強さ
村へ帰ったレオは、村人達にカレンが病気になったと伝えた。紫の曇り空は、夜を禍々しく覆い、寂しい朝を迎えた。
レオは薄暗い小屋の中で、椅子に座って黙ったまま作業をしていた。机の上に並べられた漁の道具。床に置かれた木材や糸、そして蛍光色の花。レオは瞬きもせず、手を動かした。
「……ねぇ、レオにぃ……………お姉ちゃん、大丈夫かな………?」
リィルはつま先立ちをして、机から顔を出してレオに話しかけた。その表情に笑みは無い。奥の布団には、額に汗をかいて寝るカレンがいる。レオは手を止めた。
「…………リィル、カレンの事は僕が見ておくから、心配しなくていいよ。……外で遊んでおいで。村から出たら駄目だよ。」
「うんっ、スシープと遊んでくるっ。」
リィルは元気を取り戻し、扉を開けて飛び出して行った。レオはしばらく、扉を見つめた。手が動かない。
「………………なんで…………心配しなくていい…なんて…………嘘ついたんだろう…………。」
レオの口から言葉がこぼれ落ちた。リィルの前では悪い嘘ではないと思っていたのに、カレンを思い浮かべると胸が張り裂けそうだ。レオは悔しくなり、罪悪感を噛み殺した。
「僕は……守れなかったのに…………守れなかったクセにっ………っ!!」
「………………ん……」
カレンは目を覚ました。視界がぼやけている。記憶の大半は残っていない。腹部に痛みを感じる。しかし、目の前で座っているレオを見て、安心した。
「…………レオ……君……?」
「……!!」
レオは振り向き、椅子を後ろに蹴り飛ばす勢いで飛び出し、カレンの横に正座をした。
「だっ…大丈夫…!?…具合悪くない!?」
「…う……う〜ん…………ちょっと、お腹が痛いかな……?」
カレンは上半身を起こし、微笑んだ。その顔に、苦しみの感情は見えない。心配をかけないように我慢しているのだろう。
「…………レオ君?…………泣いてるの……?」
「…えっ…」
レオの瞼は熱くなり、溢れ出るものが頬を撫でて流れていった。レオの手は震えていた。
「…………ごめん………………ごめん………………」
レオはカレンの顔を見る事が出来ず、強く目を閉じて言った。気付けば、カレンはレオを抱きしめていた。艶のある髪からは、ほのかに海の匂いがする。
「……私、何があったのか……あまり覚えていないの。…………でも、こうやって家の中で寝かされてたってことは、レオ君が助けてくれたからだと思うんだけど……違うかな?」
「………そんなっ…………僕は…………何も出来なかったんだ…………僕が弱かったから…………カレンっ…………君をっ……!!」
レオの涙で、カレンの肩は濡れた。言葉を噛みしめるレオの耳元に、カレンは微笑みながら口を開いた。
「ううん……私の知ってるレオ君は強いんだよ。……仲間を見捨てないし、どんな時も全力で、とっても優しい人。レオ君は、私を助けたんだよ。」
すると、レオの肩も温かい涙で濡れ始めた。先ほどよりも強く抱きしめられている気がする。
「…………ごめんね。こんな事して。レオ君にはネネカちゃんがいるのに…………。でもレオ君っ…………優しいから………ほっとけなくて……………」
レオの心に何かが刺さった。それは、簡単に折れそうで折れない、熱い何かだった。
「…………レオ君………1つ、お願いがあるんだけど…………聞いてくれないかな…………」
「………何……?」
「この島にいる時だけでいいの………私を…………1人にしないで…………」
レオはその言葉で、大切な何かを思い出しそうになった。しかし、耳元にかかる吐息と、肩を濡らす涙で、それは再び暗闇へとかき消された。
「…………約束する。…………絶対に……1人にはしない…………っ!!」
その後、どれほどの間抱きしめていただろうか。2人の記憶には残っていない。
翌朝、外は騒がしかった。男達の声が聞こえる。レオとカレンはまだ寝ているリィルをおいて、外に出た。すると2人は浜辺の光景に目を大きく開いた。海賊船だ。
「レオ君っ!ヴィーキングだよっ!!ヴィーキングが来てくれたんだよっ!!」
「……………す……すごい…………大きい…………」
海賊船の周りには、ヴィーキングの男達や、村の人々が集まっている。2人は群がりに近寄った。
「船長よ。荒れた海での漁はさぞ大変だったであろう。ゆっくりしていっておくれ。」
「おうよぉっ!!荒れた海がなんだぇっ!!こちとら仰山魚取ってきたんだぁっ!!交渉ならいくらでもするぜぃっ!!」
村長の言葉で、船長は荒れた海の音や雷の音をかき消すような大きい声をあげた。
「あの、すみませんっ!!」
レオは村人達を押し除け、船長の前に立った。
「あぁ?なんだガキかぁっ!!交渉する物は持ってるんだろうなぁっ!!ガハハハハハハハッ!!」
「「ハハハハハハッ!!」」
レオの顔を見たヴィーキングの男達は、大声で笑った。するとレオは自作の漁の道具を前に置き、頭を下げた。
「魚はいりませんっ。ただ、僕をパーニズまで乗せてって下さいっ!!お願いしますっ!!」
「おいっ、コイツ、魚はいらねぇんだとよっ!!言う相手を考えろってんだ!!」
1人の男がレオに指をさして言うと、周りの男達は大声で笑った。すると船長は、置かれた道具を手に取り、頭を下げるレオを見つめた。
「あんた、コレ全部1人で作ったんか?」
「……はい。無理ならいいんです。交渉というのは厳しいことだというのは分かっています。」
「…………レオ君……」
カレンはレオの言動に、あまり言葉が出なかった。すると、船長はレオの肩に大きな手を置き、口を開いた。
「あんた、さてはクラフターだな?こんなに質の良い道具、見たことねぇっ。おいお前らぁっ!!交渉は成立だぁっ!!コイツをパーニズまで乗せるぞぉっ!!」
「「了解しやしたぁっ船長っ!!」」
ヴィーキングの男達の大きな声で、カレンは安心した。しかし、寂しさもあった。すると、レオは船長に顔を上げ、再び口を開いた。
「もう1つお願いがありますっ!!僕の後ろにいるカレンも一緒に行かせて下さいっ!!」
レオは頭を下げた。レオの言葉に驚かなかった人などいない。1番驚いたのはカレンだ。
「お願いしますっ!!カレンは、僕のせいで病気になったんですっ。この島にはそれを治す薬がありませんっ。2人も乗せれないと言うのなら、僕はここにおいて行って構いませんっ!!だからっ!!」
「レ……レオ君っ……」
その後、船長はレオに顔を上げるよう言った。そして、必死な表情のレオに鋭い眼差しをおくった。
「なるほど。助けてぇ女がいるってことか。その心、気に入ったぁっ!!あんたは男だぁっ!!あんたのためにイカリを上げるぜぇっ!!お前らぁっ!!準備をしろぉっ!!」
「「了解しやしたぁっ船長っ!!」」
すると、リィルがレオとカレンの方へ走ってきた。
「お姉ちゃんっ……行っちゃうの……?」
「ごめんね。病気治したらすぐ戻ってくるから。…お留守番頼める?」
「……うんっ!!」
リィルは大きく頷いた。すると村長もレオとカレンに近寄り、口を開いた。
「レオよ。感謝するぞ。お前さんの作った魔除けの柵は、しっかり使わせてもらうからな。」
「はい。お世話になりましたっ!!」
男達とレオとカレンは船に乗り、錨を上げた。そして、レオとカレンは村人達に大きく手を振った。
「お姉ちゃぁぁぁんっ!!レオにぃぃぃっ!!またねーーーーっ!!」
「元気でねぇーーーーっ!!」
「ありがとうございましたぁぁっ!!」




