青い鳥の行方
「オルクスッ!!」
グレイスは手に握る槍をリュオンに突き出した。その槍は長く、先が枝分かれした形をしている。名はロンギヌス。神の子を突き刺したという伝説を残す罪深き神器だ。
「それにしても、そんな槍よく見つけたなぁ。どこにあったのか教えてくれないか?」
リュオンは後方に飛びながら、槍を軽々と避ける。グレイスは殺意に満ちた顔をしているが、対するリュオンは白い歯を見せていた。
「知る必要など無いだろうッ!!…父親を失い、弟も失い、悲しみと怒りに震えながらようやく見つけた私の希望ッ!!この槍でキサマを葬りさえすれば私は報われるッ!!」
「ほぉ、俺を殺すためだけに必死に探した…と。その執念は褒めてやりたいな。だが女に追われた経験は少なくてねぇ……お前への扱いは少々荒っぽくなるかもなっ。」
「まず喋れなくするよう舌を刺してやるッ!!」
グレイスはリュオンの頭部に何度もロンギヌスを伸ばした。しかし一撃も当たらない。彼は笑っている。
「……っ!どうしてっ………」
続けて左腕を刃に変え、斬撃と突きを交互に繰り出した。その刃はポイズングロリアスの尾だ。それでも彼には当たらない。
「どうしてッ!どうしてッ!!どうしてェッ!!」
さらに悪魔のような尾も尖らせてリュオンに突き出す。やはりどの攻撃も当たらない。ただ見えるのは、黄金のゾロマスクで目を隠す、笑みを浮かべた男の顔だ。
「どうしていつもこうなんだァッ!!うまくいった事なんて何一つ無いッ!!この世界は不平等だッ!!不公平だッ!!私以外ッ、みんな良い思いしてッ!!私だけ辛い思いしてッ!!」
グレイスは叫んだ。心の底からの叫びだ。憎しみと怒りと執念を込めた攻撃、それがどんなに強いものでも彼には届かない。必死さの割に合わない結果が、悔しくてたまらなかった。ただし、攻撃がかすりもしないのはグレイスの動きが鈍いからではない。彼女の動きは正確さも俊敏さも兼ね備えており、逃げ場など無いはずだ。例えるなら、狭い部屋の真ん中に立たされ、複数のガトリング砲に囲まれた状態である。当たらないわけがない。
「…ったく、しょうがないな。」
リュオンはため息を吐き、内ポケットに手を入れた。取り出したのは、3個のマガジンだ。彼はそれを地面に落とした。
「ハンデをくれてやる。弾倉には弾が7つ。そして魔法は使わない。…俺はこの銃に入った7つの弾だけで戦ってやろう。」
この戦闘の状況説明に戻る。グレイスの攻撃が当たらないのは、彼女が弱いからではない。リュオンが強すぎるのだ。
「——るな………ッ、ふざけるな゛ァ゛ッ!!」
彼の行動は、さらに彼女の怒りに火をつけた。槍と刃と尾の動きは更に加速する。そして、グレイスが槍を突き出した瞬間、リュオンは銃口を彼女に向け、大きな音とともに弾丸を放った。
「…っ!!」
弾丸は槍の先に当たり、火花を散らした。その衝撃は槍から右腕に伝わり、激痛となって襲いかかった。肩が脱臼したのだ。グレイスは歯を食いしばり、元の形に戻した左手で槍を握りなおす。
「あと6発っと……利き腕がオシャカになっちまったなぁ。もう片方の腕も使えなくなったら、いったいその槍はどこで掴むんだ?口か?胸か?…っと、それにはお前の胸は小さすぎるか。」
「ブッ殺゛してやるぞオルクスッ!!」
グレイスは垂れ下がった右腕を茨の束にして、鞭のように振り回した。リュオンは再び銃口を向ける。すると、茨の束は銃を握るリュオンの右腕に巻き付いた。
「ハハハァッ!!捕まえたぞッ!!オル——」
拘束されたのはグレイスも同様だった。目の前に見えた銃口に一瞬息が詰まる。そしてリュオンは引き金を引いた。
「………」
「………………」
弾丸はグレイスの頭ではなく、左腕に向かって飛んでいた。それに弾丸は左腕も槍も逸れ、地面を抉っていた。グレイスは肩を震わせてにやける。
「フッ…フハハッ……どこを狙っているんだ?せっかくのチャンスだったのに残念だったなぁ〜っ?…じゃあ、とっとと死——」
「あと5発。…いや、あと2発で十分だな。」
「なっ…!!」
リュオンはそう口にした途端、グレイスの右肩を撃ち抜いた。
「ぅぐッ!!ア゛ア゛ア゛アアァァッ!!」
茨の束は床に落ち、右腕を失った肩からは赤い血が噴き出た。リュオンは右腕に巻き付いた茨を解き、平然とした顔で後ろへ下がった。
「もう1つハンデを言うのを忘れていた。俺はお前の頭も胴も撃たない。…いや、これはハンデというよりエンターテイメントだな。死ぬまでのスリル無しにコロッと逝っちまったら面白くないだろう?」
「……ッ!!狙いが外れた言い訳だろうがァッ…!」
「本当にそう思うか?お前が言うオルクスというのは、世界が恐れた北ラスカンの有名な殺し屋の名だ。今頃どこで何をしているのやら……」
リュオンはそう口にすると、タバコを咥えて火をつけた。グレイスは召喚術で右肩の形を変え、傷を塞ぐ。
「今…どこで…何を……?ハッ、今ここで1人の女に殺されるところさっ……」
「い〜や?今頃、女の子と遊んでいるに違いない。そして、残った3つの弾を無駄撃ちし……」
リュオンは銃口を上に向け、引き金を3回引いた。そしてゆっくりとグレイスに銃口を向ける。
「…その後彼はこう言うだろう。……『A blue bird flew away.(幸せは消え去った) 』」
「話は終わりだァ!!くたばれ゛ェ゛ェ!!」
グレイスは悪魔のような翼を広げ、物凄い速さでリュオンに飛び掛かった。そして次の瞬間、決着はついた。
「………くッくッくッ………ハハハァァッ……!!」
グレイスは笑った。高い天井を見上げ、口を大きく開けて笑った。彼女の前に立つリュオンは銃を下ろし、タバコの煙を揺らして沈黙している。彼の握る銃に、もう弾は残っていない。最後の1発が撃ち抜いたのはグレイスの左手だった。あの瞬間、彼女の左手は弾け飛び、大量の血とロンギヌスを床に落とした。グレイスは不気味な笑みを浮かべて口を開く。
「もう終わりだなァ!オルクスッ!!私を甘く見た罰だァ!!それだけじゃないッ!!私の父や、今までキサマが殺した人たちからの報いだァ!!…ハンデだってぇ?自分の首を絞めただけじゃないかァ!!」
リュオンは黙ったままだった。グレイスの笑いと口は止まらない。
「魔法は使わない約束だもんなァッ!?んじゃぁもう戦えないなァ゛!!…もうこの両手じゃロンギヌスは握れないが、召喚術さえあれば十分だッ!!」
グレイスは左手を失った棒のような腕をリュオンに伸ばした。するとゾロマスクの男は煙を吐き、静かに話し始める。
「俺の銃はデザートイーグル。別名、砂漠の鷲。全長269mm、重量2053g、射程80m。」
「………何を——」
「口径12.7mm。純白のボディに黄金の茨を絡ませたオリジナルデザイン。マガジン内の装弾数7発、弾丸は50AE弾をモデルにしたルキス銀100%使用の特殊な代物だ。」
「何が言いたいッ!!」
「自分が扱うモノのことくらい自分で知っておけと言ってるんだ。」
リュオンは咥えていたタバコを床に落として踏み付けた。そして、彼に伸ばしていた腕が目に入った時、彼女は気付く。
「なっ……なんだッ!?……何が起こってるんだっ!?」
左手が無いのは分かっていたが、腕の先にあるはずの赤色が無い。それも、先ほどより腕が短くなっているように見える。足元を見ると、既に爪先は消えていた。慌てるグレイス、彼女を静かに見つめながらリュオンは話を続ける。
「神器ロンギヌス。神の子を刺したという伝説は有名だが、その槍にはもう1つ伝説がある。それは、神の子を刺した男がその槍を手放した時、男は姿を消した…というものだ。天界の神が神器を集める際、ロンギヌスを回収しなかったのはそれが理由だ。」
「そんなッ!!……だからかッ……だから、わざわざ弱点を狙わず、手だけを狙ったのかッ!!」
「あぁ。最初の1発で、お前の槍に対する知識を疑い、2発目でお前を試した瞬間、お前の知識量と必要な弾の数と末路が見えた。」
グレイスの腕や脚が徐々に消えていく。グレイスは恐怖した。自身の消滅を止めようと、床に落ちたロンギヌスに腕を伸ばすが、もう掴む手などない。その後すぐ尾を伸ばそうとしたが、彼女の魔力も既に消滅しており、尾どころか翼も右肩の変形も無くなっていた。
「いやだッ!!死にたくないッ!!まだッ!!まだアイツをッ!!オルクスを殺せていないッ!!」
「いや、もう終わりだ。ここからはハンデもルールも無い。……っと、お前はまだ子どもだからなぁ、最後に一応言っておこう。……歴史の勉強をしておくんだったな。グレイス・カーリー。」
「いやだァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」
するとリュオンは銃を懐に入れ、左腕を刃に変えた。その刃は黄金竜グランド・ドラドの尾だ。
「……正直、召喚術で体を変形させるのは気持ち悪くて嫌いなんだが……ある娘と同じやり方で殺してほしいと注文が入ったんでね。」
彼は悪魔のような尾を伸ばし、グレイスの首に巻き付けた。彼女は左腕の残った部分で必死に尾を解こうとするが、この長さではもう届かない。恐怖と絶望で全身の体液が流れ出た。呼吸は乱れ、歯がガタガタと震える。徐々に引き寄せられ、目の前にリュオンが見えた時は絶叫すらできなかった。そして———
「血塗られた血統よ、せめて死をもって償え。」
リュオンは左腕を横に振った。彼の足元にはグレイスの下半身が落ち、生々しい色の内臓や溢れ出る赤い血で、彼の立つ場を赤一色に染めた。その後彼は尾を離し、動かない上半身をゴミを捨てるように落とした。




