品子の青春17
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「ん~…おめら、なんだ?喧嘩でもしでんのが?そんだったら、いいがら仲直りさすれ…ん~…なんが違うなぁ…おめら、いづまでそしでんだ?いい加減にしれや!…んや…これもなぁ…いいんだども…ちょっこしパンチさ欠げでるがぁ?ん~…なんがこう、もっど…なんてのが…あ~、ドラマみでぇにすらすらいい台詞だら出ねぇなぁ…まぁ~、出ねぇ…困ったじゃあ…やんや、どしだらいいべがなぁ?…なんて言えばあいづら、あれやめんだべなぁ?いづまでもあれだら、おらだって疲れっちまうだべよぉ…それにしでも…なんが原因であいづら喧嘩さしでんだべ?なんが最初は美晴がすんげぇ頭さ下げてだども…品子はぷんすかしで…なんだべなぁ?しがし…あ~、それよりもなんて切り出せばいいんだじゃあ…はぁ~…やんだなぁ…こっだら飯…折角のエビチリだのによぉ~…なんでこっだらギスギスしだ中で食わねばなんねぇんだがなぁ…これだら、飯の味もわがんねぇなぁ…はぁ~、しがし、どうしたもんがなぁ…」
昭三は眉間に深い皺を寄せて考えていた。
「父さん!父さん!って…」
不意に品子に声をかけられると、昭三は驚いて少し小便を漏らしそうになった。
「わいっ!なんだ、品子…急に話しかげるがら、びっくらこいてまっだでねぇがよぉ…はぁ~…」
「しだって、父さん、さっきがらぼろぼろこぼしてっがら…」
「あ…」
品子に指摘され、どらと自分の腹辺りを見ると、確かに服にみじん切りした玉ねぎ入りのチリソースがべっとりついていた。
「何?ずっと黙っでぼんやりしで?」
濡れたふきんを品子から受け取った昭三は、ティッシュで一旦拭き取ったチリソースの染みをそれで更に拭いた。
「そうだよ、じいちゃん。」
口いっぱいに海老とご飯を入れたまま美晴が相づちを打った。
すると、今度は美晴の口からチリソースと唾液が絡んだご飯粒が飛んだ。
「きったね!」
本当に汚いものを目にした時の目で見てくる品子に、美晴はムッとなった。
「悪かったね。」
「ああ、ホントにそんだね。今度から気をつげてけさい。他の色んなこどもね。間違わないで。」
「ああ、そうですね、ホントにどうもすみませんでしたぁ。こっちだって何も聞いてなかったんで、間違えても仕方がないと思いますけど!」
「そっだらの見れば一目瞭然だべや…」
「わかんなかったんですぅ~!雨降ってたんだし、相手の顔だってちゃんと見えてなかったし…だいたい、その前に僕何回も謝ってんのに、品子ちゃんしつこいよ!いい加減にしてほしい!」
「あ~、何よ!それ!開き直りだよ!す~ぐそうだ!僕は何回も謝りましたぁ~って…なんだよ!人の心ばずたずたにしたくせに!」
「だから、何回もごめんって謝ってるじゃん!何?品子ちゃん!そうやって僕ばっかり言うけどさぁ…品子ちゃんがもっとちゃんとしてたらいいだけの話でしょう…」
「そっだらのできる訳ねぇべよ!わがんねぇ、わらしだでなぁ!」
真ん中の昭三を挟んで、品子と美晴はまた喧嘩を始めた。
あの雨の日から数えて何回目だろう?
二人は何も喋らないかと思えば、何かちょっとしたきっかけでいきなり長い口喧嘩にもなった。
「んっんん…」
わざとらしい昭三の咳払いで、二人はふんと互いに違う方へ顔を向けると、それぞれ眉間に皺を寄せた怖い顔のまま飯を続けた。
雨の日の午後から数日、ずっとこんな様子だった。
「んっんん…飯さ食っだら、おめ達ちょっと仏間さ来い。」
昭三はそれだけ言うと、飯粒が幾らか残るお茶碗に急須の熱いお茶を注ぐとそれをゆっくり飲み干した。
「はい、ごっつぉさん。」
品子と美晴をそのままに、昭三は自分の使った食器を重ねると立ち上がってシンクの中に置いてある水を張った洗い桶に漬け込んで、先に仏間へ行ってしまった。
二人はそれぞれ静かに昭三を目で追った後目が合うと、再びふんと鼻息を荒くして急いで飯を食った。
「あんだのせいだがんね!」
「何が?品子ちゃんだって悪いんでしょう?何言ってんの?自分のことは棚に上げてさ。」
「あっ、何?よくそっだらこど言えんねぇ…あんたが何とかしてけれるって言っだんでしょんがぁ~!」
「僕、そんなことひとっことも言ってませ~ん。どんな人か見るだけだもん。ぜ~んぜん悪くないもん。」
「なっ!」
品子が拳を振りかざそうとした時、不意にしーちゃんが「にゃー!」と大声で鳴いた。
それはまるで二人に「いい加減にしろ!」と言っているようでもあり、また「テレビの音聞えない!」と言っているようでもあった。
ついているテレビを見ていたのは、猫のしーちゃんだけだった。
「あ、ごめんなさい。」
二人はもるようにしーちゃんに謝ると、それぞれ自分の使った食器を洗い桶に漬け込み、競うように早足で昭三が待つ仏間に移動するのだった。
リビングの隣の仏間には、この村山家の先祖代々の立派な仏壇と並んで、昭三の死んだ妻ジョリーンの写真と十字架が置いてある小さな祭壇があった。
胡坐をかいてこちら側に背を向けている昭三の両隣に、覗き込むような形で品子と美晴、それぞれ腰掛けた。
「父さん。」
「じいちゃん、何見てんの?」
二人の気配に気がつくと、昭三は丸くしていた背中を伸ばし顔も上げた。
「おお、これが?」
昭三の膝の上には古くて色あせたアルバムが開いてあった。
「あっ!これ!」
横から品子が指差した白黒写真には、仏壇の上にそれぞれ飾ってある昭三の養父と養母、そしてその真ん中には子供の頃の昭三が笑顔で写っていた。
「これ…じいちゃんの子供ん頃の?」
「ああ、そんだ…これはほれ、みんなきちんとしだ格好しでるべ?なぁ、これはよぉ、おらがここん家さ来て初めて3人でバスと電車さ乗ってな、王港のデパートの動物園さ行ぐ前に忠助んどこの父さんさ撮ってもらっだやつだんだぁ。確か5月の連休の時でねぇべがなぁ…うん。」
「へぇ~、そうなんだぁ~…って、昔、デパートに動物園あったの?嘘でしょ?マジで?」
美晴が驚いてそう尋ねると、品子もうんうんと頷き同じことを言いたかったようだった。
「ああ、そんだよぉ~…昔なぁ、デパートの一番上の階さちゃっこい動物園があってなぁ…っつっでも、今で言うところのまぁ、ペットショップ程度のちゃんこい動物ばっかりしが展示しでねぇんだどもなぁ…」
「ふ~ん、そうなんだぁ。」
「そんでぇ…雪がねぇ季節だらなぁ、屋上さちょっとしだ遊園地もあっでぇ、後、ステージで歌手が歌ってたり、手品見せたり、紙切りだの、形態模写だのもやってだなぁ…ああ、後な、落語だったか、講談だったかどっちか忘れちまったけんども、そっだらのもやってで賑やかだったんだぁ…面白ぐてなぁ…初めてお子様ランチさ食っだしよぉ~…こんなちゃんこい旗たってんのな、富士山みてぇなケチャップのご飯の上さ刺ささってでなぁ…あれはぁ、美味がったなぁ…」
昭三は少しの間、あの頃に戻った。
「じゃあ、じゃあさ、こっぢの何?これ?この格好…ぶ~!ふふふふふふふふ…」
「あ、ホントだ…あははははははは…何?すげぇ~!ぶ~!あはははははは…」
「あ~、これはぁ…祭りだ…昔はここらも人結構いだから、毎年秋になっだら祭りさやってたんだぁ…これはぁ…そんだなぁ、おらが高校ぐらいでねぇべが?ああ、やっぱしおめらもやだか?そんだよなぁ~…こん格好…おらも当時は相当恥ずかしかったんだぁ~…しだども、若い男衆はいぐらやんだって言っても、伝統だがらってぇ…なぁ…しゃあねぇべや…」
それはほぼ全裸の男共が楽しそうに神輿を担いでいる写真だった。
だが、彼らの身に着けている褌が、普通のそれとは大幅に違っていた。
首に回した白と思われる細い紐は喉元から真っ直ぐ下の陰部まで繋がっており、陰部を包み込んで股を通したそれの先が二つに割れた紐を今度は腰の辺りから前に回して結んである。
そういう特殊な造りだった。
「これよぉ…つけでだらいてぇの…なんの…チンさ食い混むべ…だがらっで緩めれば横からはみでるべや…しだがらよ、おらだちもこっだら格好さすんのみんな嫌がったんだよなぁ…あははははは…今見だら笑っじまうけんどもなぁ…あん時は村の年寄り連中が駄目だ駄目だだべ…同級生の女共も乳首見えでるって、げっらげら笑うしよぉ~…正直辛がったんだぁ…おらも…そんでなぁ、神輿さ担いでたらよぉ、だんだん体があっつぐなっで汗さかいてくんべ?しだらよ、汗でこん褌がどんどん濡れできでなぁ…そんでしれえがらそれに汗のちょっと色がついた染みが出来てよ…なんがしょんべん漏らしたみでぇさなんだわ…ホント、これだけはおらもやりだぐねがったなぁ…」
昭三の訴えかける視線を逸らして、品子も美晴も口元を押さえて笑うのを堪えた。
「そうなんだねぇ。じいちゃん。」
とんとんと美晴は昭三の背中を優しく叩いた。
「ホンドにね、父さん。」
品子は昭三の腕を優しく摩った。
イタリアで撮ったらしい若い昭三とジョリーンのツーショット写真や、ローリーとヒルダ、ダフネの双子と一緒に昭三と大きなお腹のジョリーンが砂浜で海水浴を楽しんでいる写真、庭先でローリー、ヒルダ、ダフネ、品子が花火をしている写真、他にも運動会やそれぞれの入学式に卒業式、そして成人式の写真などなど、沢山の写真をゆっくり3人で見入った。
そのうち品子と美晴はどちらがというのではなく、自然と普段の二人に戻っていったのだった。
楽しい思い出話と共に夜はふけていった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、どうぞ引き続きお願い致します。