あかしい
最後は、『百合ing A to Z 〜ゆりんぐ・えー・とぅー・ぜっと〜』のサブカップル「あかしい」です。
「焼きそばんまーい!」
「うるさい」
「痛いっ! チョップ!? チョップってどういうこと!?」
「そーいうこと」
夏のとある日、アタシと明梨は空の宮の海沿いで催されているお祭りに二人で繰り出していた。
「それにしても……。みんな楽しそうだねぇ……」
「……しょうがないよ。私達があの男の娘じゃなければ、もっと純粋に人生を楽しめたはずなんだけどね」
「……まあでも、あんな苦しみを味わうのは、アタシ達だけで十分さ。……本来なら、自分が生まれてきた理由なんて、考える必要はない。だから、余計に思うんだ。アタシ達は……」
「「あの男が失ったモノを補完するために生まれてきたんじゃないって」」
「……え?」
「そうでしょ?」
「……まあね」
……明梨には、全部お見通しか。
「お姉さん達、二人きり? 俺達と遊ばない?」
…………まったく。感慨に耽っている暇も与えてくれないのか、この世は。
明梨と一緒に振り返ると、そこには二人組の大学生らしき男達がいた。いかにもチャラチャラしていそうな奴等だ。
「……もしかしてナンパってヤツ? はぁー……。どうせなら倉田楓にモテたかったな」
「同感」
「なになに? なーんか難しい話してないでさー。ちょっと夜店回って遊ぶだけだからさ? ウグッ」
アタシ達に手を伸ばしてきた片割れに強烈な腹パンをお見舞いしてやった。
「な、なにすんだよアガガガガガガッ!」
眉間にシワをよせて掴みかかってきたもう一人の男には、明梨からスタンガンの電流がプレゼントされた。
「アタシ達」
「結構暴れ馬だけど」
「「大丈夫?」」
「「ヒ、ヒイィィィ……」」
ひざまずく男達を見下すと、怯えた表情でこちらを見つめていた。あーあ、すっかり腰抜かしちゃって。かわいそ。
「……行こ、明梨。あんまりやったらアタシ達が捕まっちゃうから」
「おっけー」
◆
「うぅ……」
「……そこにあるから、行ってきな」
「……お言葉に甘えて」
どうやら、あれからわたあめやらフライドポテトやら焼き鳥やらフレンチドックやらをたらふく食べたせいで明梨が腹を壊したらしい。近くの公衆トイレを指差してやった。……まったく。後先考えずに食べまくるから。食べ過ぎで吐くなんて、その可愛らしい花柄の浴衣が泣いてるよ。
……って。
偶然目についた夜店で、見覚えのある人物がお好み焼きを焼いていた。
コテを器用に振るう真っ青なツナギの女性と、その横で接客をしているおとなしめのデザインの浴衣を纏った少女。
アタシが知らないはずがない。
「あれ。生徒会長と用務員がこんなところで油……もとい、お好み焼きなんて売ってていいの?」
アタシに気がついた倉田先生が、視線だけをこちらに向けた。
「……星花の生徒か」
「ええ」
「……彼女が、親戚に手伝いを頼まれたそうだ」
そう言って、江川智恵の方へ顔を振った。それに気づいた江川智恵は、アタシに気づいてオドオドしていた。まあそこまで面識はないけれど、顔くらい知ってるよね。
「あ、えっと……」
そんな彼女に構わず、アタシは続ける。
「ふーん。……で?」
「……なんだ」
「江川智恵がいるのは納得できたけど、その手伝いにどうして倉田先生まで駆り出されてるのさ?」
「……っ! それは……!」
「あれあれー? 先生顔が赤くなってるぞー?」
「……っつ! 大人をからかうな。高校生にはわからない事情があるんだ」
「へー(棒)」
まあ、その「事情」とやらは全部知ってるんだけど。
「じゃ、ガンバってねー。お二人さん」
◆
「お、おまたせー」
「ずいぶん長かったことで」
「お昼ご飯まで戻ってきてました…………」
「それはそれは、ご苦労さん。……お、始まった」
ようやく明梨と落ち合った砂浜は、既に人でごった返していた。
そして、甲高い音を立てて昇っていく物体。
このお祭りでは、海が見える方向に花火が上げられるのだ。
昇って、光って、そして夜空に散っていく。どうしても、その姿を自分達と重ねてしまう。それは、明梨も同じらしい。
「命を散らせる時くらい」
「華やかに逝きたいよね」
どちらからともなく発した言葉は、お互いだけに届いた。
「私達は、私達なりの死に方で」
「ああ。それが、アタシ達が決めた道」
タイミングよく、見つめ合って、微笑み合って、二人の見る先は。
そして、海に投げた言葉は。
「たーまやー!」
「たまやー」