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夏に雪  作者: あきんちゅ
1/4

7月の雪

2022年、7月。


――私は魔法使いになった。



*


 今年は雪が降った。太平洋に面し、国内ではほどほどに温かいとされるS市において、雪が見られるのは数年に一度のこと。


寒さは嫌い。鼻が赤くなるし、耳は痛い。足に当たる風も私の敵。目下の味方はこの布団だけとなる。


 部屋に轟音が響いた。音は三つ。すぐ近くに一つ、窓際に一つ、扉から一つ。これらはすべて同時に発され、二分間続いた。時間すら私の敵ということか。


強烈な目覚まし音から体を起こす。

窓の向こうに目をやると、雪はまだ降っていた。


寒さは嫌いだが、雪は嫌いではなかった。数年に一度の出来事だったからだ。


けれど、今は、少なくとも、好きではない。


かといって、嫌いでもない。


――夏休みを前に降り続ける雪は、あまりにも奇妙で。


**


 靴下を履いてリビングに向かった。


「姉さん、おはよう」


リビングの戸を開けるなり声が投げられた、すでに制服姿の弟からのものだ。私と同じ学校の制服だが、校則だからとポロシャツを着ている。スマートフォンを操作しているが、耳の意識はニュース番組へ向かっているようだ。



「陽夏、おはよ。今朝も寒そうやね」


弟に挨拶を投げ、キッチンに向かう。キッチンからはカウンター越しにリビングが見渡せる。


「そうでもないよ、もう慣れた。それより、今朝は早かったね」


「え、いつも通りの時間やで」


おつとめ品の食パン二枚をトースターに任せて、ベーコンと卵を炒める作業にかかる。卵の一つは双子だった。


「今日はスヌーズが鳴らなかった。いつもは二回鳴るのに、今日は一度で起きてるじゃん」


陽夏はスマートフォンから目を離し、視線を投げてくる。少し、口角が上がっている。


「追い打ちされてまで寝ててもなあ、と思ってん。それに今日は終業式やさかい、最後くらい余裕もってこかなーって」


そう返すと陽夏の口角が更に上昇する。朝食は薄味にしてやろう。


***


 姉弟でいつもの朝食を済ませる。テーブルで対面しているものの、会話はない。ニュース番組と、香ばしく焼けた食パンをかじる音だけがリビングにはあった。


8時前。天気予報の時間がやってきた。意識は二人揃って画面に向かう。今月もっともな関心事の一つだった。


キャスターの疲れた表情が一瞬画面に映り、その後、地図を表示する。


「本日の天気も雪、全国の週間気温は東京、京都を除いてはこのようになっています」


覇気のない声で伝えられた天気と週間気温は全国ほぼ一様であった。


****


 雪が降ったのは7月1日の午前9時。梅雨真っ只中の湿気た中での現国の授業。本日から始まる『檸檬』を精読していた頃。肌寒さを感じ、はじめは過剰な冷房を疑った。


 次は窓際の生徒から。内緒話のボリュームだった。それが、2分もしない内に廊下側まで伝達し、降雪はクラスの全員が知るところとなった。


 夏に雪が降る。それは異様な光景ではあったが、喜ぶ生徒が多かった。そもそもS市では雪は毎年のものではないことも、彼等の反応を大きくしただろう。


下校時の運動場では、美術部総出でスノーアートを描いているところだった。


 夕食の頃、陽夏と見ているバラエティ番組が中断され、緊急ニュースが始まった。


 キャスターは「世界的な降雪について、イギリスの映像をご覧ください」とだけ告げて、画面が切り替わる。


 映し出されたのは、ゆったりとした黒い衣に身を包んだ美女だった。流れるような異国の言葉には字幕もついていなかった。内容もわからないけれど、綺麗な人だなあ、とだけ思った。


 1分間何かの演説をしたのち、画面はキャスターに戻る。


「生中継でお送りしました。字幕のなかったこと、お詫び申し上げます。ただ今、彼女、ドロシー、氏の演説内容をお伝えします」


 キャスターが自信なさげに伝えることには、ドロシーさんは魔女であり、自分が世界で雪を降らせた。自分の命、または力の続く限りは続ける用意がある。地球規模でも、局所的でも、これを止められる者は止めてもいい、ということであった。


それから20日目を迎えたS市の雪は深い。

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