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品子の青春7

続きのお話です。

まだまだ続きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

「んん…ああ、ヒルちゃんがぁ?俺だ俺だぁ…父さんだぁ、今ちょっこしいいべか?」

父、昭三は品子が自室に戻ったのを見計らうと、早速ヒルダに電話をかけた。

「ああ、父さん、おばんでしたけんども…ちょっと、父さん!俺だ俺だって、やんだぁ…詐欺みてぇだらやめてけれよぉ~。」

「ん?そんだかぁ?すまんすまんなぁ…それはさておき、来週そっちさ行っでもいんだべかぁ?」

「ああ、そんだそんだぁ、約束してたっけよぉ…品ちゃんの誕生日だがら、父さんと一緒にこっちさ来るっでぇ…いいよぉ~…むしろ待ってるぅ~?孝雄さんも子供らも来るの楽しみにしてんだよぉ~!おいでおいでぇ~!」

「そうがぁ…いがったぁ…まんだ品子さは話しでねぇんだどもなぁ…」

「なしてぇ?」

「いや、その何つうか…タイミングってのが、びっくらさすがなぁって思っでみたりとがで…」

「なんも!そんなの品ちゃんだって自分の誕生日ぐれぇは覚えてるべさよぉ~…」

「ああ、それもそんだなぁ…そんでよ、父さん、品子さ何買ってやったら喜ぶがわがんねぇのさぁ…」

「ん~…まぁ、そんだろうねぇ。」

「んだべぇ…今日も、ダフネんとことローリーのとっからプレゼント届いたんだども、あいつらだら、まぁ~センスさいいのさよぉ~…」

「そりゃそうだんべさぁ。」

「んで、ヒルちゃんさ相談なんだけんども…品子さプレゼント、何がいいべかなぁ?」

「あ~…そんだねぇ~…まぁ、でも予算もあるべし…」

「ああ、予算な…それだら父さん1万ぐれぇで考えてんだぁども、それで足りるべかなぁ?」

「ああ、足りる足りる、大丈夫だ…あだしも品ちゃんのプレゼント考えてたんだけんど…」

「何?何?」

「ああ、ん~…品ちゃん、そっからほとんど出てこないべさぁ?」

「ああ、そんだなぁ…たま~に高校ん時の友達と遊びにさ行ぐども、そんだなぁ…家さ閉じ篭もってる訳ではねぇども、電車さ乗ってどっかさ行ぐってのは、あんまりないがなぁ…」

「でしょ~…したから、品ちゃんの部屋で使うものがいいかなぁって考えてんだどもねぇ…あ、それとも、こっちさ来た時、一緒に出かけて買ってもいいんでねぇ?好きなもの自分で選べるべさぁ…それもいいんでねぇ?」

「あ~、そうだなぁ~…そういう手もあるがぁ…ん~…」

そういう訳で次の週の土曜日は泊りがけで双子の片割れ、ヒルダの家に行くことになった。


出かける前、昭三と品子は忠助春子夫妻の家に向かった。

「おはようさん…いんや、わりぃねぇ。春子さん…あんれ、忠助…おめ、今、起きだんだがぁ?」

ぼりぼりと腹をかきながら、忠助が春子と共に玄関に出てきた。

「あんれぇ…おはようさん、昭三さんと品子ちゃん、そったらいい格好さしでぇ、どっかさ行ぐのがい?」

「父さん、何寝ぼけだこと言ってんだが…なんかごめんねぇ…この前がら言ってたべさよぉ~…ヒルダちゃんのとこさ泊まりに行ぐがら、シーちゃんさ、預かってけれってよぉ~…なぁ、昭三さん、品子ちゃん…これだもんねぇ、家の父さんだら…ごめんねぇ…」

春子は忠助の尻を叩くと、昭三の手から猫のしーちゃんを受け取った。

「しだら、お土産待っててけさい…いってきま~す。」

「はい、いってらっしゃい!気ぃつげてねぇ~…そんだ、品子ちゃ~ん、誕生日おめでとう~!」

「あ~り~が~ど~!」

玄関の外で忠助と春子、それに大きな白い犬ジェレミーと品子とお揃いの可愛らしいネグリジェ姿のしろは、二人を笑顔で見送ってくれた。

品子は朝からうきうきしていた。

それは自分の誕生日だというだけではなく、父と一緒にヒルダのところへ行くのが久しぶりだったから。

父、昭三が毎週通う町とは反対方向にある、山を越えたところにある大きな街でヒルダは夫と3人の子供と共に暮らしている。

ヒルダの夫は実家の工務店で引退した父に代わって、兄と一緒に仕事をしている。

子供達の手が離れたのを機に持ち家の一角でヒルダがカフェを開くのにあたって、夫の孝雄に店の内装などを全てしてもらった。

ヒルダのカフェはイタリアから直輸入の雑貨と、店で出すメニューが本場のイタリア料理に負けないほどの美味しさとあって、人気店となっていた。

品子と昭三はボックス席に向かい合わせで腰掛けた。

「あ~、なんか久しぶりだなぁ~!」

電車の窓を少しだけ開けると、そこからひんやりした風が車内にふんわり入ってきた。

「そんだがぁ~。」と父。

「ああ、そんだよぉ~…」

「そうがぁ。」

「そんだよぉ~…父さんは毎週電車さ乗ってるがら、そったらに珍しくもねぇがもしんねぇけんどもさぁ…」

「そんだなぁ…」

父、昭三は駅の前の自動販売機で購入したペットボトルのお茶を一口飲むと、話を続けた。

「ああ、そんだばなぁ~…ヒルちゃんが教えてけれだんだどもなぁ…あれ、茂子ちゃんっていだべぇ…」

「ああ、茂子ちゃん?ああ、あの茂子ちゃんねぇ…確かヒルダ姉とダフネ姉の1こ下だったよねぇ…そんで、あだしの2こ上の清子ちゃんとよぐ家さ来てたよねぇ…だけんど、あそこの兄ちゃん、家の兄ちゃんと一緒の学年だったども、酷かったっけさぁ…あれ?あそこのおじさん、父さんと同級生だったよねぇ…でも、7年ぐれぇ前に亡くなったんだよねぇ…あの、山さ持ってだ人だよねぇ…」

「そんだ、そんだぁ…父さんの同級生の五作んどこの茂子ちゃんよ…わりど最近らしいんだども、ヒルちゃんとこさ、その茂子ちゃんがら連絡あったってのが、なんか電話で話さするごとあったらしいんだどもなぁ…」

「うん、うん。そんで?」

「なんがなぁ、栄作ががま~だ捕まっだって泣いてたんだどよぉ…」

「えーっ!何それ?」

「今度はなんがどっかがら、電線だが盗んだ?っつってたがなぁ?」

「あ~?電線?」

「いんや、父さんも詳しくはちゃんと聞いてねがったんだどもなぁ…」

「えーっ!」

父、昭三の同級生だった7年前に他界した五作の息子で、品子の兄ローリーと同い年の栄作は小さな集落では珍しく鼻つまみ者だった。

栄作の妹達が昭三の家の子供達と仲良くしているのが心底気に食わないらしく、妹達のようにほぼ毎日昭三の家や忠助の家に遊びに来ることは一切しなかった。

高校に入ると栄作はすぐさまバイクの免許を取り、隣町で盗んだバイクを乗り回し警察のお世話になった。

そのことが学校にばれるとそく退学となり、父である五作に家から追い出され、栄作はますます荒んだ生活を送ることとなった。

一緒にグレていた先輩の口利きで大工の見習いになるもすぐに仲間を殴って首になり、その時もお縄になったそうだ。

その後、王港の繁華街で夜の世界に足を踏み入れたと聞いた。

父の五作が死んだとなると残された母や妹達のことは何も考えず、強引にすぐさま持っていた山を売り、勉強も何もしないまま焼肉店を始めるも2年で店はつぶれ、その後新しく始めたラーメン店も半年で閉店となった。

借金が嵩んでとうとう闇金に手を出すまでになったらしいのだが、その後、返済に苦しんだ挙句高齢者を狙った詐欺や窃盗などで何度か服役していたらしい。

そうして、今度の逮捕が6回目と聞いた。

「なんが、茂子ちゃんも妹の清子ちゃんも、さすがに栄作には愛想が尽きたってのがなぁ…兄弟の縁さ切るって…」

「…はぁ、そう…そんだよねぇ…」

「んでなぁ、母さんのたづさんもなぁ、何年か前に栄作が捕まったって聞いでそのままぶっ倒れちまって、可哀想にそれがら片側さ麻痺が残ったらしくでなぁ…それどあまりのショックもあったがらか、五作が死んでがら、ちょっとづつ訳がわがんねぐなってったみてぇでなぁ…」

「…認知症がい?」

「ああ、そんだそんだぁ…まんだ俺よりも若ぇんだども、認知症が進んできちまったらしぐで、前は茂子ちゃんとこで一緒に暮らしてたみてぇなんだども、もう手が回らないっつうのが、今はどっかの施設さ入ってるんだと…」

「そっかぁ…何が可哀想だねぇ…茂子ちゃんも清子ちゃんも、みんなで仲良くしてたがらさぁ…」

「そんだなぁ…あ、わりがったなぁ、品子…折角のおめの誕生日だってのになぁ…」

「ああ、ううん…大丈夫だよ、あだしはぁ…それはそうと、もうすぐ着くんでねぇ?」

「はれっ!もう、そんだかぁ…」

駅に到着すると、ホームでヒルダとその家族が品子達を出迎えてくれた。


「やぁ~、しばらくぶり…でも、ないか…あははははは…まずは品ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう…ヒルダ姉…孝雄さんもよっちゃんもいっちゃんもこ~ちゃんも元気そうだねぇ…うふふふふ。」

「やぁやぁ、孝雄君、なんかわりぃねぇ…休みんところ…」

「いえいえ、何も…丁度良かったですよぉ…子供らも普段はクラブだの塾だのでなかなか休みが合わないんだけど、今日は珍しくみんな休みだから…なぁ、みんなおじいちゃんと品子ちゃんに会いたかったんだもんなぁ~…」

ヒルダと孝雄の子供達は、照れたような笑顔で昭三と品子にぺこりと頭を下げた。

「さぁさぁ…じゃあ、このまま、リオンさ行くよぉ~!」

ヒルダの掛け声で全員大きなワンボックスかーに乗り込むと、街の真ん中にある大きなショッピングモールに向かった。

「…へぇ…何?よっちゃん、バレーで全国に行くの?すご~い!よっちゃんとこの高校強いんだねぇ~!」

「えへへへへへぇ~…」

前髪を眉毛の上まで短く切った好江は、照れてほっぺたを赤く染めた。

「え~何、いっちゃんはぁ?そっかぁ、来年受験だもんねぇ…何?よっちゃんと同じ学校さ行ぐの?あっ、違うとこなの?何?男子校に行くのぉ~!へェ~、そうなんだねぇ…」

ぎゅっと腕組みをした一郎は、照れ隠しでわざと難しい顔を見せた。

「んでぇ、こ~ちゃんは?なぁに?…うんうん…今年、男の子に手作りチョコあげたの?うふふふ…そっかぁ…そんでそんで?うん…ホワイトデーに相手の子からクッキーもらったんだぁ…そっかぁ、いいねぇ…」

末の娘琴子の話に、運転している孝雄は固い表情になった。

「やんだ、パパ…何?急に…そったらおっかない顔さしてぇ…いんでしょ、チョコぐらい…」

助手席のヒルダは運転席の夫孝雄の膝をトンと軽く叩いた。


ショッピングモールへ到着するまでの間、昭三と品子はヒルダの子供達と沢山話をしたのだった。


好江と琴子の女の子達は、品子とそれぞれ腕を組んだ。

一郎は昭三と並んで歩いた。

「さぁ、品ちゃん、何か欲しい?何でも言って!まぁ、予算はあるんけんどもさ…そんなのは別に気にしないで…ねっ!ねっ!欲しいなって言うやつ、ちゃんと選んでね!」

「わがったぁ…したけど…なんか…」

「しーっ!」

子供達に人差し指で口を止められると、品子はこくんと頷いて歩き始めた。

土曜日ということもあり、ショッピングモールの中は人でいっぱいだった。

普段見慣れないお店をどんどんと覗いて歩くと、父、昭三は少し疲れてしまった。

「おじいちゃん、どしたの?行こう!行こうよ!」

琴子に手を引っ張られたが、昭三はベンチに腰掛け「ああ、わりぃなぁ、じいちゃん、ちょっこし疲れっちまったがら、おめぇだちで見てきてけれ!俺はこごで待ってるがらぁ…」と返した。

「やれやれしょうがないなぁ…じゃあ、品ちゃん連れて見てくるねぇ…」

そう言うなり、ヒルダと品子と子供達は買い物に行ってしまった。

「あんれぇ、孝雄君…一緒に行ってもいいんだよぉ~…」

「あ、いやぁ…お父さん…僕もちょっと疲れてしまって…どうも人ごみは苦手で…」

「そうがぁ…」

「そだ、お父さん、何か冷たいもんでも飲みませんか?喉渇きません?」

「ああ、そういえばそんだねぇ…」

昭三は婿の孝雄と共に傍にあるオープンカフェでアイスコーヒーを飲んで待った。

約1時間ほど経った頃、ようやく品子達が戻って来た。

「何かいいのあったがぁ?」

「うん!あった!あったの!いっぱい買ってもらっちゃったの…いいのかなぁ?こんなに…」

「いいさぁ…したって今日は品子の誕生日だんだもの。」


その後、ヒルダのカフェで品子の誕生パーティーが開かれた。

品子は先ほどショッピングモールで買ってもらったプレゼントを、1つ1つ開けてみんなに披露した。

ヒルダ、孝雄夫妻からということで、綺麗な肩掛けバッグとピアスをもらった。

子供達からは品子が好きな猫のキャラクターが描かれている、耐熱ガラスのカップアンドソーサーとやはり耐熱ガラスのティーポットのセットをもらった。

そして父、昭三からということで品子自身が選んだ、ストラップが取り外せる2ウェイタイプの3センチほどヒールがあるアイボリーの靴とそれに合う様にアイボリーのふんわりとしたシルエットの可愛らしいワンピースも買ってもらった。

「みんなありがとう…こんなにもらっちゃって…えへへへへ…どうかな?似合うかな?」

買ってもらった物を早速見につけてみた品子は、お披露目しながらも嬉しくて照れてしまった。

「いい!いいわぁ、可愛い!品ちゃん!ダフちゃんからの口紅とマニキュアとも合ってて、いいよぉ~!そんまま、デートでも行ったらいいのにぃ~!」

「えーっ!そ…そんな…デート…って…デートって…」

「なして?だって品ちゃんだって今日でいくつだったっけ?」

「25…」

「25の女だら、デートのひとつや二つ…ねぇ…パパぁ…あだしらだって、25ん時はとっくにデートしてたよねぇ…」

ヒルダにいきなり話をふられた夫の孝雄は、昭三の表情を気にしつつ顔に汗をだらだらかいて何とかその場をやり過ごした。

その夜、父、昭三は一郎の部屋で、品子は隣にある好江の部屋でそれぞれ寝た。

琴子はどうしても品子と一緒にいたいらしく、風呂上り好江と品子にくっついてちゃっかり部屋にやってきたのだった。

人ごみで疲れた昭三は大きないびきをかいて寝た。

品子と女の子達は夜遅くまできゃっきゃとガールズトークで盛り上がった。


「いんやぁ、楽しかったぁ…ヒルダ姉…孝雄さん、それにみんななんかいっぱいありがとうねぇ…」

昨日買ってもらったワンピースを着て、新しい靴を履き、肩掛けバッグを斜めに肩にかけると、ヒルダ一家にぺこりとお辞儀をした。

緩く結んだ三つ編みのおかげで、もらったピアスがキラキラと光ってよく見えた。

「あ~、やっぱり可愛いわぁ…なんか、あんな山ん中にいるのもったいないねぇ…品ちゃん、いかったら家で働かないかい?まだ若いんだし、こんなに綺麗なんだもの…」

ヒルダは顎に手を乗せながら、誘った。

「ありがとう、ヒルダ姉…そのうち気が向いだらぁ…今は…こんままでいいがなぁ…ああ、それよりもかごとざるねぇ…帰ったら、急ぎで編むわぁ…」

「そうかい…ああ、かごやざるはそんなに急がなくってもいいよぉ…たんだ、ちょっと多めにお願いするわぁ…ごめんねぇ、なんかさぁ…」

「ああ、何もさ…ねぇ、父さん…」

「そんだぁ、何もこっちは二人で編んでんだから、そったらぐれぇ何でもねぇよ…しだらなぁ…今度おめらも来い!待ってっがら…なっ!しだら。」

昭三と品子はヒルダ家を後にした。


「それはそうと、なんでこんなに早く帰るんだろうなぁ?」

孝雄が何気なく聞いた。

「ああ、あん人だちねぇ、これから王港さ行って野球見んだって…今日、日曜日だから野球昼からだからさぁ…」

「あ~!お父さんも品子ちゃんも好きだったっけねぇ…」

「そうなのさ…さっ!したら、あだし達はぁ…ちょっとコーヒーでも飲もうか!」

品子達より随分前に長女の好江はクラブ活動、長男の一郎も朝から友達と図書館で勉強、そして次女の琴子はやっぱり友達と昨日みんなで行ったばかりのショッピングモールへ遊びにそれぞれ出かけて行ったのだった。


昭三と品子は家があるいつもの駅で降りることなく、そのまま王港まで電車に乗っていった。

日曜日の今日は品子達と同じく、野球を見に行く客で電車の中は徐々に混んでいった。

「去年のシーズン終わりに行ったきりだったねぇ…」

品子と昭三は人の波に乗ると、そのままその流れに身を任せいつの間にかドーム球場に到着したのだった。


「父さん、あっこの席でねぇべか?」

売店でメロンソーダとフライドポテトを買ってもらった品子は、グラウンドに近い席を指差した。

ゆっくりとメロンソーダをこぼさないように気をつけながら階段を下りていく途中、品子は何かに躓いて転びそうになった。

その時、不意に傍にいた人が品子の腕を掴んで助けてくれた。

「ありがとうございました。」

品子が顔を上げると、そこにゴミの収集作業員の渡辺が立っていた。


「あんれぇ、渡辺君でねぇの?」

「ああ、どうもこんにちは!」

「何?どしたんだぁ?渡辺君も野球さ見に来だの?」

「はい…」

「何?一人で来だのかい?」

「あ、ええ、まあ…」

「んで、渡辺君の席、どこさ?俺らはここなんだども…わがるかい?」

父、昭三はそう言うと渡辺に席の番号を見せた。

「ああ、ここです…隣…みたいです。」

「そうかそうかぁ…しっかし、こったらどこでまさか知り合いに会うとはなぁ…」

「はぁ…そ…そうですねぇ…」

「したけど、いかったぁ…やんや渡辺君…隣だら一緒に見るべぇ…しだって、おめぇさん、一人だんだべさぁ…しだら、トイレさ行く時とか、荷物見る人いねぇばなぁ…」

「そう…ですねぇ…」

誕生日の次の日にこんな場所でこんな形で渡辺と逢えた喜びで、品子は何も言えずにいた。

だが、心の中では長々とこの状況について呟いているのだった。

「やった!父さん!今のいかったよぉ~!ちゃんと渡辺さんさ、声さかけてけれて…父さん、あんたでかしたよぉ!はぁ、それより、どうすんべぇ…昨日揃えてもらっただども、どっか変でねぇべか?調子こいて口紅とマニキュアと香水とピアスまでつけてまって…どうしよう…渡辺さん、ドンびかねぇがなぁ…いっつも化粧なんぞしてねぇのに…やぁ~…どうしよう…はぁ~…それにしても渡辺さんの私服ってあんな感じなんだなぁ…なんか爽やかで…なんか…なんか…かっこいい~!ひゃあ~!それにしでも…なして父さん、あだしと渡辺さんの間さ座ってまったのさぁ…なしてさぁ…あ、でも…だども…考えてみればこっちの方が自然に渡辺さんの顔さよく見れるんでねぇ?父さんごしだども、そっちさ向くの自然だよなぁ…あははは…真ん中だら、父さんさ話する時、父さんの方ばっかり見ねぇばなんねぇもんなぁ…そだなぁ…よくよく考えたら、この席で正解だよなぁ…はぁ~…それにしても、渡辺さん…休みの日だってのに、一人で野球見にくんだねぇ…そんだよねぇ…高校時代は野球部だったんだもんねぇ…そん時は別に興味もなかったがら、あんまりよくしんねぇけんど…」


品子が心の中で呟きまくっている間、父と渡辺はゆっくりと和やかに会話を続けていた。


試合は延長戦にもつれ込んだが、結局地元で昭三達が応援しているチームがさよならで勝った。


「はぁ~、いい試合だったぁ…」

「そうですね…」

ぞろぞろと帰る人ごみに流されながら、やっとの思い階段を上った先の廊下に出ると、父、昭三は混んでいるトイレに行ってしまった。

残された品子と渡辺は特にどちらから話すということもなく、その場で立ち尽くしていた。

「あ、ごめん、品子ちゃん…俺、ちょっと…」

それだけ言い残すと、渡辺は人ごみの中に消えてしまった。

一人ぼっちになった品子は、折角渡辺に逢えたのにと少しだけ哀しくなった。

昭三がようやく戻って来た頃、ほぼ同じタイミングで渡辺が品子達の元に戻って来た。

「…あのさ…これ…どんぞ…」

渡辺は品子に袋を手渡した。

「何?これ…開けてもいんだべか?」

こくんと頷く渡辺を見ると、品子は袋を覗き込むように恐る恐る中を見た。

すると、そこには応援しているチームの帽子とチームのマスコットキャラクターのキーホルダーが入っていた。

「なんか…こんなもんしかなんだけど…昨日、誕生日だって聞いたがら…」

「えっ?いい…んだべか?」

「じゃあ、昭三さん、品子ちゃん…俺、もう行きますねぇ…しだら…まだ…」

爽やかな笑顔で渡辺が行ってしまうと、品子の目には涙が浮かんでいた。

「あんれ?品子、どしたんだぁ?腹でも空いたのがぁ?どっが痛くしたのがぁ?」

昭三は心配して品子の背中を優しく摩った。

「…ううん…ううん…どこも痛ぐないよぉ…そうじゃないんだぁ…そうじゃないんだぁ…」

涙の品子は渡辺がゴミの収集で来る際にいつも、品子に買ってくれたのと同じ野球帽を被っているのを思い出していた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

お話はまだ続きますので、どうぞ待っていてくださいませ。

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