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どうしてピザは高いのか 下

 あれから俺はネタバレが如何にしてはいけない行為かを乃愛に教えこんでいた。


「うぐぅっ、うぐぅっ」


 そのお陰もあってか、乃愛はその重大さを理解してくれたようだ。自分の罪がどれほど重かったかを自覚し、涙まで流している。


「分かったな? もうやるんじゃないぞ? 漫画だけじゃない。映画とかも駄目だ」


「うぐっ、うぐっ」


 コクコクと頷く乃愛。何時もこれぐらい聞きわけが良いと助かるのだが。


「じゃあ戻って良いぞ」


 涙を指で拭き、自分の席に戻っていく乃愛。これでしばらくは大人しくなるだろう。


「さて」


 そろそろ時間なのでスマホからピザを注文する。数回のコール音の後、『お、お、お電話ありがとうございます! ぴ、ピザ・ニューメキシカンです!』という声が聞こえてきた。何度か注文したことがあるが、聞いたことのない声だ。


 俺は二枚のMサイズのピザ、ドリンク三本、サイドメニュー数品を伝え、通話を切った。


(漫画でも読むか)


 来るまでに30分ほど掛かるそうなので、漫画の続きを読み進めることにする。Tボーンステーキが伏線という言葉がどうしても頭から離れないが。


 本を開く前に椅子に座っている乃愛の方を見る。


 乃愛は俯いてじっとしていた。その顔にいつもの笑みはなく、暗い顔で、時折手で瞼を擦っている。


 本の間に指を入れ、中断したページを探す。数秒でそのページは見つかった。文字に目を這わせる前に、もう一度乃愛の方を見る。


 鼻水を啜る乃愛の姿が目に入った。


(やりすぎたか)


 何も言わず、俺に目を向けているわけではないが、心なしかシャーリーさんも怒っている気がする。


 正直な話、俺は怒り方というものをあまり知らない。


 下に弟や妹がいたわけでもないし、生まれ育った環境が一般的なものでなかったこともあり、そういう経験が圧倒的に少ないのだ。


 とはいえ、それを言い訳にしても何にもならない。


「すまん、怒りすぎた。そこまで気を落とさないでくれ」


 俺の謝罪の言葉に乃愛は一度鼻水を啜り、短く「うん」と言ったが、まだ俯いたままだ。これでは駄目だ。




 俺はコイツのこんな姿は見たくない。




 土下座で乃愛に元気が戻るのなら、100回だってする。だが、それではムリだろう。


 大して良くもない頭で、しばらく考えた結果、俺は先ほど考えていた疑問を口に出した。


「なあ、なんでピザって高いんだと思う?」


 俺の投げたボールに、乃愛はすぐに反応しなかった。けれど、二呼吸ほど置いてから、チラッと俺の方を向き、またすぐに机の上に視線を戻し、少し間を置いてから、もう一度俺の方を見てこう言った。




「……なんで?」


「知らん」


 


 乃愛が再び泣きそうな顔に戻り、目に見えそうなほどの怒気がシャーリーさんから俺に向かって発せられた。


(あああ! やっちまった!)


 確かに知らないとはいえ、これではおちょくっているようにしか見えない。


(こ、こんな時はアイツに頼むしかない)


 慌てて操作を間違えそうになりながらも、俺は一人の同級生をスマホで呼び出した。




「到着したのであります!!!!!!!!」


 生徒会同好会の部屋の扉を勢い良く開けて登場したのは、一人の少女だった。


 肩に掛からない程度で切り揃えられた髪は明るい栗色で、目はパッチリと大きく、頭のてっぺんから足の爪先まで、全身からパワーを放っているかのように元気溌剌としている。


「おお、来たか! 待っていたぞ!」


 この女、名前を『山吹やまぶき 紗奈さな』と言う。だが、その名前で呼ぶ人間はあまり居ない。この女は大抵こう呼ばれる。


「バイト戦士!」


「はい!! バイト戦士!!!! 今、到着であります!!!!!!!!」


 右腕を前上方に掲げながらバイト戦士は言う。


「ですが! 最近知ったのですが!! この名称は、もう既に使われているらしいのであります!!!! 私は失敗したくねーのであります!!!!!!!!」


「そうか! 何を言っているのか全く分からないが、それなら今日からお前はバイト騎士だ!」


「騎士でありますか!! それは凄いのであります!!!! 喜んで拝命するのであります!!!!!!!!」


 部屋どころか廊下にも響き渡りそうな大声で拝命を宣言するバイト騎士。相変わらずエネルギーの塊のような女だ。


 俺とバイト騎士のやり取りに、乃愛が目をぱちくりさせているのが分かった。


「それで!! 今日は何の御用でありましょうか!!!!」


「ピザがどうしてあんなに高いのか教えてくれ!」


「了解であります!! それでは、講演代として、500円頂きたいのであります!!!!」


「え、金取るの」


 思わず素に戻ってしまった。


「勿論であります!!!!」


「払わなかったら帰るのか?」


「折角ここまで来たのでご説明はしますが!! 次に呼び出されても!!!! 来ないかもしれないであります!!!!!!!!」


「それは困るな」


「でしたら!! 払って頂けると!!!! 助かるであります!!!!!!!!」


 俺は財布から五百円玉を取り出し、バイト騎士に手渡した。


「毎度ありであります!!」




 説明しておこう。


 バイト戦士――じゃない、バイト騎士は、高校一年の身でありながら数多のバイトを掛け持ちし、それどころか学校にいる間も生徒からの頼まれごとを大量にこなし、日夜金を稼ぐ存在だ。


 その生活上、普通の高校生が知らないような変なことを良く知っている。




「これから少し用事があるので!! 全ては説明できませんが!!!! 500円分はしっかり解説させて頂くであります!!!!!!!!」


「ああ、それでいい」


 どちらかというと、部屋に漂っていた陰鬱な空気を吹き飛ばす方が主目的だ。その点ではもう仕事を果たしてくれていると言える。


「その前に! そこの女の子が!! なぜ目を腫らしているのか!!!! お聞かせ願ってもよろしいでありましょうか!!!!!!!!」


「聞かないでくれ」


「了解であります!! 正直凄く気になるのでありますが!!!! 了解であります!!!!!!!!」


 腕を下ろし、俺と乃愛、そして自分とで、正三角形になるような位置まで移動するバイト騎士。


「やはり一番大きいのは! 人件費であります!!」


「バイトに払う?」


「そうであります! 雇われ店長とかの社会保険料等も含まれますが!! 社員扱いの人間なんてほとんどいないので!!!! 主にそこで働く従業員に支払う給与のことであります!!!!!!!!」


「社員いないのか?」


「いることはいるであります! ですが、少なくとも私が働いているピザ屋には!! 二人しか居ないであります!!!! しかもその内の一人は入院中であります!!!!!!!!」


「病気で倒れたとか?」


「過労なので病気といえば病気かもしれないであります!! 店長補佐が碌に仕事しなかったのでぶっ倒れたんであります!!!! しかもその店長がぶっ倒れた後、店長補佐はとんずらかましやがったのであります!!!!!!!!」


 信じられねーであります、と言うバイト騎士。確かにそれは信じがたい。


「話を戻すのであります! ピザ屋には『待機時間』というものが存在するのであります!!」


「休憩するのか?」


「そうであります! ピザ屋は注文が入る時間が集中するので!! 暇な時はスゲー暇なのであります!!!!」


「楽そうだな。休憩してるだけで金貰えるんだろ?」


 俺もやってみたい。免許持ってないけど。


「今の台詞! ピザ屋でバイトしたことのある人間に聞かせたら笑われるかぶん殴られるのであります!! とんでもねー勘違いなのであります!!!!」


「どうしてなのじゃ?」


 乃愛が話に入ってくる。どうやら興味が沸いたらしい。


 バイト騎士が乃愛の方を向いて説明を続ける。


「まず! 待機時間は電話対応は言うに及ばず、洗い物や洗濯掃除など!! 扱き使われることも多いのであります!!!!」


「まぁ、それぐらいはいいんじゃないか?」


 金貰ってるわけだしな。


「問題はここからであります! この待機時間、給料満額もらえないことが多いのであります!!」


「どういうことじゃ?」


「バイトにやらせる仕事が本当にない時や、社員だけで済ませられる雑用しか残っていない時は! 『お前ら休憩して来い』とか言われるのであります!!」


「よく分からん。それは待機時間なんだろう?」


「待機時間ではありますが、本当の本当の休憩なのであります! 近くのコンビニ行って立ち読みとか!! ファストフード店でドリンクとセットのハンバーガー食べるとか!!!! そういう比較的自由なことをやらされる時間なのであります!!!!!!!!」


「良いことではないか」


「とんでもねーであります! この時間帯の給料は出ないんであります!! しかも仕事が終わったわけじゃないから、時間が経ったら店に戻らないといけないんであります!!!! 許可されてはいませんが、家が近くにあれば黙って戻って、ある程度寛げるでありますが、遠かったりすると緊張感をある程度残したまま時間が過ぎるのを待つしかないのであります!!!!!!!!」


 現に緊張感を解きすぎて居眠りしてしまい、招集に遅れ、クビになったバイトもいるとバイト騎士は言う。


「店で休憩してたら駄目なのか?」


 それなら居眠りでトラブルが起きることもないだろう。


「それを許している店も結構あるらしいでありますが! 少なくとも私の店ではバイトは外に出されるであります!!」


「なぜじゃ?」


 再び尋ねる乃愛。その顔に、もう暗い影は見えない。


「店内にバイトを残しておけば、命令を下す社員の指揮下にあると捉えられる可能性があるためであります! その状況では!! 給料を支払う義務が生じる可能性があるのであります!!!!」


 とはいえ、と付け加えるバイト騎士。


「私の店は珍しい方かもしれないであります! 大抵の店は店内の一室に待機させることが多いと聞くであります!!」


「お前の店って個人でやってるんだっけ?」


「そうであります! ピザ屋は一階部分で、オーナーは二階で居酒屋を営んでいるであります!! このオーナーが超ビビりなので、わざわざ私たちを追い出すんであります!!!! その分、社員にしわ寄せが行って、雇われ店長がぶっ倒れたんであります!!!!!!!!」


 それは辛い。


「だが、そこまでして切り詰めるのなら儲かるだろう? なんでピザが高いままなんだ?」


「人件費が安く済むから儲かるのではなく! 人件費を安くしないとやっていけないのであります!!」


「ピザの材料費が大量に掛かるとか?」


「材料費はそれほどではありませんが! 配達に使うバイク、それを動かすのに必要な燃料!! これが大きいであります!!!! 最近はかなり安くなってきましたが、それでもやはり割合としては大きいのであります!!!!!!!!」


「なるほどなのじゃ」


 腕を組んで頷く乃愛。頷いてはいるが、おそらくコイツはガソリンの値段を知らないだろう。


「ということは、店で食べれば安く済むのか?」


「そういうことであります! 現に店内でピザを食べる、もしくは取りに来るのであれば、一般的な相場の半値以下で売っている店もあるのであります!! あいにく私の働いている店はデリバリー専門なので直接来られても安くなりませんが!!!!」


 バイト騎士がそこまで説明したところで、部屋の扉が開いた。


「お待たせしました! 『ピザ・ニューメキシカン』です!」


「おお、待ってました」


 俺とほぼ同じ身長の童顔の男性に、自身が注文した者であることを告げ、注文内容を確認し、代金を支払う。


「毎度ありがとうございました!」


 爽やかな笑顔で頭を下げる男性。如何にも仕事が出来そうな人だ。また注文する際には、この人に配達して欲しい。


「……あれ? 紗奈さん?」


 バイト騎士の顔を見た男性が、首を傾げながらそう言った。


「はい! 紗奈であります!! お仕事お疲れ様であります!!!!」


「うん、ありがとう。紗奈さん、この学校だったんだ?」


「そうであります! とはいっても、とんでもねーバカな方ではありますが!!」


 バイト騎士の自嘲的発言に苦笑する男性。


「これから入るんだよね?」


「はい! 少し時間が押しているので超ダッシュで向かうであります!!」


「うん、事故に遭わない程度に気を付けてね。今日は紗奈さんが入ってくれるからとても助かるよ」


 そう言い終えた男性は、俺に「失礼しました」と一度頭を下げ、音をあまり立てずに扉を閉めて去っていった。


「これからピザ屋でバイトなのか?」


「そうであります! だから申し訳ないのでありますが、解説はここで終わらせて欲しいのであります!!」


「分かった」


 500円の元は十分取れただろう。乃愛も元気を取り戻したようで、配達されたピザの箱を見ながら、目を爛々と輝かせている。


「ついでに一切れ食ってくか?」


「いらねーであります! 入院した雇われ店長ととんずらこいた補佐の代わりに入った人間が、研修中に何度も何度もピザを焼くのを失敗して、その度に食べさせられたのであります!! 嫌と言うほど食べさせられたのであります!!!! 正直もうピザなんて見たくもねーであります!!!!!!!!」


 これからそのピザ屋で焼き上げられたピザを食べる俺たちの目の前で、とんでもないことを言う女だ。


「でもそのお陰で、その社員はお客さまが食えるピザが焼ける程度には成長したのであります! 安心して良いであります!! でも今の時期はしばらくサラダ関係は頼まない方がいいであります!!!!」


「どうしてじゃ?」


「あの人、メッツァルーナの扱いがヘッタクソなんであります! まぁ研修期間が短すぎて仕方ない面もあると思うのですが!! お客さまに言い訳は通用しねーでありますからね!!!!」


「なんだそのメッツなんとかってのは」


「ピザカッターの一種であります! でもピザそのものよりもハーブや野菜を切ったりすることに使うことの方が多いのであります!! というよりぶっちゃけピザ生地には使わないであります!!!!」


 それでは! と敬礼のようなポーズを取り、バイト騎士も去っていった。

 



「んじゃ食うか」


「うん!」


「おしぼりとお皿は用意しておきました」


 そうして俺たちは、入って間もないらしい、その代わりの人間が焼き上げたピザを熱々の内に頂いた。


 味は掛け値なしに美味かったことも記しておく。




 ただし、サイドメニューから頼んでしまっていたサラダは――あえて言わないでおこう。

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