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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
196/206

勇者

 ハクヤを追うよう、レオ達は奥へと進んだ。その後見たのは、大きな洋館のエントランスのような場所だった。飾られた甲冑と悪魔を模った石像。頭上に吊るされた大きなシャンデリア。中心には上へと続く大階段。彼らはここが城の中であるというのを理解した。辺りには複数の扉があったが、彼らはそれらを無視して大階段を上った。ハクヤも魔王も、きっとこの先で待っている。


「………感じるか?」

「あぁ。まったく気分が悪ぃ。…メインディッシュの到着を今か今かと待ちわびる客みてぇな気配放ちやがって。」


 静かで薄暗い城の中で、シルバとリュオンの会話と7人の足音が響いた。階段を上り切り、彼らの前に現れたのは大きな扉。そこに立つ誰もが、その先の景色を想像した。そして、その後起こる戦いを。決して良いものではなかった。これまでに味わったことがないほどの緊張感は胸を裂きそうな鼓動となり、太い血管から指先の細かい方まで熱い血を走らせる。覚悟を決めて渦に飛び込んだつもりではあったが、ここで青ざめるとは思わなかった。シルバとリュオン以外の彼らは固唾を呑み、拳を強く握り締める。すると、レオはゆっくりと前に出て、扉に手を掛けた。


「………みんな………行くよっ………」


 彼は扉を強く押し込んだ。重い扉は音を立ててゆっくりと開き、奥から蒼い光が差し込む。そして彼らは、その場所へ足を踏み入れた。


「……来たか。」


 その声を聞いた瞬間に、彼らは武器を握った。部屋の奥に見えるのは、玉座に座る白い長髪の男ヴォルシス。彼から感じる覇気のようなものは、天界で対峙した時と変わらず凄まじいものだった。


「……ヴォルシス…………僕は…戦うのかっ………今から……あの人と………」


 レオがそう呟くと、シルバは平然とした顔でヴォルシスに問いかけた。


「魔王さんよぉ、ハクヤがどこにいるか知らないっすかねぇ?」

「まぁ待て。……世界の存亡、変革、(とき)の境界、それに相応しい場所を用意した。これからそこへ連れて行こう。そこで貴様の兄、ハクヤが待っている。ハクヤだけではない。貴様らとひかれ合う因縁の者どもがそこで待っている。」


 するとヴォルシスはゆっくりと立ち上がり、虚空から大鎌を取り出した。髑髏がついた不気味な大鎌だ。そして彼がその鎌の柄で床を叩いたその時、彼の足元から波紋が広がり、玉座の間を違う景色へと変えていった。複数の柱が立つ円形の広場だ。ハクヤと戦った場所とは比べものにならないほど広い。辺りを見回し、振り返ると遠くに扉が見えた。そしてヴォルシスが口を開く。


「その扉は外へ行く階段と繋がっている。だが、私の魔力が許さぬ限り開かぬ。……ここでひとつ忠告しておこう。四天王の内約1名、犬でも分かる『待て』も聞かずに飛び出す者が居るはずだ。気を付けろ。」


 彼がそう口にし、部屋の隅まで波紋が行き渡った途端、1つの素早い陰がリュオンを押し飛ばした。


「…っ。」


「リュオンさんっ!!」


 リュオンは金の茨が巻き付く白い銃で、瞬時に攻撃を受け止めていた。飛び散る火花、銃と交わる刃の先を辿ると、そこにはグレイスの姿があった。


「よぅ、見ないうちに大きくなったんじゃないか?胸と尻と態度がよぉ。」

「オルクスッ!!今日ここでキサマを殺すッ!!」


 するとリュオンは、咥えていたタバコをグレイスの顔目掛けて飛ばした。彼女はそれを避けるように刃に変化させた腕で彼を振り払い、距離をとった。


「そう死に急ぐこともないだろう?ところで、例のブツは手に入ったんだろうな?」

「当然だッ。運命がこれを手に取れと私に囁いたッ!死ぬのはキサマだオルクスッ!!」


 グレイスはそう口にすると、先が枝分かれした長い槍を彼に見せた。


「フッ、神の子を刺したとされる罪深き神器ロンギヌス。相手にとって不足無し。だが、果たしてそれを扱えるかな小娘?」

「オルクスッッ!!」




 そしてシルバは、遠くの柱の影に立つハクヤを見つけ、歩き出した。


「シルバっ!」


 そう口にしたのはマリスだった。振り返るシルバは優しい顔をしていた。


「どうした?」

「…………その……絶対、生きて帰って来て。……死んだら……許さないから……」

「………へっ、お前を置いて死ぬわけねぇだろ。もう泣かせねぇよ。」

「っ!…ばかっ!」


 マリスが顔を赤くしてそう言うと、シルバは笑って再び歩き始めた。するとその途端、マリスは物凄い速さで彼らとは別方向に飛んでいった。これは彼女の意思によるものではない。まるで体が磁石になったかのように引っ張られていく。


「マリスさんっ!!」


「なっ、なにっ!?……まさかっ……」


 彼女が目にしたのは、眼鏡を光らせる白衣の女、自分の母カイルだった。




「……リュオンさんも、シルバさんも、マリスさんも行っちまった……っとなると次は……」


 アランがそう言うと、柱の影から大男が現れた。左手の鉄塊、戦いの喜びを隠しきれない顔、ギルガだ。


「ヤツの弔いはぁ済ませたかぁ?」

「いや、まだだ。あの人が旅立つのに1人は寂しすぎる。黄泉での修行相手を、これから送り飛ばすつもりさ。弔いはその後だ。」


 シェウトはそう口にして、拳の関節を鳴らした。ギルガは笑っている。アランとシェウトの視線は鋭かった。


「もっと奥でやろうぜ?ド派手にやり合いたいからよぉ。」

「良いだろぉう。ただぁし、また俺を本気にさせる事がぁできなかったらぁ、お前らもぉあの男のようにぃ胴を割って殺してやるぅ。」


 その言葉を聞いて、2人はキドゥーの亡骸を思い出した。だが、その怒りは闘志に変わり、今すぐギルガと全力で戦いたいという思いが溢れていた。仇討ちとは別に、彼らの中に武闘家としての精神が熱く灯っていたのだ。その後彼らは、顔を合わせることなく奥へと歩いて行った。残ったのはレオとネネカ。ヴォルシスは遠くから2人を見つめる。


「……僕は……やっぱり、あの人と……」


 レオは剣を握り締めた。ここに来て、生きて帰れる自信が薄れてきた。それは恐らくアランもシェウトも同じだろう。もしかすると、シルバもマリスも同じ思いをしているかもしれない。だが、それよりも、自分の相手は魔王。これまで戦ってきたどんな相手よりも強い。勝てるだろうか。勝たなければ自分の世界に帰れない。しかし、勝てる気がしない。そもそも、あの魔王とどこまでやり合えば、いや、どこまで近づく事ができれば勝ちとなるのだろうか。滲み出る汗が気持ち悪い。


「さぁ、レオ・ディグランス・ストレンジャー。向かって来い。勇者の名を冠する者として相応しい行いを見せろ。」


 重く冷たい声だ。手が震える。彼が名を呼んだのは聞き間違いではなかっただろうか。その視線は他の誰かを見つめているのではないだろうか。自分の前に出て戦ってくれる人が現れるのではないか。答えは全てNo(ノー)だ。ここに立つのは剣を握るただの人間レオ。逃げ場など無かった。


「………れ…レオさん……」

「っ!」


 ネネカが彼の袖を掴んだ。彼女の手も震えていた。だが、その瞳に迷いなどなかった。


「一緒に……戦いましょう……私にできるのは……守ることくらいですが……」


 彼は忘れかけていた。共に生き抜いた仲間の存在を。そして彼はネネカの震える手を握り、口を開いた。


「……ありがとう。でも、僕が君を守る。絶対に死なせない。傷ひとつ付けさせるものかっ。」

「………では、お互いに…守り合う……ということで。」


 ネネカは微笑み、レオは頷く。そして2人は、ヴォルシスの方へと歩き出した。この時レオは、ようやく勇気ある者に、真の勇者となったのだ。

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