品子の青春10
続きのお話です。
どうぞよろしくお願いします。
次の日、少し早く起きた品子と父、昭三は、朝からきびきびと体を動かした。
「美晴が来るのだから。」を合言葉に、品子も昭三も今までの毎日がいくらかだらしなかったと再認識すると、普段よりもより念入りに家の中の掃除に取り掛かった。
使っていなかったローリーと真紀子夫妻の部屋も、美晴に気持ち良く使ってもらう為、かけていたカバー類などもすっかり洗濯したのだった。
ばたばたと動き回っている午前中、遠くから大型車の音が聞こえた。
「あっ!ゴミっ!」
玄関の鏡を丁寧に磨いていた昭三は、ゴミの収集車が来ていることに気づくと、ばたばたとつっかけのまま慌てて外に出た。
すると、いつもの渡辺がゆっくりと家の前の坂を上って来ているところだった。
「お~!おはようさん!渡辺君!こん間は品子に野球帽だの、ありがとうなぁ…」
「おはようございます…いや…そんな、大したもんじゃないですから…今日は燃えるゴミだども…」
「あ~、はいはい…ちょっと待ってでもらえるべがなぁ?」
「ああ、いいですよ、いいです…俺、やりますから…昭三さんは、休んでてけさい…」
渡辺は「燃えるゴミ」と書かれている大きな手作りの木箱の中から、ゴミがパンパンに入っている大きな袋を二つ取り出すとそのまま元来た道をゆっくりと戻って行った。
「やんや、渡辺君、いっづもわりぃねぇ…あ~、品子は何やってんだがなぁ…ホントわりぃねぇ…お礼さ言いに出て来ねぇなんでなぁ…ホント、あんにゃろだら…」
坂の下まで一緒について来た昭三は、品子が顔を出さないのが気に食わなかった。
「やぁ、ホント、わりぃねぇ…それはそうと、今度の日曜は?野球さ、見に行かねぇの?」
「ああ、あはは、そうですねぇ…そっだらにしょっちゅう見に行けるほど、金、もらってないですがらぁ…」
「なん?渡辺君、一人暮らし?」
「あ、いや…違うども…」
「なん?ああ、彼女でもいんだべか?しだら、デートだの忙しいがらなぁ…」
「あはは、いんやぁ…しだら、俺、次さ行がねばなんねぇがら…あ、昭三さん、品子ちゃんさよろしく言ってけさい。」
苦笑いを浮かべながらぺこりと昭三に頭を下げると、渡辺はとっとと行ってしまったのだった。
そんな父と渡辺のやりとりを、家の壁から半分だけ顔を出した品子は見ていた。
「はぁ~…やっぱり素敵!それにしでも、父さん、またしてもでかしたんでねぇのさぁ…渡辺さん、実家暮らしだんだぁ…あ、でも、彼女のこどは濁してたなぁ…あ~あ、やっぱり原田君が言っでだおかっぱの女の子が彼女だんだべかぁ…あ~あ…それにしでもあだし、さっきやっぱりちゃんと渡辺さんに挨拶すればいがった?髪、切ってまってがら、初めてだども…なんが、こん髪にしだの見られるの、ちょっと恥ずかしがったなぁ…だぁって…もしかすっど、彼女と同じだって気づいて、そんであだしがその彼女さんの真似さこいたって…そったらに思われんのもやんだしなぁ…あ~…駄目だってわかってても、ちゃんと気持さぶちまけた方がいいべがぁ…気持のけじめとして…どんだべ?」
品子が自分の心の旅路に出てしまっているところに、父、昭三がいきなり声をかけた。
「あんれ!品子!おめぇ、こったらどこに…なんしてだぁ?そっだらどこさいたんだらぁ、渡辺君さちゃんとお礼言わねぇどぉ…おめ、しづれいだんだどぉ…」
「そ…そんだね…父さん、なんかすまねぇ…」
申し訳ない気持ちが高ぶると、品子は素直に父に頭を下げた。
「なんも、もういいがら…それより、家ん中はもういいのがぁ?」
「あ、うん…なして?」
「しだら、ちょっこし駅まで美晴さ迎えに行がねばよ…」
「あっ!もうそったら時間?」
「ああ、そんだよぉ…しだってこっがら駅まで結構歩くがら…」
「そんだねぇ…そんだったぁ…」
二人は慌てて出かける支度をし始めた。
品子は玄関の鏡で自分の前髪のチェックと、渡辺の為に薄っすらひいた口紅を確認すると、会おうとしなかった自分の不甲斐なさにちょっぴり苦しい気分になった。
「父さ~ん!行ぐよぉ~!」
品子は杖を使う昭三に合わせてゆっくり歩いた。
千田のばあさんの家の前にさっき家に寄って行ったゴミ収集車が見えた。
品子は咄嗟に身構えた。
「あんれぇ…渡辺君…って、さっぎも会ったばっかりだったなぁ…あはははは。」
千田のばあちゃんのところのゴミを収集車に放り込んでいる最中の渡辺に、昭三は声をかけた。
品子は一瞬、「父さん!やめて!」と思った。
だが、そんな願いも届かず、渡辺は声のする方を向いた。
「ああ、昭三さん…あれっ?品子ちゃん?髪…」
渡辺はそこまで言いかけたが、すぐに口をつぐんだ。
「髪切った?」がセクハラに当たる可能性があると、最近になって何かでその情報を耳にしたからだった。
なので、当然「可愛いね」も言えなかった。
それなのにそういう渡辺の細かい配慮を知らない昭三は、隣でもじもじしている品子のことを急に話し出した。
「なぁ、渡辺君、うちの品子、髪さ切ってまったんだわぁ…したけど、いいべぇ?こっぢも?」
昭三に続いて千田のばあちゃんも続けた。
「ねぇ、可愛いべさぁ?あんねぇ、わだしが切ったの…すごいべぇ…渡辺君…じょんずでしょう?」
千田のばあちゃんと昭三は、渡辺に品子の髪を見てくれとやんわり圧力をかけてきた。
照れる品子を一瞬ちらっと見た渡辺は、「ああ、ホントに切っちゃったんだなぁ…なんが…めんこくなったんでねぇ?あ、いや…前がめんこくながったっていう意味ではないがら、品子ちゃん…何でも似合ってめんこいねぇ…」と品子を褒めてくれた。
ちょっとの間の後「あ~、千田のばあちゃん、切るのじょんずだねぇ…」とぎこちなさ全開だった。
「そうだべぇ、渡辺君…今度、あんたの髪も切ってやるよぉ!」
千田のばあちゃんの申し出に、渡辺は困った笑顔でやり過ごした。
「とごろで…昭三さんと品子ちゃん、これがらどっがさ行ぐのがい?」
千田のばあちゃんい尋ねられたので、昭三は駅まで人を迎えに行くのだと教えた。
「しだらぁ…」と今度は渡辺が口を挟んだ。
「ここで終わりで、後は戻るだけだがら…昭三さん、品子ちゃん、こんな車でわりぃんだども、もし良かったら駅まで乗せでくけんど…」
「えっ!わりぃねぇ、渡辺君、…しだら、遠慮なく乗せてもらうべかなぁ…しだら、ばあちゃん、まだね!品子の髪、ありがとうねぇ…」
そうして、品子と昭三は渡辺が運転するゴミ収集車に、駅まで乗せてもらう運びとなった。
「やんや、助かったじゃあ…渡辺君、本当にありがとう…」
助手席に乗り込んだ昭三がそう言うと、真ん中の席に乗った品子も一緒に頭を下げた。
「いんやぁ、こんぐらいしができねぇがら…昭三さん、杖だら大変だべし…」
品子を挟んだ父、昭三と渡辺の会話のラリーを聞きつつ、品子は渡辺と近い真ん中の席でドキドキが止まらなかった。
父、昭三は足が悪いから。との理由で端っこに座りたがったので、必然的にそういう状況になったのだが、品子にとってこの状況は天国でもあると同時に、パニックの材料にもなっていた。
いきなりの隣。
お互いの体臭も感じるほどの距離。
これほどまでに近い位置で渡辺といられるなんて。
品子は自分の匂いは大丈夫だろうか?
薄く口紅をひいてきて良かっただの、あれこれ気になって仕方がなかった。
なので、会話には参加できずじまい。
それでも、何だか幸せだった。
父、昭三と渡辺の会話のラリーで、渡辺の暮らしの一部や人となりがよくわかった気がした。
そろそろ駅が見えてきた頃、父が唐突に尋ねた。
「渡辺君、特に彼女とがいないんだらさぁ…家の品子はどうだべ?」
一瞬、車内がシーンと静まり返った。
「いんや、返事はすぐでなぐでも…まぁ、少し品子のこども頭の隅っこさでも考えてけれたらって話だがら…なんがすまねぇね…」
「や…やんだぁ、父さん!そったらこど言ったら、渡辺さん、困るべさぁ…ねぇ…ごめんねぇ…迷惑だよねぇ…」
品子は渡辺の顔色を気にしつつ、わざと大げさに大きな声を出すと、父、昭三の肩をばしばし叩いた。
「…あ…や…べっ…別に…迷惑…じゃ…」
渡辺はそこまで言いかけたが、すぐさま笑顔で車を出して行ってしまったのだった。
昭三と品子は大きく手を振って見送った。
「やぁ~、助かったじゃあ…なぁ…」
昭三は上機嫌で駅舎の中に入ってしまった。
だが、品子は渡辺の乗ったゴミ収集車が見えなくなるまで、外にいた。
そうしていると、遠くから汽笛が聞こえてきたのだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。