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少年少女、ところによりメイドになるでしょう 上

「不倫はいかん」


 机に載せたノートを開いて、数学の花木が出した課題をこなしている俺の向かい側からそんな声が飛んだ。


 声の主の姿は視界に入らない。


 机といっても普通の学生が教室で使用する小さなものではなく、会議室などで使う横に数メートル伸びた横長の机、それを正方形になるように4つ配置した形だからだ。


 中央は築70年の学校の三階部分を健気に支えてきた木目の床以外は何もない。


 数年か数十年か毎に工事やらリフォームやらしてるかもしれんが、一介の学生の俺がそんなことを知るわけもない。


「不倫はいかん」


 いつも思うが、こういう空いたスペースは無駄ではないだろうか。


 宴会なら芸者および参加者が楽器を奏でるやらモノマネをやるやらチ○コにネクタイを巻き、裸踊りをして場を盛り上げたり、逆に訴えられて地獄に落ちたりするものだが、話し合いの場でこの空間を有効活用している人間を俺は見たことがない。


 いらんことを考え出したせいで手が止まり、十年後ぐらいに人類の宝になるだろう黄金の頭脳を持った俺の思考が停滞する。


 なんだよ2項定理って。


 ニコニコしながら白紙のノートを花木に提出したら許してくれるのか。


「不倫はいかん」


 駄目か、俺が教師なら例え万が一その場で爆笑しても学期末の評価表に通常の評価マイナス2ぐらいはする。俺なら限界突破だ。家の主によって次の学期に来れない状態にされてしまう。


 俺は集中力はある方だ。昔からそれは言われてきた。親に。


 やれば出来るとも言われてきた。親に。深く考えてはいけない。ビバ、プラシーボ効果。


 信じるものは救われる。


「不倫はいかん」


 故に俺の思考が乱れている原因は机の向かい側にいる声の主のせいに違いない。


 さっきからしつけえんだよこのヤロウ。敢えて無視してんだよ。


 お前の会話に付き合うことほど時間の無駄はねぇんだよ。


 ところで女相手にヤロウってのはおかしくないだろうか。ヤロウというのは漢字で野郎と書く。つまりそれは




「んんッ!」




 と、そこで場に新たな声。


 明らかに俺に対してのモノだ。俺は空気の読める男。


 思考を中断して顔を上げる。なぜこの声に俺が反応するのか。理由はこの声の主が美人だからだ。とても美しいからだ。あと俺の性的思考に見合った視線を時々投げつけてきてくれるからだ。俺はソフトMである。


「なんですか、シャーリーさん」


 俺がシャーリーと呼ぶ、黒を基調としたメイド服姿のその女性は、綺麗な姿勢で直立したまま、こちらに向けて口を開かず、視線だけでこう言ってきた。

 

 『相手をしなさい』と。


「えー……」


 実に嫌だ。


 俺の不満そうな態度に、冷たい視線を送ってくるシャーリーさん。今日も美人だ。


 シャーリーさんはメイドだ。ただのメイドではない。なんと本物のイギリス人だ。その髪は日本人が無理やり染めたような下品な色ではなく、本物のプラチナブロンド。艶のあるその髪は、彫りの深い顔立ちと相俟って、日本人にはない性的魅力を感じさせる。おっぱいはないけど。


 メイドと言っても俺のメイドではない。俺の向かい側で壊れたボイス付き人形のように同じ言葉を繰り返しているヤツのメイドだ。正確にはヤツの家のメイドだが。年は俺とヤツより少しだけ上らしい。大人とハッキリ言えるほどではないが、子供とは言いにくい。そんな微妙な年齢だ。


 こんな見た目の人とお付き合いできれば最高なのだろうが、一つ大きな問題がある。この人は『ガチレズ』だ。


 いや、明言されたわけではないが、言葉の節々や雰囲気からそういう性的趣味があるのだと俺は思っている。




「付き合ってください」




 試しに告白してみる。返事は絶対零度の視線だけだった。正直少し興奮する。


「不倫はいかん!」


 シャーリーさんから視線を外して、対面の椅子に座っている生物に目を向けた。この生物は『蔵屋敷 乃愛 (くらやしき のあ)」という女だ。正直、女というより子供というカテゴリーの方が適していると思うが。


「不倫はいかんのじゃ!」


 無視したい。とても無視したい。


 だがこのままでは恐怖のトン○リが起きてしまうので仕方なく相手をしてやることにする。この際だ、神のように慈悲深い笑顔と態度で応じてやろう。俺の寛容さはオカン級。


 ノートと筆記用具を横に退ける。そして自分の制服の襟を正し、一度軽い咳払いをして声の調子を整える。


 最後に椅子を少し引き、投げ出すように両足を机の上に載せてから声を出した。




「何か用か、落ちこぼれ」


「おっ、ちっ……っ!?」




 年は15、髪の色は黒。今は座っているが、身長は同学年の女子に比べればかなり低い。恐らく服装を変えれば五歳下の人間に混じれるだろう。つまり幼児体型だ。ぺったん子だ。揉めない胸は胸ではない。それはただの胴体だ。


 忌々しいが顔は整っている。成長すればかなりの美人になるのかもしれない。余地が残っていればだが。女の成長は男のソレと違って早い。ここからシャーリーさんほどの身長になる未来はほぼ絶望的だろう。俺と違って、俺と違って。


 髪全体は長いが前髪はぱっつんつん。座敷童の前髪をそのままに、他の部分の髪を伸ばしたような姿をイメージすると分かりやすい。


「わらわは落ちこぼれじゃ――」


「落ちこぼれだろ」


 乃愛の言葉に覆い被せるようにして言葉を返す。


 こいつは見た目は和風のお嬢様っぽい部分があるが、中身はかなり、いや、かなりかなりかなりポンコツだ。


「うぐっ。……で、でも、おぬしだって頭が悪いではないか!」


 確かに俺も(今は)頭が良いとは言えない。というよりこの学校の普通科の人間はほぼ全員頭が悪い。


 私立グラシア学園。名前からしてちょっと何か形容しがたい雰囲気を漂わせるこの高校は、大きく分けて二つの学部で成り立っている。


 普通科と進学科。


 進学科はその名の通り、頭の良い奴等が集まる科だ。その偏差値は軽く65を超えるらしい。将来官僚や弁護士など、社会に多大に貢献する職に就くであろう人間たちだ。


 比べて普通科はそこからマイナス30は引かなければならないような奴等ばかりが集まっている。卒業した後は別の意味で新聞に載るような人間たちだ。昔、卒業式の日に黒塗りの車に乗った怪しい人種が、校門までスカウトしに来たこともあったと聞く。


 勿論そんな人間たちが共に学んでいけるわけはないので、教室は別――どころではない。校舎から運動場から体育館からプールから、その全てが別々だ。


 進学科の入学式には、この高校を卒業した政治家や有名俳優が挨拶に訪れたらしい。


 一方、普通科の入学式には、警棒とスタンガンを持った多数の教師たちが体育館の出入り口に陣取り、仁王立ちしていた。


 ここは本当に日本の高校か? 俺はでぶ○んの世界に迷い込んだのか? 


 昔はよくそう思ったものだ。今では順応してしまったが。


「――で、何だ? 今日の議題は」


「流しおったな……」


 ドングリの背比べをしても仕方がない。それに少なくともコイツよりはマシだ。おそらくコイツより下は学年に二十人も居ない。俺より下は五十人は居る。

 

「何もないのなら今日は帰るぞ」


「ま、待て! 議題ならある!」


 乃愛は椅子の傍に置いてある自分の鞄に手を伸ばしてゴソゴソと何かを探り、一冊の本を取り出してから、その表紙を見せるように俺の方に突き出した。表紙には大きな文字で「週刊サイキン」と書いてある。サイキンて。


 本をパラパラとめくり、あるページで指を止め、そのページを大きく左右に開いて俺に見せ付ける乃愛。その顔は「どうだ!」と言わんばかりだ。


「なになに……」


 俺はかなり目が良いので、この距離程度ならある程度は読める。記事には両ページに渡るように、左上から右上にかけて太く黒い文字でこう書いてあった。




『有名タレントの裏の顔!? 清純派として名高いあの人が不倫騒動!! お相手は音楽関係のあの男性!?』 



 

 ひとまず足を下ろし、机の上に置かれた麦茶ポットから中身をコップに移し、麦茶を飲み干す。


 目の前でドヤ顔をしている人間に色々言いたいことはあるが、まずはこれを言っておきたい。


「お前、駅の電車の網棚から盗んで来たろ」


「ぬっ、盗んでなんかおらん! 捨てられておったから持ってきただけじゃ!」


 モノは言いようだ。


「――で? 何が言いたい?」


 コップとポットを横にどかし、空いたスペースに左肘を置いて、手に顎を乗せながら話を進める。


「不倫はいかんということじゃ!」


 両腕を組んで、そんなことを言う小動物。今にも口から「むふー」という言葉が出そうな勢いだ。


「ちなみに、なんで駄目なの?」


「な、なんでって……」


 しばし沈黙が流れる。


「……いけないことだから」


「なんでいけないんだ?」


 基本コイツは思考せず喋るので、突っ込みに弱い。


「……人が傷つくから」


「人って誰だ?」


「えっと、その」


 自分の腹部辺りで両手の指をクニクニさせる乃愛。そうして十数秒後、ぽつりと「奥さん」と呟いた。


「そう、奥さんじゃ! 可哀想じゃ!」


「じゃあ、それは不倫した奴等と奥さんの問題じゃないのか? 外野の俺たちがどうこう言うことか?」


「で、でも、いけないことじゃ……」


「いけないってのはケースバイケースじゃないのか? 世間には金さえ家に入れてれば不倫を認める妻もいるかもしれないし、一夫多妻の国もある。不倫が絶対に駄目とは言い切れないだろう」


「で、でも!」


 乃愛は記事をこちらに見せ付けるようにしながら言葉を続けた。


「この奥さんは絶対そんなの認めていないのじゃ!」


「それこそ、その家の問題だろう」


「で、でも……」


 力なく項垂れる乃愛だったが、すぐに顔を上げて喜色満面でこう言った。


「ファン! ファンが傷付く! この女のファンが!」


 バシバシと左ページを叩く乃愛。その箇所には、清純派として売っていた女タレントの顔が載っていた。女が出演していた、バラエティ番組で流れていたシーンの一カットだ。


「お前はファンじゃないだろ」


「うぐっ。そ、そうじゃけど」


「ならそのファンと女タレント、或いは事務所との問題だ。まぁ、そのファンに何の権利があるというわけじゃないだろうが、SNSでなり何なり文句言うぐらいは許されるだろ」


 無論程度によるが。


「でも、わらわはファンの心を代弁して!」


「勝手に代弁すんな。許すってファンもいるだろ。なんで許さないって方だけ代弁するんだ」


 俺の言葉に口惜しそうな顔を見せる乃愛。ふっふ、ざまあみろ。


「……わらわは、少しでも世がよくなるように」


「放課後の教室で同級生一人相手に主張して何になる」


「うぐぐ」


「大体、人間ってのは悪いことをするもんだ。全くしない人間なんて居ない。信号無視をしたことのない人間なんていないし、宿題を忘れたことのない人間もいない。居候先の親戚宅で、小学生の従姉妹が冷蔵庫に大事に入れておいたプリンを勝手に食べる高校生もいる」


「しょっぱいのばかりではないか!」



 


 唐突だが、説明しよう。


 俺とこの長髪座敷童、あとシャーリーさんは、授業のある日はほぼ毎日放課後にこの部屋に集まり、『議題』と称してテーマを決め、色々なことを話し合う。シャーリーさんは話に加わらないことが多いが。


 無断ではない。


 とはいえ、部活でもない。


 同好会である。


 その名も『生徒会同好会』。


 なんとも頭が悪そうな名前だ。


 どうしてそんな名前になったかというと、座敷童が生徒会に憧憬の念を持っているからだ。俺たちの科、普通科は頭に超と超の付く馬鹿ばかりだが、生徒会のメンバーは別だ。奴等の用意する知力、体力、精神力の三大門テストを合格しなければ生徒会に入ることは出来ない。選挙? ハハッ。


 なぜかは知らないが、乃愛はこの『生徒会』という組織に非常に憧れを持っている。事実、テストも受けた。走れば小学生、頭は分数の割り算で止まり、鏡の前で自分を見つめれば二十秒も持たない。勿論それで合格するわけもなく、即日にお断りの返事を頂いたようだが。


 ちなみにテストは在学中に二回までしか受けることが出来ない。乃愛は後一回しかチャンスがないわけだが、その一回のために努力している姿を見たことはない。


 そんな乃愛が、どうしてこんな活動をしているかというと――生徒会の真似事をしたいというのも勿論あるが――ストレスの発散場所なのだ。


 乃愛の一族、蔵屋敷は日本でも有数の大企業だ。そして乃愛は本家の娘、三女である。長女はもう成人しており、バリバリ社会人生活を送っているらしい。次女は進学科にいる。言うまでもないが、両人とても出来が良い。男兄弟もいるらしいが、これも聞いた話では、皆それぞれに何かの才能を持っているらしい。


 何もないのは乃愛だけ。

 

 そんな状態での生活はストレスが溜まるということで、それを発散させるために設立したというわけだ。


 ちなみに(正式な)同好会メンバーは二人しかいないのに、部屋まで用意できているのは『蔵屋敷』の力が大きい。


 ストレスを溜める原因の力を使ってストレスを発散させるというのもおかしな話だが、教師にも他の生徒にも邪魔されず、自由に活動できる場所が学校にあるというのはありがたいので、俺に文句はない。


 乃愛の主張を叩き潰してストレス発散にもなる。乃愛のストレスは溜まって行く一方かもしれないが。




「……うわぁ」


 その声に顔を上げてみると、乃愛がなにやら「不気味なものを見た」というような表情をしていた。


「なんだ」


「なんか『クックック』とか言ってたのじゃ。正直気持ち悪いのじゃ」


「え、マジで」


 両手で頬を揉み解すようにして照れを隠す。まさか俺がそんなベタな台詞を吐いていたとは。


 一度大きく咳払いし、空気を変える。


「話を戻すが、世を良くしたいのなら、まずはこの学校、というか学科を変えてみたらどうだ」


「どういうことじゃ?」


 俺は席を立ち、部屋の入り口まで歩き、扉を開け左右を見回した。


「んー……お、やってるな」


 ある物を発見した俺は乃愛に手招きした。


 乃愛が席を離れ、トコトコとこちらに歩いてくる。


「ほら、見てみろ」


 部屋入り口から向かって右、廊下の奥を指差す。


「んしょ、んしょ」


 扉と俺の間に上半身を挟むようにして、乃愛が首から上だけを廊下に出して右側を覗こうとする。


 癖一つないサラサラの黒髪が、俺の右半身に触れる。それと共に柔らかく、それでいて芯のある、胸の奥まで吸い込みたくなるような甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 何か視線を感じた俺がもう一度部屋の中に視線を戻すと、シャーリーさんがこちらを冷たい目で見つめていた。


 いやいや、ないない。あくまで匂いの問題だ。高価な良いシャンプーなりを使ったから出る匂いなわけで、コイツ本人だからどうこうという話じゃない。こんなチンチクリンに欲情するなんてありえない。


「うわぁ……」


 先ほどと同じような乃愛の声。その視線の先には、頭をパンチパーマにした学ランの男が廊下の壁に手を突き、そこに追い込むような位置取りで、一人の大人しそうな男子生徒と『お話』していた。


 遠いせいで聞き取りにくいが、十中八九カツアゲだ。


「ほら、行ってお説教して来い」


「えっ」


「世間の目から見ればどう考えてもアレは悪の行いだ。そしてあのパンチ男は間違いなく悪人だ。ほら、世直しして来い」


 乃愛の両肩を掴み、押し出そうとする俺。


「いっ、いっ、いやじゃぁ……っ!」


 扉を強く掴んで全力で抵抗し始める乃愛。


「いっってこ……いよっ!」


「いやじゃあっ! いやじゃあっ!」


 くそ、小さい癖にやたらに力が強い。火事場の馬鹿力か。


 無理やり押し出しても良かったが、ガタガタ言い出した扉が外れそうなので諦めることにする。どうするか見たかったのに残念だが。




「あれあれ、何やってんの? 犯罪の臭いがするよー」




 軽薄な声に、顔を左に向けると、モヒカン頭の長身の男がズボンのポケットに両手を突っ込んでニヤニヤしながら近付いてきていた。耳と鼻にピアスを付けている。


「うっせぇ、ニワトリ頭、どっか行け」


 俺の言葉にも動じず、いや、むしろ笑みを深めながらモヒカン男が歩み寄ってきた。


 その身長は180cmを優に超え、190に届くかというところ。一方の俺は160cmしかない。出来ればこのモヒカン男より、成長期に近付いて来てもらいたい。 


 モヒカン男が背中を丸めるようにして首を伸ばし、俺に顔を近づけて、頭から足元までを舐めるように視線を這わせてくる。


「んー……」


 ポケットから両手を出したモヒカン男は、一度俺から視線を外し、右手で自分の顎をポリポリと掻いた。


「あっ」


 落ち着きを取り戻し、状況を理解したのか、モヒカン男を見て声を上げる乃愛。


 モヒカン男はそれを意に介さず、振りかぶるようにして右腕を引き――




「相変わらずちっさいねー。ちゃんと飯食べてる?」


 ゆっくりとその大きな拳を俺に向かって突き出した。



「人並みには食ってるよ。むしろお前が普段何食ってるか知りたいぐらいだわ」


 合わせるように、俺も右拳を眼前の男の拳にゴツンと打ち合わせた。


「モッチー!」


「相変わらず可愛いねー、蔵屋敷のお嬢」


 俺にやった時と同じように、乃愛に拳を突き出すモッチーこと最上智也。俺たちの同級生だ。


 乃愛は笑いながら小さな右手をモッチーの拳に当てて、嬉しそうにはしゃいでいる。


「中々顔を見せてくれないから俺の方から来ちゃったよ。どう、元気?」


「階数が違うんだから仕方ないだろ。わざわざ男に会いに二階分も昇ってられるか」


「あれ、その言い方だと女相手ならオッケーなのかな? 実はもう意中の相手が居るとか? なになに、教えてよ」


「そんな相手はいない。……あ、でもシャーリーさんならいいかも」


 ね、と振り返って部屋の中にいるシャーリーさんに声を掛けた。鼻で笑われた。辛い。 


「初めての相手が外国人でしかも年上って難易度高すぎじゃない?」


「ど、童貞じゃない。俺は童貞じゃないぞ」


「ムリしないムリしない。誰でも初めは童貞なんだから。何なら女紹介するよ?」


「ヤだよ。お前が紹介する女、煙草臭いんだもん」 


「えー……でも前紹介した娘はそういうのなかっただろう?」


「煙草はな」


 代わりに二十四時間×3監禁され、薄い本の作成を手伝わされた。勿論エロいことはしていない。風呂上りにパンツ一丁で歩き回る姿は見たが。


「実はあの娘、チャッキョされたって俺にボヤいてきててさ。何とかならない?」


 ならんわ。


「まさかそのために会いに来たのか?」


「んー、いや、それはついで」


 モッチーの腰にしがみ付き、よじ登ろうとする乃愛。お前は小学生か。


「実はさ、コッチに島流しされるヤツが出るらしいんだよ」


「はぁ!? マジで!?」


「うん、本当に」


 島流しとは別の科に移動することだ。表向きには自発的にだが、その実態はほとんど強制に近い。


「誰かは分かってるのか?」


「ほぼ特定できてる」


「誰だ?」


「ヒミツ」


「オイ」


 普通科の人間は馬鹿ばかりだが、進学科の人間が大人しい坊ちゃん嬢ちゃんというわけではない。普通科の連中は不良のベクトルに尖がっているが、進学科はそれ以外のベクトルにぶっ飛んでいる奴等が多い。島流しされる人間がいるのなら、その正体を知っておかないと、何かがあった時に自分に被害が及ぶかもしれない。死活問題なのだ。


「まさか」


「違う違う。協定がある以上、来ることはないよ」


 まだ名前を言っていないのに、即座に否定するモッチー。


「まぁ、今週来週ってわけじゃないみたいだけど、頭の片隅にでもおいといてね」


 肩の部分に膝を掛ける所まで昇った乃愛を、笑みを浮かべながら、その手で優しく包むように、ゆっくりと廊下に下ろすモッチー。


「また何か分かったら連絡するよ。あ、でも用がなくても、そっちからは何時でも会いに来てね。階段が嫌なら、休みの日は大抵『ニュードラ』にいるから」


「分かった。わざわざありがとうな」


 気にしなくていいって、と笑いながらモッチーは照れくさそうに顔の前で手を振った。


「また今度一緒に飯でも食べに行こうね」


「わらわも行く!」


「うん、もちろん蔵屋敷のお嬢もね」


 乃愛の頭を優しく撫でるモッチー。


「あの女連れて来んなよ」


 俺の言葉に、大きな声で笑いながらモッチーは去っていった。


「またねー!」


 ブンブンとその後姿に手を振る乃愛。とても高校生には見えない。


「さてと……どうすっか」


「お茶が」


「うおっ!!」


 いきなり背後から発せられた透き通るようなその声に、心臓が飛び出しそうになる。


「お茶が入りましたので、どうぞ」


 シャーリーさんの言葉に、乃愛が即座に反応する。


「紅茶!?」


「はい」


「やった!」


 パタパタと部屋の中に戻っていく乃愛。その場に残されるシャーリーさんと俺。


「俺の分もあります?」


「一応」


 一応って何だ。この人本当に男嫌いだな。


 部屋に入ろうとした時、廊下の奥で悲鳴がした、視線を向けてみると、先ほどのパンチ男が、右腕一本で首元を掴まれ持ち上げられていた。持ち上げているのはモッチーだ。


 そうしてそのまま、モッチーの膂力によって、パンチ男は顔から窓枠部分に叩きつけられた。


「……うーん、バイオレンス」


 そう呟いてから、俺はシャーリーさんに続くように、紅茶の待つ部屋へと戻った。

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