氷属性
読書中に不意に後ろから声をかけられた。
うしろを振り向くと、ひとりの女性が立っていた。
「もしかして、あなたもプレイヤー?」
そう話しかけてきた女性は身長150センチほど、鮮やかな青色のショートヘアーに同じ青の瞳、色白の肌をしている。「あなたもプレイヤー?」という質問をしてきたことから、この人もプレイヤーなのだろう。
「あれ、もしかして間違った…?」
「いや、プレイヤーだよ。ごめん、びっくりして。」
「よかったー!やっとプレイヤーに会えた!!私“アクア”!!お兄さんは?」
「えと…ダニエル…。」
「ダニエルね!!よろしく!よかったー、なんかよく分かんないところに飛ばされて、フィフィとはぐれちゃったし、私以外プレイヤーがいなくて困ってたんだ。」
なんだかすごくテンション高く話しかけてきてくれたアクア。感情表現が豊かなのか、途中から涙目になっている。
少し落ち着いてから改めてお互いに自己紹介し合った。どうやらアクアは親友のフィフィというプレイヤーと一緒にこのCWOを始めたらしい。しばらく一緒にプレイした後、いったん解散してひとりで街を散策しているとローブを被った集団と鉢合わせしてここに送られてきたらしい。
「ローブを着た集団?きっとそれスキエンティア魔術大学関係の人達だと思うけど…」
「スキエンティア魔術大学って何?」
「スキエンティア魔術大学っていうのは、今俺たちがいる、この建物のことだよ。きっとローブの集団って言ってた人達もこの大学の関係者で怪しい人たちではないと思うんだ…。その人達何か言ってなかった?」
「そうなの?絶対裏の世界の人達だと思ったよ…あぁ、そういえばここに飛ばされたと同時に【専属魔術師への道-雪原の果て‐】っていう特殊クエストが開始されましたっていうログが出てた。なんかね、“君はエレメア様に選ばれた希少な存在だ”って言われて、その人達がすごく興奮した口調で喋ってきたから怖くてそれ以外の話はちゃんと聴いてなくて…。しかも、ここにやって来たはいいけど、なんか全身真っ赤なボスっぽいひとがいて、怖くて逃げてきたんだ…」
「逃げたんだ…その人はこの魔術大学の学長さん。」
「あれ、もしかして良い人だったのかな…。」
慌てていて色々勘違いをしていたようだ。興奮したローブ姿の集団に話しかけられるとそりゃ怖いか…。
俺自身もまだ来たばっかりだが、この大学のことや、学長のエイドスさんの話など知っている範囲で教え、怪しい場所じゃないことを伝えた。街や「表山道」へはいけないようなので、フィフィさんという友人とはしばらく一緒にプレイはできないかもしれないことも伝えたが、外に出ることはできるということを聞くと安心したのかまた涙ぐんでいた。
「ところで、さっきの特殊クエストの名前、プロ…なんだっけ?」
「【専属魔術師への道‐雪原の果て‐】っていうクエストだよ。」
「プロメントウィザード…ってどういうことだろう。俺も特殊クエストでここに飛ばされてきたんだけど、俺のクエストは【魔術師への道】ってシンプルな名前なんだ。きっとアクアの方は何かレアなクエストだと思うんだけど…。「雪原の果て」っていうのは何か心当たりない?」
「雪原ってどこかのフィールドのことかな?あと関係ありそうなのは…、私の適性魔術属性が【氷】ってことかな…うーん。」
「ん?今【氷属性】って言わなかった?」
「え?言ったよ?私適性魔術属性が【氷、水】の二種類なんだ。本当は水属性だけを極めたくて名前も“アクア”にしたし、全身青色にしたんだけどねー。」
「最初に選べる属性は8種類から2つのはずだけど…どういうことだ?」
初期設定で選べる属性も本で読んだ属性も【光 闇 火 水 風 草 雷 土】の8種類だけのはず。それなのにアクアは初期の適性魔術に【氷】が入っている。初期設定時に何かガチャ要素があったのか?と考えてさらに詳しくアクアに訊いてみた。
「なるほど…」
アクアも初期設定時、2種類選んでくださいと言われたらしい。しかし本人は【水属性】を極めたいからと言って【水】のみを選んでゲームを始めたようだ。そして始まってからいざステータスを見ると【氷】という属性が追加されていたという。
8種類以外にも属性があるかもしれない、という仮説は俺の中にもあったが、まさか初期から8種類以外の属性を所持することができるというのは驚きだ。それにせっかく2種類選べる属性を1種類だけ選択して次に進むというアクアの行動もびっくりで、考えてもいなかった。
「専属魔術師への道」というのは【氷属性】を使える魔術師専用のクエストということだろう。
「そっか…【氷】ってレアなんだね!なんか余計な属性が追加されてるって腹立ってたけど、レアならいいや。」
そこまで【氷属性】にありがたみは感じていない様子だ。ただ、おそらくだがけっこう希少な情報を貰ってしまったのでお返しと言ってはなんだが、俺自身がここに来た経緯や特殊クエストについても教えることにした。そして、今後他の人には【氷属性】のことや特殊クエストのことは、あまり言いふらさない方がいいかもしれないことも伝えておいた。明るくて素直な人だけど、なんでもかんでも喋って下手したら悪い連中に目をつけられることもあるかも…と少し心配になったからだ。
「でも、ほんとにこの大学?に飛ばされて偶然出くわしたのがダニエルでよかったよ。助けてくれてありがとう!」
「そういってもらえると俺も嬉しいよ。こちらこそありがとう。」
グダグダと長い時間話した後、フレンド登録もすることになった。「よかったらクエストを一緒に…」という話になって受付に行ってみたが、それぞれのおおもとの「特殊クエスト」が違うからか、受けられるクエストも違うようで諦めた。「フィフィともぜひフレンドになってほしいからまた連絡する」と言ってアクアはログアウトしていった。
嵐のように現れて去っていったアクアに呆気にとられながらも、自分のクエストを進めるために裏山道フィールドへ向かった。