「さっき貴重と言っただろ?それは3つのアイテムがとても不安定で完全な状態にしないと流通できないからだ。」
「だから完全な状態に…?」
「流通させるためじゃないぞ?その3つのアイテムを完全な状態にできないような者は、この大学には必要ないということだ。…ちなみに、アイテムはそれぞれ10個あるだろ。それ全てをダメにした場合はここを去ってもらう。」
「…え?(本日二度目)」
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