品子の青春18
続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「あ~…じいちゃん、昔、あんなかっけぇのに乗ってたんだぁ~…いいなぁ~…サイドカーかぁ…乗ってみたいなぁ~…っつうか、あれ、もうないんだよね、きっとさぁ…あればなぁ~…動かなくても、修理してみたいんだけどなぁ…それにしてもパパ…ぶぅ~~~!ぶぶぶぶぶぶ…あ、やべ、ハナ出ちゃった…ぶぶぶぶぶ~…あははははは…」
美晴はティッシュで鼻水を拭き取りながら、スマホの待ちうけに設定した父、ローリーの高校時代の写真をまだくどく見入った。
おでこの両端に入った剃りこみと加工した細い眉毛、それに当時流行っていたらしい丈の短い学生服とやたらタックが入った太いズボンに紫色の細いベルト。
「こんなのがかっこよかったんだねぇ…ぶ~、ふふふふふ…」
ふと目には入った部屋の本棚にずらっと並んでいる、父がかつて集めたらしい不良系と格闘系の漫画の背表紙がそれらしく「文句あんのかこらぁ!」とでも言っているように思えた。
次のゴミ収集日もその次の収集日の時も、回収に来た渡辺は「ゴミ」のこと以外何も話さなかった。
ただ淡々と仕事をこなすだけ。
あの雨の日、初めて美晴にも会ったけれど、特に「誰?」と聞いてくることもなく、こちらにはまるで関心がないのだと思ってしまうほど素っ気なかった。
それが品子には哀しくもあり、また少し不自然な態度にも思えた。
「なんがねぇ…渡辺さん、前よりもね、なんが冷たぐなった気がすんの…やっぱり、あだしなんかには興味ないんだねぇ…それども、何が怒っでんだべか?あだし、渡辺さんさ、何が悪いこどでもしたんだべか?なんで、あったらに冷たい感じなんだべなぁ…」
落ち込む品子に美晴はどう返したらよいか困ってしまった。
そんなある月曜日、品子は朝から家事をちゃっちゃと済ませると、長袖長ズボンに軍手、首にタオルを巻いて渡辺にもらった野球帽を被り、背中に自分で編んだ大きなかごを背負った。
「あれ?品子ちゃん、どこ行くの?そんな重装備で。」
「ああ、そろそろね、かごの弦がなぐなってきだもんだがら、山さ入って採ってくんだわぁ…」
「えっ?一人で?」
「うん」
「だって…大丈夫?危なくない?」
「うん…しだって、父さん病院さ出かげだがら…しゃあないべぇ…」
縁側に腰掛けて靴紐を硬く結んでいた品子は、眉毛をへの字にした表情を見せた。
「あ、じゃあ…じゃあ…僕も一緒に行くよ!ねっ!そうしよう!」
「え~?なんで?」
「なんでって、品子ちゃん一人じゃ心配だからに決まってるでしょうよ!女の子なんだし…」
品子は美晴が何気なく放った「女の子」という言葉に反応し、少し照れた。
「えへへ…いや、ありがとうね、美晴…しだけど、あだし、ここらでずっと育ってっがら、山も何べんも入ってっがら大丈夫だって…えへへ…しだら、ちょっこし…」
「あ!いや、やっぱし待って!すぐ用意して来るから…ねっ!ねっ!動かないで!待ってて!待っててよ!僕も行くから!」
そう言って品子を引き止めると、美晴はどたどたと急いで2階の部屋からパーカーを羽織って戻って来た。
首にタオルを巻き、更に帽子がないので頭にもタオルを巻いた。
「なんがラーメン屋みでぇだねぇ。」
品子は率直な感想を述べた。
背中に大きなかごを背負った二人が出かけようと外に出ると、こちらに向かってくる春子としろ、そしてジェレミーの姿が見えた。
「おはようさん!あんれ?二人で山さ入んのけぇ?」
「おはようございま~す!そうなの…いいって言うのに美晴がついて来るって張り切っちゃっで…そんで…」
「ええ~!何?その言い方!だってそうでしょ?品子ちゃん、女の子なんだよぉ~!一人で山に入るの心配するでしょ!そりゃ!ねぇ!」
美晴は春子達に同意を求めた。
「そんだねぇ…慣れでるとはいえねぇ…山はおっがねぇがら…ん?どした?しろちゃん?ん?」
春子の服の裾を引っ張るしろは、何やらジェスチャーを交えて話し始めた。
「&”#*:@?」
「ん?何?わがんねぇ…ごめんねぇ、しろちゃん…おばさん、わがんねぇのさ…そだ、二人はわがる?しろちゃん、何て喋ってんのが?」
「ん~…多分だども…あだしらと一緒に行きたいんでねぇべが?どんだろ?ねぇ、美晴?」
「そう…だねぇ…何かそういう風に見えるねぇ…しろちゃん、僕達と一緒に山に行ってみる?」
屈んだ美晴が聞くと、しろはこくんと頷いた。
「だって…しだら、春子おばちゃん…いいがい?しろちゃんも一緒に…」
「ああ、いいよ…でも、気をつげてね…そんだ、ジェレミーも一緒に連れてっでけるかい?こん子だら、歩けなぐなったら背中さ乗してけるし、なんがと頼りになっがら…いいがい?ジェレミー!」
「ウォン!」
「ああ、いい返事だ…それだら、これ…おばちゃん、今朝こさえだんだども、疲れだら山で食べれぇ…後、これも荷物さなるけんど持ってってぇ。」
春子から美味しそうな炊き込みご飯のおにぎりと、手作りのイチゴジュースをいただいた。
「あんまり深ぐは入んねぇんでしょ?」
「うん、そうだねぇ…あだしもおっかねぇがら、そったら深ぐは行かねぇよ…いつも採る弦の場所はわがってっがら、そこさ行ぐんだわ…しだらね、おばちゃん、ありがとう…多分、そんだねぇ…昼ちょっと過ぎぐれぇには戻れると思うよ…」
「そうがい、しだらね、気をつげて行ってらっしゃい!」
品子を先頭にしろ、美晴、ジェレミーと一列になって山を目指した。
初夏を思わせる暖かさの中、一行はゆっくりと細い登山道を登った。
山の中を結構進んで行くと、品子はふと足を止めた。
「どしたの?」
「ああ、こごにね、あんの。」
「えっ?ここ」
「うん、ほら、これさぁ…」
大きな木からぶら下がるように下りてきている弦を、品子は慣れた手つきでくるくるっと丸めるとポイと背中のかごの中へ入れていった。
「これはぁ?オッケー?」
美晴は品子にいちいち尋ねながらも、慣れない手つきで必死に弦の回収を進めていった。
そんな二人を置いて、何かに気づいたしろはジェレミーと共に山の奥へゆっくりと歩いて行ってしまった。
「あれっ?しろちゃんとジェレミーは?」
背中のかごいっぱいに弦を収穫した品子と美晴は、しろ達の姿が見えなくなったことにようやく気づいた。
「えっ!嘘っ!どうしよう!しろちゃ~ん!ジェレミー!」
不意に不安が過ぎると品子は大声でしろ達を呼んだ。
「しろちゃ~ん!ジェレミー!どこ~!返事してぇ~!」
品子に続いて美晴も叫んだ。
二人は別々に探そうかとも思ったのだが、それでまたはぐれてしまったらという恐ろしさを考えると、行動を共にする方がいいとなった。
闇雲に探したところで見つからないと思った二人は、まずはとりあえず上に上ろうということにした。
そこからゆっくり下に下りつつ探してみよう作戦に切り替えると、ゆっくりとしろ達を呼びながら進んだ。
弦を採っていた場所から約5分ほど上った所で、微かにジェレミーの吠える声が聞えてきた。
「あ、ねぇ、あれ、ジェレミーしゃんじゃねぇ?」
「あ、ホントだ…ちょっと待って…え~と…え~と…どっちだ?どっちだ?…」
耳を済ませた二人は、同時に「あっち!」と進行方向に向かって右側を指差した。
「お~い!しろちゃ~ん!ジェレミー!」
「しろちゃ~ん!ジェレミーしゃ~ん!どこ~?」
吠えるジェレミーの声が徐々に近づいて来ると、目視でも大きな白い犬と白い人の姿が確認できた。
ジェレミーはこちらに吠え続け、しろは「おいで!」と言わんばかりに大きく手招きをしていた。
「はぁ~、良かっだぁ、急に居なぐなんだもん!心配しだんだよぉ~!」
ぼやく品子にしろは合掌をすると、すぐに品子の手を引っ張った。
「どしだの?しろちゃん?」
ここまで来るのに疲れて棒立ちになっていた美晴の背中を、大きな犬のジェレミーは鼻でくんくんと押したのだった。
「何?ジェレミー?どうしたのさ?」
訳がわからない二人をよそに、しろは目の前の何かを指差した。
「えっ?何?何かあんの?」
品子と美晴の目には森の中の景色しか見えていないのだが、しろに促され前に進んでみるといきなり壁のような物にぶち当たった。
どうやらそこには何か透明の物体があるようだった。
「いだっ!ん?何だこれ?」
「いたっ!あ、ホントだ…何これ?なんかさ、これ…壁?みたいじゃない?ガラス?何だろう?」
品子と美晴が目の前の透明なそれをべたべたと触っていると、しろが何か喋った。
「@@@@@@@@~!#######~!」
その声に反応した見えない壁が急に眩しく光ると、品子と美晴とジェレミーはわっと目を閉じた。
ほんの僅かな時間が過ぎた。
ぎゅっと硬く閉じているまぶたのあちら側の光が収まったのがわかった。
品子も美晴もジェレミーも、もう目を開けても安全だとまぶたからの情報で知ると、ほぼ同時にゆっくりと目を開けてみた。
するとそこに、家にあるドアほどの大きさの縦長の丸い穴が開いており、その中にぼんやりとピンク色に光を放っている階段が見えた。
「うわあ~…何?これ?」と品子。
「うわぁ~…もしかして、これ…しろちゃんの?」と美晴が尋ねた。
こくんと頷いたしろは二人を中に招き入れた。
大きな白い犬のジェレミーが入る時、その穴は合わせた様にふわんと少し大きく広がったのだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きます。
どうぞ引き続き宜しくお願い致します。