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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
幻想の星編
88/206

悲しみは海の底へ……

 レオとカレンを乗せた大きな海賊船は、禍々しい雲の下で荒波に揺られながら、パーニズへと真っ直ぐ進んでいた。風が冷たい。


「カレン、大丈夫?」

「えっと……ちょっと体がダルいかな?」


 カレンは微笑んだ。レオは彼女の微笑みの奥に隠れた苦しさを感じ、心配そうな顔で口を開いた。


「…あまり無理しないで。……パーニズに着くまで中に入っていようよ。」

「うん。……ありがと。」


 船のあちこちで、船員達は縄を引くなり樽を運ぶなりで忙しそうだった。レオとカレンは船の揺れを気にしつつ、木の扉を開いて中へ入った。螺旋階段を降りると、長く薄暗い廊下を歩き、空いた部屋を探した。


「……すごいね……海賊船って…………」

「…………うん。」


 天井のランプの火が、木の軋む音や波に叩かれる音を優しく包む。1つ1つの部屋を覗いていると、前から1人の船員が声をかけてきた。


「どうした?部屋なんて覗いて……」

「あの、空いている部屋ってありますか?パーニズに着くまで中に居たいのですが…」


 レオは部屋の扉をゆっくり閉め、船員に口を開いた。すると船員はレオの後ろに立つカレンを見た。


「……あぁ……確か、病気持ってるんだったな。奥から2つ目の部屋なら使ってもいいぞ。あと、俺の部屋は覗くなよ?見られちゃ困る物があるんでな。」

「はい。ありがとうございます。…行こうか、カレン。」

「うん。」


 レオとカレンは軽く頭を下げると、船員は頷き、螺旋階段へと歩き始めた。レオとカレンは長い廊下を歩き、部屋に入った。中には本棚や机、大きなベッドがある。レオはカレンをベッドに連れて横にすると、木の椅子をベッドに近づけて座った。


「……何かあったら、無理しないで言ってね。」

「うん。ありがとう。………この世界に来て、悲しい事ばっかだと思ってた………でも、今こうして喋っていると、私、生きてるんだなって……生きてるって、幸せな事なんだなって。」


 カレンは寝転がりながらレオの顔を見て微笑んだ。


「…………そうだね……生きていたら、みんなと笑い合えるし、美味しい物も食べれる。僕たちは、運命に生かされてるのかもね。」

「…私、レオ君と過ごして、決心したよ。死んでしまった友達の分まで、精一杯生きるって。……レオ君が教えてくれた。……レオ君に会えて…良かった。」


 レオは膝の上で、両手を握りしめた。海の匂いとカレンの髪の匂いが混じり合い、レオの心にゆっくり襲い掛かる。


「……眠たくなってきちゃった…………寝るね。」

「……うん。」


 カレンはゆっくりと目を閉じた。レオはカレンの寝顔をしばらく見つめると、僅かな安心感に包まれて、目を閉じた。先ほどまでの苦しみや悲しみなど、もう深く暗い海の底へ……沈んでしまったのだ…………と…………






「急げぇぇぇっ!!」


「何だ何だ何だぁっ!!」


「早くしろぉっ!!どうなっても知らねぇぞぉっ!!」


 レオとカレンは目を覚ました。船は先ほどと比べものにならないほど大きく揺れて、入り口の横の本棚は倒れていた。上で大勢の船員が慌てている。


「何っ……?何があったの?」

「分からない…………カレンはここに居て。僕、ちょっと見てくる。」


 レオは立ち上がり、走って扉へと飛び出した。


「待ってっ!!……気をつけてね……」

「…うん。行ってくる。」


 レオは扉を勢いよく開け、廊下を走り、螺旋階段を上がって外に出た。外は大粒の雨が肌を叩くように降り、強い風と大きな揺れで、立っているのも難しい。レオは1人の船員に声をかけた。


「何があったんです!?」

「分からねぇっ!!こんなに荒れた海は初めてだぁっ!!アンタは中に居た方がいいぞっ!!」

「手伝わせてくださいっ!!」


 その時、大きな波が船を殴り、大きな揺れで船員達とレオは床に腰や手をつけた。


「うわっ!!」

「くぅっ!!…………チィッ!!」

「お…………おい…………なんだありゃあ…………」


 1人の船員が遠くを指さして震えていた。他の船員やレオが指の先を見ると、そこには複数の吸盤のついた巨大な触手が荒波から顔を出していた。


「……あれはっ……!!」

「…………間違いねぇ…………!!」

「クラーケンだぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 船員達は叫び、狂ったように慌て始めた。


「くっそっ!!ツイてねぇっ!!……お前らぁっ!!大砲の準備をしろぉっ!!この状況を切り抜けるぞぉっ!!」

「わっ、わかりやしたぁっ!!」


 10人ほどの船員は中へ入り、大砲が並ぶ部屋へと急いだ。レオは触手を睨みつけ、剣を抜いた。触手が近づいてくる。


「ここで沈んでたまるかってんだぁっ!!俺の船に傷1つ付けてみろぉっ?傷の数だけ大穴開けてやるぜぇっ!!」


 その時、1本の巨大な触手が、船に覆い被さるように襲い掛かった。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 レオは目を開くと、目の前には巨大な触手があった。先ほどまで前にいた船員達の声は消えていた。


「…っ!!はぁぁぁぁっ!!」


 レオは剣を握り締め、巨大な触手に斬り掛かった。


「“連続斬り”っ!!」


 レオは触手に刃を何度も走らせた。すると触手は左右に揺れ、レオを叩き払うようにして壁に叩き付けた。


「ぅぐぅっ…!!がはぁぁっ!!」

「おいっ!!大丈夫かぁっ!!」


 触手は船から離れた。触手の下敷きになった船員達は、全身を赤く染めて潰れていた。骨は確実に砕かれている。


「放てぇぇぇっ!!!」


 船長の声に続いて、船から無数の大きな鉄球が放たれた。鉄球はクラーケンに数発直撃したものの、傷ひとつ付く事はなく、先ほどよりも凶暴になった。1本の触手は船を殴り、もう1本の触手は海賊旗の柱に巻き付いた。


「やべぇぞやべぇぞぉっ!!」

「……っ!!……はぁぁぁあああっ!!」


 レオは立ち上がり、無数の冷たい雨に叩かれながら、剣を握り締めて走り、高く跳んだ。


「“ライズスラッシュ”っ!!“回転斬り”っ!!」


 レオは縦に刃を走らせると同時に、回転をして触手を斬り刻んだ。痛みに怒ったクラーケンは、その触手でレオに殴り掛かった。


「っ!!“カウンター”っ!!」


 クラーケンの攻撃を受ける寸前に、空中にいたレオは剣で触手を受け流し、斬り傷を負わせた。その後、触手を蹴って距離をとり、剣を振って2つの軌跡を放った。


「“ソードテンペスト”っ!!」


 軌跡で触手の吸盤を斬り刻むと、レオは着地をして、触手を睨みつけた。


「……っ!!浅かったかっ……!!」

「おいアンタっ!!無理はすんなよっ!!」

「来るぞぉぉぉっ!!気をつけろぉぉぉっ!!!」


 その時、3本目の触手が船に突進し、荒波の音をかき消すほどの大きな音を立てて貫いた。木片は荒波にのみ込まれた。


「ぉわぁぁぁぁっ!!」

「船長っ!!船に損傷を確認っ!!まずいっすよぉっ!!」

「分かってるっ!!……クソッタレがぁぁっ!!!」


 するとレオは、柱に巻き付いた触手を目掛けて、再び走り始めた。


「ダメだぁぁっ!!中にはっ…!!カレンがいるんだぁぁぁぁっ!!!」

「おいっ!!危ねぇぞぉっ!!」

「……!!」


 1本目の触手が、レオに覆い被さるように倒れてきた。レオは強く背中を叩かれ、押さえつけられた。


「がはぁぁぁぁぁっ!!!」

「大丈夫かぁっ!!……!!んのぁぁぁぁっ!!」


 1人の船員が船の揺れに耐えきれず、荒れ狂う海に投げ出された。


「……くっ……!!ぁぁあぁっ!!」


 船を貫いた触手は、大穴を残して船から離れた。しかし、絶望はここからだった。


「…………!!……か…………カレ……ン……」


 重く太い触手に押さえつけられたレオが目にしたのは、触手に巻かれたカレンの姿だった。カレンは必死に体を動かそうとするが、逃げられない。


「カレンっ!!」

「…………レ……レオ…………君っ……!!」


 大粒の雨と強風が2人の間に分厚い壁をつくる。


「…くっ!!離せっ…!!離せぇぇっ……!!」

「レオ……くぅぅんっ……!!」


 カレンの顔は雨と涙で濡れ、恐怖心のみが感じられた。カレンを巻いた触手は船から遠ざかっていく。すると、荒波からクラーケンが顔を出した。その姿は、怒り狂った巨大なタコ以外の何でもない。クラーケンは口を開き、無数の鋭い牙を見せた。


「ダメだっ!!死んだらダメだぁっ!!カレンっ!!!」

「船長ぉっ!!」

「…………くっそぉっ!!」


「レオ…………君……」


 カレンを巻いた触手はクラーケンの口に近づいた。


「…………レオ君………………あなたに会えて………本当に…良かった…………」


「ダメだっ…………僕は…………まだ何も…………何もっ………………」


 クラーケンの口にカレンの体が入った。カレンは無数の鋭い牙に押さえつけられながら、右手を船に伸ばした。


「………………仲間と同じように死ねるんだ…………少しでも幸せだと思わなきゃ…………」


「カレン………………カレェェェェェェェェェェンっっ!!!!」





“ありがとう。”



 牙は、カレンの胸から下を噛みちぎり、胸から上の 涙が溢れた顔と必死に伸ばした右手が、赤い血とともに、荒波に落ちた。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あぁぁぁぁぁぁぁあ゛あぁぁああぁぁぁあ゛ぁぁあっっっっ!!!!!」


 レオは叫んだ。船を叩きつける波と雨の音と、強風にかき消されながら………………









「……………………」

「…………過去ってのは……取り返せねぇ…………悔しいが…………それが人生ってもんだ……」


 レオは傷だらけの船から降りた。船長はレオの小さい背中を見つめて、そう言った。


「…………………」

「…………じゃあな……しっかり生きろ……」


 レオは懐かしい空気と寂しさに包まれ、町の門を通った。門にはパーニズと書かれてある。空の禍々しい雲は消え、太陽が顔を出していた。しかし、冷たい雨が石畳を濡らしていく。


「………………」


 町の外は誰も歩いていない。レオは酒場の入り口に立ち、食堂の机をしばらく見つめた。中は静かだった。


「………………………………」

「………………レオ……?」


 背後から声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。レオはゆっくり振り返った。そこには、アランとネネカが心配そうな顔をして立っていた。


「……………………ア……ラン…………ネネ……カ………………あれ…………?…………ドーマは………………?」


 レオは小さい声で問いかけた。ネネカは下を向いた。アランは一息ついて、レオに口を開いた。


「ドーマは……………………………………」








“死んだ”

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