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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
203/206

そして青年は

「よし、いいぞハクヤ。覚悟はできた。」

「よかろう。では………ゆくぞッ!!」


 2人は刀を握って同時に飛び込み、互いに背を見せた。すれ違ったその一瞬が、この戦いの終わりを告げる。


「………………」

「………………」


 数秒間、静けさが2人を包む。銀刄流奥義が交わったこの時、どちらが敗れてもおかしくはなかった。そして、この沈黙の中で真紅の雫が床に落ちる音が聞こえ始める。


「…………………………………」

「………………………………………………ッ!!」


 シルバが膝をつき、その胴からは血が噴き出た。


「………いっ……………てェ……………ッ…………」


 傷口に手を当て、歯を食いしばるシルバ。流れ出る血は熱かった。そんな彼に、ハクヤはゆっくりと振り向く。


「…………最早これまで。……………我が弟……シルバよ…………………見事だった。」


 するとハクヤの口からも真紅が流れ落ち、刀を床に落とした。


「………ぐふゥッ…!!」


 ハクヤは純白の衣を赤く染めながら両膝をつき、血を吐き出した。シルバが小さく口を開く。


「………へへっ………傷口……開いちまった…………無茶は……よくねぇな…………」


 そして彼はゆっくりと立ち上がり、振り返った先に見えたハクヤを優しい目で見つめた。


「………どうだ…ハクヤ…………」

「……………あぁ…………十分だ……………貴なら……カハッ……!!」

「…っ!おい…」


 再び血を吐き出したハクヤにシルバが歩み寄ろうとしたその時、小さな気配がハクヤの方へ駆け寄り、膝をつく彼の前で姿を現した。


「ハクヤさまぁっ!!しっかりっ!!」


 座敷童子のキクだ。涙を流しながら小さな両手をハクヤの頬に当てている。


「…………キクよ……もう………終わったのだ………下がってよい………」

「いやですっ…!……わたしはっ……こんなのっ………こんなの………っ………!」


 2人を見つめながら、シルバは静かに刀を鞘に収める。キクを見つめるハクヤの顔は優しかった。


「……キクよ…………貴も承知していたはず………この命は………全てこの日のため………ここで散るためにあったのだ………」

「…っとか言ってるけどよぉハクヤぁ。最後まで俺を殺す勢いで来てたよな。」


 シルバのその声に振り返るキク。同時にハクヤはその声に頷き、再びキクに口を開く。


「………そうだ………だから……悔いも……未練も…ない…………お互い………役目は果たしたのだ…………」

「………でも…………でも……っ………」

「…あるべき場所へ…帰るだけだ…………………礼を言おう……キク…………」


 ハクヤはそう口にし、キクの小さな頭に赤く染まった手を置く。するとキクはゆっくりと目を閉じ、頬から雫を落とすと同時に、ハクヤの前から静かに消え去った。


「…………いくのか…?…………お前も……」

「……………あぁ………安心しろ………貴の手は借りん………」


 彼はそう言うと、懐から短刀を取り出した。そして彼は姿勢を正し、それを両手で強く握り締める。


「…………最後に……貴にも言おう…………礼を言うぞ……シルバ…………後の世は………貴が……ッ!!」


 次の瞬間、ハクヤは握り締めた短刀を自身の腹部に突き刺した。そして刃を横にして腹を切り裂き、周囲を赤く染めながら、とうとう彼は永い眠りについた。


「………………」


 シルバはゆっくりと歩み寄り、彼の前で膝をついた。


「………感謝してぇのはこっちのほうだっての……ハクヤ…………お前のおかげで強くなれた………任せとけって…………黄泉で見てな………」


 彼はそう言ってハクヤの腹部から短刀を優しく引き抜き、彼の前に置いた。そしてハクヤの両手を腿に置き、彼に正座をさせた。これぞ宿命のために生き、戦い、そして死んでいった1人の誇り高き武士の姿だ。それからしばらくの間、シルバは彼の姿を目に焼き付けるように見つめる。


「……………………………よしっ、行くか。」


 そして、胴から血を流すシルバはゆっくりと立ち上がり、下駄を鳴らして歩き始めた。彼が向かった先は———












「………それでね、お母さん……私……好きな人が……できたんだ……」


 マリスの丸い頬と尖った耳がじわりと赤くなった。カイルはただそれを黙って聴いている。


「……いい人……たくさんいたよ……だから、もう誰も殺さないで………誰も苦しめないで……こんな戦い……もう——」


 すると、マリスの視界は一瞬にして暗くなり、全身の力が抜け落ちた。背中から出た腕も消え、彼女は倒れ始める。そんな彼女を、1人の青年が両腕で受け止めた。


「おっと……危ねぇ危ねぇ………」

「っ!」


 カイルは目を大きく開いた。シルバだ。胸の傷が大きく開いている。ハクヤとの死闘を繰り広げた後だというのに、マリスの元へ駆けつけたのだ。カイルは彼に口を開く。


「………貴方が銀刄のシルバね。」

「そういうあんたは、マリスの母親のォ〜………え〜っと……」

「カイルよ。」

「あぁっ。カイルさん。これはこれはど〜も、はじめまして。」


 そんな彼に、カイルはくすりと笑った。


「…………なるほど、貴方の事ね……」

「……え〜っと…………何が?」

「………いえ、こっちの話よ。気にしないで。」

「……………あ、そ。それで?……俺と戦うつもりで?」


 シルバがそう問いかけると、カイルは再び笑った。


「まさか。……貴方と戦う気は無いわ。私じゃ貴方に勝てそうに無いもの。」

「………そっか。なら良かった。……俺もあんたと戦う気は無くてさ、ちょっと寄ってみただけなんだ。……見てよこの傷、痛そうでしょ〜?実際めっちゃ痛いんだけどね。」


 シルバがそう話していると、彼の腕の中でマリスが目を覚ました。


「…………っ……!………シルバっ!?」

「おぅ、気が付いたか。」


 彼女はシルバの顔を見て驚いた。そして彼が生きている事に嬉しくなり、思わず彼を強く抱きしめた。


「ぅっ!……ちょっ!……マリスっ!傷開いちまってんだって!!痛い痛い痛い痛いッ!!」

「えっ!?…あっ……ごめんっ…」


 そんな2人を見て、カイルは口に手を当てて笑った。


「……ふふっ。やっぱりそうね。マリス、良い人じゃない。」

「………えっ…………ちょ……………ちょっと!?お母さんっ!?」


 マリスは頬と耳を真っ赤にした。それを見て笑うカイル。そしてシルバは、カイルに口を開いた。


「なぁんだ、普通の親子じゃねぇか。てっきりまた『私は貴方の母親じゃない』とか言うんじゃないかと思ってたぜ。……まぁ、安心したよ。」


 その言葉でカイルは笑うのを止め、マリスの方を見た。


「…………マリス………今まで……変な嘘ついてごめんなさい…………悲しかったでしょう。………娘のためについた嘘だと思っていたけど………逆に苦しませて……………ほんと、ダメなお母さんね………」

「…………お母さん………」


 マリスはそう口にする母の顔を静かに見つめた。彼女は続けて口を開く。


「貴方がライトニングに旅立つ日、貴方に教えた秘密の合言葉……覚えてる?」

「……秘密の……合言葉…………エ…オ…ソ…ニ…ワ…」

「………今の貴方なら簡単に解読できるはずよ。」


 マリスはしばらく考えた。その後、彼女の口から出た言葉は——


「……アイシテル…………なんだ、シーザー暗号か。お母さんにしては簡単すぎなんじゃない?」

「ふふふっ……そうね。今もその気持ち、変わってないわ。貴方だけじゃない。エルドもそうよ。2人とも、立派に成長して……何よりも嬉しいわ。」


 カイルはそう口にすると優しく微笑んだ。そして、シルバが彼女に口を開く。


「それで、カイルさん…だっけ?もう誰にも手を出さない事を約束してくれ。もう無駄な争いはしたくない。」

「ええ、約束するわ。………でも、まだ戦いは終わっていない………後は彼らを見届けましょう。」


 3人は、レオ達の方に顔を向けた。

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