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燕雀鴻鵠  作者: 見城R
4/22

2−1

岩倉県。

延という国を東西南北と中央、五州に分けたくくりのうち、

そこは西州に入る、だが、西州でも南の最果て。

南州と隣り合わせる場所になる。

見渡す限り砂礫、そして道は申し訳程度しか繋がっておらず陸の孤島。

小高い場所にあるため、もともと広いが近寄りづらい、馬や牛が荷物を乗せてくるのに不便、

ならば、交易や商業が発展するわけもない、となれば仕事も当然できない。

人間が住みたがらない、必然がそうやってこしらえられて、

南州も、西州も要らないと思ってやまない県だ。


中央は無論、西州、くだって郡、ここを統括するはずの省ですら、

この県の内情をよく知らない。

そうなると自然、目を向けてしまうのが資料となる。

岩倉県から提出される書類は少ない、

物産もなく、大きな税金は期待されていないのだから、

細々とした税額が、年に一度だけ統括の省に報告されるだけだ。

だから、県としての特質は何一つ知られていない、いや、無いのだ。

公益面には役立たず、そういうところになっている。


しかし中央の書類、それも、刑罰を司る司法界にて、岩倉県は脚光を浴びている。

巷で捕まる小悪党のほとんどが、元を糺すと岩倉県出身者ばかりなのだ。

たかだか県民が100人程度から、どうしてこれほどの悪人が出るのか、

無論、勝手に己の県を抜けることは、それ自体が既に犯罪ではあるが、

そこまでして中央にきて、小悪党として捕まる。

それが、まったく後を断つ気配がない。

岩倉県は、中央に報告される犯罪者資料に掲載されている、

犯罪者出身県として、小さくみても西州内で一番の悪県とされている。


「あそこの人間は、性根から腐っているのだろう」


辺境にはそういう烙印が押されている。

もっとも、これは中央の一部、裕福な層にしかわからぬこと、

だが、そのせいで、岩倉県出身というだけで出稼ぎが叶わぬ、

また、出仕はままならぬといった弊害となるが、たかだか100人のため、

捨ておかれているのだ。


それもあり、未だ道は整備されず、また、

人口も増やさぬよう、そして他とも交わることがないよう、

隔絶されているのだ。



岩倉県県庁。


「さて、短い間だったけども、お世話になりました」


「いえ、県令様…大変頑張っていただいて、本当、申し訳ございません」


「いやいや、私はただ、少しだけの整理をしただけですよ」


腰の低い県令・張累。

名前だけは立派だが、腰が低い、きわめて、小心者で大成はまったく伺わせない男だ。

実直ではなく、愚直。

そんな具合だが、もともとは森近県にて県令をつとめていた。

ひょんな失火事件から、この土地へと左遷されていた。

ただ、それでも決して絶望することなく、この荒廃しきった県に、

せめて県としての体制を整えさせようと、一人気を吐いて仕事をしていた。


「しかし、短い間でもそれなりの仕事ができたのは、貴方のおかげだ、周雲」


好青年、眉目麗しい小役人である。

もともとは、どこか別の県の出身だそうだが、仁義に篤く、

県の現状に憂えていたところ、張累の仕事に思うところがあったらしく、

懸命に尽くしていた。

わずか一ヶ月だが、役所仕事の仕方や、統治の方法の基礎をそこで彼は学んだ。


「張累様、次はいずれへ?」


「さぁ、また辺境でおそらくはこういった仕事でしょう」


「私は…私は悔しいです」


「周雲や…」


「だって、私は確かに中央は知りません、けれども、今までロクなことを、それこそ、

治世ということをこの地に降ろした役人を貴方以外に私は知らないのです」


「ははは、物好きでしたからね」


「違います、間違ったことも、そして実りが薄いことにも一生懸命に尽くされる、それが好かったのですよ」


「君はまだ若い、私のようにはなってはいけない、君のように優秀な熱血漢こそ中央に必要なのでしょう」


ゆっくりと茶を呑んで、旅立つ前のひとときを過ごしている。

外は相変わらず何もない、いや、もともとはもっと悲惨だった、

砂礫地なので、丈の低い草が無造作に生えているのだが、

県庁在所のあたりは、それでも少しは裕福な土なのか背丈のある雑草が多かった。

そういう殺伐とした場所の手入れをして、

続いて、謄本や戸籍の類がなかったため、

それを作り直した、正式には初めて作った。


「しかし、戸籍のところは面白かったですね」


「ははは、そうだな、どこまでがこの県の人間かわからなかったからねぇ」


当日、方々から人間がやってきて、

ちょっとした祭のようになっていた。

もともとこの県に住んでいるという気持ちが希薄なせいもあったし、

また、かなり昔に圧制を強いられたこともあったらしく公からの呼び出しは、

悪魔のそれと疑われていたせいもあった。

それでも、恐怖にひきつりながら集まってきた人間は100人の報告を遙かに超えて200人。

その中心でこの県令と、小役人が懸命に働いていた。

むろん県民達も、そこに登録をして、税金を払えば、公からの様々な保障を受けられる、

この仕組みを理解させて、そして初めての徴税も行われた。


「しかし、まぁ、実際集まったものは果物や干し肉ばかりだったが、それでも」


「そうですよ、納税という意識を植え付けたのは本当に凄いことだと思います」


「そうだね、これから本当ならば公が彼らを守るという仕事までしたかったけども」


「一度、それでもしたではないですか」


周雲は、嬉しそうに一つの事を思い出す。

治水工事を一つだけ行った。

結局は県民を派遣して行っているのだが、

そこに給金を与えた、もっとも、この土地では金銭よりも食糧等の方が喜ばれるため、

先日の納税で集められた干し肉を配分させたのだが、

弁当を持参せずに昼飯が無料で配給されるということに酷い喜びようだった。

その他、機材などを公費で配分され、それにいたく感動している様子だった。

公費は、わざわざ省を飛び越えて郡令のもとに「現物支給」を願い出て貰ったものだ。

中央からすると古びて処分に困っていた物体の体の好い捨て場所程度だったのだが、

その運送費用等も郡が持ったことには、少なからず好感があった。


「あれはしかし、少しおもむきが違うけどもね」


「そうでしょうか、県という公が役立った瞬間だったと私は感じました」


彼は若いな、張累はそう思って目を細めた。

配給の手間を、県が肩代わりをしただけでこれは公の仕事ではない、

とはいえ、張累としては公共事業をしたことに意味は感じている。

惜しいと思っているのは、その結果を見ることができないからだ。

治水によって、この土地で農業を営む可能性が拓けたはずだ、

今後、広い土地を少しずつ耕していけば、10回の春を待てば、

それなりの農業地となるだろう、それこそが政治だ。

最後にそれを彼に教えておこう、張累は口を開く、その先。


「私があの続きをしっかりと行います」


「続き?」


「はい、あの治水はまだ一手だったでしょう?あの後、ほら、西の湖から水を引いて、

それを南の砂漠へと売るのでしょう」


「!」


「まずは治水に慣らせて、なおかつ、農業に役立つという目先の利益を県民に見せつつ、

それでいて、もっと大きな意味も持たせたもの…私はこれまで、

小さなことしかワカリマセンでしたが、張累様のおかげで、大局というのを知りました」


「はっはっは……それは、買いかぶりすぎだ、私はそこまで考えていなかったよ」


この男は天才なのかもしれない。

本当に、こういう男は中央に出なくてはならない。

張累はそう思った、思ったが、彼には周雲を中央に紹介する人脈もなければアテもない、

ならばせめて、県令になれるよう小役人としての実績をつけさせてやりたい。

この地を離れる今になって、彼の才能を惜しいと儚んだ。


「それでもかなり時間がかかると思います、もっと、どうしたら中央からの公金が得られるか、

また、もっと県民を豊かにしてやれるか、学びたかったです」


「大丈夫、そんなことは習わなくても、自然と理解できるだろう」


優しい目をして、張累はそう言った。

その言葉に嘘はない、これほど利発ならばすぐにわかるだろうと思った。


「この県民200人を立派な人間として中央に紹介したいのです」


「……」


「少しだけ私も知っています、中央で岩倉県出身というのが悪いことだと…私の出身、

東州のある県も、同じ汚名を着ていますから…」


「そうか……だから」


だから、彼は小役人となった時、真っ先にこの地に派遣されたのか、

張累はそんなことを知らなかったから、ただただ驚いている。

不遇の県出身者だからの差別、しかし、

そのような劣悪な環境でこれほどの智恵を蓄えるとは、また、

正義に燃えるとはなんとした人格か。


「中央は何も知らないのですよね、岩倉県の住民が皆犯罪者になるのではなく、

岩倉県に住んでしまったから、犯罪をするほか生きることができなくなってるのだって」


「周雲…」


「貧しさに負けて、都会で悪さをするしか生きることができない、そんな政治をしている中央が、

一番の悪だと私は思っています、危険だと思われるでしょう、だからずっと言えませんでした」


「そうか、それはでも、至極正しいことだよ」


「いえ、今となっては、もっと早くにお伝えしておけばよかったと…張累様となら、

本当の政治ができたように思えたのに…」


「先は長い、大丈夫だ、またどこかで会うこともできるでしょう、そんな顔をしないでくださいな」


張累は、ゆっくりとした口調でそう言うと、

荷物をまとめた様子で、外へと出るよう周雲を促した。

彼は、悲壮な表情を抱えたまま、

促される先へと出る。


「よく晴れている、いい日に旅立つことができます」


「くれぐれもお気をつけて…」


「大丈夫です、今度の役人は、私の後森近県にて政治を司っていたそうです、貴方が支えてあげてください」


「はい…本当に、ありがとうございました」


かくして、一ヶ月たらずで張累はこの土地を去ることとなった。

周雲にとって、これまでで最も濃密に勉強することができた期間だった。

そう思った、そして、事実、そうなのだとこの後悟ることとなる。



「しかし、いい加減なものだな」


「いずれがでございますか?」


「いずれもさ」


道すがら、風体はそれなりの役人風ではあるが、

どこか胡散臭さが漂う二人組が歩いていく。

墨寧と影翁の二人。

中央からどんどんと離れていく道に身を置いて、

ただでさえ田舎だった、小館もまばらだった外郭を抜けて、

南側の砂漠域と隣り合わせるほどの辺境へと向かう。

一歩進むたび、森だったものが砂礫へと変わっていく、

がらりがらり、

音で表すならばすなわちそのような具合。

すれ違う人間などいるわけもなく、そして、ややの上り坂、

それが体力を奪っていく。


「もう、領地に入っているのだろう?」


「そうです、この見渡す限りが、新しい領地でありますよ、県令様」


「嫌味たらしく言うな」


墨寧はうんざりとしながら、その上り坂の途中で一度背中を見た。

長々と続いていく細い道、その左右は、ほとんど地肌が見えている。

道を道として判別する術が、所々に打たれている杭だけである。

今更ながら、よくここまで迷わずきたものだ。

遠くに、今となっては懐かしい森が見える。


「領地に入ったというのに、何もない、どこからがそうかもわからぬ、このいい加減さ」


「ははは、お上の政治がしれましてございましょう」


「ふん、天とやらの作り方がおかしいのだ、いい加減きわまりない」


「まぁ、それもそうですな、暫く沙汰があるまで謹慎かと思いましたが」


「ふん、急げなどと言われるとはな、任地に行くまでもう少し時間をかけ、せめて中央に、

顔出しくらいしたかったが、その暇すらもない、馬鹿にしてやがる」


「それでも、その方が遙かにやりやすいでしょう」


「馬鹿言え」


墨寧は再び歩みを進める。

道すがら、ずっとこんな愚痴ばかりを爺にこぼしてばかりいる。

好々爺は、辟易するでもなく、それをうまくあしらってずっとついてきている。

この損得勘定させたら、延でも遙かに優れた算盤を脳に持つ男とは思えないこと、

とっくにこの男を見限ってもよい頃合いだが、それは無い様子だ。

墨寧もそれがわかっているので、爺がいつ離れていくかと、

少しだけ気にしていたが、あまりにそのままなので気にするのをやめている。

長い道程、疲れが貯まると、余計なことは気にならなくなるようだ。


「俺ぁ、誰かを貶めることでしか上に上がれぬのだ、誰もおらぬところでは話にならん」


「くっくっく、その割に、顔が嗤ってらっしゃる」


「はん、地顔だよ、善人は真顔が笑顔なものだ」


「ならば、正真正銘の作り笑顔でございますな」


からからから、二人で何度目かの大きな笑い声をあげた。

がらりがらり、

また、そんな音で表してしまう。

小高い丘の一番てっぺんにきた様子だ。

また、見下ろした先にようやく、家というべきか、

建造物、しいていうなら、人の生活が臭う形跡。

それくらい、酷く些細な人工物が見てとれた。


「あれがそうか」


「そう、岩倉県の中心都市でございます」


「冗談は止せ、まだ、うちの田舎の馬小屋の方が栄えてた」


眼下に、せめて屋敷と呼べるものは無い。

家、いや、壁と屋根?

それくらいのものが一つあるのが見える。

それが県庁だろう、なるほど、確かに凄いところだな、

一本だけ大きな木が生えているのが見える、それを目印に、今一度歩みを早めた。


「しかし、このような場所で、悪党が生まれ続けるとはな」


「さぞ水があうでしょうな」


「だまらっしゃい、くそ、しかしなんて天気だこんなに晴れてちゃ喉が渇いてしかたねぇ」


「日向の下は生きづらい性分ですなぁ」


「うるせぇっ」


そこに、墨寧と影翁が赴任してくることとあいなった。

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