品子の青春15
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「まっ、原田君は気のいい性格だがらさぁ…早くめんこい彼女でもできればいいのにねぇ…ねぇ!」
「えっ!ああ…まぁ…そうだねぇ…あ、でも…でもさっ!」
美晴はかごを持っていない側の手を口元に当てて、少し考えてから言葉を続けた。
「えっ?何っ?」
「あの原田さんってさぁ…品子ちゃんのことが好きなんじゃない?違うかなぁ?」
突然の発言に品子は一瞬固まった。
「ちっ、ちっがうよぉ~…すっだらこどねぇってぇ…なして?なして、美晴、そっだらおかしなこど言うのさぁ…」
「えっ!僕、別におかしなことなんて…」
「いんや!おがしいよぉ~!」
「そう?」
「そんだよ…しだって、高校ん時から知り合いだんだよぉ~…そんで、こして毎週会ってるけんども…一度もそっだらこど言われてねぇよぉ!」
「あ、いや…それはさぁ…」
美晴は心の中で「言いたくても言えなかったんじゃない?」と続けたかった。
「違うよぉ~!きっど…原田君はあだしみだいなこったら適当な格好の…女なんて…」
そこまで言いかけると、品子は急にしゃがみこんで膝に顔をつけた。
「あれっ!しっ…品子ちゃん、どうしたの?急に…具合でも悪くなった?大丈夫?もうちょっとで家だけど…歩ける?」
心配する美晴をよそに品子はゆっくりと話を続けた。
「こんなさぁ…こんな…あだしなんて…きっと…誰も好ぎになんてなってもらえないよねぇ…」
「えっ?」
しゃがんでいる品子の隣に美晴もしゃがんで荷物を地面に置いた。
「…あだしなんて…駄目だよねぇ…きっど…」
「そっ、そんなことないよ、そんなこと全然ないよ、大丈夫!品子ちゃん…大丈夫だから!品子ちゃんみたいに可愛い女の子なんて、街にもそうそういないよ…だから、自分にもっと自信持ってよ…ねっ!」
美晴が品子の顔を覗き込むと、品子の目からぽろんと涙がこぼれた。
「…そうがなぁ?」
「ホント!ホント!ホントだって!…テレビとかに出てるアイドルとかよりも、ずっとずっと可愛いって!」
「…でも…でも…みんなにも優しいんだもん…」
品子から出た言葉に美晴は一瞬戸惑った。
「あ…品子ちゃん…もしかして…誰か好きな人いるの?」
品子はこくんと頷いた。
「あっ!あっ!そっ、そうなんだぁ…そっかぁ…そうなんだぁ…」
美晴が頭の中で必死に次の言葉を探していると、不意に前触れもなく腹の虫が勝手に鳴った。
ぐ~ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるるるるる。
「ぷっ!んふふふ…ふふふふ…あはははは…あははははははは…」
涙が残る顔で笑い出した品子に合わせて、美晴も一緒に笑った。
「なんが…腹減ったね…急いでお昼の支度するわぁ…そん前に、なんかちょっこし食う?ご飯前だら駄目だべか?」
「う~ん…ジュースぐらいならいいかも?」
「そんだね…しだら、ジュースさ飲んで、昼飯作るわぁ!」
濡れた頬と目の周りをつけているエプロンの裾で雑に拭うと、品子は美晴を置いていきなり走り出した。
「えっ!ちょっ!ちょっとぉ~!品子ちゃ~ん!待ってぇ~!ずるいよぉ~!」
「あはははは…ごめ~ん、美晴~!先に行ってジュースさ出しとっがらぁ~!」
「も~う!」
美晴は重たい荷物を持ち上げると、ゆっくり家を目指した。
「…そっかぁ…品子ちゃん、好きな人いるんだぁ…あ!だけど、こんな山奥で品子ちゃんが好きになるような人って…いたっけ?」
何も想像がつかない美晴は、一旦荷物を地面に置くと両手を広げるだけ広げて大きく深呼吸した。
「美晴ぅ~!もうそろそろ晩御飯だよぉ~!」
縁側から外に出た品子に呼ばれ、美晴はようやく体を起こした。
「そっだら丁寧に草むしんなくでも…」
「ああ、うん、そうなんだけど…でも、じいちゃんが言ってたみたいに地面にくっついてると、何となく気持ちがいい気がして…」
「そう?」
「はぁ~。」
美晴は全身をめいっぱい伸ばすと大きく深呼吸した。
「ここさ…」
「何?」
「ここのね…」
「うん。」
「夕焼け…綺麗だよねぇ。」
茜色の空を見ながら美晴はしみじみと感慨に浸った。
「そう?どこさ行っでも、そっだらに変わんねぇんでねぇ?夕焼けはどこでも綺麗なんでねぇの?」
品子の意見に美晴は首を左右に振った。
「ぜんっぜん違うよぉ~…ここのは星空もそうだけど、やっぱり綺麗だよ。空気が澄んでるからなのかなぁ?」
「そうがもね、それはわがったけんど、そろそろご飯だがら…ちゃんと手と顔を足…洗ってがら来てよ!」
「は~い!」
品子が戻っても美晴は暫く夕日に見とれた。
そして、実家の辺りを思い出していた。
子供時代に過ごしていた団地の公園からは、遠くまで連なる街が薄いベールに覆われているように見えた。
傍には高速道路が通っていて、常時車が行きかう音が聞こえている。
友達のお母さんが夕飯の買い物やパート帰りに、遊んでいる子供に声をかける。
「あ!お母さん!じゃあね!また明日ね!」
そう言って一人帰り、二人帰り、結局最後まで残っているのは自分ともう一人。
彼は小さい時に両親が離婚してしまい、母親と二人で暮らしていると言っていた。
「名前…なんだっけ?」
一緒に遊んだ彼の笑顔も声も、遊んだ遊びもぜーんぶ覚えているけれど、何故か名前は覚えていない。
確か小学2年生の3月、春休みに入る前の終業式の日、担任の先生と黒板の前に立ってクラスのみんなに挨拶をしていたのが不思議でしょうがなかった。。
春休みに入ってから、一度も彼の姿を公園で見ることはなかった。
母からあの子がお母さんの方のおばあさんの家に行ったと聞いた。
あれから夕日が何だかとっても寂しいものに見えて、僕はあんまり好きじゃなくなってしまったんだった。
だが、ここへ来て数日経つがどうだろう。
今、この山間の古い祖父の家の畑から見る夕日の美しさたるや。
美晴は圧倒的な夕日の美しさを棒立ちで見つめた。
すると、何故だかいつの間にか涙が頬を伝っていくのを感じた。
「夕焼けだから、明日も晴れかな?」
心でそれだけ呟くと、美晴は急いで道具を片付け始めた。
あくる日は朝から空がどんよりと厚い雲に覆われていた。
家の中は薄暗く、電気をつけないといけないほど。
それでも美晴は残っていた畑の草むしりや開墾作業などに励んだ。
すると、お昼を過ぎた頃から、昭三の言う通り雨が降り始めた。
「あ~、雨だよ…折角、午後からも畑やろうと思ってたのに…」
がっかりしている美晴に昭三は、「しゃあない、しゃあないさなぁ…まぁ、こういう時に体さゆっくり休めとげ!なっ!」と声をかけた。
「じいちゃんは?」
「ああ、おらが?おらは、ちょっこし昼寝さすんだぁ…品子は作業部屋だどもなぁ…」
そう言うと昭三はソファーで横になって目を閉じてしまった。
「あ~、あ~、風邪引くからぁ。」
美晴に毛布をかけてもらうと、昭三は目を瞑ったまま笑ったような顔をした。
「…そっかぁ…品子ちゃんは作業部屋かぁ…」
コンコン。
「は~い!どんぞ!」
「お邪魔します…はい、これ!品子ちゃん、そろそろ休憩したらどうかなって…これ、一緒に食べよ!」
美晴が持って来たお盆の上に、ラズベリーのジュースとパウンドケーキが乗っていた。
「わぁ~!」
おしぼりで手を拭くと、品子は早速パウンドケーキを口に入れた。
「美味しい!これ、美晴が作っだの?」
驚く品子に美晴は照れながら頷いた。
「ごめん、ちょっと台所借りた。」
「ああ、なんも、そっだらの別に気にしなぐでも…それよりこれ…美味しいねぇ…兄ちゃんの味だねぇ。」
「えへへ…やっぱ、わかる?そう!それ、パパに教えてもらったやつなんだぁ…ジュースはさ、冷凍庫にあったやつ勝手に使っちゃったけど…」
「ああ、いい…どんどん使っで…あ~、美味しい~!生き返るぅ~!うふふふふ。」
「じゃ、僕も…えへへへ…」
「ところでさ、品子ちゃん、その帽子…部屋の中だけど…なんで?」
美晴の急な指摘に、品子は飲みかけていたジュースを噴出してしまうところだった。
「…んぐふ…はぁはぁ…噴出すがと思っだよぉ~…あはははは。」
「あははは…で、なんで?外に出る時もいっつも被ってるよねぇ…でも、あっちでは被ってなかったけど…」
「ああ、これ?ああ、あはは、だって、さすがにあっちだら行儀わりぃっで父さんさ叱られるべさぁ…しだけど…こごは、別だんだぁ…被って編んでる方が早いってのが、捗んだよねぇ…何故だがさぁ…えへへへへ。」
「ふ~ん…そうなんだぁ…あ、もしかして…それって、好きな人からもらったとか?」
美晴はそんなつもりで言った訳ではなかった。
だが、品子の顔色が急に変わると、今にも泣き出しそうな表情になった。
「あっ!やっ!えっ?あっ!…」
戸惑う美晴をよそに、品子はうつむき加減でこくんと頷いた。
「あっ…そ…そうなんだぁ…そっかぁ…良かったねぇ…それ、似合ってるよ…じゃあ、僕…もう、邪魔になるからあっちに…」
部屋をそうっと出ようとする美晴にお構いなく、品子は話し出した。
「そうだんだぁ…美晴の言う通り…この帽子ね…誕生日に買ってけれだの。」
ドアの前で美晴は立ったまま答えた。
「そ、そうなんだぁ…良かったねぇ…」
「うん…ヒルダ姉ちゃんのとごさ、父さんと泊りがけで行ってさぁ…そんで誕生日会開いてもらっでぇ、次ん日、父さんとそんまま野球さ見に行っだの…そしたらさぁ…そん人が…たまたま、偶然隣の席でさぁ…」
「…」
「そんで、野球終わっだ帰りに、誕生日だがらってわざわざ売店さ行っで買ってプレゼントしてけれたの…キーホルダーと一緒に…」
美晴は品子の話をそこまで聞くと、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かったねぇ…その人も品子ちゃんのこと好きなんじゃない?じゃないと、わざわざ買って来ないでしょ?野球帽だって、結構高いんだもの…ねぇ。」
美晴の返事に品子は首を左右に激しく振った。
「えっ?違うの?なんで?帽子買ってくれたのに?」
「なんがね、原田君も同じ日に野球見に行ってたらしいんだどもね…帰りに、そん人、背のちゃんこいおかっぱ頭の可愛らしい女の子とコンビニにいたって…言ってた…」
「えっ?」
「楽しそうにしでたって…そんで、そん人ね、高校時代にずっと好きな女の子さいだんだども、そん女の子に振り向いてもらえながったんだって…しだがら、気持ちさ切り変えて違う女の子と付き合っでるんでねぇが?って…」
美晴は品子のおかっぱ頭の訳が薄っすらわかったのだった。
「…あ、でも…それ、原田さんの情報でしょう?」
「うん。」
「本人から直接聞いた訳じゃないんでしょ?」
「それは!…そっだらこど、聞ける訳ねぇべさ…美晴は聞けるの?」
「いや、そう言われると…まぁ、そっかぁ…でもさ、原田さんからの情報だけじゃ、わかんないじゃない?」
「ええ?」
「いや、だからさ、そのおかっぱ頭の女の子がその人の彼女かどうかってさぁ…」
「まぁ、そんだけど…」
「もしかしたら、妹?とかさ…ほら、僕みたいに甥っ子とか、従姉妹とか…なんかそういう彼女以外の知り合いなんじゃない?」
「そうがなぁ?だっでぇ…二人で仲良くしでだって…」
「えっ、知り合いだったら仲良く話ぐらいするでしょ?普通…じゃあ…じゃあ、やっぱり直接聞いてみた方が…」
「明日…」
品子の声は小さすぎた。
「えっ?何?ごめん、聞き取れなかった。もう一回」
美晴が目をつぶって両手を合わせると、「明日、来る。」と品子が言った。
「ええ~~~っ!」
美晴の叫び声に共鳴したかのように、雨の音が少し激しくなってきていた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願いします。