流星光底
響く下駄の音、揺れる韓紅花の衣と金の髪。青年は銀髪の男の前で止まった。男の束ねたこめかみの髪は振り子のように静かに揺れている。鼻と左目には傷が走り十字を描く。対峙する2人の共通点は胸にできた大きな斬り傷、そして体を流れる銀刄の血だ。
「………待っていたぞ、シルバ。ここで、決着をつけよう。」
「その前に1つ聞きたい。」
一瞬刀に手を掛けたハクヤだったが、シルバの声で手を下ろした。
「………聞こう。なんだ。」
「あんたは確かに俺の兄ハクヤだ。でも何かが足りねぇ。ずっと感じてたんだが、この違和感は何だ?」
「…………私は、魂に置き去りにされた、ただのハクヤの肉体。役目を果たすが故に、こうして肉体だけ現世に留まった。」
ハクヤは目を閉じてそう答えた。すると、シルバは再び口を開く。
「じゃあよぉ、その役目って——」
「…1つと言ったはずだが?」
「まぁ良いじゃねぇか。かわいい弟の話だぜ?」
「…………まぁよい。話せ。」
「サンキュー。………ハクヤ、その役目ってのがイマイチピンとこねぇんだ。別に俺たちが斬り合わなくても、2人でまたパーニズで暮らせば良いじゃねぇか。なんで俺とわざわざ戦いたがる?」
その問いを聞いたハクヤは、拳を強く握り締めた。
「………パーニズで暮らす…それはできない。言ったはずだ。この体にもはや魂は無いと。もはや屍同然よ。役目のためのみで生きている。故に貴が銀刄家の男として世を治める器を持っているかを、この身で命をかけて確かめる……兄としてはそれしかできんのだ。もしこの戦いで貴が死すなら、ライトニングもそれまでよ。」
「………わりぃ、やっぱり分かんねぇ。……だっておかしいだろ?要は死にたくなけりゃ兄を殺せってことだろ?」
「そうだ。殺せ。それほどの覚悟も無しに、銀刄の務めは果たせぬ。」
するとハクヤは素早く刀を抜いた。月光の刃がぎらりと光る。
「さぁ、刀を抜け。銀刄シルバ。」
ハクヤの目は鋭く、まさに真剣だ。シルバは呆れた顔で頭を掻き、2本の刀を抜く。左手は銀刄、そして右手は神々ノ乱を握る。ハクヤは彼の右手に握られた刃の輝きを見つめ、口を開いた。
「……その刀は………」
「あぁ、これか。……俺の相棒だ。強そうだろ。」
「…神器…神々ノ乱……まさか、あの火狐が……」
目を大きく開いて驚くハクヤ。シルバはふとある事を思い出し、口を開いた。
「あっと…一応聞いとこ。相棒と一緒に戦っても良いか?もし1対1として認めないなら別に——」
「いいだろう。掛かってこい。」
「……そうこなくちゃッ!!」
シルバは床を強く蹴り、一瞬でハクヤとの距離を縮めた。振り下ろされる神々ノ乱、それを受け止める月光。火花が激しく散り、刃の音を響かせた。咄嗟にシルバは左手の銀刄を横に振る。
「フッ!!」
ハクヤは神々ノ乱を振り払い、後ろに下がって刃を避けた。だが、すでに彼の背後にはシルバの姿があった。緑の炎の面をつけている。狐火だ。
「“流れ柳木”!!」
「“炎獅子乱舞”ッ!!」
ハクヤの刀に纏った柳の葉の渦を、シルバの刀に宿った獅子が焼き払った。再び激しく交わる刃。シルバがもう片方の刀を振り上げた瞬間、ハクヤは右手をシルバの腹部に当てた。
「“気功波”ッ!!」
「うぐっ!!」
シルバは怯み、一歩後ろへ下がった。続けてハクヤはシルバの首目掛けて刀を突き出す。
「危ねッ!!」
首を横に曲げ、刀を避けた。そしてシルバは両手の刀を握り直し、桜吹雪を纏わせて振った。
「“乱れ桜花”ッ!!」
「ッ…!!」
体に刻まれる複数の小さな切り傷。ハクヤは突き出した刀の向きを変え、首を刎ねるように横に振った。
「ヤベェッ!!“鬼火”ッ!!」
シルバは一瞬、銀刄から手を離し、青い炎の面を顔に付けた。すると彼の肉体は硬くなり、ハクヤの刃を首で受け止める。多少の切り傷を刻まれ、数滴血が流れたが問題はない。彼はすぐに銀刄を握り、ハクヤに振った。だが彼は霞のように消え、背後に気配を見せる。
「この調子じゃぁ、決着がつくまで長そうだなッ!!」
振り返るシルバは同時に刃を振った。2人の刃は交わり、火花を散らす。だが、その後すぐハクヤの足がシルバの腹部に捩じ込まれ、彼は蹴り飛ばされた。
「ぅぐァ!!」
「ならばこれでッ……“鏡花水月”。」
するとシルバを囲むように、複数のハクヤの陰が現れた。
「……ぅっわぁ…出たよこれぇ……」
シルバは辺りを見回し、苦笑いをした。この技の恐ろしいところは、あのハクヤを10人分以上相手しなければならないということだ。加え、陰への攻撃は無力。そして最も気にすべきは新月の陰。肉眼ではその姿を捉える事ができない。解除方法は本体への攻撃、または本体による技の解除。それだけだ。
「ゆくぞ!!」
「チィッ…!!」
複数の陰は一斉にシルバに飛び掛かった。シルバは1体1体の刃を冷静に避ける。だが、避ける事に夢中で、ハクヤに近づけない。
「ったく、容赦ねぇな!!」
しばらくシルバは陰の攻撃を避け続けた。今のところ一撃も受けていない。新月の陰についてはただの予想で避けている。シルバは考えた。このまま避け続けていれば、いずれ体力も集中力も底をつき、ハクヤに負ける。かと言って陰を無視して本体に飛び込めば、陰に回られ負ける。狐火で振り切るか。それでは本体に辿り着いた時、脚力に込めた腕力が落ち、十分なダメージを与えられない。では鬼火で身を固め、徐々に本体に近づくか。それでは俊敏性が落ち、ハクヤに攻撃が当たらない。それどころか、陰に体中を斬り刻まれて終わりだ。
「どうしたシルバ。向かってこい。それしか方法は無いのだからな。」
「それができりゃ苦労しねぇよッ!!ちょっと黙っててくれッ!!」
シルバは攻撃を避けながらひたすら考え続けた。筋肉を硬くする鬼火、俊敏性を上げる狐火、攻撃力を上げる龍火、特技の威力を上げる狼火、魔法の威力を上げる桜火。どれもハクヤを倒すには必要な能力だが、それらには弱点があった。脚力に代わる防御力のように代償があるのだ。この時、彼は死の淵に立たされていたのだろう。以前ハクヤに胴を斬られた時と同じ感覚だ。だが、この状況のシルバは誰よりも強く、希望に満ちている。銀刄シルバ、彼はそういう男だ。
「…………………………………………“神火”ッ!!」
「なにっ……」
彼は一瞬にして複数の陰を振り切り、先に立つハクヤと刀を交えた。その刃は、これまで受け止めたものの中で類を見ない威力だった。ハクヤは歯を食いしばり、床を強く踏み締める。
「………その姿っ……貴は…………」
シルバの姿は大きく変わっていた。髪の結は解け、額には2本の角が生えている。頬には血の涙のような赤。全身の筋肉は膨らみ、彼の背後には後光のようなものが神々しく輝いていた。
「……ッ、陰は………ッ!!」
ハクヤの陰は確かにシルバを囲んでいた。だが、1体も近づこうとはしない。
「ッ!……神火だと………なぜ…貴がッ……」
「さぁな。ただ、俺だけじゃぁこの力は手にできなかったんだろうな。……となるとココか。……もしそうなら言わせてもらうけどよぉ……」
シルバはもう片方の刀をハクヤに振った。彼は咄嗟に右手に念力を込め、刃を触れずして受け止める。
「………っ……!!」
「俺は言ったはずだぜ?…… 『相棒と一緒に戦っても良いか?』ってなぁ。」
「………これが……銀刄シルバ……………面白い。」
この時、ハクヤは初めて笑みを見せた。力で押されているという状況にも関わらず見せたこの表情。この笑みが意味するもの。シルバには理解できていた。
「………なぁハクヤ………もう終わりにしようぜ。お前は十分に役目を果たした……のか?まぁいい、少なくとも、俺はそう思うぜ………」
「……なに…………」
その言葉に、ハクヤは驚いた。シルバは続けて口を開く。
「この力を手に入れたのも……ここまで強くなれたのも………考えてみりゃハクヤのおかげだ。感謝してる。」
「………感謝……か。……刀を交える相手への感謝………武士らしいな。」
「だろ?……こう見えて結構、銀刄家の誇りは守ろうと頑張ってるんだぜ?どうだ…これが、あんたの弟だ。」
目の前に立つシルバ。その姿は鬼であり、龍であり、獣であり、神である。だがその声は変わらぬ彼。彼の瞳には希望が映っていた。
「…………そうか。確かに、このままでは猶決着がつかぬ。では、せめて最後は武士らしく刀を交えてはくれぬか……」
「あぁ、もちろん良いぜ。」
すると、シルバの周りに立つハクヤの陰は消え、シルバは元の姿に戻った。そして、互いに後ろに下がり、鋭い目で見合う。
「互いに、悔いは無いようにな。」
「っと、その前にちょっと良いか?」
するとシルバは神々ノ乱を鞘に戻し、右手に銀刄を握った。そして彼は神々ノ乱に手を置いて小さく口を開く。
「………ココ………見ていてくれ。」
神々ノ乱は温かかった。まるで、相棒が背中を押してくれているかのように。
「よし、いいぞハクヤ。覚悟はできた。」
「よかろう。では………ゆくぞッ!!」
2人は刀を握って同時に飛び込み、互いに背を見せた。すれ違ったその一瞬が、この戦いの終わりを告げる。




