僕がボタンを押すまで
始まりました。
僕は今、一つの決断を強いられている。
それはきっと人間としての本能のままに行動するか、それとも理性に従って行動するかで選択が変わっていったのだろう。
しかし僕は本能も理性も全く同じ方向を向いている。だから迷う必要など全くない。
ためらいなく僕はボタンを押した。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + +
「ああ」
本当に運が悪い。
いったい何がどうしてこうも運が悪いのだろうか。
「うえ」
体に染みついたカラーボールが人目を引いているらしい。僕だって好きでこんなものを体につけているわけじゃない。というか誰かに通報されているかもしれない。
「どうして強盗に投げたはずのカラーボールが僕に当たるかね?」
しかも当てたはずのコンビニ店員はお詫びもなしでそのまま強盗を追いかけて行った。こちらをチラ見してきたはずなのに。
僕がいったい何をしたと言うんだ。
「おい、君!」
体がビクッとした。
いつだって怒鳴り声を聞くのは苦手だ。それも僕に向けられたものだとしたら、それは体もビクつく。
「な、なんですか?」
声が震えた。
制服を見るとどうも警察らしい。やはり通報されてしまったようだ。
「君、コンビニであった強盗事件と関係がある?」
厳つい顔で聞くのはいいのだが、あからさまに顔をしかめないで欲しい。僕だってこんな臭いはごめんだ。
「え~、ないわけでもないですが」
実際そこに居合わせていたのだから関係がないとは答えられない。だから曖昧な言い方になってしまった。
すると警官は片眉を上げた。
「じゃあ、署まで来てもらおうか」
なぜだろうか。容疑者として疑われている気がする。
僕は何もしていないはずなのに。
「おい、待て!」
逃げ出してしまった。
話を聞いてもらえれば分かってもらえたはずなのにどうして逃げたりしたのだろうか。
そう後悔してももう遅いだろう。今も必死の形相で僕を追いかけてくるのだから。
「待て、待つんだ!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいると思うんですか」
おかしい。なぜ僕はおかしなことを口走っているのだろうか。まるで僕が犯人であるかのような口ぶりだ。今日の僕はおかしすぎる。何かに操られているかの様だ。
「は、速すぎる!」
警官が息を切らしながら叫んでいた。
僕と警官の距離はもう100メートルも離れてしまった。
僕はもう何が何だか分からない。こんなに僕の足は速くなかった。せいぜい学校で中の上程度だったはずだ。なのに今はかなり風を感じる。
何も分からなかったがとりあえず僕は警官から逃げることに集中した。
「やっと逃げ切れたか」
軽く息を整えながら周りを確認した。
がむしゃらに逃げてしまったせいでどうやら路地の中に入ってしまったらしい。
とりあえずここから出よう。
そう思いながら先ほど来た道を戻ろうとした。
「あれ?」
目の前に一つのボタンがあった。
建物の壁に取り付けられていて、そこに赤いボタンがついている。その上に絶対に押すなというフリとしか見えないことが書いてあった。
好奇心のままに僕はそこに近付いてそのボタンをじっと見た。
「う~ん」
どうしよう、とても押したい。このボタンを押すとどうなるのかがとても気になる。
普段なら絶対に押さなかっただろう。
しかし今の僕は警官から逃げられたという一つの達成感がある。
だから普段ではしないことを一つしてみたくなる。
そこで冒頭に戻る。
僕はボタンを押したのだ。何が起こるのかを知らずに。
「うわっ!」
白い光が僕を襲う。
その光を浴びた瞬間僕は意識を失った。