品子の青春3
前回の続きです。
まだまだ続きますので、どうぞ宜しくお願い致します。
「…なぁ、品子ちゃん、昭三さん…こん人…こん人っていづまでも呼ぶんだらいぢいぢめんどくせぇべぇ…んだから、なんか呼び名ぁさつけだらどんだべなぁ。」
春子の提案はもっともだと思った。
「ん~…そんだばぁ…こん人…そんだねぇ…オランダの人だってんだら…オランちゃんってどんだべなぁ」
「あ~、ん~…なんかピンとこねぇ感じだらなぁ…わだしだら、昭三さんがオランダの人でねぇかって言うんだがら…なんか洒落た名前っこさつけたらいいど思うんだども…」
「…なんがいいね…おばちゃん。」
「そんだねぇ…うぢのジェレミーは父さんがつげだんだどもなぁ…そんだねぇ…ジェルミーだらどんだべなぁ?」
春子の発言の後、少し間が空いた。
沈黙を破ったのは父、昭三だった。
「おらだらぁ…こん子、色が白いからぁしろ…しろちゃんってどんだべなぁ…」
「じゃあ…じゃあ…今、折角起きでるんだがら、本人さ聞いてみんべさ…そんで文句なしでいいべぇ…」
品子の提案に残りの二人は賛成したのだった。
「じゃあ、わだしから名前さ呼んでみるがらぁ、いがったらあんた手さ上げてけれ!いいかぁ?わがったの?」
こちらの言葉が通じているのか定かではなかったが、とりあえずそうしてみた。
「したら、わだしから…オランちゃん!オランちゃん!」
覗き込むような体勢で品子はできうる限りの笑顔でそう呼んだ。
だが、反応はなかった。
大きな黒目がちのつぶらな瞳をぱちくりさせるだけだった。
「どんれ…したらわだしがやってみんべぇ…ジェルミーちゃん!ジェルミーちゃん!」
少し間が空いたが、やはり反応は同じだった。
「どらどら…したら、おらがやんべか…し~ろ~しゃん!し~ろ~しゃん!」
父、昭三がそう呼んでみると、仰向けになっているその人が反応を示した。
と言っても、天井に向いていた顔が昭三達の方に向いただけのことだった。
「ああっ!この名前がいいのが?そうかぁ、そうかぁ…わははははは…しだら、おらの勝ちだでなぁ…わはははは」
いつの間にか「賭け」となっていた名づけに、春子も品子も何故か「負げだぁ…」と悔しがった。
「昭三さん、あんた強いなぁ…」
はて、何のことやら。
助けられたその人は傍で笑って話をしている3人をじっと見つめているだけだった。
「おう!今帰ったどぉ~!」
玄関で忠助の声がした。
「おう!忠助!あがってるどぉ~!」
「あんれ昭三さん…品子ちゃんまで…どしたんだぁ?二人揃って…まぁ、珍しぐもねぇども…おうおうジェレミー…父さん、帰ったよぉ~…は~、めんけぇなぁ…おめだら…」
忠助はこの家の大きな白い犬ジェレミーを冷たい両手でわしゃわしゃ撫でると、顔をぺろぺろと舐められる歓迎を受けた。
「ああ、父さん…ちょっとこっちさ来てけるべがぁ…」
「あん?なんだぁ…どしたんだぁ?みんなして…どらぁ…わりぃね、昭三さん、ちょっと前さ通るよ…はぁ、よっこらせっと…」
春子と品子がいる奥の部屋へ入ると、途端に忠助は驚いて腰を抜かしてしまった。
どったぁ~ん!
「あんれ!忠助っ!おんめ、大丈夫が?」
目の前にいきなり倒れこんできた忠助をジェレミーと昭三で受け止めた。
どうやらそれでも腰は強く打ったようだった。
「…ややや…わりぃわりぃ…昭三さん、ジェレミーよ…わりぃ…ちょっくらびっくりしだもんだがら…いだだだだだだだ…しまったぁ…腰さやられちまっだみてぇだんだぁ…いだだだだだ…」
昭三や春子が痛がる忠助の介抱をしていると、布団で横になっていたしろがふらつきながら起き上がってきた。
「しろちゃん…あんた、大丈夫なの?…あんたもまんだ怪我してるだら、無理に立ち上がったら…」
品子が心配する間もなく、しろはす~っとこの家の主である忠助の傍へ。
春子と昭三は起き上がってきた小柄なしろに驚くと、手が止まりじっとしろの行動を見守った。
「あいだだだだだ」
しろは痛がる忠助にそっと手のひらを当てた。
すると、そこからキラキラと光る粉の様なものがふんわりと忠助目がけて飛んでいったかと思った瞬間、それらが忠助の痛がっている場所を静かに包み込んだ。
そこにいる一同は固唾を呑んでその一連の出来事を見ていた。
「あんれ?…なんだべ?」
「どした?忠助?」
「なんだべ?痛ぐない…さっぎまで痛がっだけんども…もう痛ぐないわぁ…不思議だでなぁ…」
狐につままれたような気分に覆われていると、不意に春子がしろの両手をがっちり握った。
「しろちゃん!あんた、すごいねぇ…そんでありがとうねぇ…うちの父さんば治してけれたんだねぇ…どうやったがはわがんねぇども…ありがとうねぇ…しろちゃん!いんや、こして見ればしろちゃん、めんこいなぁ…あ~、めんこいめんこい!」
笑顔の春子はしろの何も生えていないツルツルの頭を優しく撫でると、そのまま細くて小さな体を抱きしめた。
しろはそのつぶらで大きな真っ黒い瞳をぱちくりさせた。
「しろちゃん、あんた偉かったねぇ…ありがとうありがとう…忠助おじさんば助けてけれて…やっぱりオランダ人だから、そういうの得意なんだべかねぇ…」
品子はしみじみそう呟いた。
「はぁ~ん?こん子、オランダ人だかぁ?そんだかぁ…いや、ありがとうなぁ…ありがとうなぁ…して、なしてこん子うぢさいるんだべか?」
忠助の何気ない質問から、春子の説明が始まった。
春子と忠助、そして品子がしろのことを話している最中、昭三だけは腕組みをして首を傾げていた。
「…なして?なしてだ?なして、品子、オランダ人だから手当てが得意だなんて言ったんだべなぁ?…そんなのオランダもなんも関係ねぇべなよ…あ…もしかすっと…昔の医学っつうのか、そういうのがオランダから来たがらってことなんだべか?…したがら、オランダの人だらみんながみんな、怪我の手当てがじょんずだって思ってんだべかなぁ…そしたら…品子…我が娘ながら…あだまわりぃなぁ…あんれ、それよりもさ、そもそも医学ってオランダだったっけかなぁ?…どっちかっつうとドイツでねぇんだべか?あんれ…おらもわがんねぇだらよ…やんだなぁ…おらも品子のこと言えねぇほど、あだま悪がったなぁ…ジョリーンだら大した頭がいがったけんども…上の子供らだらみんな勉強さできだだども…そうかぁ…品子、わりぃなぁ…父さんの方さ似てまったんだなぁ…」
昭三が適当に言い放った「しろはオランダ人」説が、昭三本人もそうだと信じ込んだらしく、誰も否定することもなくすっかりと馴染んでいるのだった。
その晩、品子と昭三は忠助、春子夫婦の家で晩御飯をいただいた。
当然しろも一緒に。
春子がこさえた味噌汁や沢庵、焼き魚に里芋の煮っ転がしなど和食などに感動した昭三は、ついついご飯のお代わりを頼んでしまった。
和食を食べるのが随分ご無沙汰していたからであった。
春子は布団で座らせたしろに付きっ切りで、甲斐甲斐しくご飯を食べさせてあげていた。
「しろちゃん、美味しいかい?美味しいのぉ…いがったわぁ、おばちゃんの味さ気に入ってけれてぇ…ん?次かい?わがったわがった、ちょっと待ってねぇ…熱いがら、おばちゃん、ふ~ふ~するがらねぇ…」
「…やぁ~、びっくりしたじゃあよ…しろちゃん…こうして見ると、めんこいなぁ…うぢは男ばっかりだったがらなぁ…女の子がいるのは何だか華やかになるさなぁ…昭三さんとこは品子ちゃんやお姉ちゃん達いるがらわかんねぇがもしんねぇだどもよ…」
しろにご飯を食べさせている春子の嬉しそうな顔を見ると、忠助はしみじみそう言った。
「いがったなぁ…したども、しろしゃん、一人ってことないだよなぁ…なぁ、忠助よ…川で倒れてだって話だからよ…もしかすっと家族か兄弟でもなぁ…」
「そんだなぁ…もっと上流ででも…そんだら昭三さん、今日はもう暗くなっちまっただから、明日朝一番にでも山さ行ってみんべかなぁ?どんだべ?」
「そんだなぁ…したら、ちょっと声さかけてみっかよ…それはそうと忠助!おめぇ、まんだ鉄砲あっかえ?あん?」
「ああ、あっけんども、手入れさしてねぇがら…」
そうして、次の日、ここいら集落の元またぎの面々でしろの家族の捜索をすることになった。
最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。
まだまだ続きもどうぞよろしくお願い致しますです。