品子の青春14
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
美晴は品子に代わって畑仕事に精を出した。
「いいのぉ?」
「うん、だって、品子ちゃんもお仕事あるでしょ?かご編みのさ…ヒルダおばさんとこに出してるやつ。」
「そんだけど…」
「大丈夫!大丈夫だって!わかんなくなったら、ちゃんとじいちゃんに聞くからさ!」
「そお?」
畑の臭いでやけに上機嫌になった美晴は、たっぷりと体を動かした。
今日も良い天気で青い空に眩しいお日様がにっこり。
時折吹く風は、ふんわりと作業で汗をかいた肌を冷やしてくれた。
姿が見えないほど高い場所で戯れている小鳥達の鳴き声も、長閑で美晴の心を和らげた。
土を長く触っていると、不思議と気持ちが軽くなっていくのがわかった。
「そうだんだぁ、土っでなぁ…あ、んや、ちょっと違うが、そのなんだ…地面…地面ってよぉ、放っておけば勝手に草がボーボー生えるべや…そんで、その、なんだ…土はよぉ、こしてうめぇ野菜や果物もそうだなぁ、後、木もそんだべぇ…それにかごさ編む弦もそんだよなぁ…そういうもんをどんどんでっかくしてけれるべや…まぁ、土だけでねぇんだども、そんだぁ、水と一緒になってぇ…そんでいっぺぇ美味いもん作ったり、綺麗な花ば咲かせだりすっべやぁ…ということはだど、土と水には説明のつがないような、とてつもねぇ力があるんだどおらは思うんだよなぁ…しだから、こして触れってれば、いづの間にかイライラした気持ちだとがぁ、泣きたくなるような哀しい気持ちだとがが、どんどん薄くなるような気がすんだよ…不思議だんだけんども…それは土がそういうのをゆっくり吸ってけれててな…そんで今度はどんどん元気が湧いてくんだよなぁ…何故か…土さ触ってるど…それは今度はゆっくりと土がら触ってる自分さ、力をもらってんでねぇべがなぁ…都会さ住んでれば、少しは土もあるだろうけんども…したけど、こして地面さ直接触ることってねぇべ?だがらよ、人は本当はそういう地面からいっづもわかんねぇけんども、い~い力さもらってんだどもな、都会だらコンクリートだの、科学物質に囲まれてるべや…そういうもんも、元を辿ればみんな直接ではなくでも、土から出来てるんだどもな…だども、こういうごとと比べだら、やっぱりちょっと力が弱いんでねぇべがなぁ…なんが、上手ぐは言えねぇども…木や土なんがの自然素材のものってよぉ…きっと、地面ほどではないがもしんねぇけんども、何か力があるんでねぇべがなぁ…そんで触れるとそっからじんわり力をもらえんでねぇべが…おめ、じいちゃんの話さ信じねぇんだら、ちょっこし服さ汚れっちまうけんども、そんまんま、土の上で寝でみればいんだぁ…人も死んだら土さ返るべ…しだがら、なんつうか…そういう死んでった人が生きてる間に使いきれなかった力なんがも…案外、混ざってんでねぇべがなぁ…しだがら、生きてるもんさ、余らせた力を分けてけれてんでねぇがなぁ…どんだべ?だがら、土さ触れば心も体もちょっとづつ元気さなるんでねぇがなぁ?…土の上さいるもんに、頑張れ!頑張れ!って…おらはずっとそう思ってんだぁ…どんだべ…美晴…」
美晴は自分のすぐ下にある地面を軽く触ると、昭三が言う通りに広いところで仰向けに寝てみた。
お日様を浴びて少しほかほかした柔らかい土は、布団で寝るのと同じくらい気持ちよかった。
「…あ、そうだ…じいちゃん、明日も僕、畑やってもいいかな?まだ、全部じゃないでしょ?これ。」
「ああ、いいども…」
昭三はその後何か続けたかったのだが、そこからは何故か何も出なかった。
日中、お日様をいっぱい浴びて、体を沢山動かした美晴は晩御飯の後の風呂から上がると、早々に部屋に戻って寝てしまった。
猫のしーちゃんはそんな美晴の腹の上で丸くなった。
「しーちゃん、美晴が来でがらずっと傍さいるね。今までだら、あだしんどこさ来てけれだのに…」
ソファーでコント番組を見ながら、品子は呟いた。
「しーちゃんはちょっとでも若い人が好ぎだんだぁ…ほれ、子供もそうだべや…ほれ」
昭三はそう言いながら、品子に冷えた葡萄ジュースを渡した。
「ありがとう…そんだけんど…」
品子はだいぶ前に千田のばあちゃんから教わったことを思い出していた。
「猫はねぇ、優しい動物だんだぁ…しだがら、体だけでねぐ、心に傷を負った人んとごさ、す~っと寄り添ってけれるんだわぁ…猫にはなぁ…そういう(治す)力があるんだべなぁ…」
「しーちゃん、なんぼでも美晴の傍さいてやってけれ。」
品子は心の中でそう願った。
「あれっ?品子ちゃんどっか行くの?」
「ああ、うん、今日水曜日だべ…しだがら、スーパー来んだわ…」
「えっ?スーパーが来る?」
眉間に皺を寄せた美晴は、すぐさま普通の顔に戻ると昭三に許可をもらって品子について行った。
「おはようさん…あんれ、こん人は?」
集ったいつもの面子は見慣れない綺麗な若者に興味津々だった。
「あの、僕、美晴です…どうぞ宜しくお願いします。」
ぺこりと頭を下げた美晴に、集ったご婦人達は「あ~…美晴君がい?」「おっきぐなっだねぇ…」「ローリー君は?真紀子さんも元気?」など優しく声をかけてくれた。
いつものようにラジオから流れる懐かしの歌謡曲をふんふんと歌いながら運転している原田は、集った面々の真ん中に背の高い男がいるのを見つけた。
「えっ?誰っ?」
僅かな動揺を何とか隠すと、いつも通りに華麗に車から降りようとドアを開けて一歩踏み出したところで、原田はステップから足を踏み外しストンとそのまま転んでしまった。
「あんれ!」
「大変だこりゃ!」
「大丈夫が?兄ちゃんよ!」
「いだだだだだだだ…」
馴染みのご婦人達が心配して駆け寄ったが、原田はすぐに立ち上がれず、みかねた美晴がさっと原田を抱き起こしてくれた。
「いだだだだだ…あっ!いだだだ…あん…ありがどう…いだだだだだ。」
驚きと戸惑いと意外と痛い体のままでぽかんとしている原田の傍に、春子と一緒に買い物に来ていたしろが近づいた。
美晴に肩を抱きかかえられて立っている原田の背中にしろが手を当てると、当てたその場がぼんやりと明るく光ってきた。
「わぁ…あんれぇ…たまげだなぁ…こっだら綺麗な光見だの、おりゃ初めてだぁ…」
「そんだなぁ…なんだべ、見てればなんが楽な気分さなるねぇ…」
「どんだ?兄ちゃん?どんだね?あん?」
「あれっ…なんだべ?痛ぐねぇ…」
原田は狐につままれたかのような、何とも言えない表情を浮かべた。
「なんだ?兄ちゃん…どんだって?」
「あ…ああ…なんが痛ぐねぇ…なんだ、痛ぐねぇ…あはは、痛ぐねぇわぁ…あははは…わ~、しろちゃん、ありがどうありがどう…いんや、ほぇ~!なんだべ?痛ぐなる前よりも楽な気がすっべなぁ…あはは!」
急に体から痛さが消え去ると、原田は嬉しくなってしろの両手をがっちり掴んで、何度もありがとうと言った。
「いがったなぁ…兄ちゃん…それはわがったがらぁ…早いとご店さ開けでけれや!なぁ…いがったけんども…」
一人のご夫人に促されると、原田は慌てて店を開けた。
「ささ、どんぞどんぞ…そんだ…今日はいつもよりも少し多く持って来たがらぁ…どんぞいっぱい買ってけれ!」
上機嫌の原田はご夫人達が店に入るのを見計らって、春子と一緒のしろのところに来た。
春子としろと一緒に、自分を抱き上げて起こしてくれた美晴と品子の姿もあった。
「やぁやぁ…さっきはしろちゃん、それとそっちのお兄さん…ありがとう…え~と、これはちょっとだけどお礼。」
ぺこりと頭を下げながら、原田はしろと美晴と品子に棒が刺さったイチゴの形のチョコレートをくれた。
「えっ?これ…」
品子はもらったイチゴチョコの棒を持ったまま、原田の方を見た。
「ああ、お礼お礼…」
「でも、あだし、何にもしてねぇけんど…」
「ああ、それはぁ…その…」
「いいよ、返す…だって、わりぃし、何にもしてねぇがら、もらう訳にはいがねぇもん。」
「あっ…いや…それは…あの…」
どう説明したらよいのかわからない原田をよそに、春子が話に割って入った。
「…品子ちゃんがいらねぇんだら、しだら、わだしがもらうわぁ…いいがい?」
品子と春子の間でのチョコレートの受け渡しを間近に見ていた原田は、へなへなと力が抜けていくのがわかった。
一連の流れを見ていた美晴は、しろと目が合った。
こくんと頷くと、しろもやっぱりこくんと頷いた。
そうしている間に後ろから大きな声がした。
「兄ちゃん!早くレジさやってけれ!」
「あ、はいはい…ちょっと待っててけさい!」
慌ててレジに戻った原田を品子と美晴、それにしろと春子はにこにこと見守ったのだった。
「そっがぁ…なぁ~んだぁ…品子ちゃんの甥っ子さんだったんだぁ…なぁ~んだぁ~…へへへ…なぁ~んだぁ~…へへへへへ。」
右手の人差し指で鼻の穴をすすっと擦ると、原田は再び上機嫌でカーラジオから流れてきた懐かしの歌謡曲を歌いだした。
「あの人さ…」
原田の移動スーパーで買ったものを入れたかごを持った美晴は、品子とゆっくり家に戻りながらふと原田を思い出してプッと噴出してしまった。
「ああ、原田君?」
「うん…あの人って…」
美晴がそこまで言いかけると、被せるように品子が勝手に続けた。
「あんねぇ、原田君はあだしの高校時代の友達だんだわぁ…」
「ん…うん…そうなんだぁ…あ、でも…そうじゃなくって…あの人…」
「ああ、原田君ってさぁ、優しいんだよねぇ…昔っからずっと優しいんだよねぇ…いい人だよねぇ…」
品子はそれだけ言うと、家の上の空を見た。
「あ…そ…そうだ…ねぇ…うん…そうだねぇ…あはは…」
美晴は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
「あ、そうだ!品子ちゃん、良かったの?チョコ…折角くれたのに…」
「えっ?…ああ、だって…あん時あだしなぁんもしでねぇもん…そだのに、あやってけるがらさぁ…けるんだったら、あっこさ4人でいたんだがら、4つけれればいんでねぇ?春子さんの分も…」
「ああ、まぁ…」
美晴は小さく頷いた。
「嬉しいけんども、ああいう渡しがただら春子さん、傷つくべよぉ…なぁ!そうだべや!」
「ああ、まぁ…そうだね…」
原田の切ない立場を考えると、美晴もまたちょっぴり切なくてもどかしいような気持ちになった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますが、どうぞ宜しくお願い致します。