怠惰の先で生まれたもの
リュオンは咥えたタバコに火をつけ、ゾロマスク越しに一点を見つめた。一方で、強い光を放ちながら燃えるダイヤモンドの欠片、それに囲まれて倒れるアランとシェウトもある方向に首を向けていた。
「…………」
「…………」
「…………」
時を同じくして、シルバとマリス、そしてカイルも彼らと同じ方向を見つめる。四天王との戦いは終わった。だが、これで終わりではない。ライトニングとダークネス、2つの世界の存亡をかけた最後の戦いがまだ残っている。剣を握り、背にネネカを隠すレオ。対するは大鎌を握り、静かに立つ魔王ヴォルシス。思わず逃げ出したくなるほどの強い覇気だ。
「………れ…レオさん………」
「…………大丈夫だよ、ネネカ………」
魔王の前に立って最初に感じたのは恐怖。手足が震え、青ざめてしまうほどの眼光。その鋭さの奥に映るものは、死などというたった一文字では表せないような深い色をした何か。
「いつまでそうしているつもりだ、レオ・ディグランス・ストレンジャー。歩め、進め、立ち向かえ。でなければ何も変わらぬ。でなければ時代は動かぬ。」
彼の声は重く、そして冷たい。このプレッシャー、勝てる気がしなかった。そこでレオが真っ先に考えたのは、生きる事。勝ち負けなど考えている暇などない。今はただ、背後に立つネネカと共に生きて帰ることだけを考えた。
「……どうする………今…僕は……何を…すれば……」
「……レオさん………大丈夫です……私が…守りますから……」
2人はその場から動けなかった。対するヴォルシスは、静かに彼らを見つめている。そしてしばらくすると、ヴォルシスは目を閉じて首を左右に振った。2人に呆れたという顔だ。
「生命とは時代の歯車だ。いずれかが回り、隣り合った歯車も回る。そうして時を示す針を動かし、歴史を刻む。だが今はどうだ、これでは何も変わらぬ。」
「……じ……じゃあ、あなたが向かって来たらいいじゃないですかっ……」
「貴様が歩まねばならぬのだ、レオ・ディグランス・ストレンジャー。近来、熟思わされる。自身の生きる世に対する傍観、怠惰、非難、そして逃避。特に怠惰は重罪だ。『誰かが動かすだろう』、その怠惰の先で生まれたものは何だ。」
その問いかけに心当たりがあった。人の代わりに考え、創造する、文明の利器であり欲望と怠惰の終着点。彼の言葉に対し、レオは小さく口を開いた。
「……………A……I………」
「私だ。世に失望し、鉄槌を下すことを誓った私だ。」
ヴォルシスはそう口にする。対してレオは思考の方向性を変え、この世界で何が最も罪深いかを考え始めた。彼が導き出したものは争いだ。この世界がどんな歴史を刻んだのかは知らない。怠惰で満ちていた事実も知らない。だが目の前に立つ彼は、それに対し戦争という名の鉄槌を下した。レオは剣を強く握る。
「…………かと言って……戦争をするなんておかしいでしょう!?死んでるんですよッ!!多くの人がッ!!」
「戦争は時代の扉だ。時として法の改定、時として文明の開化。これまで世の者どもは生命の浪費と放棄を繰り返し、変革を望んでは誰も動かなかった。そして私が変革を与えたら、これだ。『戦争をするなんておかしい』?口を閉じろ。今更反論など遅すぎる。権利など無いはずだ。せめて口ではなく刃を向ける事だな。」
「……僕は人間だッ!!ライトニングじゃないッ!!ダークネスでもないッ!!人間だッ!!だからこんな戦争、知ったことじゃないんだッ!!それなのに僕の友達は何人も巻き込まれて殺されたッ!!……何人も何人も何人も何人もッ!!」
レオの叫びが周囲に響き渡った。これは怒りだ。理不尽に友を失ったことへの怒りだ。そしてレオはヴォルシスの目を見て、続けて口を開く。
「……今ようやく…考える事ができた……こんな悪のために恐怖する意味なんてない………悪は…討ち倒せばいいんだ……この怒りの元凶は魔王っ!……倒す……勝って僕たちはッ……元の世界に帰るんだァッ!!」
レオは剣を握り締め、力強く床を蹴ってヴォルシスに飛び掛かった。
「それでよい。勇者よ。」
「“インフィニティスラッシュ”ッ!!ハァァァァァァァァァァァァッッ!!」
レオは素早く剣を振り回した。だがヴォルシスは表情を変える事なく、それら全てを大鎌で受け止める。実際、レオのこの技は目で追えぬほど速い。だが対する彼はそれら全ての斬撃を軽々と防いでいる。この冷静さ、判断力、瞬発力。只者ではなかった。
「“気功波”。」
ヴォルシスが左手から放った気弾が、レオの腹部を強く打った。
「…ぅッ……ごはァッ!!」
レオはその場で膝をつき、左手で腹部を押さえた。たかが気弾でこの威力。力の差は明確だった。
「立て。私を討つと決めたのだろう。だが、その動きでは程遠い。その眼差しと志のみでは私を倒せぬ。私は魔王。ダークネスを統べる者だ。自ら悪を名乗り変革を齎す者だ。覚悟あっての魔王だ。それに勝る覚悟が、果たしてあるのかレオ・ディグランス・ストレンジャー。」
「…ぅっ……くッ!!」
レオはその姿勢のまま剣を横に振り、ヴォルシスの脚を狙った。ヴォルシスは後ろへ下がる。そしてレオは歯を食いしばって立ち上がり、彼の方へ走った。
「“ソードテンペスト”ッ!!」
レオは剣を2回振り、ヴォルシスに軌跡を放つ。しかしヴォルシスは華麗とも言える身のこなしでそれらを避け、着地したその場で大鎌を横に振った。
「っ!!まずいッ!!」
「“ウォールファントム”ッ!!」
ネネカの魔法によって、レオは光の壁に包まれた。しかし、大鎌はその壁をも斬り裂き、レオの首に向かう。レオは咄嗟に顔の横で剣を縦にし、大鎌の刃を受け止めた。
「ぐッ………!!…ああぁッ!?」
ヴォルシスの腕力と遠心力、それらがレオの体に打ち付けられ、彼は遠くへ飛ばされた。
「レオさんッ!!」
「…………ッ……………………ハッ!?」
宙を舞うレオが目を開くと、真上に大きな陰が見えた。ヴォルシスだ。左手を開いて、レオの腹部に伸ばしている。
「“気功波”。」
再び放たれた気弾はレオの腹部に捩じ込まれ、彼を急降下させた。
「がはァァッ!!」
レオは勢いよく地面に叩きつけられた。魔王ヴォルシス、彼は強すぎる。勇者である彼でさえ、その力の差を痛感し、視界が霞むほどだった。ヴォルシスは静かに着地する。
「立て。向かって来い。レオ・ディグランス・ストレンジャー。」
「………ぅ……く……ッ………ハァッ…ハァッ………」
レオはゆっくりと立ち上がった。だが、何度向かったところで攻撃を受けるのは自分。状況は絶望的だった。もはや生き残る事さえ霞がかる。すでに弱り始めた両脚で傷ついた体を支えるレオ。彼にできることは1つ。考える事だった。
「………ハァッ……ハァッ………」
「……どうした。来ないのか。」
今はただ、考える時間が欲しかった。このヴォルシスという男、思えば疑問点が多かった。
(なぜ僕と戦いたがる……このレベルなら、シルバさんやリュオンさんの方が良い相手になるはず……)
「“リフレッシュ”っ……大丈夫ですかレオさんっ。」
「……っ、ネネカ……ありがとう。」
駆けつけたネネカが、レオの傷を癒した。ヴォルシスはそれをただ静かに見つめて立っている。
(……おかしい………この状況ではまず回復職であるネネカを狙うのが普通だ。それなのに、ネネカを見ないどころか回復さえも許す………)
「用は済んだか。」
「……どうして僕なんです?……何か理由があるんですか…っ?」
レオは思わず問いかけた。単純に彼の行動の意図が気になったのだ。対してヴォルシスは、ゆっくりと口を開く。
「………ティア・イリュージョン。失念の貴様と手合わせしたい。」




