チャンピオン
アランは、目に映る光景に動揺した。大男の形をしたダイヤモンドの塊がこちらを見て笑っている。
「さぁッ、どうしたぁ……今更ぁ怖気付いたなどぉ抜かすなよォ?」
ギルガは全身から透き通った輝きを放ち、アランの目を眩ませた。先程までの覇気とは違う。そして、その立ち姿に隙など見えない。気持ち悪い汗が頬を流れた。
「ッ……たっ………ただ全身の色が変わっただけだろっ……いい気になるなよッ……!!」
アランは拳を握り締めてギルガに飛び掛かった。ギルガは動かない。攻撃を受けるつもりだ。
「ッ!!ナメやがってェェッ!!“金の拳”ぃっ!!」
アランは左腕を金色に染めると、怒りを込めて硬く重い拳をギルガの顔面に放った。拳は顔の真ん中を打ち、周囲に強い衝撃と音の波を起こす。
「……………なっ……なに……ッ………」
アランの拳を受けたギルガは動かなかった。そして拳を引いた時、彼の絶望的な戦いが始まる。
「………今のがぁ………お前の本気の拳かぁ………?」
ギルガはアランを見下し、笑った。まるで効いていない。透かさずアランは金の拳を胴体に放ち、右腕のパワードアームを横腹に叩き込んだ。だが動かない。再び大男の顔を見上げると、彼は変わらず見下して笑っていた。そして、ギルガは右腕を広げ、その先で握り締めた拳をアランの頬に放った。
「…っ!!“ゴールドボディ“ッ!!」
アランは左頬を金色に染め、ギルガの拳を受けた。頬から全身に衝撃が走り、脳を震わせる。一瞬、目の前が真っ白になった。そして彼は右に遠く飛ばされ、床に体を叩きつけた。
「………ぅッ……ぅぐッ………」
痛かった。これまで受けた事のない威力の打撃だった。口の中に血の味が広がる。視界が歪み、立ち上がると脚がふらついた。この一瞬で彼が恐怖したのは、金の体で受け止めた攻撃が、これほどの衝撃と痛みを与えるということだ。もしこれを生身で受けたら、体が肉片となって飛び散るだろう。
「………このパワーぁ…この破壊力……あぁ、正に最強っ。」
ギルガは自分の右手を見つめてそう口にした。そしてアランはその隙を見逃さなかった。
「“金の拳”ッ!!」
アランは再び拳を金色に染め、ギルガへ飛び掛かる。先ほどの攻撃は当たりどころが悪かった。ただそれを信じ込んで、彼は勢いよく拳を放つ。
「ハァァァァァッ!!」
「………フン。」
ギルガは大きく分厚い金剛石の手で、アランの金の拳を掴んだ。咄嗟にアランはギルガの顎を右足で蹴り上げる。判断力のある良い攻撃だ。だが、その行動は彼を相手にする場合間違いだった。
「…ッ!!い゛ってェ゛ェ゛ェェェッ!!」
靴の中で、足の爪が全て割れたか。いや、指の骨が砕けた。ダイヤモンドの体に対し、生身での防御はもちろん、攻撃さえも役に立たない。
「ハァッハァッハァッ!!もはやァ手も足もぉ出まいッ!!」
ギルガは、手で受け止めたアランの拳を強く握り締めた。たとえその拳が金であろうが、少しでも力を抜くと砕かれてしまうほどだ。アランはその圧力と痛みを必死で噛み締めた。すると、ギルガはそのままアランを持ち上げ、床に何度も叩き付けた。
「平伏せェィ!!我が金剛石の輝きを放つ最強の肉体にィッ!!」
「ぅぐッ!!…ッ!!……ッぐ…ァ!!」
アランは背中を金に染めていた。だが床に打ち付けられるたび、痛みと衝撃は確かに感じられる。するとアランはパワードアームの手を広げ、ギルガに向けた。だがアームは1本もレバーを引いていない。これはハッタリだ。至近距離からの光束の照射を恐れて左手を離してくれる事を彼は願った。結果、ギルガは彼を高く投げ飛ばした。
「……ッあァ!!」
「撃たせねェ!!そしてお前はァ逃げられねェ!!」
ギルガは宙を舞うアランの方へ飛び、拳を引いた。それに気付いたアランは瞬時に体を金に染める。
「“ゴールドボディ”ッ……」
その瞬間、ギルガの硬く重い拳が次々と放たれ始めた。アランはそれを受け止める事しかできない。
「フハハハァッ!!着地するまでにィッ、命があるかなァッ!?」
「ッ!!ぅぐァッ…!!……ナメやがってェッ……!」
すると、ギルガは目の前で体を捻って回転し、頭を下にして脚を振った。アランの頭部を蹴って床に叩き落とすつもりだ。そして次の瞬間、アランが恐れていた事が起きた。全身の金が剥がれ、蓄積された芯の痛みが全身に響き渡る。金への変化は多くのエネルギーが必要であったため、早くもSPが底をつき、特技が使えなくなったのだ。もちろん、防御で使っていたゴールドボディを練り出すこともできない。すぐさま前に出したパワードアームが、唯一の生き残る手段となった。ギルガの輝く脚がパワードアームに重く叩き付けられ、それがアランの頭部を打って急降下した。
「…がフぉア゛ァッ!!」
アランは床に頭を強く打ち付けて倒れた。その後、ギルガも着地する。あの時、パワードアームで攻撃を受け止めていなければ、首から上は確実に弾け飛んでいた。だが、たった数秒生き長らえただけ。すぐまた攻撃が来る。激しい頭痛に襲われる中、重い瞼をゆっくり上げると、歪む視界に倒れるシェウトが見えた。ダイヤモンドの拳を1回受けただけで虫の息だ。加え、彼は刹那のティア・イリュージョンの代償を受け、全身の筋肉が弱体化している。
「……ち……ちくしょぅッ………」
立ち上がる力はほとんど残っていなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、悔しさが込み上げてくる。しかし、悔しさを噛み締める事すらできない。動きが鈍くなった首を左右に向け、朦朧とする視線でギルガを探した。見つけた。ダイヤモンドの体の彼は、腕を組んで堂々と立っている。立ち上がるのを待っているようだ。腹が立った。苛立って仕方がなかった。
「……ふ……ざけ…やがってッ……」
特技はもう使えない。一か八かギルガに飛び掛かったところで傷1つ付ける事もできない。シェウトが助けてくれる事もないだろう。彼は今度こそここまでだと思った。
「…クッソ………せっかくここまで……来れたのによぉ………………コイツら倒せば…………元の世界にッ…………帰れるかもしれねぇのによぉッ………!!」
これまで、多くの戦いがあった。その分、喜びも悲しみもあった。それは全て、元の世界に帰るための日々だ。だが、目の前の壁は厚く高い。自分も死んでいった仲間のように、ここで朽ち果ててしまうのだろう。そう思った瞬間、目から熱いものが流れ落ち、止まらなかった。
「………わりぃ……みんなッ……!!………俺もッ……帰れねぇかもしれねぇッ………!!………本当にッ…………すまねぇッ………!!」
“………………ラン………………”
「………………………………………っ……………?」
ポーチから転がり出たある物が、アランの手に触れた。
“……………………………アラン………………………………”
「………………これ……は………」
それは、いつの日かドーマから貰った赤く光る指輪、レッドソウルリングだった。思えばドーマから受け取った最初で最後のプレゼントである。
“……………アンタって……なんだか…放っておけないんだよ…………すぐ熱くなるし………たまにすっごい冷静になるし………でも……そんな性格が…………みんなを明るく照らしてたんだなって………今ではそう思う…………アンタって…まるで火みたいだよな…………初めは……そりゃぁ……アンタなんかに近付きたくなかったさ……………でも………慣れてみると…………温かいな…って……………”
「……ドー…マ…………わりぃ……俺……多分ここまでだ………」
”………何言ってんだ………らしくないじゃないか…………アタシが知ってるアランはねぇ………死ぬまで暴れるしぶとい男だよ…………見せてくれよ…アラン……………アンタの足掻きを…………アンタの暴れっぷりを………“
ギルガは表情を変えた。驚きの表情だ。彼が目にしたのは、全身に傷と痣をつけるアランの、ゆっくりと立ち上がる姿だった。
「…フン。死すまでぇ何度も立ち上がる…それでこそぉ武闘家ぁ。この俺の前で死ねばぁ、最強のぉ武闘家である俺の中で…永遠にぃ生き続けるだろぅ……」
「……………ドー…マ………分かった……暴れてやる………」
アランはそう言って、左手の薬指に指輪をはめた。すると次の瞬間、アランの体から流れる血は火に変わり、傷口からは炎が現れた。アランのティア・イリュージョン、情火だ。
「…ッ、何ぃッ……?」
「灰になるまでッ………暴れてやるぜェ゛ェ゛ェ゛ェッッ!!!」
燃え盛るアランは叫んだ。そしてパワードアームのレバーを全て引き、床にアームの先を押し当てて照射した。すると、アランを囲むように複数の炎の柱が床を突き破って高く噴き上がる。
「オォォォォォォォォラァァァァァァァッッ!!」
アランが両腕を広げて回転すると、複数の火の柱が渦を巻き、アランを包んだ。
「……なんのぉつもりだァ……」
ギルガはただそれを見ていた。そして炎の渦がアランを高く上げた後、彼は空中で再びアームのレバーを全て引き、ギルガとは反対方向へ照射した。その光束の威力がアランを急降下させ、物凄い速さでギルガへと飛ぶ。
「ギルガァァ!!これがァ!!俺の本気だァッ!!喰らいやがれェ゛ェ゛ェェェッ!!」
アランは左の拳を握り締め、ギルガに向けて伸ばした。彼のその拳、その体は炎の渦を纏い、熱く燃えている。そして2人がぶつかる瞬間、ギルガは左手で燃え盛る拳を受け止めた。
「フンッ!!確かにぃ重い拳だぁ……だがァ!!受け止められてはぁ…………なッ…何ィ…!?」
予想外の威力に、ギルガは強く地面を踏み締め、燃える拳を受け止める左腕に右手を添えて支えた。
「……ッ……ぐッ………!!」
アランは歯を食い縛り、ギルガの手を全力で押し込もうとした。このままではギルガに拳を叩き付けられない。せっかくここまで生き抜き、ここまで来たのだ。ここで終わらせたくない。そう思っていたのは彼だけではなかった。
「“達磨落とし”ィッ!!」
その瞬間、ギルガの両足は蹴り払われ、体勢を崩した。ギルガが振り返ると、そこには鋭い目をしたシェウトの姿があった。彼は最後の力を振り絞って攻撃を放ったのだ。
「……貴ぃぃ様ァァァァア゛ア゛ア゛ッッ!!!」
ギルガの左手からアランの拳が外れた。アランは溜め込まれた勢いを全て拳に込め、ギルガの胴体に捻じ込む。
「ハァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァッッッ!!!」
すると、ギルガの胴体が強い光を放ち、同時にひびを刻み始めた。世界一硬い石と言われるダイヤモンド。しかし、それにはいくつか弱点があった。1つは強い衝撃。硬度が高いためひっかき傷や摩擦には非常に強いが、その反面硬いもので叩かれた時の耐久度はあまり高くない。そして2つ目は熱だ。どんなに神秘的な輝きを放っても、主成分は炭素であるため、熱し続ければ燃え尽きる。そしてこの放たれた強い光は、ダイヤモンドを熱した時に起こる現象だ。だが、アランもギルガもそれを知らない。
「ばッ……馬鹿なァッ!!ぅぉぉぉおおおおおおァァァァッッ……この俺がァッ!!……最強である…この俺がァァァァァッッ———」
「……………………ぉぃ……アラン……」
隣で倒れるアランに、シェウトが声をかけた。
「……………何だ………?」
「……………………………やったな………」
シェウトは口角を上げ、アランに拳を伸ばした。
「…………………あぁ。」
アランも微笑んで拳を伸ばし、シェウトの拳に当てる。仰向けの2人の周りには、光を放って燃えるダイヤモンドの破片が散らばっていた。




