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品子の青春5

続きです。

すいません。まだまだ続きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

「ねぇ…ねぇ、父さん…明日か明後日あたりにイタリアから荷物届くみだい…さっきダフ姉ちゃんからメールさ来てたわぁ…」

「そうがぁ…わがったよぉ~…したら、郵便局のあの人…あんれぇ、名前っこさ何だったかの?」

「ああ、前田さんかい?」

「ああ、んだんだ…前田君来るんだばなぁ…そうかぁ…そんだら、明日はどこも出かけらんねぇなぁ…あん人何時さ来るがわがんねぇだもなぁよ…」

「そんだねぇ…したけど、ちょんどいんでねぇの?さっき天気予報で明日からしばらく雨さ降るだもしんねぇって言ってたがらよぉ…」

「あ~、だからだべか…父さん、なんか体のあっちこっちさ痛でぇんだばよなぁ…」

大きなL字型のソファーに寝そべった父、昭三は3年ほど前、隣町の道の駅へ行く道中、右折しようとしたトラックに追突され腰や足に怪我を負った。

その事故で約3ヶ月ほど入院をし、運転していたワンボックス型の軽自動車は廃車になってしまった。

新しい車を買う話も出たのだが、足を怪我した昭三はそれっきり車の運転はできなくなり、品子も運転免許を取っていなかったので、その話は消えてしまった。

それまで定期的に隣町の道の駅に畑で育てた数種類の野菜を少しづつ出荷していたのだったが、それも突然の事故のせいでやめざるを得なくなった。

忠助も同じく隣町に数種類の野菜を少し下ろしていたので、「なんなら一緒に持って行くども。」と優しく声をかけてくれていたのだが、それも何だか申し訳ないように思えたので、その申し出は丁寧に断った。

忠助達は「水くせぇなぁ。」と惜しんでくれたのだが、昭三の年金と品子と二人で編んでいるかごやざるなどの収入も僅かながらあり、道の駅に下ろさなくはなったけれど、今まで通り品子と二人で食べる分の野菜や果物はそのまま畑で育てていたこともあり、親子二人欲張らずに生活していくにはさほど問題はなかった。

「ここいらが潮時、神様がそう言ってるんでねぇべかなぁ。」

昭三の決断に、品子もそれほどがっかりする訳ではなく、「そんだねぇ、しょんがないものねぇ。」と納得するだけだった。

それから毎週月曜日にわざわざ電車で入院していた整形外科のリハビリに通うこととなった。

だが、それは昭三にとって大して哀しくも面倒くさいことでもなかった。

むしろ、生活が少しだけ変化し新しくなったことに、何だかくすぐったいような嬉しさと緊張感もあった。

それまで便利な車でブィ~っと通り抜けるだけの山里の景色を、今では杖をつきながらではあるもののゆっくり楽しめるようになった。

父、昭三は電車から眺める風景をとても気に入っていた。

何でもかんでも速さを求められるこの時代に、季節のゆっくりとした歩みを感じられることが贅沢に思えるのだった。

車を持たなくなったので、その維持費や税金など家計の負担も随分減った。

まぁ、その代わりと言っちゃあなんだが、毎週の電車賃や病院代、それに町に出たついでに見て周り品子へのお土産と言ってはあちらの駅前にある老舗の和菓子屋で大好きな草大福を2つ買うなどの余分なお金が出て行くのだが、それもまた気分転換となって昭三は随分楽しかった。

品子は品子で車のない不便さを最初のうちは感じていたのだけれど、徐々に慣れてしまえばそれが逆に楽しさにもなっていった。

高校時代、雨の日や風が強い日、または雪が積もる冬以外、父、昭三の病院がある町の学校へ通う為に乗り回していた自転車があれば充分だった。

月に一度のペースで、出来上がったかごやざるを姉ヒルダの元へ送る為、駅の中にある小さな郵便局へ行く時は自転車の後ろにリヤカーをつけて、それに荷物を載せるのでなんら問題はなかった。


「あ、ちょっと待っててけるぅ?こっちの片付け終わっったら、ちょっこし揉んでやっからさぁ。」

台所で晩御飯の食器洗いを始めた品子は、テレビの音に負けないよう大きめの声を出して作業を急いだ。

「ああ、ありがとうなぁ…」

部屋の中いっぱいにさっき食べ終わったトマトスープの匂いが充満していた。

年老いたメスの飼い猫しーちゃんは、ひょいとソファーに飛び乗ったかと思うと横向きに寝転んでいる昭三の脇腹辺りに腰を据えた。

「しーちゃん…おめぇさん、ちょっと重だくなったんでねぇの?」

そういうと昭三は猫のしーちゃんの背中をおかしな体勢になりながらも、ゆっくりと優しく撫でた。

みゃあん。

大きなあくびで口から餌の魚の臭いを昭三に吹きかけると、しーちゃんは静かに目を閉じた。


明け方から雨がしとしとと降り出した。

静かなようで山間は、案外雨の音がうるさかった。

「おはようさん…父さん、ごめ~ん、朝御飯自分で作ってけれるべかぁ…」

「ああ、おはようさん…どんしだぁ?品子、体の具合でもわりぃんだか?」

「ああ、ううん…そんではねぇんだども…あ、父さん、今日がらしばらくは父さんから風呂、先に入ってねぇ…わりぃねぇ…」

「んん、ああ、わがっだよぉ…んで、おめぇさは朝は?なんか食わねぇば…」

「…ああ、そんだねぇ…全然食欲ねぇんだども…そんだねぇ…しだら、スープでも飲むがなぁ…」

月に一度の女の子週間が始まった品子は、青白い顔のままだるそうにストーブの上にかけていた赤いケトルに沸いているお湯を、カップスープの素が入っているお気に入りの鳥の絵柄がついたマグカップに注ぐと、肩から牛柄の半纏を羽織り熱いスープを冷まそうとパジャマの袖を手のひらまで引っ張ると両手でカップを持ったまま、白くて美味しそうな匂いの湯気が出ているカップの中にふ~ふ~息をかけた。

「品子ぉ。」

「…ん?何ぃ?父さん。」

「今日、作業休んで、部屋で寝でてもいいんだぞ。」

「ああ、ありがとう…でも、あだしは大丈夫だよぉ…もうそろそろヒルダ姉んとこに荷物送んねぇばなんねぇから…少しやるよぉ…何がねぇ…この前ん時ねぇ、外国の観光客の団体さんだったがなぁ?なんか詳しくはわがんねぇんだども、がっぱり買ってったがら、今度の時、少し多めに送ってけんねぇべかって言ってたんだわぁ…したがら、こんなごとでいちいち寝込んでだら駄目だべさよぉ…それに、手ぇ動かしでる方が、調子いいんだわぁ…」

「そうかぁ…それだらいいんだけんども…ああ、そしだら、おめぇ、こっちの方は今日、父さんがやんべから、品子は仕事さすれぇ…」

「ええっ!いいよぉ…そんなの…家のごともちゃんとやれるよぉ~…」

「ああ、いんだ、いんだ…たまには父さんさもやらせてけれ…頼むぅ~…なっ…」

父に拝まれると、断れない品子だった。


品子が作業部屋に移動すると、昭三は品子とは違ったやり方で家事をどんどん済ませていった。

縁側の上に渡した物干し竿の端から端までびっしり洗濯物を干すと、ただでさえ古い家で天井が低く薄暗いのに、雨の薄暗さと相まって更に部屋の中が暗くなってしまった。

湿度が高くじめじめしているからか、猫のしーちゃんは機嫌が悪そうだった。

「さてど、何さこさえっがなぁ。」

久しぶりに台所に立った昭三は、ちょっぴりニヤニヤしながら大きな冷蔵庫を開けた。

「品子…可哀想に…そんだ、何が体がほかほかするもんがいいべかなぁ。」

そう言うと昭三は冷凍してあった刻み油揚げと豚肉を取り出し、電子レンジで解凍している間、床下収納から玉ねぎニンジンごぼうにジャガイモをざるに入れた。

ふんふんと昔流行った歌謡曲を歌いながら、昭三はお昼ご飯を張り切って作った。


コンコン。

「品子…そろそろお昼だがら、ちょっと手さとめで一緒に飯さ食うべぇ。」

戸越しに父から声をかけられると、品子はハッとなってすぐさま壁にかけてある古い時計を見やった。

「あんれぇ、もうこったら時間。」

そう言うなり、ゆっくりと立ち上がって食卓へ向かった。

部屋に入る前から良い匂いが漂っていた。

「ごめんねぇ、父さん…あんれぇ…すごいねぇ…これ、全部父さんが作っだのぉ?」

テーブルの上には豚汁とおにぎり、それに黄色が綺麗な卵焼きと沢庵と切り干し大根の炒め煮。

「そんだぁ…まぁ、それはいいがら、とっとと食うべぇ!」

「そんだねぇ…あ、ちょっと手さ洗っでくるがらぁ。」

豚汁と切干し大根の炒め煮には、自家製の真っ黒くて弾力が強いこんにゃくが沢山入っていた。

じとじととした雨の薄暗い昼、父と娘は向かい合って父がこさえた温かい料理を笑顔で頬張るのだった。


結局、その日は郵便物は届かなかった。

最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

まだお話は続きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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