6−1
この頃、中央の政争はかつてないほどの混乱を見せていた。
天帝派と宰相派が対立している構図だったが、
宰相派の中に過激派と穏健派のような分別ができてしまった。
便宜上、そのように分けたが、
穏健派が何も、天帝派に歩み寄りを見せたりするわけではない。
過激派のやり方が性急すぎるのだ。
彼らは、国家転覆めいたものを狙っている。
「宰相様」
「……」
静かに頭を痛めているのは、その総大将である宰相である。
王族ではない貴族の出身で、知識、教養、ともに優れる、
文官の最高位に相応しい男だ。
宰相は事と次第について考えている。
「天帝派に焚き付けられたかもしれぬな」
「は?」
分派を行わせたのは、天帝派かもしれない。
そう宰相は考えている、無論、天帝が指図したわけではない、
延の国主である天帝の側には、宰相の座にいてもなんらおかしくない。
優れた文官達が揃っている、彼らの頭脳ならば容易なことだったろう。
地道に勢力を伸ばしてきていた宰相派を危険視するのは、
わからないでもない。
「同様の権力が二つなのが、やはり、問題だな」
思わず呟いてしまった、考え事を深くしてしまうと、
頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまう悪い癖がある。
これを聞いた近くの者は、それを曲解し、
天帝派を討つという歪んだものへと変えていく。
宰相は、己が延の家臣であることを強く意識している、
だから天帝に楯突くということを考えているのではない。
それなのに天帝に対抗する一派の長と目される、
そういう空気になってしまうだけの地位と権力、そして、取り巻きが問題なのだ。
先の呟きは、下々に伝わる頃には、
天帝を降ろすことで国権を宰相に握らせようと宰相が考えている、
そんなことになるだろう、宰相はそう考えていないできるならば部署による分権のような、
もっと理知的(この単語が正しいかはわからないが)な国組織にしたいと考えている。
それでも、過激派の連中を罷免するようなことはできない。
揃って優秀であり、また、彼らのおかげで確実に、
宰相派の勢威は増してきているのは事実。
宰相としては、自分の権勢は守らなくてはならないと信じている。
それが分権の第一歩である。
第一、自分の力が及ぶ範囲が増えれば、規律により民草を導くことができるだろう、
宰相なりに、国のことを考えている。
それは本当のことであり、悲願でもある。
過激派は、手の掛かる子供のように見守るしかない。
子供は親が或る程度は守ってやる必要がある。
宰相が仕方なしと手助けをし、
天帝派中央官僚達の目測が大きくはずれることとなった。
3年で片づくだろうと思われたこの問題は、
宰相自ら采配に乗り出したことで、困難を究めていく。
☆
「…さて、西州の南半分を切り取り、南州も切り取るか」
「流石でございますね」
「なに、優秀な人間が集まっているのも有り難いが、宰相様が自ら率先してくれるのが力強い」
呟いたのは曹蓋だ。
宰相過激派に彼は属する。
彼の上司である中央中級役人もそうだ。
かつて、墨寧を左遷へと誘ったあの省令のことである、
その下にいる墨寧も、今となってはその派に属している。
「警邏隊の数はどうだ」
「まもなく西州全土に派遣できるほどになりますでしょう」
「養うのが大変だな」
「それにつきましては、以前推挙なされた墨寧という省令が、多額の納税をしており潤っております」
「利に聡いところは、あいつに及ばぬな…また褒美をやらねばならぬ」
「郡令をお譲りなさりますか?」
「それもよいな、私が中央に登ればここで手足となるものがいる、あいつが適任であろう」
「信頼しすぎでありませぬか…」
がははは、大きな声で曹蓋は笑った。
そして頭をちょいちょいと、人差し指で差して笑う。
「それでもあいつより私の方が、ここの作りが上等だ、だからこそ使いやすいのだ」
事実、曹蓋に乗せられた形で墨寧は今の地位にいる。
彼の働きを利用し、前回の賊退治の後、南州にまで警邏の範囲を拡げることが、
強引に進められ、今ではすっかり曹蓋の地盤である森近県、林隣県、岩倉県、
これらを中心に大がかりな警邏隊組織とそれらを養う役所作りが進んでいる。
その工事には、引っ捕らえられた罪人と奴隷が投じられているが、
一ヶ月も前になろう、墨寧の反逆事件の時に捕まえた。
一部岩倉県の県民も紛れ込んでいる。
彼らは工人として優れた力を持っていたので重宝され、
奴隷の中でも、やや上等な位置で工事の指揮をとるようになっている。
その中に、周雲がいる。
「なぜ、逃げ切れなんだ」
「へへへ、周雲様を置いては逃げられませんぜ」
200人の県民から捕まったのは50人程度だったらしい。
その内の何人かは、既にもう死んでしまった者もいるらしく、
一ヶ月でみるみる衰弱していっている様子だ。
それぞれは、入念に出身地を調べ上げられ、
決して結託することがないよう、別々の場所に配置されている。
ただ、何か手違いがあったのか、周雲はもともとの東州出身であることから、
かつての岩倉県民と若干近い位置にいた。
彼を経由して、ちりぢりになっている岩倉県民は情報の網を敷くことができている。
「その後、何かわかったことはあるか?」
「まだ、全員と話ができたわけじゃないのでわかりませんが、残り150人はともかく逃げ切ったらしい」
「まぁ、典晃や徐粛がいたのだ、間違いはないと思うのだがな」
「それですが…」
休憩時間である、日陰で休みながらお互い、
背中合わせで会話をしている、随分な陽射しの強さにやられ、
見張り役の兵もどこか緩慢としているらしい。
隙を狙って周雲は、情報を集めることに専念している。
己が斥候役を務めながら、指示をも与える優れた指揮官だ。
「お二方は別々にお逃げなさったのだとか」
「二手に別れたということか?」
「おそらく、まとまって逃げるより効率がよいと思ったのかもしれません、ただ、
そこから漏れて捕まったものが何人かいるらしいので、そちらを今度は探ります」
「頼んだ、壁作ってる連中にも伝えておく」
言い終わる頃に作業再開の声が上がった。
やれやれと重い体にむち打って、また作業へととりかかる、
大きな砦を築いている。
周雲なりに考えて、これはなんらかの作戦の拠点となるものだと考えている。
正確な、鋭い視察は自分には無理だが、徐粛あたりなら看破するだろう。
詮無いことだ、今は、
ただ、仲間の無事を確かめあいながら、
この工事に手を尽くすのみである。
この生活がこの後、数年にわたり続いていくこととなる。
☆
「よし、大分売れてきたな、そろそろ絞るか」
「値をつり上げますか」
「無論だ、とりあえず利益の確定だけしておく」
相場が儲かる、
と、墨寧は勉強して学んだらしく、
忙しく相場に手を出している、出したのは米。
省令となってから半年が経過し、
その間、相場の勉強とそれを操る手段について考え続けてきた。
そしてそれが実を結びつつある。
「戦にいかぬから、干されているかと思いましたが、なかなか」
「前線に出ないままで手柄を立てておけば、出た後に些細なことでもすれば、
一気に箔が付いていいんだよ、おら、米運べっ、来年の作付け面積割り出ししておけよ」
言うと、応答が返る。
役人達は、中央の相場を判断して調整した出荷量を、
各県から順番に出している、全て古米だ。
しかし、売れている、明らかに味は落ちている、だが売れている。
墨寧が、いかがわしいことをして相場を左右させているからである。
「戻った、翁、前線はどうだ」
「手こずっておられる様子、一団、賊とは思われぬほどの鋭いものがおる様子で」
「ほう」
「戦ぶりが凄まじく、煙や霧のようで、雲散している中突如姿を表していくとか」
「神謀だな」
「そう、分散と集合を極めた、優れた用兵でありましょう」
「…徐粛か」
「おそらく」
翁の目が鋭くなる、最近は古くの好々爺の時と、
同じような表情、笑わないまま笑っている。
作り笑顔で過ごしているが、墨寧だけがその瞳から表情を読み取っている。
嘆息が一つ漏れる。
「賊になっていたか…そういえば、賊徒をまとめたのは奴だったな」
「はい」
「随分、うれしそうではないか」
「いえ、墨寧様がお探しの能力が目の前にあるかと思いますとな」
「嫌われておるからな、俺を殺すために使うだろうさ、壮絶な片想いだな」
「ははっは、笑えぬ冗談」
省令となってから、各県の内情を把握した後、
墨寧は統括する3県に耕地開拓を命じた。
そして、同時に曹蓋が進めている治安維持政略の兵糧係を担った。
何一つ特徴のない山を切り崩しただけの三県、
そして、当然山から採れる食糧となる全ての物は、
天下に知れ渡る「不味い」という形容詞が看板だった。
しかし、それを花形の名前にした。
今では、この三県から穫れる全ての食物は誇大な価値が付加されている。
「ともあれ、もう少し前線には頑張って貰わねばならぬまい」
「そうでしょうな、さて、前線でしかと特級米を納めておきましたぞ」
「でかした、これでまた価値が上がる」
前線に最高水準の物産を送り続けた。
これが評判を呼んだ、前線でうまいものにありつくということが、
手紙などで故郷へと送られ広まり、
また、それを喰って英気を養った者達が活躍をして戦果があがる。
美味いという話も最初は登っていたが、
実際に市場へと出回る物産の悪さからすると、ある種の栄養剤、薬のような、
不味いが御利益があるという不思議な信仰を産んだ。
これが当たり、雲樹県産というだけで、牛でも豚でも、山菜でも米でも、
なんだって値が他県のそれよりも高く設定され、
また、飛ぶように売れた。
「それと、前線の噂も拾って参りました」
「どうだ」
「徐粛殿と思われる賊以外は面白いように叩きつぶせている様子です、ただ、
この所、派手に動きすぎたせいか、中央からも警邏が出ている様子」
「中央が出てきたか…自作自演がバレるかもしれぬな」
「いや、それは大丈夫でしょう、裏を取れる将を送ってきていない様子です」
「ほう、どうして解った」
「猪突、一言にすぎる用兵、精鋭でありながら警邏で満足する御仁」
「なるほど、典晃が出てきているか」
「その通りでございます」
典晃は中央の役人に戻っていた。
その後、悪鬼の如く各地の賊掃討で名を挙げたらしい、
噂は風に乗って、この辺境まで轟いている。
だが、こちらの噂は典晃のもとには届いていないだろう。
そういったカラクリがこの地位の世界には広がっている、
ともあれ、賊の徐粛を追うのが役人の典晃、
図だけ見れば、数年前の役柄そのままであるが、
その数年の間、二人にはなみなみならぬことがあったはずだ。
何かあると感じる。
「翁」
「早速手配をしておきました」
「そうか」
苦笑する墨寧、言う前に手配が済んでいることを、
薄ら寒いと覚えるか、頼もしいと覚えるか。
それは本人の主観によるものだろう、墨寧は頼もしいと覚えた。
握りつぶした徐粛の罪を今一度上奏し捕まえる、
それを暗にした。
暫くすると、典晃の下にもその知らせが届くだろう、
そして、典晃でなくては徐粛を捕らえることができないだろう。
あまり徐粛を外で泳がせておくわけにはいかない、
また、その徐粛と典晃を外で突然引き合わせるわけにはいかない。
この時点で結託し、騒動を起こされては全てが困ることになる、
墨寧は忙しく、足らない智恵を総動員して、
なんとか、天下趨勢のハジッこにしがみついて生きている。
☆
「……」
典晃が黙った。
美しい銀色の鎧兜がその悪鬼を包み込んでいる。
手元には文が握られている、文といってもこの時代木簡か羊皮紙が一般だ。
普通のいわゆる紙は、役所の奥底へと保管されるそれにしか使われていない、
典晃が握っているのは木簡だ。
木簡はその性質から、言葉が短い。
賊の頭領は徐粛、かつて役人殺しの罪あり。
たったそれだけが記されている。
記されている内容があんまりだ、
だから、典晃は黙っている、その手紙を受け取った時、
捕捉した賊が、間違いなく徐粛のそれだと解っていたから尚更困惑極まっている。
「なぜ、読んでしまったか…」
中央からの達しだ、無視できるわけがない。
それに特使より、自ら受け取った、今更、書状を受け取っていないと嘘はつけない状況となっている。
うぐぅ、うねるような声が漏れた。
典晃は後悔をそこに見出している、幸い今は宿営で一人だ。
『俺は賊に身を投げる、お前は中央へと帰れ』
『徐粛お前』
『俺が外で策を練る、お前はその間、兵を使える立場になっておく、これが肝要だ』
『……』
『忘れるな、俺達で周雲様を助けるのだ、俺達でなくてはできないのだ』
別れ際の会話が今でも生々しく蘇ってくる。
徐粛の提案のままに二手に別れ、県民の大半を中央へと連れて帰って、
そこから工人としての就職斡旋を施した。
それが終わるや否や、職務へと復帰し、若干冷ややかな視線を感じつつも、
鬼神の如き働きで、すぐに中央警邏に典晃ありの評判を取り戻していた。
その裏で、南岩倉県を襲った賊をその手で血祭りに上げる、
そう恨みを込めて務めていた。
今回、ようやくこの西州南部への出征を命じられ、
鬱積したものを吐き出そうと気合いを入れてきていた。
その反対で、徐粛と落ち合い周雲の救出を狙う、
それらの作戦を持ち寄ってここまでやってきた。
だが、その機先を征するように、徐粛を捕まえろという中央からの指令。
「しかし、千載一遇の機会とも取れるか」
堂々と中央警邏の地位のままで、
徐粛と出会うことができる。
典晃にとっては、辛い現実であるが、
もしかすると徐粛はこれを見越しているかもしれない。
ならば、捕まえるために出会うというのは、
むしろ、徐粛が自ら撒いたタネの一つかもしれない。
そう願って、この日、中央警邏隊は出陣をした。
徐粛が率いる賊は山に陣取っている、
包囲は完璧にこなした。
あとは、突撃隊である典晃自らが率いる、黒豹の異名をとる部隊が、
賊徒を一網打尽とするだけだ。
包囲網は炎を焚き、賊徒を精神的に追いつめている。
「行くぞ」
呟くように指令を出した。
ゆっくりと黒豹達が先へと進んでいく、
典晃のみが銀装束だ、あとは黒塗りの夜戦に向く装いで連れ従う。
数は50人程度だが、この50人程度が縦横無尽に戦場を駆けめぐってきた、
経験の浅い弱兵の居ない、完璧な精兵で構成されている。
精兵達はゆっくりと前へと進んだ。
突然、喚声が上がった、だが、一歩も引き下がらない、
喫驚の気配は毛ほどもない。
狼狽えるな!
典晃は心の中で一度吼えた。
声にならずとも、空気を介して伝播していく、
黒豹達はもくもくと、声に怖じけることはなく、
真っ直ぐに進む、見えないところからの示威行為というのは、
局地戦で非常によく使われる戦術だ。
だが、黒豹達はそれらの突発的事態に恐ろしく慣れている、
典晃が慣らせた。
それが光を放つ瞬間だ。
どわっ。
緊張に耐えきれなかったのか賊徒達が森から這い出てきた。
黒豹達は分かり切っていたかのように、揃って槍を構え、
向かってくる賊徒に穂先を向けた、一度ついてからすぐに捨て、
武器を剣に持ち替える、黒豹達は実によく訓練されている。
寸分違わぬ同時行動で、ことごとくの奇襲を粉砕していく、
典晃はこのとき、最後尾でその軍用を見ている。
猪突と馬鹿にされていた頃から少し変わった、
自分が率いずに兵だけで吶喊をかけるなど、それなりの用兵を覚えてきた、
無論、勝負どころになれば自らそれらを率いるが、
通例自分が率いないことで、自らが率いる時の志気がまるで違うと感じている。
自分が切り札になったのだ。
だが、今回の相手は徐粛だ。
典晃はそれを忘れているわけではなかった。
敢えて後衛に回ったのは、そのあたりからだ、
そして、その予測を遙かに上回る事態が起きた。
「……徐粛か」
「おう、典晃、久しぶりだな」
前衛では激しい戦闘が続いている。
だが、少し戦場と離れてしまった典晃の目の前に数人をつき従えた徐粛が現れた。
完璧な囮作戦だろう、いや、囮を使ったとかそういう次元で説明できる事象ではない、
突然、煙のように立って、気付いたら目の前に居たのだ。
今、徐粛方は10人、一方、典晃は1人。
ここで典晃が討たれれば、この隊は壊滅し包囲している隊もちりぢりとなるだろう、
つまり、賊徒の圧勝となるのが目に見える。
しかし、徐粛は当然そのつもりは無いらしい。
典晃の様子は彼の部下達に知られない、それだけ距離が知らず内に開いた、
だから、ある意味安心して話ができる。
「俺を捕まえろ、典晃」
「それでよいのか?」
「そうだ、おおよその支配関係を掴んだ、あとは俺が塀の向こうに行けば周雲様と結託できる」
「…お前に任せるぞ」
「無論だ、ここに連れてきた奴らはいずれも俺の懐刀になる者だ、あっちのは危ない殺してかまわん」
ずばりと、酷いことを言うあたりは変わっていない。
この残酷さが、中央の意向に背くそれなのだろう、典晃はわかっている。
その残虐さが無い周雲の下に何かをまとめるには徐粛が必要だと。
「捕まる前に伝えておく情報がいくつかある」
「なんだ」
「まず、周雲様は岩倉県の砦を作る工人の一人として働いている」
「奴隷扱いなのか…」
「そして、我々をこうせしめた賊徒は既に討たれている」
「なっ!!!」
典晃の驚きは極まった、それを討つ為に悪鬼となったのに…。
徐粛は或る程度想定していたが、それ以上のものを感じた、
まずいな、
一瞬そう思って、真実を告げることをためらったが、
それを伝えておかなくては、この後、徐粛が企む作戦が遂行されない。
決意を胸にさらに続ける。
「よく聞け典晃、その賊を討ったのは宰相派の省令だ」
「……」
「名前を、墨寧と言う」
すわっ、その瞬間に炎が立ったかと見紛うほどの憤怒が発せられた。
典晃の怒りは頂点に達したと思える、徐粛はそれを恐ろしいと感じつつも、
ここで引くわけにはいかないと、腹の下に力をこめる。
そして、ひねり出すように声を上げる。
「いいか、典晃、お前は馬鹿なことを考えず天帝派として武功を重ね続けろ」
「しかし」
「墨寧殿を潰すことで、何一つ利はない、むしろ害ばかりだ」
「!?」
「あの男の性質を、俺は一度見誤ったがそれでも今なら確信できることがある、奴は再度裏切る」
「天帝派に寝返るというのか?」
「そうする為の布石を打っていると推理してる、今回、貴様に書状を届けさせたのは他ならぬ奴だ」
典晃は驚く、その情報を徐粛に握られていたことに驚いたのだが、
ともかく、信じざるを得ないような事象が並べられていく。
「おそらく、俺が周雲殿と結託するのを解って助け船を出してきている、
これは癪に障るが、機会でもある、俺が潜り、お前は外のままで、
いよいよ蜂起する、その機会だ」
「ぐむ」
「ともかく、お前は何も考えずに俺を捕まえればいい」
「しかし、極刑となりかねぬ」
「大丈夫だ、このあたりの司法を委ねられた曹蓋は、ともかく工人を探している。
人的資産をむやみやたらに潰すことはあり得ない」
結局、強い瞳に圧された形ではあったが、
賊の長であった徐粛を捕まえた。
その捕まえるまでの始終は誰も見ていなかったが、
10人の賊徒を一人でかたした典晃の武功は天下に轟くこととなった。
部下達は信奉し、また、典晃に当たっては仕方なかったと他の賊徒も諦めた。
地域一帯を荒らし回っていた、最悪の賊を中央警邏の典晃が捕まえたのである。
そして、想像の通り、
徐粛は労働のため、砦作りの土地へと連行されていった。
典晃は、さらに地位を高め、部下の数を増やしていっている。
「美味しいところを取られましたな」
「ふん、あのようなイノシシ、エサをくれてやればそれでよい、それに最近は、
我らも出しゃばりすぎていた、慎重に進めようぞ」
曹蓋は側近にそう声をかけつつ、
明かな不機嫌を見せている。
だが、それを察した側近は、すぐにある帳簿を持ってよこした。
「…墨寧は本当によく働く、まるで犬の如きじゃ」
曹蓋はうっとりとその帳簿を眺めた。
凄まじい利潤を産んでいるらしく、その大半を納めた男に、
だんだんと心中を傾けはじめている。
曹蓋は少々人変わりがした、それは地位のせいでもある。
他人を使う地位に立ち、また、中央から派遣される優れた役人を使うにつれて、
己の才覚を他人の働きにより上げるということに注ぎ初めていた。
それでも、手飼いを残しておきたいと墨寧を重宝し始めたのだ。
地位が人をかえる。
それは、古今東西、揺るぎ無い事実である。
刻一刻と、誰かが描いた図に乗って、延の国は動いていく。