無知の雫
日の光が溢れる雨雲の下、パーニズのギルド小屋は静かだった。屋根や地の草に降る雨の音が聞こえる。
「色が戻りましたね。…雲……。」
「…………あぁ。そうだな。」
エルドはカウンターで皿を拭きながら、机の上に脚を交差させて座るリュオンに言った。リュオンの咥えるタバコからは、薄く細い煙が出ている。
「結局、ダークネスの奴らは何が目的でライトニングを攻めてきたんだ……?」
「…さぁ…………」
シルバはカウンター席に座り、膝の上のココを撫でながらライラに言ったが、彼は曇った表情で首を傾げた。すると黒い鎧に身を包んだエレナスが、扉に近いカウンター席で腕を組んで口を開いた。
「まぁ、今回の戦いでライトニングは多くの兵を失い、ダークネスもデルガドという戦士を失った。ダークネスはすぐに動くだろうな。」
「あのさっ……」
マリスの声が、グラスの氷に響いた。
「1つ、気になることがあってさ……レオ君のパーティの事なんだけど……」
すると、木の扉が音を立てて開いた。ギルドのみんなが入り口を見ると、そこにはレオとアランとネネカがいた。
「フッ…………噂をすれば……ってやつだな。」
リュオンはニヤけ、ゆっくりと煙を吐いた。エルドは3人に軽く頭を下げて、小屋の中に入れた。
「どうされましたか?」
「……いや………ここなら落ち着けると思いまして…………迷惑でしたか…………?」
雨に濡れたレオは、下を向いて言った。手と口が微かに震えている。
「いいえ。大丈夫ですよ。」
「…………ありがとう……ございます……」
3人はカウンター席に座った。レオはシルバの左に、アランはエレナスの右に、ネネカはレオとアランの間の席に座った。
「………………ねぇ……アラン…………酒場の中でも聞いたけど…………あまり理解できないんだ………」
レオは下を見たまま口を開いた。ココは今にも涙が出そうなレオの顔を覗くようにして見た。すると、アランは眉間にしわを寄せて、膝の上で拳をつくった。
「…………何度も…言わせんなよ…………死んだんだよ…………ドーマは…………」
「………………ダメだ…………場所を変えても…やっぱり理解できない…………そう言える根拠はあるの……?」
小屋の中は再び静かになった。先ほどよりも雨が強くなったように感じる。
「………根拠が無いなら…………そんな変なこと言わないでよ……」
「うるせぇっ!!何度言えば分かるんだぁっ!!」
冷めた顔のレオにアランは怒り、立ち上がった。
「やめて下さいっ!!アランさんっ!!」
「あ〜あ〜やだやだ。こういうの……」
ネネカはアランに言い、止めようとした。3人の姿にシルバは呆れた顔をして、グラスの茶を飲んだ。
「ねぇ……その事についてなんだけど……詳しく聞かせてくれないかな……?」
「……っ…」
マリスが言うと、アランは口を閉じてゆっくり座った。
「…………異空間に飛ばされた時に、何があったのか…もっと詳しく知りたいんだ。この前よりは思い出したんでしょ……?アラン君……」
「…………この前よりは…って言うほど思い出してねぇっすよ……。ただ……確かに……ドーマは……っ」
アランが言うと、レオはため息をついた。どうしてもアランの言葉が信じられない。
「僕たちは世界に散らばったんだ……きっとドーマだって……どこかで……」
「俺の言葉が信じれねぇって言うのかっ!?俺は見たんだっ!!ドーマが目の前で死ぬのをっ!!」
「僕だってっ!!目の前で大切な人が死んだんだよっ!!今日っ!!」
レオはカウンターを叩いた。レオは息を切らして、目から熱い涙を流した。ネネカは隣で震えるレオに口を開いた。
「………………だ……誰が……死んだのですか……レオさん…………」
「…………っ……お前ら、ちょっと黙れ。」
リュオンが言った。彼はゾロマスク越しに何かを睨んでいた。というより、“何かを感じた”の方が正しいだろうか。
「………この感覚………………ダークネスだ。」
「えっ!?」
リュオンの言葉に、クレアの口から声が溢れた。エルドは拭いた皿を置き、リュオンを見た。
「…ギルシェですね…………かなり大きな力を感じます。」
「俺、ちょっと行ってくる。」
リュオンが言うと、レオとアランとネネカは立ち上がった。3人の瞳は鋭い。
「僕も行かせてください。」
「俺も……。ダークネスの顔みりゃ、もしかしたらドーマの事をもっと思い出せるかもしれねぇ……」
「わ……私もお願いします……」
3人の顔を見たリュオンは、ため息と同時に薄い煙を吐き、言った。
「…無茶だけはするな……後々面倒だ…………」
「ありがとうございます。」
4人は外へ出た。扉の閉まる音を聞いたエレナスは、口にグラスを傾け、一口飲んで口を開いた。
「…………大切な人が……か…………」
「……マスター…………」
クレアはエレナスの寂しそうな目を見た。気付いた時には、雨は草木に雫を残して止んでいた。
「やっ…やめてくださいぃっ!!命だけはぁぁっ…がはぁぁっ!!」
「神様ぁぁっ…あぁぁぁぁっ!!」
「…………くっさ…………」
その頃、ギルシェのパルティム神殿では、複数人の僧侶たちが体を斬り刻まれて血を流していた。死体の前には返り血を浴びた女がいた。女は小さな声で言った後、頬についた血を舐め取るように舌を鳴らした。女の尻の辺りには、悪魔のような尾がある。
その時
「……………………っ!!」
女は振り返り、頭を傾けると、頬を撫でるように1つの弾丸が大きな音とともに通り過ぎて行った。
「…っ!!誰だっ!!」
「…………ノコノコとこっちの世界に来やがってその口は何だぁ?」
女の視線の先には、青い羽の付いたシルクハットを被り、ゾロマスクをした男が銃口を向けていた。後ろにはレオとアランとネネカがいる。
「っ!!……その帽子の羽…その黄金銃……お前はっ…………ふっ、後ろのガキらも見覚えがあるねぇ。」
「…………!!……おい…………テメェ…………」
アランは女を見て、手足を震わせた。胸の奥から熱く苦しい何かが記憶とともに溢れ出てくる。
「テメェが…………ドーマを…………!!!ドーマをぉぉっ!!!」




