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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
幻想の星編
89/206

無知の雫

 日の光が溢れる雨雲の下、パーニズのギルド小屋は静かだった。屋根や地の草に降る雨の音が聞こえる。


「色が戻りましたね。…雲……。」

「…………あぁ。そうだな。」


 エルドはカウンターで皿を拭きながら、机の上に脚を交差させて座るリュオンに言った。リュオンの咥えるタバコからは、薄く細い煙が出ている。


「結局、ダークネスの奴らは何が目的でライトニングを攻めてきたんだ……?」

「…さぁ…………」


 シルバはカウンター席に座り、膝の上のココを撫でながらライラに言ったが、彼は曇った表情で首を傾げた。すると黒い鎧に身を包んだエレナスが、扉に近いカウンター席で腕を組んで口を開いた。


「まぁ、今回の戦いでライトニングは多くの兵を失い、ダークネスもデルガドという戦士を失った。ダークネスはすぐに動くだろうな。」

「あのさっ……」


 マリスの声が、グラスの氷に響いた。


「1つ、気になることがあってさ……レオ君のパーティの事なんだけど……」


 すると、木の扉が音を立てて開いた。ギルドのみんなが入り口を見ると、そこにはレオとアランとネネカがいた。


「フッ…………噂をすれば……ってやつだな。」


 リュオンはニヤけ、ゆっくりと煙を吐いた。エルドは3人に軽く頭を下げて、小屋の中に入れた。


「どうされましたか?」

「……いや………ここなら落ち着けると思いまして…………迷惑でしたか…………?」


 雨に濡れたレオは、下を向いて言った。手と口が微かに震えている。


「いいえ。大丈夫ですよ。」

「…………ありがとう……ございます……」


 3人はカウンター席に座った。レオはシルバの左に、アランはエレナスの右に、ネネカはレオとアランの間の席に座った。


「………………ねぇ……アラン…………酒場の中でも聞いたけど…………あまり理解できないんだ………」


 レオは下を見たまま口を開いた。ココは今にも涙が出そうなレオの顔を覗くようにして見た。すると、アランは眉間にしわを寄せて、膝の上で拳をつくった。


「…………何度も…言わせんなよ…………死んだんだよ…………ドーマは…………」

「………………ダメだ…………場所を変えても…やっぱり理解できない…………そう言える根拠はあるの……?」


 小屋の中は再び静かになった。先ほどよりも雨が強くなったように感じる。


「………根拠が無いなら…………そんな変なこと言わないでよ……」

「うるせぇっ!!何度言えば分かるんだぁっ!!」


 冷めた顔のレオにアランは怒り、立ち上がった。


「やめて下さいっ!!アランさんっ!!」

「あ〜あ〜やだやだ。こういうの……」


 ネネカはアランに言い、止めようとした。3人の姿にシルバは呆れた顔をして、グラスの茶を飲んだ。


「ねぇ……その事についてなんだけど……詳しく聞かせてくれないかな……?」

「……っ…」


 マリスが言うと、アランは口を閉じてゆっくり座った。


「…………異空間に飛ばされた時に、何があったのか…もっと詳しく知りたいんだ。この前よりは思い出したんでしょ……?アラン君……」

「…………この前よりは…って言うほど思い出してねぇっすよ……。ただ……確かに……ドーマは……っ」


 アランが言うと、レオはため息をついた。どうしてもアランの言葉が信じられない。


「僕たちは世界に散らばったんだ……きっとドーマだって……どこかで……」

「俺の言葉が信じれねぇって言うのかっ!?俺は見たんだっ!!ドーマが目の前で死ぬのをっ!!」

「僕だってっ!!目の前で大切な人が死んだんだよっ!!今日っ!!」


 レオはカウンターを叩いた。レオは息を切らして、目から熱い涙を流した。ネネカは隣で震えるレオに口を開いた。


「………………だ……誰が……死んだのですか……レオさん…………」

「…………っ……お前ら、ちょっと黙れ。」


 リュオンが言った。彼はゾロマスク越しに何かを睨んでいた。というより、“何かを感じた”の方が正しいだろうか。


「………この感覚………………ダークネスだ。」

「えっ!?」


 リュオンの言葉に、クレアの口から声が(こぼ)れた。エルドは拭いた皿を置き、リュオンを見た。


「…ギルシェですね…………かなり大きな力を感じます。」

「俺、ちょっと行ってくる。」


 リュオンが言うと、レオとアランとネネカは立ち上がった。3人の瞳は鋭い。


「僕も行かせてください。」

「俺も……。ダークネスの顔みりゃ、もしかしたらドーマの事をもっと思い出せるかもしれねぇ……」

「わ……私もお願いします……」


 3人の顔を見たリュオンは、ため息と同時に薄い煙を吐き、言った。


「…無茶だけはするな……後々面倒だ…………」

「ありがとうございます。」


 4人は外へ出た。扉の閉まる音を聞いたエレナスは、口にグラスを傾け、一口飲んで口を開いた。


「…………大切な人が……か…………」

「……マスター…………」


 クレアはエレナスの寂しそうな目を見た。気付いた時には、雨は草木に雫を残して止んでいた。






「やっ…やめてくださいぃっ!!命だけはぁぁっ…がはぁぁっ!!」

「神様ぁぁっ…あぁぁぁぁっ!!」


「…………くっさ…………」


 その頃、ギルシェのパルティム神殿では、複数人の僧侶たちが体を斬り刻まれて血を流していた。死体の前には返り血を浴びた女がいた。女は小さな声で言った後、頬についた血を舐め取るように舌を鳴らした。女の尻の辺りには、悪魔のような尾がある。


 その時


「……………………っ!!」


 女は振り返り、頭を傾けると、頬を撫でるように1つの弾丸が大きな音とともに通り過ぎて行った。


「…っ!!誰だっ!!」

「…………ノコノコとこっちの世界に来やがってその口は何だぁ?」


 女の視線の先には、青い羽の付いたシルクハットを被り、ゾロマスクをした男が銃口を向けていた。後ろにはレオとアランとネネカがいる。


「っ!!……その帽子の羽…その黄金銃……お前はっ…………ふっ、後ろのガキらも見覚えがあるねぇ。」

「…………!!……おい…………テメェ…………」


 アランは女を見て、手足を震わせた。胸の奥から熱く苦しい何かが記憶とともに溢れ出てくる。


「テメェが…………ドーマを…………!!!ドーマをぉぉっ!!!」

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