品子の青春26
続きです。
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品子と美晴は渡辺の妹、まるみの積極的な態度に圧倒されながらも、それが決して嫌な感じではないのが不思議だった。
昭三と別れた後、4人は美晴が行きたがっていた巨大ホームセンターでちゃっちゃと用事を済ませ、その足で高台のロープウェー乗り場まで向かった。
そこはカップルばかりのスポットで、この場所で愛を誓ったカップルはゴールインできると若い人達の間では有名なところ。
なので、永遠の愛を誓い合いたいカップルで、ここはいつも混んでいた。
乗り込んだロープウェーの中は、人の多さと暑さで信じられないほどの苦しさだった。
まるみは美晴と離れないようにぎゅっと腕を組んだ。
お互いの熱と汗が少々気持ち悪く感じられたけれど、そうしなければ絶対に離れ離れになってしまいそうだった。
「大丈夫?まるみちゃん。」
「うん、ありがと!美晴君。あたしはね、大丈夫なんだけど…お兄ちゃん達がちょっと心配…」
「そだね、あ、腕、汗でごめんね…でも、ここで離したらはぐれちゃうだろうから…ちょっと辛いけど…」
「うふ、大丈夫!ありがとう!美晴君、優しい…やっぱり好きになっちゃう!えへへへへ。」
腕を組んでいる美晴とまるみの前には、背の高い外国人カップルが立っていて、15分少々のロープウェーの旅がやけに長く感じられたのだった。
同じロープウェーに乗った渡辺と品子もまた、人混みでもみくちゃにされかけていた。
手を繋ごうにもお互い照れ臭くてまだ出来ていない為、乗り込む前、渡辺が苦肉の策として「品子ちゃん、ここ掴んでて!」と着ているTシャツの裾を握らせた。
「あ、でも、Tシャツ伸びちゃう…」
「あ~、そっだらの構わねぇがら…それよりもはぐれねぇようにしねば…」
「そ、そだね…じゃあ、ごめんなさい、なるべく伸びないように気をつげるがら…」
そう言うと品子は申し訳なさそうに渡辺のTシャツの裾を掴んだ。
「きゃあ!」
「大丈夫?」
動き出したロープウェーが揺れると、渡辺の斜め後ろにいた品子はTシャツを掴んだまま押されて転びそうになった。
そこを慌てた渡辺が品子の腕を掴んで難を逃れた。
「ご、ごめんなさい…いだっ…いだだだ…」
「いや、こっぢの心配より品子ちゃんの方が…だ、大丈夫が?どした?」
「いだだだだだ…ごめんなさい…降りでがら話す…」
「わがった…しだけど、これだら危ねぇがら…どら、こっぢさ…来た方が…」
そう言うと渡辺は、自分の前に空いた僅かな隙間に品子を引っ張って立たせた。
「ごめん!手さ引っ張っで…しだけど、ここだら少しか楽だろうがら…」
人混みの中で品子は渡辺と向かい合わせになった。
「掴まるどこねぇなら、俺のTシャツの前んどこさ掴まってけれ…」
渡辺は静かにそう促した。
品子は背の高い渡辺の胸にぺったりくっついているこの状態が恥ずかしかったのだが、足元がぐらつくとどうしても渡辺の言う通りにするしか道はなかった。
「ごめん…俺、汗くせぇべ…ホントごめん。」
「ううん…そんなの気にしねぇで…いだだだだ…」
以前の転びそうになった時もそうだったが、品子は渡辺の匂いが嫌いではなかった。
むしろ安心する。
そんな匂いだった。
ロープを渡している高い鉄塔を過ぎる時、必ずガタンと揺れた。
その度に先ほど誰かに足を踏まれてくじいた品子は、痛さで顔を歪めながらいちいちよろけた。
危ないと感じた渡辺は、ようやく品子の背中に片腕を回すと危なくないようにそっと抱き寄せた。
「ごめん…だども、こうしねぇば、品子ちゃん、倒れちまいそうで危ねぇがら…少しの間、我慢してけれ…」
日に焼けてがっちりとしたたくましい腕の中にいる間、品子は足の痛さを幾らか忘れられたのだった。
「ありがどう…」
涙目の品子の声は小さすぎて、目の前ほんの5センチほどのところに立っている渡辺には聞えなかった。
向かい合う二人は、それぞれ自分の心臓のドキドキが相手に聞かれてしまうのではないかと思った。
じっとしている満員のロープウェーの中、品子も渡辺も暑さとは若干違う汗が肌を流れていくのを感じた。
ようやく満員のロープウェーから開放されると、山頂のひんやりする風が心地よかった。
あれだけの暑さでいいだけかいた汗も、一気に乾いた。
「品子ちゃん!渡辺さん!あれっ?どしたの?それ?大丈夫?」
離れていた美晴とまるみが、ベンチに腰掛けている品子とその傍でしゃがんでいる渡辺のところに駆け寄ると、途端に驚いて心配そうな表情になった。
品子のサンダル越しの両足から、血が滲んでいたから。
「誰がに踏まれたみだい…いだだだだだ…」
涙目の品子はそう答えた。
まるみから絆創膏を受け取ると、渡辺は「おめらは好きなどこ見ておいで…俺は品子ちゃんさついてるがら…大丈夫だがら…なっ!折角こごまで来たんだし…そうせ、なっ…」と言ってくれた。
もじもじしていた二人だが、品子にもそう促されると腕を組んだまま展望台の方へ行ってしまった。
「…少し腫れでるなぁ…これだら痛いべ…」
渡辺の優しさが沁みると、品子の目からぽろぽろと涙の粒がこぼれ落ちた。
「だっ!大丈夫?痛いんだべ…しだら、あいつらに言って病院さ…」
立ち上がってまだ後姿が見えるまるみ達に声をかけようとしたら、品子は渡辺のTシャツの裾をぐいぐい引っ張った。
「ん?どしだ?品子ちゃん?病院さ行かねぇば…痛いんだべ?」
「ううん…ありがどう…あだし、大丈夫だがら…ちょっと痛いだけ…ひろみさん、優しいがら…感激しちゃっで…傍さいでける?」
涙でキラキラしている品子の目を見ると、渡辺はドキッとした。
「あ、ああ…わがったけんど…そごぐれぇだら構わねぇべ?」
渡辺は自動販売機を指差した。
品子がこくんと頷くと、渡辺は更に続けた。
「何飲みたい?」
「林檎の…」
「わがった、ちょっど待ってでけれ…」
渡辺はそう言って品子から離れると、ジュースを買うついでに売店のおばちゃんに理由を話し、湿布と包帯とネットをもらって来てくれた。
そして、傍の手洗い場でまるみから受け取ったガーゼのハンカチを濡らして戻って来ると、すぐさま踏まれて血が出ている足を丁寧に拭いて絆創膏を貼ってくれた。
次に腫れあがった品子の足首を湿布と包帯で固定すると、ようやく二人並んで腰掛けられた。
「ホンドにありがどう…ひろみさん…折角ここまで連れて来てもらっだのに…あだしがこんなだがら…」
「そんなのっ…品子ちゃん、一づも悪ぐねぇもの、仕方ねぇよ…それより、ホンドに病院さ行がなくでも大丈夫がい?」
「うん…ありがどう…あだし…あだし…やっぱり…ひろみさん…好ぎだ。」
「えっ?」
渡辺は品子が言った言葉が聞き取れなかった。
丁度のタイミングで次のゴンドラが到着し、今度もやはり満員のお客でいっぱいだったから。
周りの雑踏が止むまで、渡辺は言葉を待った。
降りてきた人々が展望台の方へ向かい、乗り場の人が幾らかまばらになったところで渡辺はもう一度聞いた。
「あ…ごめん…品子ちゃん…さっき、なんて言っだの?ごめん…ほら、ロープウェー来ちゃったがら聞き取れなぐで…」
「ううん…そんなの全然…ひろみさん、謝らないで…あだしこそ、ごめんなさい…みんなみたいに展望台さ行けなくで…」
「あ、そっだらこど…」
渡辺はもうさっきの品子の言った台詞を尋ねることはできなかった。
「少しか歩げる?」
品子は首を傾げた。
「しだら…」
そう言うなり渡辺は品子の前でしゃがんで見せた。
「おぶってやっがらさ…ほれ…」
「えっ、だども…」
「一緒に展望台さ行ってみるべ!おんぶだら平気だべ?」
「だども…」
「いいがら、いいがら!」
渡辺に促され品子は照れながらも痛む足を庇って、大きな背中に頼ることにした。
鍛え上げられた渡辺のがっしりした幅広の背中は、品子をおんぶしてもぐらつくことなく安定していた。
「ごめんね、ひろみさん…あだし、重いでしょ?大丈夫?」
「こっだらの重いうぢさ入んねぇよ…それより、足の方が心配だで…」
渡辺は背負っている品子の足の腫れ具合や、絆創膏からまだしつこく滲んでいる血が痛々しくて見るのが少々しんどかった。
品子は自分を背負ってくれている渡辺の首に腕を回すと、そのまま少し汗ばんでいる背中に頬をつけた。
そして小さく「好き」と呟いた。
雑踏の音がうるさいほどだったが、渡辺は背中で品子が言った台詞が聞えてしまった。
そして、展望台に到着したら、品子にどんな顔をしたらいいのかそれしか考えられなくなると、渡辺はただ黙って緩やかな上り坂を進んでいくので精一杯だった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、どうぞお願い致します。