品子の青春19
続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
真っ暗い中にほんのりと明るいピンク色の階段だけが見えた。
前を行くしろの足元だけを頼りに10段ほど上ると、辺りが急に開けた。
品子達が追いつく前にしろはすぐさま手をパンパンと叩いた。
すると、パッと開けたフロアが明るくなった。
床や天井、壁に至る場所は眩しいというよりも蛍光灯の明るさ程度の光で覆われていた。
そこかしこがパステルカラーのカラフルさで、椅子のような出っ張りなども全て同じ材質で作られており、まるで紙粘土ででも作った部屋のようだった。
「わぁ~!」
品子も美晴もそれしか出なかった。
柱のない丸い空間は丁度良い気温で、薄っすら薄荷のようなす~っとした香りが漂っていた。
しばらく見とれて落ち着いた品子は、急に顔色を変えた。
「あ、どうすんべ…しろちゃん!あのね、トイレってある?ごめん、安心しだら急におしっこしだくなっちゃって…」
「あ、僕も!」
一刻を争う緊急事態にしろも気づくと、慌てて品子の手を引いて階段から少し離れた壁の前に立った。
すると、すーっと入って来た縦長の丸い穴と同じ穴が出現。
しろは品子の背中をそっと押してあげると、品子は戸惑いながらもその中へ入ってみた。
やはり360度どこを見渡しても薄っすら明るいそこに、丸い火鉢のようなものが一つ置いてあった。
「えっ?これ?まさかこれにすんの?」
そんな台詞ももう言っていられないほどになると、品子は意を決してそこで普段通りに用を足してみた。
終わる頃、ウォシュレットのように丁度いい温度の液体で尻が洗われると、今度はふんわり綿のようなものが勝手に品子の尻を綺麗に優しく拭いてくれた。
「わっ!すごい!これ…手は?手はどうやって?」
品子がつい声に出して言うと、尻をしまった品子の前にマシュマロで出来たかのようなくぼみのあるものが出現した。
そこに両手を出すと、下から噴水のような水が出て手を洗うことが出来た。
首にかけたタオルで濡れた手を拭くと、品子は消えてしまっていた穴を探して壁を触った。
不意に右手ががくんと前に押し出されると、体ごと元の部屋に戻って来ていた。
「しろちゃん、ありがとう、助がったわぁ…危機一髪だったがら…えへへへへ。」
すっきり安堵した品子に代わって、今度は我慢の限界に達しそうな美晴がトイレに入った。
丸い部屋の方にまで、美晴の「すげぇ!」だのが聞えてきていた。
「しろちゃん、これさ乗って来たんだねぇ…」
品子は冷静さを取り戻すと、改めて部屋の中をあちこち見て歩いた。
「ホント、すごいねぇ…でも、ごめん、しろちゃん…僕が想像してたUFОの中とは全然違った、びっくりしちゃったよ…だって、こんなに可愛いんだもん。」
「そんだねぇ…パステルカラーでさぁ、マシュマロみたいで可愛いよねぇ…壁とかもふかふかしてるし…綺麗だし…あ、でも、外は見えねんだねぇ…」
品子がきょろきょろ部屋の中を見渡していると、しろが得意そうに人差し指を立てた。
「見てて!」とでも言っているかのように、しろが立てている指で壁沿った棚のようなところを押すと途端にパッと360度森の中の風景に変わった。
「わっ!すご~い!これ、外だねぇ…不思議だねぇ…部屋の中さいるのに、外さいるみてぇで…」
見上げるとそこには空があり、下を見るとそこには草がボーボー生えて、本当にただ森の中に立っているようなそんな感じだった。
「へぇ~、すごいねぇ…ねぇ、しろちゃん、トイレもあったけど他には?台所とかお風呂とか寝室みたいなのもあるの?」
美晴の素朴な質問に答えるように、しろは美晴と品子の手をとると、真ん中の部屋から枝分かれになっているそれぞれの場所を案内してくれた。
どこの場所もトイレと同じようにポワンと穴が開いて入れるようになっていた。
ベッドと思われる場所も台所と思われる場所も、そして、シャワー室と思われる場所も全て同じ材質でできているらしく、よく見ないとどういう形なのかわからないのだった。
再び元の真ん中の部屋に戻ると、今度は床にパステルカラーのエメラルド色の丸が出現した。
しろに促され品子と美晴、そしてジェレミーが入ると、その丸はゆっくり垂直に上に上がって外に出た。
品子も美晴もジェレミーも、急に心地よい風と森特有の匂いに気づくとそこはもう本物の外だとわかったのだった。
しろが足でトントンすると、乗り物の平らな屋根の真ん中辺りにポワンと小さなテーブル代わりになるようなでっぱりが出て来た。
「あ~、そっかぁ…そろそろお昼だもんねぇ…ここでお昼食べようって言ってんだね、しろちゃん。」
美晴の言葉にこくんと頷いたしろは、一番先にテーブルの傍に腰を下ろした。
「そんだねぇ、ここ見晴らしいいねぇ…すんごく気持ちいいねぇ…」
品子も美晴も背負っていたかごを横に下ろすと、テーブルに春子がこさえた炊き込みご飯のおにぎりと、イチゴのジュース、それと品子達が持って来たサンドイッチと紅茶、それにチョコチップクッキーを並べた。
「美味しいねぇ。」と品子。
「ホント美味い!」と美晴。
ジェレミーは「ウォン!」と鳴き、しろも「¥#$%+‘&…」と言った。
腹ごしらえが済むと、3人は並んで腰掛けそこから見える景色を堪能した。
大きな白い犬ジェレミーは、3人の横で居眠りを始めてしまった。
「ねぇ、美晴、しろちゃん…わだしね、これがらどうしだらよかんべね?」
「えっ?何?どういうこと?」
美晴としろが品子の顔を覗き込むと、品子は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「うん…だってね…渡辺さん…なんかあだしを避けでるってのが、なんが素っ気無いんだよねぇ…前だらクッキーさあげだりしだら喜んでけれたりしで…そんで、その、なんつうか…ちょっとづつ打ち解けてだって感じだったんだどもさぁ…」
体育座りの品子は膝の上に顎を乗せて遠くを見つめた。
「ん~…もしかしたら…なんだけど…」
「何?何?」
「僕?…のこと、何か勘違いしてる?とか?…違うかなぁ?」
「ええ~っ!それはないんじゃない?そっだら美晴のこど、なんだど思ったってさ?」
「さぁ、それはわかんないけど…でも、孫とか親戚だってのはわかってると思うんだけどさぁ…あ、もしかして、僕みたいな若い男が一緒にいるから面白くない…とか?」
「いんやぁ~…ええっ…ううん…いんやぁ…そ~れはないんじゃねぇのがなぁ?しろちゃんはどう思う?」
品子と美晴は同時に真ん中のしろに視線を移した。
しろはわかっているのか、そうじゃないのか品子達にはまるでわからなかったのだが、品子、美晴それぞれの手の上にしろは手を優しく乗せた。
すると、ほんわかと温かい何かが二人それぞれの気持ちを和やかにさせてくれた。
「なんが…切ねぇ…人さ好きになるのって、こっだらに切ねぇもんだんだねぇ…」
しみじみ呟く涙目の品子の横顔を見てしまうと、かけてあげられる上手い言葉が何も浮かんでこない美晴だった。
そんな二人の気持ちを察したかのように、真ん中のしろは今度、二人の背中を優しく摩ってくれた。
それは春子がしろによくやってくれる動作だった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願いいたします。