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品子の青春25

続きです。

どうぞよろしくお願い致します。

自分と猫のしーちゃんしかいない時間が、妙に新鮮でかつ寂しいと感じる昭三だった。

蚊取り線香を焚いた縁側から谷間の方を見やると、米粒ほどの花火がちらっとだけ見える。

昭三はそんな小さな小さな花火らしき光を見つめながら、昼間購入した羽衣餅に楊枝を挿すと落とさないように気をつけながら急いで口の中へ入れた。

甘い中に微かな塩気のあるこしあんは、日中の疲れを消してくれるほどの美味しさだった。


品子達と別れた後、昭三は駅へは行かず、一人海岸に向かうバスに乗った。

タエのショックもあって、何故か無性に海が見たくなったから。

午後からのバスは空いていた。

なので、昭三は海が見える運転席のすぐ後ろに座ると、窓から外を眺めた。

空との境目がわからない海の中ほどに、小さく同じ形のヨット軍団が見えた。

どうやら海洋少年団の訓練らしい。

昭三は高校時代の仲間で王港から来ていた矢吹健吉を思い出した。

彼は小学生の頃、海洋少年団に入っていたそうでヨットの舵の取り方や、色んな縄の結び方を知っていた。

確か彼の実家は海水浴場の傍の和菓子屋で、名物は「羽衣餅」という名のあんころ餅だったと記憶している。

ふとそんなことを思い出している間に、海水浴場に一番近いバス停が近づいてきた。

羽衣浜。

昭三はそこで降りた。

バスが行ってしまっても、昭三はその場から動くことなくしばらくガードレール下の砂浜を眺めていた。

入り江になっている内側のカーブが綺麗な曲線を描いている。

ここの地形は昔となんら変わっていない。

絵の構図にはもってこいの地形。

白い砂浜にはいくつかの海の家が建っており、そこから流れてくるレゲエの緩さが時間をゆったりとさせているような気がした。

カラフルなビーチパラソルに賑わう水際、笑ったり泣いたり、寝転んでいたり皆自由だった。

昭三はようやく杖をついて、海岸線の通りをガードレールに沿ってゆっくりと歩き始めた。

本当は砂浜まで下りて行きたい気持ちもあったのだが、一人だからなのか及び腰だった。

上空から暑い日差しが容赦なく照り付けている。

海からの塩辛い風は熱を帯びて、涼しくさせるどころか逆に暑さを倍増させた。

少し歩いた先に変わった形の大きな岩が見えてくる。

この辺りの名所と言えば、この岩だった。

王港側から見ると、大きな象が鼻をもたげている様に見えることから昔から「象岩」と呼ばれている。

昭三は海と「象岩」を何年かぶりに見て満足すると、道路を渡り元来た道の反対側のバス停に向かった。

何気なくふと顔を上げると、そこに大きく「名物羽衣餅」と書かれた幟が見えた。

「ああ…」

暑さですっかり喉も渇いてしまっていた昭三は、「羽衣餅」の文字に引き寄せられ店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませぇ~!」

エアコンが効いた店内で真っ白な三角巾を被った割烹着の40代後半ぐらいと思われるでっぷりとした店員が、満面の笑顔で出迎えてくれた。

昔ながらのガラスのショーケースの中に、包装紙に「象岩」の写真が描かれている「名物」の羽衣餅の箱は残り僅かしかなかった。

「あ、このあんころ餅さ下さい…え~と…そんだなぁ…あいつらさもやるがぁ…3つ!3つほど包んでけさい。」

昭三は家用に2つ、忠助のところへお土産用に1つ頼んだ。

1箱15個入りの羽衣餅は、値段が昔よりも若干上がって1080円だった。

木の皮で作られた昔ながらの折り詰めの中、窮屈そうにピンポン玉ほどの大きさの平べったい餅が15個びっしり並んでおり、その上から箱の端までべったりとこしあんが塗りつけられている。

それを手作りの竹製の楊枝で刺して食べる。

箱の縁いっぱいに残ったあんこを、予め添えられているアイスクリームの木のへらのようなものですくって食べるとそれはそれでまた美味しかった。

昭三は残ったあんを狐色に焼いたバタートーストに乗せて食べるのが好物で、品子は残ったあんをアイスクリームと一緒に食べたり、ラップに包んで丸めて冷凍した「あんこ玉」にして食べるのもやっているのだったが、普段なかなか食べられるものではないので、家にある際はそれぞれ大事に大事によ~く味わっていただくのが流儀だった。

それができるほど、この「羽衣餅」のあんこは沢山入っている。

会計を済ませ包みが出来るのを待っている間、昭三は赤い毛せんが敷いてあるベンチに腰掛けると、「ご自由にどうぞ」と書かれてあるポットの冷たい緑茶をいただいた。

「はぁ~…うめぇなぁ…」

暑さでへろへろになった体に、冷たい緑茶が染み渡った。

「はい!お客様、大変お待たせ致しました!」

太った店員が紙袋を持って来てくれると、そのタイミングで店の奥から声と一緒に白髪の老人が出て来た。

「未知…清が呼んでっが…あんれ?お客さんがぁ…失礼しましだ。いらっしゃいま…あっ!あれっ…あんた!どっがで見た顔だども…ん?もしがしで…昭三がい?あんた、村山昭三でねぇ?」

不意に声をかけられた昭三はどきっとして声の主を見た。

すると、そこには随分老けたものの学生時代の面影が残る矢吹健吉が立っていた。

「へっ?そうだども…あんたは?…」

紙コップの冷たい緑茶ですっかり汗が引いてきていた昭三は、思い出そうにもすぐに名前が出てこなかった。

「ほら、俺だ、俺だぁ…健吉だよぉ~…わはは、懐かしいなぁ~…昭三!おめさん、元気だったがね?ん?今日は?こっぢさ用事でも?」

健吉本人が名乗ってくれたおかげで、喉の奥につっかえていたものがす~っと消えていくのがわかった。

数十年ぶりの再会に喜んだ昭三は、店の片隅にあるお茶のコーナーでしばし語り合った。

矢吹健吉は今も現役で、ほぼ毎週のように海洋少年団のヨットの訓練に付き添っているとのこと。

そして、この店で毎日早朝からあんこを作っているとも話していた。

店を継いでくれた婿養子の清も一生懸命やっているけれど、まだまだ自分の味には遠く及ばないとも言っていた。

日に焼けた肌に深く刻まれた皺皺の笑顔は、あの頃とさほど変わらないように思えた。

「昔は俺どおめぇどモテたっげなぁ…学校の女どもがキャーキャー騒いでよぉ~…わはは、懐かしいなぁ~…」

健吉が言う通り、確かに学生時代の二人はモテた。

まだ、バレンタインデーなぞない時代でも、女の子から手作りのセーターだのマフラーだのもさることながら、毎日、数人の女学生からは弁当までもらっていたほど。

だが、昭三からしてみると、海でたっぷり日に焼けてヨットで鍛え上げた体の健吉の方が自分よりもずっとかっこいい思った。

「やぁ~…おめぇさかなわねがったぁ…」

「そうがぁ?そっだらこどねぇどぉ」

謙遜する健吉に昭三は少々意地悪そうな言い方で返した。

「いんや、そっだらこどあるあるよぉ~…おめぇ、あん頃若大将っで呼ばれでてよぉ~…学校一の美人だった近藤みどりど付き合ってだっけよぉ~…こんにゃろこれぇ~!」

「あ~…そっだらでねぇよ!近藤みどりとは付き合ってはいねぇよぉ~!たんだ、好きだって言われただけだんだぁ~…」

健吉のさりげない自慢に、昭三は「こんにゃろ~!」と返した。

二人の会話はどんどん盛り上がった。

「あ!今、何時だべ?そろそろ出ねぇど、電車さ乗り遅れる…しだら、おら、行ぐわぁ…」

「あっ!電車、何時よ?」

「4時34分だったがな?」

「しだら、俺、送ってぐ…」

「いんや、わりぃって、そっだら…」

何度かのラリーの末、結局昭三は健吉に車で駅まで送ってもらうことになった。

そして、買った羽衣餅の他に、「気持ち」として新発売らしい「イチゴ大福ドラ焼き」も幾つかお土産でいただいたのだった。

毎朝健吉が丁寧に丁寧にこしらえている自慢の「こしあん」が、ど~んと気前良く入っている「イチゴ大福ドラ焼き」に昭三は少しウキウキしたのだった。


花火がもう見えなくなると、昭三は冷やしてあった緑茶で喉を潤すと、今度は健吉の店の新商品「イチゴ大福ドラ焼き」に手を出した。

健吉が丁寧にこしらえている「こしあん」を引き立てるドラ焼きの皮の柔らかさ。

そして、中からじゅわっとジューシーな甘みと絶妙な酸味が爽やかなイチゴ大福。

昭三は品子と美晴がいない寂しさをいつの間にか忘れて、今は口いっぱいの美味しい味のことしかなかった。

「やんや、うめぇなぁ…」

イチゴ大福ドラ焼きを食べられないしーちゃんは、つまらなそうに縁側の涼しい場所で寝転んだ。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

お話はまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。

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