そして青年は
「よし、いいぞハクヤ。覚悟はできた。」
「よかろう。では………ゆくぞッ!!」
2人は刀を握って同時に飛び込み、互いに背を見せた。すれ違ったその一瞬が、この戦いの終わりを告げる。
「………………」
「………………」
数秒間、静けさが2人を包む。銀刄流奥義が交わったこの時、どちらが敗れてもおかしくはなかった。そして、この沈黙の中で真紅の雫が床に落ちる音が聞こえ始める。
「…………………………………」
「………………………………………………ッ!!」
シルバが膝をつき、その胴からは血が噴き出た。
「………いっ……………てェ……………ッ…………」
傷口に手を当て、歯を食いしばるシルバ。流れ出る血は熱かった。そんな彼に、ハクヤはゆっくりと振り向く。
「…………最早これまで。……………我が弟……シルバよ…………………見事だった。」
するとハクヤの口からも真紅が流れ落ち、刀を床に落とした。
「………ぐふゥッ…!!」
ハクヤは純白の衣を赤く染めながら両膝をつき、血を吐き出した。シルバが小さく口を開く。
「………へへっ………傷口……開いちまった…………無茶は……よくねぇな…………」
そして彼はゆっくりと立ち上がり、振り返った先に見えたハクヤを優しい目で見つめた。
「………どうだ…ハクヤ…………」
「……………あぁ…………十分だ……………貴なら……カハッ……!!」
「…っ!おい…」
再び血を吐き出したハクヤにシルバが歩み寄ろうとしたその時、小さな気配がハクヤの方へ駆け寄り、膝をつく彼の前で姿を現した。
「ハクヤさまぁっ!!しっかりっ!!」
座敷童子のキクだ。涙を流しながら小さな両手をハクヤの頬に当てている。
「…………キクよ……もう………終わったのだ………下がってよい………」
「いやですっ…!……わたしはっ……こんなのっ………こんなの………っ………!」
2人を見つめながら、シルバは静かに刀を鞘に収める。キクを見つめるハクヤの顔は優しかった。
「……キクよ…………貴も承知していたはず………この命は………全てこの日のため………ここで散るためにあったのだ………」
「…っとか言ってるけどよぉハクヤぁ。最後まで俺を殺す勢いで来てたよな。」
シルバのその声に振り返るキク。同時にハクヤはその声に頷き、再びキクに口を開く。
「………そうだ………だから……悔いも……未練も…ない…………お互い………役目は果たしたのだ…………」
「………でも…………でも……っ………」
「…あるべき場所へ…帰るだけだ…………………礼を言おう……キク…………」
ハクヤはそう口にし、キクの小さな頭に赤く染まった手を置く。するとキクはゆっくりと目を閉じ、頬から雫を落とすと同時に、ハクヤの前から静かに消え去った。
「…………いくのか…?…………お前も……」
「……………あぁ………安心しろ………貴の手は借りん………」
彼はそう言うと、懐から短刀を取り出した。そして彼は姿勢を正し、それを両手で強く握り締める。
「…………最後に……貴にも言おう…………礼を言うぞ……シルバ…………後の世は………貴が……ッ!!」
次の瞬間、ハクヤは握り締めた短刀を自身の腹部に突き刺した。そして刃を横にして腹を切り裂き、周囲を赤く染めながら、とうとう彼は永い眠りについた。
「………………」
シルバはゆっくりと歩み寄り、彼の前で膝をついた。
「………感謝してぇのはこっちのほうだっての……ハクヤ…………お前のおかげで強くなれた………任せとけって…………黄泉で見てな………」
彼はそう言ってハクヤの腹部から短刀を優しく引き抜き、彼の前に置いた。そしてハクヤの両手を腿に置き、彼に正座をさせた。これぞ宿命のために生き、戦い、そして死んでいった1人の誇り高き武士の姿だ。それからしばらくの間、シルバは彼の姿を目に焼き付けるように見つめる。
「……………………………よしっ、行くか。」
そして、胴から血を流すシルバはゆっくりと立ち上がり、下駄を鳴らして歩き始めた。彼が向かった先は———
「………それでね、お母さん……私……好きな人が……できたんだ……」
マリスの丸い頬と尖った耳がじわりと赤くなった。カイルはただそれを黙って聴いている。
「……いい人……たくさんいたよ……だから、もう誰も殺さないで………誰も苦しめないで……こんな戦い……もう——」
すると、マリスの視界は一瞬にして暗くなり、全身の力が抜け落ちた。背中から出た腕も消え、彼女は倒れ始める。そんな彼女を、1人の青年が両腕で受け止めた。
「おっと……危ねぇ危ねぇ………」
「っ!」
カイルは目を大きく開いた。シルバだ。胸の傷が大きく開いている。ハクヤとの死闘を繰り広げた後だというのに、マリスの元へ駆けつけたのだ。カイルは彼に口を開く。
「………貴方が銀刄のシルバね。」
「そういうあんたは、マリスの母親のォ〜………え〜っと……」
「カイルよ。」
「あぁっ。カイルさん。これはこれはど〜も、はじめまして。」
そんな彼に、カイルはくすりと笑った。
「…………なるほど、貴方の事ね……」
「……え〜っと…………何が?」
「………いえ、こっちの話よ。気にしないで。」
「……………あ、そ。それで?……俺と戦うつもりで?」
シルバがそう問いかけると、カイルは再び笑った。
「まさか。……貴方と戦う気は無いわ。私じゃ貴方に勝てそうに無いもの。」
「………そっか。なら良かった。……俺もあんたと戦う気は無くてさ、ちょっと寄ってみただけなんだ。……見てよこの傷、痛そうでしょ〜?実際めっちゃ痛いんだけどね。」
シルバがそう話していると、彼の腕の中でマリスが目を覚ました。
「…………っ……!………シルバっ!?」
「おぅ、気が付いたか。」
彼女はシルバの顔を見て驚いた。そして彼が生きている事に嬉しくなり、思わず彼を強く抱きしめた。
「ぅっ!……ちょっ!……マリスっ!傷開いちまってんだって!!痛い痛い痛い痛いッ!!」
「えっ!?…あっ……ごめんっ…」
そんな2人を見て、カイルは口に手を当てて笑った。
「……ふふっ。やっぱりそうね。マリス、良い人じゃない。」
「………えっ…………ちょ……………ちょっと!?お母さんっ!?」
マリスは頬と耳を真っ赤にした。それを見て笑うカイル。そしてシルバは、カイルに口を開いた。
「なぁんだ、普通の親子じゃねぇか。てっきりまた『私は貴方の母親じゃない』とか言うんじゃないかと思ってたぜ。……まぁ、安心したよ。」
その言葉でカイルは笑うのを止め、マリスの方を見た。
「…………マリス………今まで……変な嘘ついてごめんなさい…………悲しかったでしょう。………娘のためについた嘘だと思っていたけど………逆に苦しませて……………ほんと、ダメなお母さんね………」
「…………お母さん………」
マリスはそう口にする母の顔を静かに見つめた。彼女は続けて口を開く。
「貴方がライトニングに旅立つ日、貴方に教えた秘密の合言葉……覚えてる?」
「……秘密の……合言葉…………エ…オ…ソ…ニ…ワ…」
「………今の貴方なら簡単に解読できるはずよ。」
マリスはしばらく考えた。その後、彼女の口から出た言葉は——
「……アイシテル…………なんだ、シーザー暗号か。お母さんにしては簡単すぎなんじゃない?」
「ふふふっ……そうね。今もその気持ち、変わってないわ。貴方だけじゃない。エルドもそうよ。2人とも、立派に成長して……何よりも嬉しいわ。」
カイルはそう口にすると優しく微笑んだ。そして、シルバが彼女に口を開く。
「それで、カイルさん…だっけ?もう誰にも手を出さない事を約束してくれ。もう無駄な争いはしたくない。」
「ええ、約束するわ。………でも、まだ戦いは終わっていない………後は彼らを見届けましょう。」
3人は、レオ達の方に顔を向けた。




