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品子の青春16

お話の続きです。

どうぞ宜しくお願い致します。

「明日…明日、来るって言ってたけど…どんな人なんだろう?っつうか、なんでその人来るって知ってるんだろう?ん~…」

風呂から上がりパジャマ代わりのTシャツとスウェットのズボンの美晴は、ベッドにごろんと寝転ぶとそのことばかり考えた。

窓の外はどうやらなかなかの荒れ模様。

そこかしこに激しく打ち付ける雨の音だけが、うるさいほど。

折角考え事をしながらヘッドフォンで聴いていた曲も、外の雨音が混ざり少しざらざらしていた。

「あ、そっか…原田さんみたいに定期的にここに来る人ってことかぁ…え~?何やってる人?新聞は毎日来る訳じゃなし…あっ!郵便?そっか、ヒルダおばさんのとこに送る荷物取りに来てくれるとか?あ、きっとそうだ!そうだ!後、確かイタリアからも定期的に荷物届くって言ってたから…あ~…なるほどねぇ…ああ、ふ~ん…そうなんだぁ…郵便屋さんね…はいはい…そういうことか…はぁ~、すっきりした!そうだよね、郵便だったら、土日休みだものね…野球見に行けるものね…また、品子ちゃんもすんごい少ない中から好きな人できたんだぁ…すげぇなぁ…僕なんか、街ん中だの近所だの、パパの店だの同じ年頃の女の子いっぱいいたけど…それでもなかなか好きになる子っていなかったけどなぁ…何人かと付き合ったけど…リストラされたらああだもんなぁ…」

仕事をしていた当時付き合っていた彼女を思い出すと、美晴の口の中に苦い水が上がってきた。

「あ~…胃が…」

下から持って来た常温のお茶を一口、起き上がって飲んだ。


「えっ!リストラ?嘘っ!嘘でしょ?そんなの…ねぇ…あっははは。」

会社から通告された後あのカフェの外の席で向かい合った時、可愛かった彼女の顔が一瞬歪んだのを覚えている。

「えっ…じゃ…じゃあ…これからどうすんの?美晴…」

「…そ、そりゃあ、新しい仕事探すよ…正社員がホントはいいけど、そうも言ってらんねぇからさ、とりあえずはバイトでも何でもしようと思ってる。」

「だったら…だったらさ、美晴のお父さんのお店は?お店、すんごく繁盛してるじゃない?この間だって…」

「それは…そうだけど…だからって、じゃあ、店手伝わせてって急に言ったところで…はいそうですかって訳にはいかないだろう?普通…今、別にバイト募集するほど忙しい訳でもないし…それに…それに、学生の頃、進路決める時、親父の仕事は俺、できねぇなって思ったし、それに俺、車好きだから、やっぱり車関係の仕事に就きたいし…」

「で、でも…お父さんに頼めば何とかなるんじゃない?その方がてっとり早いじゃない?」

「いや、そうかもしんないけど…でも、そういうのって好きじゃないし…親父に迷惑かけたくないし。」

「そ…そんなの言える立場じゃない…じゃない…」

僕は彼女のあの言葉がどうにも許せなかった。

「…そうかもしんねぇけど…だからって、お前がそれ言う?」

「言うわよぉ~!」

「なんで?」

「そりゃそうでしょう?だって、あんたがあの店の息子だって知ったから付き合ってやってたんじゃない?」

「えっ?」

「あんたのお父さん有名人だから、お金もたんまり持ってんでしょ?それにあんたも連れて歩くには見栄えがいいからさ…」

「…」

「でも…無職じゃあねぇ…」

「…」

「あたし、帰るわ…もう連絡寄こさないでね…じゃね!バイバイ、美晴!」

なんであんな女なんか好きだったんだろう?

僕は、僕はパパのおまけじゃない!

僕は僕なのに。

朝から晩までせっせと汗水流して働いた給料を、どれだけ彼女に使ったか知れない。

デート代を女の子に払わせるのは、何だか男として恥ずかしいような気がしていたから。

可愛い笑顔で甘えてくる彼女が欲しい物は、何でも買ってあげたかっただけ。

それなのに…。

「くそー!」

美晴はふかふかの枕の真ん中をめいっぱいの力で殴った。

ベッドの端で丸くなって目を閉じていた猫のしーちゃんは、驚いてぴょんと飛び上がった。

初めて、猫がぴょんと四足で飛び上がる瞬間を目にした。

すると、美晴も驚きつつ、ついプッと噴き出してしまった。

「ぷっ、んふふふふふふ~…あははははは…あ~、しーちゃん、ごめんごめん…びっくりさせちゃって…ホントにごめん…もう、しないから…おいで、おいで…もう大丈夫だから。」

部屋の隅にだだっと走った後、こちらを警戒しながら見てくるしーちゃんに美晴は優しく声をかけた。

だが、しーちゃんはその場でまだ警戒態勢のまま。

美晴が諦めてまた仰向けで寝転ぶと、そろそろと音もなくベッドに飛び乗ったしーちゃんはゆっくり美晴の股の辺りで丸くなった。

「え~、しーちゃん、そこぉ?そこで寝ちゃう?あ~…もう…しょうがないなぁ…も~。」

ぶつくさと文句を言いつつ、美晴はそのままの体勢で我慢した。

ズボンの上からだが、しーちゃんのおかげで股間が妙にほかほかと温かかった。


夜が明けたのがわからないと言うのは大げさかもしれないが、ついそういう表現をしたくなるほど朝から外はどんよりとした雨模様。

「わぁ~…すごいねぇ、雨…畑、やりたかったなぁ…」

縁側の大きなガラス戸から外を見ながら、美晴がしみじみ呟いた。

「まっ!しょんがねぇさなぁ…今日は家ん中で作業するべ…品子はかごだべ、美晴は?おめぇ、どうすんだ?」

昭三に尋ねられると、美晴はどうしようか迷っていた。

「どうしよう…かご編むのもやってみたいんだけど…ちょっとパソコンとか…あ、でも、手伝うよ!家事とか…」

「そうがぁ…しだら、おらはちょっこしアトリエさいるがら…」

「ああ、うん、わかったぁ…そっかぁ、じいちゃん画家なんだもんね…本業は…」

「ああ、ん~…本業…っでぇ…別にねぇけんど…畑も本業っちゃあ、本業だで?かごも…まぁ、おらは冬場だけだども編むのも本業みてぇなもんだしなぁ…ん~、なんだべな?おらもわがんね…わははは…しだら、今日は美晴さ飯、頼むがなぁ…」

「うん、いいよぉ~!オッケー!任せて!」

「昼だけでいいがら。しだらな。」

片手を挙げて自室に戻る昭三の背中が、随分小さいと美晴は感じた。

「あ、ねぇ、品子ちゃん。」

「ん?何?」

「じいちゃん、絵の方どうなの?」

「ん?どうって?」

「ああ、その…何て言うか…結構描いてるの?」

「ああ、うん…そんだねぇ…父さん、天気が悪い日とがはさぁ、畑できないべぇ…歳も歳だがらさぁ…あやって毎週電車で整形さ通わねぇばなんねぇぐらいだがら…ホントは畑もねぇ…そんなにできねぇっちゃできねぇんだどもねぇ…かごはさぁ、もうあだしだけで充分だんだよね、ホンドのこど言えばさ…しだがら、父さんには、好き~なごどしでもらえればって…そういう感じがなぁ…」

「ふ~ん、そうなんだぁ…」

「んで、たまにちょろちょろイタリアで父さんの絵、売れんだよねぇ…小さいキャンバスのやつだども…昔からのファンの人いるみだいでねぇ…しだから、描いては送ってんの…いつだがあっちで個展やってもらっだんだども、イタリアまで行かれながったのさぁ…そう!そんだ、あの事故で入院しでた時だったど思っだよぉ…したけど、ダフネ姉ちゃんとジョルジュさん達でなんが上手くやってけれたんだわぁ…あっちだら、死んだ母さんの親戚だのもいっぺぇいるがらね…なんが父さんの描くここらの風景とが、なんがわがんねぇども、あっちの人にはいいんでねぇの?わがんねぇけんども…」

「ふ~ん…そうなんだねぇ…あ、ところで、今日、来るんでしょ?例の?帽子の?」

急にいやらしいにたにた顔になった美晴は、品子の肘をつんつんと小突いた。

「あ、うん…そんだんだども…こん雨だがら…」

「あっ!そこは任せて!僕、これ着て出迎えるから!」

美晴は自宅から持って着ていたレインポンチョを、得意そうに品子に見せた。

「あ、うん…わがった…しだら、美晴に頼むがな…あ、でも、いきなりおかしなこど聞ぐのやめでよ!」

「何?おかしなことって?」

「え~、それはぁ…彼女いるの?とが、そういうこど!」

少しだけ腹を立てた品子は、背伸びして美晴の頭にこつんと軽く拳骨をお見舞いした。

「あ、いってぇ~!何すん…」

「なんも痛ぐないべよぉ~!も~!しだらね、あだしこっちさいるがら、来だら呼んでよ!」

「わかった。」

「絶対絶対、絶対絶対呼んでよ!いい!」

「ラジャー!」

するどい眼差しで自分を指差す品子に、美晴は思わずしたこともない敬礼をして返したのだった。


雨の勢力は依然として衰えなかった。

外で車の音が聞えると、玄関でポンチョを着たままその辺りを申し訳程度に掃除をして待っていた美晴がドキドキしながら立ち上がった。

ガラガラガラガラ。

玄関の戸を開けて待っていると、幌をつけた軽トラックから黒い合羽の上下に身を包んだ長靴の男性がビニールで覆われた荷物を持ってこちらへ向かってくる姿が見えた。

「あ!おはようございます!」

雨の中、ポンチョで飛び出した美晴はわざとらしい笑顔で相手を出迎えたのだった。

「やぁ、酷い雨ですよねぇ~、さ、どぞどぞ、中へどぞどぞ。」

「いやぁ、ありがとうございます。荷物持ってもらっちゃって、すいません。」

「いえいえ…あの…ちょっと待ってて下さい、ちょっと、あの…すぐ戻りますから…」

濡れたまま作業部屋へ行こうとする美晴に、郵便局の前田は「あのぉ~、今日はこれだけだがらぁ…次もありますんでぇ…しだら、昭三さんと品子ちゃんさ宜しぐお伝え下さい。じゃっ!」と言うと、雨の中戻って行ってしまった。

「し~な~こちゃ~ん!あの人!あの人来たけど!帰っちゃう!ああ~!早く!早く!帰っちゃうからぁ~!」

「え~!待って!待ってぇ~!」

二人は玄関までどたどた戻りながら去って行く前田に必死で声をかけた。

「待っで!待っでぇ!」

つっかけのまま品子が外へ飛び出すと、郵便局の前田と入れ違いに、坂の下から真っ黒いウインドブレーカーの上下に身を包んだ渡辺が上って来ていた。

「えっ?」

ずぶ濡れで目の前にいる渡辺の姿に、品子の顔はギューンと赤くなっていった。

「あれっ?さっきの人…」

何も知らない渡辺の前で、美晴は車に戻って行った前田のことを口走った。

「ああ、前田さん?」

美晴がこくんと頷くと、渡辺は続けた。

「呼び戻しますが?」

美晴はうんうんと上下に首を振った。

だが、その後ろで品子はぶんぶんと首を左右に振った。

「えっ?どっち?」

戸惑う渡辺に美晴は「はい!」と言い、品子は「違う!」と言った。

「えっ?」

品子と美晴がようやく顔を合わせると、お互いに相手を指さした。

「あれっ?あの人じゃないの?」と美晴。

「ちがっ!違う!違う!違うの!」と品子。

「なんで?好きな人っ…」

美晴がそこまで言いかけると、品子は咄嗟に両手で美晴の口を塞ぐと同時に、渡辺の表情を伺った。

「あ…」

その場にいる全員の声が一致した。

「うわぁああああああああああ~!」

一瞬で全身に熱い血が巡るのを感じた品子は、もう一度渡辺の顔を確認するとそのまま家の中に戻ってしまったのだった。

数秒の沈黙。

それを破ったのは渡辺だった。

「あ…ゴミの回収なんだども…」

急に何もかもピンときた美晴は、「あっ!」とだけ言った。

「あ、じゃあ…俺、わがるんで、勝手に持っで行ぎますから…」

それだけ告げると、渡辺はいつもと変わりなく裏のゴミ箱の方へ向かった。

美晴は渡辺の後を追うと先回りして、パンパンにゴミが詰まった袋を出した。

「あのっ!」

「あ、いいですよ…大丈夫…後は俺、持っで行ぐがら…」

両手にゴミ袋を持った渡辺は、雨の中静かに下に停めてある収集車に戻って行った。

「あ、なんか、すみませんでした。」

渡辺の後姿に美晴は謝った。

だが、その声は雨にかき消されてほとんど聞えなかったのだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

まだお話は続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

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