6−3
「役人達が随分と異動しているのだそうです」
「そうか、もうすっかり外のことはわからなくなったな」
これはまだ、墨寧が郡令になる前の話だ。
墨寧対典晃の戦が行われたあの時より、
少しだけ前の話。
労働奉仕を課せられた男達の会話だ。
周雲と元岩倉県民のそれだ。
「午後からは?」
「ああ、また砂の壁を作るのだそうだ、死人が出ないことを祈るばかりさ」
「周雲様…」
「案ずるな、それよりも、徐粛が捕まったと聞いたが本当か?」
「はい、実は既に私は徐粛様の命で動いております」
「!」
「今はそれだけを…そろそろ怪しまれます、では」
元岩倉県民は去っていった、
少しして役人がいつもの通り戻ってくる。
それを見て奴隷達は腰を上げて、うなだれた姿勢のまま、
ぐったりと太陽の下へと繰り出していく。
このところ毎日死人が出ている、どうしてそんなに急いでいるのだろうか。
周雲は不可解に思っているが、南州と西州の間に、
大きな壁を作る作業をさせられている。
それは砂を固めて作るという究めて高度な技法を用いられている。
著名な砂砦と同じ手法で作られていくのだ。
その技法を究めた民の中に、何人か岩倉県の民がいた、
彼らは立派に一工人として自立できたのだ。
周雲は、それだけがうれしいと微笑んだ。
その笑顔を見て、それらの工人達は胸を打たれた。
そういう、下々の生活が繰り広げられている。
☆
「周雲様」
「いい、今では奴隷三十三号さ」
悲痛な面もちで、現場監督としてやってきた元岩倉県住民が、
周雲の成れ果てを見て涙を隠さずにいる。
彼らは立派な職人として、仕事をするためこの場所に連れて来られた。
その手足となるべく、大量の労働力である奴隷が分け与えられる。
彼らは奴隷を労働力として見るが、その力量を最大にする努力をしてきた。
その奴隷を人として扱うところが、他の職人と異なるところだった。
だからだろう、その奴隷の中に周雲がいれば驚くどころか、涙するのも詮無いことなのである。
周雲は困惑を表情にして、彼らに平静を装わせた。
確かに今の周雲の状態は、尋常ではないほど酷いし、
なにより解決、解放される見込みのない、死ぬか働くかのいずれかだ。
彼をこの位置に貶めた墨寧を怨む声もいくつか聞いたが、
彼は、その全てを否定した。
「そうかもしれないが、墨寧様なりに考えた結果だったんだよ」
周雲は成長している。
偏った見方になるが、周雲は明らかに大器を備えた男である、
墨寧の裏切り行為を赦した上で、己の不足を悔いる男だ。
そのお人好しとも言える性質は、あまりにも精錬で憐憫を催す。
いくつかの憤りに対面することとなるが、その全てに墨寧を怨むなと言いつけてきている。
実際、そう告げ続ける自分に不審を覚えてはいる、
かつての自分ならば、間違いなく怒り狂ったことだろう、
だが、今は違う。
どうしてだか、墨寧の動きが彼には手に取るようにわかる。
その解る先に、
「いつか、必ず私を拾い上げてくれる」
そういった信奉があったのだ。
それが当たるかどうかは、まだわからない。
この時点でも、また、ここから数年経った時点でも、
彼は墨寧により救われたことにはならないからだ、それはまたおいおい語ることとする。
奴隷達が最も過酷な労働に従事した時期である。
その一人として周雲は、まさに死と隣り合わせの毎日を送った。
「……」
喋るかけることができない。
喋りかけてしまえば、その喋る体力の消耗により自分も死んでしまうから、
そんな飢餓と疲弊の末期状態に陥りながら、
この時期の奴隷達は働き続けた、まさに淘汰が行われている。
弱い者は死ぬだけで、強い者は生き残る。
生物的に優れた者の方が、酷い仕打ちが続くという仕組み、
そんな地獄がずっと続いていた。
ある時のことだ。
「無理をするなよ、大丈夫か本当に」
「周雲様、流石に大丈夫でさぁ、これくらいの石畳持てないほど弱ってはいませんぜ」
こういう台詞を吐く奴に限って大変なことになる。
それを実体験として周雲は経験している。
言った側から、その男は石畳の下敷きとなり、何人かの工人が必死の救出を行ったが、
間に合わずに彼は死んだ。
押しつぶされた人間の死体を目の当たりにする。
こんなのには慣れた、そう思えるほどたくさんのそれを見てきた。
だが、決して慣れるものではない。
「周雲様…っ」
悲痛な声が周雲の胸を打つ。
彼を慕う男達が、彼の名前だけを繰り返す、
どうしろ、どうしたい、そういったことはその台詞、言動には現れてこない、
ただ、己の名前を問われるばかりだ。
周雲は、その名前を問われる裏に隠された、いや、隠しきれない憎悪と憤懣を感じ取っている。
彼らは周雲が名乗りを上げ、竜の如く昇る日を望んでいる。
しかし、
「私には、力がないのだ…」
そういう言葉で濁している。
彼らの不満を受け止めつつ、何一つ施すことができないでいる。
周雲を不甲斐ないと絶望した者もいる、それらは怒りに精神を蝕まれ自暴自棄にも似た、
爆発を起こし、ことごとくが暴徒として殺されてしまった。
殺されなかった者達は、ただ、その殺される風景を見守るだけで過ごしてしまった。
周雲に、不自然というか不可解ではあるが、ある種、当然とも言うべき非難が集まりはじめていた。
期待は勝手にするものだ、それを裏切られて逆恨みするのは間違っている、
が、人情としてそれは理解、ではないが、そうなってしまうのはわかる、八つ当たりの構図だからだ。
その憎悪を受け入れる覚悟はある。
周雲は、じっと耐えることを己に誓っていた、いつか自分は殺されるかもしれない、
そこまで追い込んでいた、助かりたいと思いつつも覚悟だけはいつも側にあった。
ぶすぶすと焦げるように近づいてくる憎悪、しかし、ある時を境にその数が急に少なくなっていった。
どうしてか、謎に思い調べてようやく因果が結びついた。
徐粛の捕縛。
まだ、徐粛と周雲は奴隷身分同士で出会っていない、
出会っていないながら、まるで会話をしたかのように、
彼らを取り巻く環境が整っていっている。
その一端がこれだろう、奴隷達が心なしか生きる希望を得ているように見える。
彼は天才だ。
己を天才だと思っていた時期があった周雲だが、
本当の天才、また、自分の無力を悟るこの経験により、
誰よりも奥の深い、重みのあることを呟けるようになっている。
徐粛がアリとあらゆる策謀を巡らせているのかもしれない。
しかし周雲には外の様子もわからない、内側も隣の男のことすらわからない、
何よりも、己の命が明日もまたあるのか、それすらわからない、
随分と早くからこの場所にいるというのに、
周雲は死んでいく仲間を見つめることしかできずに過ごした。
「よーし、喜べお前ら、今日は差し入れがある、あちらに大きな水瓜がある、食べてくるがいい」
それは突然だった。
どういうはからいなのか、その日スイカが振る舞われた。
炎天下の日中、流石にはかどらないと解ったのか、
それとも数日酷使したことで奴隷の数が著しく減ったことが原因なのか、
休憩と、そこを潤す差し入れが入ったのである。
喜んで皆が休憩小屋の方へとゆっくり歩いていく、
走るような余裕はない、それでも、
どこか顔に弛みが見られる、周雲もそこへ吸い寄せられるように、
ふらふらと近づいた。
一瞬真っ暗になる。
直射日光を受けていたそこから、
小屋の中に入ると、あまりの明度の違いに、
一瞬だけ目の前が真っ暗になった、だが、それが慣れる頃、
その目にスイカが飛び込んできた、だが、スイカだけではない。
「お久しぶりです…」
「徐粛殿」
「どうぞ、よく冷えております、ささ」
徐粛がいる。
その姿は、やはりみすぼらしいそれだし、
かなりの労働酷使の痕が見られる。
立ちつくすように、周雲は勧められても何とできない。
辛うじて、絞るように、
「先に皆に食べて貰おう」
とだけ言った。
その言葉をくみとり、スイカを運んできたのであろう、
徐粛の連れ人がいそいそとそれを奴隷達に配り始めた。
どやどや、喚声にも似たものを上げつつ、
まさにむしゃぶりついてたらいあげる。
徐粛は少し立ち上がり、奥へと周雲を誘った、
周雲は当然、そのままついていく。
「……」
スイカを持ってきたのも、
休憩ができたのも、
こんなところへ来られたのも、
全て徐粛が施したことだとすれば、
周雲は、質問の言葉が一つも浮かばないでいる。
ただ、委ねる言葉を探してしまう、
皆を救ってやって欲しい。
そんな言葉がすぐ浮かんだが、それは言い出せずにいる。
「遅くなりまして申し訳ございませんでした」
「いや、それよりも」
「奴隷達の大半はほとんどが貴方のことを信頼しています」
迂遠なところから会話が始まった。
周雲は、そんなはずがない。
それを表情に表す、ぱたり、徐粛はその周雲の口先を封じるように、
掌をそちらに向けて、待った、と動作で表した。
黙らせた後、徐粛が続ける。
「私が来る前に、ほとんどの者が貴方を知っていた、貴方が諦めないことを説いたことで、
随分と長生きできた連中がいるのですよ、それに今、彼らは気付いたんです」
「…そう考えるように、徐粛殿が働かれた結果ではないですか」
「はは、周雲様はここに来て、流石に荒まれてしまった様子、それは違いますよ」
徐粛は、からりと笑った。
少し話題を置くのか、特別に持ってこさせたスイカに口をつけた。
しゃくり、良い音で、冷えた冷たい汁が喉元を潤す。
美味そうに二口ほど食べると、周雲にもそれを促した。
断ることもなく、周雲もそれを口にする、とても甘い、
その甘さが、全ての疲れを癒してくれるように錯覚する。
「周雲様、私は戦略、戦術について得意としています、ですが」
言葉を区切って、スイカを口にした。
甘さを堪能している表情をさらす、徐粛の人の良さと言うべきだろう。
「貴方のように政治はできないし、何よりも、他人を信用できません、だから人徳がない」
「それは嘘だ、貴方はどこでもすぐにその輪に溶け込めるじゃないか」
「ですが、とけ込んだ輪は、私が何をしたわけでもないのにバラバラになり、その後便りなどありません」
徐粛の声が凛と冷えた。
スイカの冷たさがよくわかるようになった、周雲はそう思って、
自分の何かが起きた、目覚めた感覚を味わう。
「私は人をまとめるという能力が欠落しています、説教臭すぎるのでしょう、功利のみでは人間は動かない」
「いや、それでも貴方の侠気は、世に誇れる立派なものだ」
「侠気と情は違います、貴方には情がある、だから人徳を備え人に好かれる」
「……」
「何よりも、私は貴方を救いたいとここにやってきた、充分でしょう、私のような輩がそう思える程の人物なのですよ」
周雲は深く押し黙った、見つめる瞳に優しさと戸惑いが漏れている。
その視線の先の男は暗がりに顔を浮かべて考えている。
どうしてこの男をここまで想うのだろうか、
徐粛は自分の心の動きがよくわかっていない、単純な言葉だけを借りるなら、
この男は鴻鵠になれるかもしれない。
そういうことに酔っているんだろうとも思える。
自分で理解できないことを他人に解って貰うのは無理だ、徐粛の想いは周雲に量りきれないのは当たり前、
周雲は己を鑑みる、奴隷の身分になり、やったことと言えば、周りに死ぬなと言い続けたこと。
たったそれだけのことで、オオゴトではないし、言葉など無力なもので、
救えずに死んだ者達には何もできず、ずるずると石を削って生きている。
しかし、その男をそれでもなお、鼓舞する男達がいる。
「あなたは大鵬になれる、私はその大翼を拡げるところを見たいのです」
「買いかぶりすぎだ」
「そうかもしれません、今のは、そうだ、無かったことにしてください」
急に力が抜けたように、
徐粛は、今までの調子とは異なる声色で、
なれなれしい、そういう具合で喋り始めた。
周雲は、徐粛が諦めたのだろう、そういう風に想った。
それでいい、そして周雲ではなく、徐粛自らが率いてゆけばよい、
今よりもずっとずっと良いことになるだろう、周雲の考えはそんなところだ。
そこへ、先のなれなれしい声はさらに続く。
「質問があります、ある男は奴隷として働いています、今にも死にそうです、
仲間はどんどん死んでいきます、そこへ奴隷から脱出する策を持った男がやってきました、
さて、奴隷の男はどうするでしょうか」
「…」
「どうする、でしょうか?」
「その男を信じるよ」
「なるほど」
にやりと笑った、徐粛の笑顔は、
少し皮肉めいた色合いが強いが、
それでも、周雲はその皮肉の通りだと嘆息を投げる。
まったく諦めた調子は無いのだ、どうしても担ぎ上げられてしまう、
徐粛が口を開く、その前に、
「ただし、仲間と共に助かる、それが条件だ、策を持った男」
「無論です、仲間の力無くてして成る策を私は持ち合わせておりませんよ、奴隷の男」
とても簡単なことに帰結した。
徐粛がどういう想いで彼を助けようとするか、それをかしこまって説明したがそれは理解できない。
もっと理解できる事象で物語ろう、
皆でここから脱出する、無論、この奴隷達を元へと返そう、
そのために、今一度立ち上がろうという呼びかけ、
しゃくり、スイカの冷たさが喉を潤した、そして甘さと、
「スイカは、この、シャリっとしたところがよいね」
「私は、タネが邪魔なところが好きですよ」
「変態だな、徐粛どのは」
「失敬な」
ははは、意味のないやりとりで、深く考えるなんてのは馬鹿馬鹿しい。
笑って、二人は共闘を約束した、ここから逃れるため、
逃れた後、平穏を手に入れるために立ち上がる。
そう決めたのだ。
「周雲様、今暫くはこのままでお過ごしください」
「なんだ、結局私の返事などいらなかったじゃないか、もう動いているなら」
「それはそれ、もう暫くすると状況が変わります」
「どういうことだ」
「私も予測しかねていますが、外の世界、政治の世界で派閥の構成が著しく変わるでしょう」
「それは、天帝派が元に戻るということか」
「かもしれませんし、その方がやりやすいと私は考えています、しかし」
「逆もあり得るのか」
「はい、そのあたりは、典晃によるかと」
「典晃が」
「ええ…おそらく、墨寧と戦うことになるでしょうから、あの二人にかかると言うべきか」
「墨寧様は、御仁だよ」
「そういつも言ってらしたそうですね」
「そう思うからな」
「覚えておきます」
徐粛のいいざまから、この男もまた墨寧を怨む一人だと周雲は残念に思った。
だが仕方がない、あのザマからすれば、やはりどう見ても墨寧は悪人でどうしようもない、
それでも、周雲は他人を怨むことをしなくなった、怒りが強い力を産むと知っていても、
赦すことで得る力を欲した。
その赦す心からか、周雲は曇りの無い空を見た。
祈るように、典晃の無事を願った。
成功を願うではなく、無事を願うあたりに、周雲の人となりが現れる、
そして、祈りは通じて典晃は無事となった。
その代わりとは言えないが、徐粛が簡単とは言わなかった方向で世の中が動いている。
☆
「……」
「どこへでも行くがいい」
「なぜだ、墨寧の差し金か?ならば」
「それは違う、墨寧殿は私にそなたのことを一任された、そして私はそなたを逃したいと思ったのだ」
「話がわからんな」
「今一度、戦場で会いたい、そしてかような結果ではなく、真に戦い合った上で決着をつけたいのだ」
「あの下にいなければ、いつでも相手になれるのだがな」
「…確かに、そなたと戦いたいだけならばそうするだろうが、そうもいかない」
典晃は縄を解かれて、蔵慈に見下ろされている、
戦の後、捕虜となった典晃だが、
その扱いは蔵慈に委ねられた、一食客に全てを任せるあたり、
墨寧の大胆さというか、何も考えていないところが伺い知れるところだが、
蔵慈はその大将の人となりよりも、戦場で出会った好敵手のことが気がかりだった。
「そなたは天帝派であろうからわかるまいが、下々の私達からすれば宰相様は素晴らしい」
「喧嘩を売ってるのか?」
「私は故有って、国を捨てて旅人になった、宰相様に感謝している、俺のような生き方を赦されたのだから」
「……」
「私のようなのは、世の中にたくさん居るのだ、今まで天帝の力が強かった時分では生きる甲斐を見いだせなかった輩がな」
旅人というのがうろつき始めたのは、
宰相が領民の移動を易くしたところにある。
宰相は人の交流が活性化することで経済が上向くことを知っていたのだ。
ただ、これをすると中央からの集権、統治が難しくなる、
勝手に動きだせば、中央が思うようなことができなくなることもしばしばだ。
宰相としては、それにより天帝の力を弱める狙いもあったのだろう、
政治のことはわからない、わからないが、蔵慈のような旅人と呼ばれる、
己の力だけで、一宿一飯にありつくため、諸国をうろつく輩が産まれたのは確かだ。
彼は、その旅人の生き様として当然のことをしている。
自分が思うままに過ごす、そのために、未来の楽しみのために、今、
典晃を逃そうとしている。
「まぁ、なんでもいい、典晃、もう一度戦場で会いたいものだ」
「……」
「自刃するだのと馬鹿なことを考えてないだろうな、それならば、今この場で決着をつけよう」
「いや、好意に甘えよう」
言うと、すくり、典晃は立ち上がった。
一つ、人間としての壁をうち破った瞬間でもある。
典晃の徹頭徹尾の武人志向がねじ曲がった瞬間だ、
かつての彼ならば、迷わずこの場で自刃を選んだであろうが、
今を生きる、恥を上塗ろうとも生き残る、
そう考えせしめた、そして、その想いのままに脱兎となった。
蔵慈はその背中を見送った。
「蔵慈殿が、典晃殿を逃しましたぞ」
「なぬ!?」
「予想しておりませんでしたか…」
そうかなとは思ってたが、やはりそうだったか。
影翁は少し落胆したが、目の前で驚きに目を皿のようにしている、
郡令墨寧を見て、少しだけ笑った。
「参ったな…」
墨寧の呟きは、典晃を逃したことだけではない、
現状、墨寧は郡令という地位のその仕事に辟易している、
様々な障害が一気に出てきた。
全て曹蓋が仕掛けたことかもしれないと思うが、
思うだけで、復讐するような暇はない、それほど、郡令の地位は忙しい。
「典晃のその後は調べているか」
「はい、天帝派には戻っていない様子」
「?」
「賊になっているようです、いや、賊と呼ぶのは公のものでありますかな、独自の勢力を築いている様子です」
「なるほど、旅団を形成したか」
「そう、旅人どもをまとめて、雇われ兵のようなことをしている様子であります」
「ふむ、ならば、今一度戦う時がくるか…やだな」
墨寧が嘆息をついた。
傭兵という不気味な稼業に身を賭した典晃、
やがてそれが自分を退治しにやってくると、
予想している、理解している、脅えている。
そして、その裏で徐粛が糸を引く可能性が最も恐ろしい、
そう考えている。
「周雲はどうなってる」
「奴隷であります」
「流石にもう、徐粛とは会っているだろうな、そろそろか」
「狙い通りですな」
「馬鹿な、狙い通りならとっくに俺は中央に踊り出てるだろうさ、曹蓋に代わってな」
墨寧はまださらなる出世を望みながら今を生きている、
そして、彼が出世したいという願望のままに、
世の中を大きく乱していく、相変わらず。
己の為になるなら、民草などその足場とすることに躊躇のない様である。
しばらく、墨寧は郡令として過ごす。
機会を伺うまま、ただ、過ごしている。