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どうしてピザは高いのか 上

「のう」


「なんだ」


「お腹が空いたのじゃ」


 机の上に顎を載せ、覇気の全く感じられない声でそういう乃愛。


「カップラーメンでも食ってろ」


 漫画の単行本のページをめくりながら、そう返す俺。今読んでいるのは、借金をカタに無理やり劣悪な環境で働かされている主人公に、そのグループを束ねる班長が、タダで豪華な料理を振舞おうとしているシーンだ。うーん、Tボーンステーキか、食ってみたい。


「飽きたのじゃ」


 またそういう贅沢を言う。食える物があるのがどれだけ幸せか分かっていないのか。まぁ、一応はお嬢様という身分なのだから不思議でもないのだが。


「じゃあどん○衛にしろ」


 おぉ、班長に水をぶっ掛けた。なんて気骨のある主人公だ。怒った班長の取り巻きにボコボコにされてはいるが、俺は評価するぞ。


「そういうことではなく……もっと、こう、洒落た物が食べたいのじゃ」


「シャーリーさんに用意してもらえ」


 今日もシャーリーさんは乃愛の斜め後ろ、壁際で静かに待機している。背筋を伸ばし、エプロンドレスの前で両手を交差させるようにした姿は正に瀟洒なメイド。おっぱいはないけど。


 シャーリーさんは俺の頼みはほとんど聞いてくれないが、乃愛の頼みはほとんど聞く。当然といえば当然なのだが。


「……いやじゃ」


 顎を引き、額を机に載せ、顔を隠すようにしてそう呟く乃愛。


「どうして」


 乃愛は俺の質問に答えず、その体勢のまま、じっと黙っている。何だ、気になるだろうが。


「――――あまり」


 抑揚をあまり感じない声。シャーリーさんのものだ。


「お金の掛かることは大旦那様に止められております」


 表情をほとんど変えずにそう言うシャーリーさん。


「まぁ、それもそうでしょうね」


「お嬢様がどうしてもと仰られるのでしたら、自費で購入して参りますが」


 なんて忠誠心の高いメイドだ。


「だってよ。買ってきてもらったらどうだ」


 乃愛にそう促す俺だが、乃愛は額を載せた格好のまま、頭を左右に振った。何だ、何が嫌なんだ。


 理由を答えない乃愛に追求することを諦め、前から少し気になっていたことをシャーリーさんに尋ねることにする。




「シャーリーさんってレズですよね?」


「ぶっっ!!!!」


 


 乃愛が盛大に噴き出した。一応言葉の意味は知っているらしい。


「いいえ」


 反対にシャーリーさんは、眉根一つ動かさず、全く同様の素振りを見せない。


「私はレズではありません」


 机の上が唾まみれになっていることを考えたのか、何時の間にかその左手には真新しい白い雑巾が握られている。メイド力が高い人だ。


「付き合っている男性はいるんですか?」


「おりません」


「付き合っている女性は?」


「おりません」


 フリーなのか。


「男と恋愛関係になることもあると?」


「受け入れられる素地はあると思います」


 なんとも微妙な言い回しだ。


「じゃあ付き」


「お断りします」


 せめて最後まで言わせて欲しい。


 乃愛は机に突っ伏して沈黙したままだ。――いや、僅かに震えている気がする。 


「そういえば――」


 もう一つ聞きたいことがあるのを思い出した。


「どうして乃愛のお付きのメイドになったんです? 給料が良いとか?」


 乃愛は落ちこぼれだ。基本給+αに、そういう手当てがあるのかもしれない。 


「具体的な額を口にすることは出来ませんが、私は他のお付きの方たちの中では一番下です」


 シャーリーさんの給料は乃愛の小遣いと比例しているらしい。ますます疑問が深まる。


 以前、蔵屋敷の次女のお付きをしている人物に会ったことがある。その人も色々な意味で能力が高かったが、シャーリーさんがその人に劣っているとは俺には思えなかった。


「ならどうして、乃愛に仕えているんですか? もっと良い待遇をしてくれる主に仕えたいとは思わないんですか?」


 俺の問いに、シャーリーさんは目を細め、乃愛の全身を上から下まで見ながら、呟くように小さな声でこう言った。




「美味――育――うですから」




 ビクッ、と乃愛の体が一際大きく揺れ、幽霊に怯える子供のように、ブルブルと震え始めた。


 俺からは距離があるので、その内容を全ては聞き取れなかったが、意味するところは分かった。そして俺よりも近い分、乃愛からはバッチリ聞こえていたらしい。この反応から察するに、聞こえていなくても、常日頃からシャーリーさんに対してそういうモノを感じていたのかもしれないが。


「お前も大変だな」


 もし俺にお付きの執事がいて、その人物が自分を狙っていることを知ったとしたら、とてもじゃないが平静を装えないだろう。そのまま仕えさせるなんて、考えるだけで胃に穴が開きそうだ。


 今日ぐらいは優しくしてやろう。


 机ごとガタガタ震え始めた乃愛に対して、俺は言う。


「出前を取ってやるから食べたいものを言え」


 俺の言葉に乃愛の体がピタっと止ま――らない。どうやら重症のようだ。


 シャーリーさんはまだ乃愛に視線を合わせている。小さく出た舌が唇の上で楕円を描くように動いている気がするが、見間違いだろう。見間違いだ。見間違いに違いない。


 対面で起きている光景から目を逸らし、スマートフォンから『出前』のカテゴリーを呼び出す。なんと、この高校では生徒が出前を取れるのだ。大丈夫か、この高校。授業中に生徒が賭け麻雀をやっていても教師が注意しない時点で手遅れな気もするが。


「うーん」


 金は問題ではない。俺は金持ちではないが、バイトをしている。そしてその内容がちょっと特殊なモノであることもあり、普通に飲食店などでバイトをしている一般の高校生よりは実入りが良い。

 

「ラーメン、蕎麦、うどん……」


 カップラーメンは食べたくないと言っていたから却下だろう。正直俺も飽きている。


「寿司、カレー、ハンバーガー……」


 そういう気分ではない。 


「カツ丼、ピザ……」


 ピザか。そういえば最近食ってなかったな。


「ピザ!?」


 がばっ、と身を起こし、乃愛が目を輝かせて俺を見た。どうやらピザという単語を聞いて復活したらしい。根本的には何も解決出来ていないが。


「ピザ、食べる! ニンニク! コーン!」


 喋り方がおかしい。身体の方は復活できても、精神の方はまだ引き摺っているようだ。


「ニンニクとコーンな」


 それが載っているピザを、近くでやっているピザ屋の公式のサイトから検索する。


「……半額メニューにはないな」


 このピザ屋では、月替わりで三種類だけピザが半額になる。トッピング追加ではなく、ニンニクとコーンが最初から上に載っているのはニューメキシコ・コンボというピザだが、今月の半額メニューには載っていない。別にピザ一枚分ぐらい、倍の値段であろうが財布の中身はそれほど痛まないが、何か損をした気分になる。


「Lなのじゃ! Lなのじゃ!」


 乃愛の話し方がいつものモノに戻ってきた。完全復活も近そうだ。


「二人で食いきれるか?」


 残して冷めたピザは食いたくない。電子レンジに入れてチーンと鳴った後、耳の部分が少し硬くなり、全体的にちょっと縮み、具のベーコンが焦げたピザを取り出す時のあの侘しさは何とも言えないものがある。


「んんっ!」


 短い咳払い。シャーリーさんのものだ。アンタも食うんかい。


「それじゃあMサイズ二枚にするか。二種類食べられる方がいいだろう」


「うん!」


「不満はございません」


 通常、Mサイズは一枚で約2700円から3000円だが、二枚頼めば合わせて約3000円になる。これは半額ピザでなくても常時適応される。ちなみにLサイズは1枚約4000円。


 ピザというのものは高いと何時も思う。噂ではMサイズの原価は500円にも満たないと聞く。今更頼まないなんてことはしないが、引っかかる部分があるのは確かだ。


 スマホを操作して、サイドメニューなどにも目を向けていると、ある欄に『時間割引始めました』という項目があった。詳しく読んでみると、何時から何時までに注文した場合、ドリンクニ本とサイドメニュー一個が半額になるらしい。俺はこういうのが好きだ。時間を確認してみると、その開始時刻まで30分ほどあった。


「少し待つぞ。割引があるらしい」


「えー」


 不満そうな乃愛。


「今食べたいのじゃ」


「どちらにせよ今頼んでもすぐに食えるわけじゃない。少しぐらい我慢しろ」


 俺は漫画の続きを読もうと、再び本に手を伸ばした。あそこからどうやって班長のイカサマサイコロに勝つのかがとても気になっている。時間潰しには丁度いい。


「じゃあ暇だから遊んで欲しいのじゃ」


「俺は忙しい。一人で遊んでろ」


「漫画を読んでるだけではないか!」


 ええい、五月蝿い。集中できないだろうが。


「お前も読めばいいだろ」


 部屋の端に置かれた小さめの本棚を指差す。そこには、本が十二冊置かれている。今俺が読んでいるシリーズと同じ物だ。


「もう読んだのじゃ」


「そうか、俺はまだ読んでいない」


 ペラ、とページをめくる。うーん、この勝利に対する執念。見習うものがあるな。


 黙々と漫画を読む俺。


「むぅ……」


 乃愛は不満そうだが、俺は漫画が読みたいのだ。


(しかし十分の一の価値って搾取しすぎだな……)


 一日働いて牛丼一つ食べられない給料、とても辛いだろう。


 ウンウン頷く俺。なにやら視線を感じるが無視だ無視。


 席を立つ音がする。乃愛だろう。諦めてもう一度同じ漫画を読むのかもしれない。或いは部屋を出てトイレにでも行くのか。


 と思っていたら乃愛はこちらの方まで歩いて来て、俺の右肩に顎を乗せるようにしてきた。その長い髪が俺の首元にかかり、若干くすぐったい。


「おいこら」


「いいではないか」


 なんでコイツとこんな恋人同士でするような行為をせねばならん。俺はそういう感情を持っていないし、このちびっ子もそうだろう。というかこの女は恋という感情自体をまだ持ったことがない気がする。


 カックンカックンと口を開けては閉じる動作を繰り返す乃愛。その度に俺の右肩に振動が伝わってくる。


 邪魔ではあるが、反応すると喜びそうなので、徹底的に無視することにする。


「他のことして遊ぼ?」


 そういう趣味の大人が聞けば大喜びするのかもしれないが、俺には効果がない。


「ぐぬぬ!」


 何の反応も返さない俺に業を煮やしたかのように、唸り始める乃愛。構わずページを進める俺。


 そうしてしばらく漫画を読んでいると、乃愛が一層身を乗り出して来た。互いの頬同士がほとんどくっつくほどに。


 暑苦しく思いながら視線だけ動かしてそちらを見ると、俺が手に持つ漫画に、乃愛が目を這わせているのが見て取れた。


「ふむふむ」


 何がふむふむだ。お前は一度読んだだろうが。


「……実はのう」


 2ページ分読み終えた風の乃愛が、そんなことを言った。


 何のつもりか知らんが、今の俺から反応を引き出せると思うなよ。


 ページに目を向けたまま、乃愛は言葉を続けた。




「あのTボーンステーキの骨が伏線になっておってな」


「おいコラァァァァ!! ネタバレしようとすんな!!!!」




 俺の絶叫が部屋の中に響き渡った。

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