品子の青春23
続きです。
どうぞよろしくお願い致します。
7月も終わりに近づいて来ると、暑さは益々厳しくなっていった。
「やんや…今年もあぢぃなぁ、おい…いでっ!やんや…こんにゃろこれらだら…ちっ!」
畑で立派に育ったキュウリの表面を覆う棘が指に刺さると、昭三は暑いだけじゃない苛立ちを覚えた。
「じいちゃん、大丈夫?」
「ああ、こっだらぐれぇ何でもねぇよ…おめごぞ、気ぃつけれぇ!」
爪楊枝を刺したら皮がプッと割れそうな大きいトマトを収穫していた美晴は、トマトのへたの部分の棘が刺さり、やはり少しだけ苛立ってしまった。
今までの夏なら毎日いいだけ採れる新鮮な野菜を品子と二人で消化していくのも一苦労だったのだが、今回は美晴という頼もしい存在のおかげで収穫しすぎて困るなんてことにはなっていない。
いつもなら採れたての生のままだけでは飽きてきたり、余ってくるので、編んだ大きなざるで干したり、鍋で煮てソースにしたりジュースにしたり、酢に漬けてみたり、何かと加工してやり過ごしていた。
だが、今は畑仕事とサイドカーの修理で朝から晩まで汗を流している美晴が、どんどん食べてくれるのでありがたかった。
ここいらはよそのお宅もほとんど庭に、規模は違えどそれぞれ畑で野菜やら花やらを育てているので、採れたてそのままの「おすそ分け」は暗黙の了解でタブーとなっていた。
まれにあげるお宅で作っていない野菜などは、採れたてそのままでもオーケーだった。
なので、道の駅に野菜を下ろしている忠助、春子夫妻のところではルッコラやチコリなど少し珍しい野菜も植えて育てているので、たまに「はね物」なぞをいただくと嬉しかったりするのだった。
そういうもの以外はやはり漬物やジュースなど、出来るだけその家の味にしてからのそれが喜ばれる。
「そだ、もうすぐお盆だけど、家のみんなは来られないからって…さっき、ママからメール来てた…なんかごめんね、じいちゃん、品子ちゃん。」
日が沈むのが遅くなってきたので、晩御飯の時間でも外は薄っすら明るかった。
「ああ、何もだぁ…柚鶴の方が大事だべよ…ヒルちゃんとごも来れねぇってよ…」
「そっがぁ…いっちゃん、来年高校受験だもんねぇ…そっがぁ…」
「そんだんだぁ…ダーちゃんとごは遠いがらなぁ…去年来たがら…今年は無理でねぇべがなぁ…金もかがるしなぁ…イタリアがらだらよ…」
「そんだねぇ…あ、でも、美晴いるがら…ねぇ…そうえばさぁ…ねぇ…」
「まぁね、それがいいんだか悪いんだか…」
キュウリに味噌をつけて食べながら、美晴は沈んだ顔をした。
「やっ、いんでねぇの?美晴、おめは今サイドカー動かすのやっでんだしよ…何もやるこどねぇ訳ではねぇんだがらよ…おらも体の塩梅があんましよぐねぇがら、おめがいるのにすっかり甘えでしまっでるども…」
実際、そうだった。
美晴がいなかった品子と二人だけの生活の時は、それはそれで巧く成り立っていたのだが、美晴が一緒に暮らすようになると「働き手」として随分頼りにしてしまっている部分が多くなっていた。
美晴は美晴で昭三と品子との暮らしがこんなに長くなるとは、自分でも想像していなかった。
だが、日数が増えていくにつれて、自分がここでしなければならない作業がどんどん増えていき、いつ実家に戻って就職活動を再開させようかなどと考えづらくなっているのは事実だった。
別に自分がいなかった長い間だって、昭三と品子は二人でなんとか色々やっていたには違いないのだが「増える」と「減る」では、それぞれの役割が今までとは大きく変わるのだと感じた。
今、この家には「僕」という存在が大切なのだ。
そう、昭三と品子がふんわりとした圧力をかけているのは確かだった。
実家にいる頃よりも、よりいっそう自分が「必要な存在」に思われていることに、美晴はずっと浸っていたいとも思うのだった。
「ああ、そんだそんだ…今度の土曜なんだどもな…おらな、ちょっくらタエちゃんどこさ見舞いに行ぐかと思っでんだども…おめらも行ぐが?」
昭三の急な提案に品子と美晴は顔を見合わせた。
「あ、えっと…みんなで一緒にってこと?」
「そんだ。」
「あ、うん、僕、一緒に行くよ!品子ちゃんも行くでしょ?」
「うん、そんだねぇ…そうするがなぁ…久しぶりだしねぇ…」
「あ、じゃあ、僕、ちょっと寄りたいとこあんだけど…いいかな?」
「ああ、いいど…どごよ?」
「ホームセンター…ネットでも注文できるんだけど、ほら、サイドカーの…」
「あ~…」
「やっぱりちょっとちゃんと見て来たいんだよね…王港だよねぇ?タエさんの病院?」
「んだぁ…」
「そっか…じゃあ、お見舞いの帰りにちょっと寄ってください。」
「んっ、わがった!んで、品子は?どっが寄るどこねぇの?」
「あ~…ん~…へへへ。」
「なんだぁ、それ…」
品子の頭の中に一瞬渡辺が過ぎっていた。
土曜日なら渡辺は休みだ。
本当はこちらからどこかへ行こうと誘えればいいのだが、そんな勇気もない品子は
また以前の様に偶然会えたらいいなと思った。
「んねぇ…美晴。」
「何?どしたの?」
風呂から上がって2階の部屋に戻りベッドで寝転びながらスマホのゲームをしていたところに、やはり風呂上りの品子が訪ねて来た。
お盆の上に持って来た蜂蜜レモンを炭酸水で割ったジュースと、春子から戴いた手作りのイチゴジュースで作ったシャーベットを窓際のテーブルに置くと、品子はやはり窓際のベンチに腰掛けた。
ベッドからこちらに移動してきた美晴は、品子が持ってきてくれたジュースで早速喉を潤した。
「はぁ~、うめぇ~…」
「あのさぁ…今度の土曜日のこど、ひろみさんさ報告しだ方がいいべが?」
「え、ああ、う~ん…」
「土曜日、王港に行きますって…」
「あ、でも、それだけだったら、ふ~ん、そうなんだぁってならないかなぁ?」
「あ~…そんだよねぇ…」
「その続きに会えたら…みたいなことも付け足したら、あっちから、じゃあ食事でもぉなんてくるかもしんないけど…あ~…でも、どうかなぁ…渡辺さん…ん~…まださ、渡辺さんの方からメール来てないんでしょ?」
品子はイチゴシャーベットをちょっとづつ食べながら、眉毛をへの字にしていた。
「そうだんだぁ…」
美晴もシャーベットを口に入れると続けた。
「あのさ…こんな言い方したら悪いんだけどね…まぁ、怒んないで聞いてほしいんだけどさぁ…品子ちゃんさ、渡辺さんのこと好きっていうのはさぁ…ファンって感じ?」
「えっ!」
品子は炭酸のジュースでげっぷが出そうなのを我慢して、首を横に振った。
「ん~…でもさ、ごめんね…ごめんねなんだけど、見てるとアイドルとかスポーツ選手とか好きって言うあの感じに似てるなぁって思ってさぁ…ほら、だって、あっちからはメール来ないんでしょ?キツイ言い方してごめんね…だけど、きちんと返してくる感じとかは、ファンを大事にしてるって風でさぁ…」
美晴の説明に品子はごもっともだと思った。
「そっがぁ…そんだねぇ…美晴にそう言われだら、そんな感じがもしんねぇ…だら、どうすれば…」
びっしりと水滴で覆われている細長いグラスの中で、カランと氷が解けて動いた。
しばらく腕組みをして考えていた美晴は、解けてきているシャーベットを2~3口食べると話を続けた。
「もうさ、相手だって品子ちゃんの気持ちわかってると思うんだ…だけど、はっきり好きとは言ってないんでしょ?だったら、思い切って告白してみたら?好きです!付き合ってください!ってさぁ…」
「え~っ!そ、そんなの…言えねぇよぉ~!しだって、おかっぱの彼女いるがもしんねぇんだよぉ…」
「でも、品子ちゃん、渡辺さんにメールしてるじゃん!」
「そうだども…」
「普通、彼女いたらさ、彼女が大事だったらだよ…他の女の子とメールでやりとりってしないんじゃないの?…あ、でも…わかんないや…品子ちゃん、友達としてって言っちゃったんだもんねぇ…女友達ってことだったら…う~ん…」
二人の間に沈黙が続いた。
その間にそれぞれジュースを飲んだり、シャーベットを食べきったりした。
口を開いたのは美晴だった。
「あのさぁ…何で友達として…なんて心にもないこと言っちゃったの?」
「だってぇ…」
品子の頭の中で原田が喋っているのが浮かんだ。
「原田君が…あんなごと言うがらぁ…彼女じゃねぇがって…あんなごと言うがらぁ…」
「ん~…じゃあさ、付き合ってくださいじゃなくて、彼女いるのかって聞くのは?」
「え~!それはぁ…聞けない…よぉ…あだし、そっだら勇気あっだら、とっくに好きだって当たって砕けてるよぉ…」
「じゃあ、やっぱり好きですって言っちゃえば?彼女がいてもいいんです!自分の気持ちを言いたいだけなんです!って言ってみたら?」
「え~…そういうのっでさぁ…なんが自分勝手じゃねぇ?そういう風に言われだら、ひろみさん、困るんでねぇ?」
「あ~、ん~…そうだねぇ…難しいねぇ…原田さんの情報がなかったらなぁ…」
「だべ!そうだんだよぉ~…原田の野郎が余計なこど教えっがらさぁ…」
「そうだねぇ…品子ちゃんの気持ちとかわかんなかったのかねぇ…」
「あ~、わがんねぇんじゃねぇ?しだって原田だもん…あんにゃろだもん。いいやつだんだども、こんこどに関してはやなやづだよ…原田は…」
であっくしょん!
その頃、王港の馴染みの居酒屋で高校時代の元野球部の仲が良かったメンバーで飲んでいた原田は、鼻水が出るほど盛大なくしゃみをした。
「なんだ、おめ、大丈夫が?」
「ああ、なんだべ?こご、エアコン効きすぎでんだべが?」
結局、二人でよく考えて渡辺には土曜日、王港に行くことを報告しないことに決めた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、どうぞよろしくお願い致します。