品子の青春24
続きです。
どうぞよろしくお願い致します。
「そう言えば今日、王港の花火大会だんだよなぁ…おめらはどうする?花火さ見で帰るがぁ?っつっでも、電車の時間がねぇがらなぁ…車はねぇし、タクシーだら高ぐつくべぇ…いっそ、そんままみんなでヒルちゃんどこまで電車さ乗ってって、泊まって帰るがぁ?それだら、ヒルちゃんどこさ、連絡するども…」
「ああ、ううん、いいよ、ねぇ、美晴…誰が送っでけれるんだらいいけんども…そうでねぇんだらいいよ、真っ直ぐ明るいうちに帰って来るべぇ…」
あれから少し伸びた髪を後ろで結んだ品子は、バッグの中を確認しながらそう返した。
「そうだよ、じいちゃん…花火が嬉しい歳でもないから…タエさんのお見舞いとホームセンターととかって、色々用事あるからさ、きっと疲れちゃうよ…」
「そんだなぁ…しだら、トイレさ済ましで行ぐがぁ…なぁ…今日もあっぢぃがら汗拭き持ってなぁ…」
朝早くから出かける支度を済ませた3人は、ゆっくりと下り坂を下りて駅へ向かった。
土曜日ということもあり、始発電車だが少々人が多かった。
「みんなこっだら早くに電車さ乗っで、どこさ行ぐんだがなぁ…」
かろうじて昭三だけ席につけた一行は、夏休みの家族連れなどで込み合う電車に揺られていた。
エアコンがついていない古い電車の上にある扇風機の向きがこちらに来る時と、ボックス席の開け放った窓から入って来る風が妙に嬉しかった。
王港の大きな駅に到着すると、雪崩の様に下りた人達は海岸行きのバスの列に並んでいた。
「あ~、海水浴がぁ!」
昭三は電車が混んでいた理由がわかると、昔のことを思い出していた。
それは昭三が村山の家の養子になった子供時代、養父母と一緒に行った時と、高校時代、仲が良かった男女10数人で行った時と、ジョリーンと一緒にイタリアから帰った時、品子が生まれる前に家族で行った時、そして、ジョリーンが天国へ旅立ってしまってから子供達を連れて毎年行っていた時などなど。
普段なかなか行けない「海」への憧れが昭三の中で膨らむと、今すぐにでも行きたい気持ちになった。
「父さん!こっち、こっち!」
「じいちゃ~ん!どしたの?」
タエが入院している大学病院行きのバス停のところに行こうとしている品子と美晴に声をかけられると、昭三は海岸行きのバス停へ向かい始めていた足をやっと止めた。
「あ~、すまん、すまん。」
「どしたのさ、父さん。」
「いやな、海さ行きてぇなぁって…」
「あ~、そっかぁ…」
品子も美晴も昭三の気持ちがすごくよく理解できた。
「そんだねぇ…折角王港さ来たし、こっだらにあっついばねぇ…泳ぎたくもなるよねぇ…」
「あ~、そういう風に言われたらさぁ~…僕も海いいなぁ~…海水浴もいいけど、ただ眺めたり、焼きそば食べたり…」
「そんだんだぁ…昔なぁ、夏になればみんなで行ったんだぁ…弁当さこさえてなぁ…後、海の家の味噌おでんとがうめぇんだよなぁ…あれは家で作っで食っても美味ぐねぇんだよなぁ…海でよ、砂さ気にしながら食うのがうめぇんだよなぁ…」
3人の気持ちはすっかり海だった。
5階のフロアに到着すると、ナースステーションの横のサロンのような場所でタエの長男孝之に会った。
「ああ、あいや、どんもどんも、皆さんお揃いですんません、わざわざ…」
深々と頭を下げる孝之は、前に会った時よりも少しやつれているように見えた。
「やや、なんもなんも…それはそうとタエちゃんは?」
「ああ、今、ちょっと幸恵とトイレさ行ってるがら、そんだ、部屋まで案内しますんで…こっぢで…」
心なしかふらついている孝之の後に続いた。
廊下の名札に名前はタエともう一人しかなかったが、部屋は4人部屋だった。
窓側のベッドの傍で待っていると、ほどなく嫁の幸恵に車椅子を押してもらったタエが戻って来た。
「あんれぇ~、昭三さんでねぇの!どしたの?あんれぇ、リリーちゃん…でねがったね、品子ちゃんも…あんれ…こん人は?」
「ああ、美晴、ローリーんどこの長男、今、一緒に暮らしでんだわぁ…」
「まぁ、そんだのぉ~?なんが悪いねぇ…」
「そだ、タエおばちゃん、これ…」
品子は庭で咲いた綺麗な花をブーケにしてリボンをかけて持ってきていた。
「まぁ、綺麗だごどぉ…幸ちゃん、これ、花瓶さ活けでけるがい?」
やはり疲れてやつれた様子の幸恵は、タエから花を受け取ると病室を後にした。
「どんだい?調子は?」
そう聞くも、昭三の目に映る目の前にいるタエは以前のような姿ではなかった。
げっそりと痩せた首や手足と土気色のやや浮腫んだ顔、声だけが前と同じだった。
両方の鼻の穴に透明のチューブをつけて、痩せて皺だらけになった手の甲には点滴の痕らしき大きな青あざができて痛々しかった。
病院で借りている寝巻きの袖から出ているチューブの先には、大きな点滴の袋がぶら下がっている。
痩せた身体と反比例するように足は浮腫んでパンパンになっていた。
ほんの数ヶ月前、朝の電車で一緒だったタエが、今更ながら懐かしいと思う昭三だった。
「しだら、おらだちはこれで…」
「いやぁ、本当にありがとうございました…」
「なんもなんも…それより、孝之、おめがしっかりしねぇば、なっ!」
エレベーターまで送ってくれた孝之は、昭三に両肩をぽんぽんと軽く叩かれると今にもそのまま膝から倒れてしまいそうなほどだった。
病院を出るまで3人は一言も喋らなかった。
病院前のバス停でバスを待っていると、ベビーカーを押した若い母親が並んだ。
3人は誰が言い出した訳でもなく、す~っとその若い母親の後ろに並びなおした。
「あ、いいんですか?すみませ~ん。」
「ああ、いえいえ、どうぞどうぞ…」
若い母親との短い会話の後、ベビーカーですやすや眠っている赤ちゃんの顔を見ると、心がほどけていくのを感じた。
駅まで戻るとそのまま3人は駅前のデパートに入った。
「腹減っだなぁ…何食うべなぁ?」
3人は最上階にあるレストラン街の案内を見ながら悩んだ。
すると、後ろから不意に声をかけられた。
「えっ?」と3人同時に振り向くと、そこには渡辺と見知らぬおかっぱ頭の可愛らしい女の子が立っていた。
「あっ!」
美晴と品子は声を合わせた。
「こんにちはぁ~…いづもうちのお兄ちゃんがお世話になっで…うふふふふ。」
可愛らしく笑うおかっぱ頭は、渡辺のことを「うちのお兄ちゃん」と呼んだ。
「えっ?あ、あの…」
品子が何か聞こうとする間もなく、おかっぱは続けた。
「品子さん…でしょ?いっつもお兄ちゃんがら聞いでます…そんでぇ、昭三おじいちゃんと美晴君でしょ?あ~、やっぱりお兄ちゃんの言った通り!品子さんはすんごく可愛いし!美晴君はかっこいい!あっ!あの!彼女とかいるんですかぁ?」
矢継ぎ早に質問してくるおかっぱ頭の可愛らしさに、3人は驚きすぎてなかなか喋ることができなくなっていた。
「やっ!やめれっでぇ…失礼だべやぁ…すいません、いきなり…あの、紹介が遅れてまっで…これはうちの妹、まるみです。ほれっ!ちゃんど頭さ下げれって!すんません…」
渡辺はまるみの頭を掴むと、無理やり礼をさせた。
「も~う!痛い~!お兄ちゃん!」
「なんがすんません…何が見たこどある人達歩いてだがら、もしかしでって…今日はどうされたんですが?」
「あ、ああ、ちょっとタエちゃんどこさ見舞いに…ああ、そんだぁ、渡辺君とまるみちゃん、お昼は?何が食ったの?」
「あ、ああ、いいえ…これがらあすごのバイキングさ行ぐがなぁって…こいつ、こっちの学校さ行っでるもんだがら…」
「そうだんだぁ…」
渡辺の妹まるみは19歳。
ここ王港の短大に通って、保育士の勉強をしているそうだった。
結局、渡辺兄妹と一緒にバイキングレストランでお昼ご飯を食べることになると、お互いの話で随分盛り上がった。
まるみは美晴の傍にぴったりとくっつき、きゃっきゃと嬉しそうにしていた。
昭三を挟んだ形で席についた渡辺と品子は、昭三がいる手前つっこんだ話題にはあえて触れなかった。
「へぇ~、美晴君、彼女いないんだぁ…ふ~ん…そうだんだぁ…あ、そだ、今日、これからどうすんですがぁ?花火大会は見ねぇの?」
「あっ…」
品子と美晴は顔を見合わせ、声を失った。
そして、そのまま昭三を見た。
「ああ、なんだぁおめらだらぁ…おらはもう用事さねぇがら、もう帰るけんど、おめらはゆっくりしでこい!たまのこどだがらよぉ…こっづは何も気にすんなぁ…しだども、泊まりはぁ…」
昭三はそこまで言いかけたが、20歳を越えている大人の二人なのだからそれ以上干渉するのは遠慮しなければ駄目だと考え直すと、もう何も言わなかった。
「あっ!じゃあ、4人でデートしよう!ねっ!ねっ!」
まるみの強い押しに負けた品子と美晴と渡辺は、こくんと静かに頷いた。
「父さん、何がわりぃねぇ…」
「じいちゃん、ホントごめん…」
「何も気にすんなや…」
「あ、俺、車だがら駅まで送って…」
渡辺がそこまで言いかけると、「いや、なんも、渡辺君、こご駅前だがら…」と昭三は返した。
帰りの電車は空いていた。
昭三はボックス席の窓側に腰掛けると、頬杖をつきながら外を眺めた。
「ああ、これでいがったんだぁ…そんだ、いがったんだぁ…あいづらはまんだ若いんだもの…そんだぁ…いっづも面白くもねぇ山ん中で暮らしでんだもん…そうでなくっちゃ駄目だんだぁ…それはそうど、タエちゃん…あっだらに悪がったんだなぁ…孝之も幸恵ちゃんもあっだらにやづれで…」
切なさがこみ上げると、昭三の目に薄っすら涙が光った。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますんで、引き続きよろしくお願い致します。