スキエンティア魔術大学
「ここは…」
目を開くと無機質な石が詰まれてできた壁に囲まれた一室に変わっていた。
[現在地が【英知の樹:スキエンティア魔術大学】に変わりました。]
[リスポーン地点が【英知の樹:スキエンティア魔術大学】に更新されました。]
ログの更新で自分が【スキエンティア魔術大学】に移動したことがわかる。先程までの書物で溢れた部屋でもないし、アノラックさんの姿も無い。…あれはもしや転移魔法か?
「何者だ。」
自分の状況を確かめているとどこからともなく声が聞こえた。何事かと見回すと誰もいなかった筈の場所に先程アノラックさんの手のひらで揺らめいていたような黒い渦が集まり、漆黒のローブを被った人が現れた。フードを被っていて顔は見えない。声は低く男性のようだ。
「えーと、ダニエルといいます。」
「この石室に現れたということは誰かが飛ばしたということになるが…どうやってここへ?」
「アノラックという魔術書房の店主さんにここへ飛ばされました。これを渡せと。」
自分の状況を説明しながらアノラックさんに渡された推薦状を見せる。すると手に持っていた紙切れが消え、ローブ姿の男の手に移っていた。
「なるほど…確かにこの推薦状は本物のようだ。よかろう、来たまえ。」
そういうとローブの男が後ろへ振り返り、目の前の石の壁に手をかざした。こちらからはあまりはっきりと見えていないが、男が手をかざした直後から石壁の存在感が揺らぎ、気づけば先程まで石の壁だった一面に高さ2メートルほどの穴があいた。その先には石で組まれた通路がのびている。石壁に穴があいたというよりも、もともと通路があった場所が、石壁があるように隠されていたような感じだったな。そう頭の中で思考を巡らせながらフードの男の後をついていく。石の通路には照明がついていないが不思議と暗くはなく先にずっと続いていくのが見える。
しばらく歩いていると開けた場所に出た。どこか教会の中のような雰囲気の場所で、正面の祭壇のような場所に真紅のローブを纏った女性が立っている。突然教会のような場所に出たことに驚いて辺りを見渡すが、なんと先程通ったはずの通路があったはずの場所がただの石壁になっている。
「エイドス様、転移者を連れて参りました。」
「ご苦労。今日はやけに街が騒がしいようだ。君も今日この街へやってきたみたいだな。」
祭壇で立っている女性は真紅のローブを纏い、髪の毛も同じように綺麗な紅色だ。近くにある大きな窓から外を…どうやら街の様子を眺めながら、芯の通った力強い声で語りかけてきた。「今日はやけに騒がしい」というのは、今日が CWO の正式リリース日でたくさんのプレイヤ-が街にやってきたということだろう。
「私はこの魔術大学の学長をしている“エイドス”という。君の名前は?」
「ダニエルといいます。魔術書房の店主“アノラック”という方に推薦され、ここへやってきました。」
「アノラック…なるほど、あのジジイまた余計なことを。…ふむ、推薦状は確かなのだろう…ならば受け入れを断る理由は無い。ダニエルをスキエンティア魔術大学への仮入学を認めよう。」
[称号【スキエンティア魔術大学入学候補生】を獲得しました。]
真紅のローブの女性、改めスキエンティア魔術大学の学長エイドスさんはアノラックさんとは知り合いのようだ。仲が良いかは別として…。
そして、どうやら大学への仮入学となったことで称号を獲得した。
「あの…仮入学というのは…?」
「【英知の樹】の知識すべてを授ける程の信頼が君にはまだない。魔術の実力も知らんしな。しばらくは入学候補生として、この大学で学び、クエストを受けながら実力をつけよ。ネスラ、しばらくダニエル君の面倒をみたまえ。」
「かしこまりました。ダニエル、ついてこい。」
先程から案内してくれていた漆黒のローブの男が、エイドスさんの指示に応える。この人は“ネスラ”という名前らしい。
ネスラさんの案内に従ってエイドスさんの元を後にした