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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
195/206

生生世世

 シルバを囲む陰は、ハクヤ本体を合わせずとも10体以上は居る。そして、その陰の濃さはそれぞれ違い、中には目を凝らさないと見えないものも居る。それら全てはハクヤの形をしていた。


「“鏡花水月”。貴が霧の中に居た時、すでに貴はこの鏡花水月の陰に囲まれていた。」

「……なるほどね。刹那ノ斬で霧を払ったのは、俺を探すためじゃなく、この状況を見せたかったからってことか……。良いね、サプライズが上手い男はモテるぜ。」

「口ではなく感覚を働かせるのだなッ。」


 その途端、ハクヤと周囲の複数の陰が、一斉にシルバに飛び掛かった。


「“炎獅子乱舞”ッ!!」


 シルバは炎を纏った獅子を刀に宿し、舞い踊るように刀を振った。ハクヤと刃が交わると、勢いで彼を遠くへ弾き飛ばす。しかし、陰にはそうはいかなかった。


「っ!?」


 刃がすり抜けるのだ。全く手応えが無く、素振りをしているようだった。だが、陰は止まることなくシルバに刃を向ける。


「“狐火”ッ!!」


 彼は咄嗟に緑の炎の面を顔に当て、素早い動きで攻撃を回避した。


(鏡花水月……目には見えても、手に取ることはできない。だが陰からの攻撃は俺にダメージを与える。……反則だろッ。恐らく、解除するには満月であるハクヤ本体を叩かなければ……)


 10体以上の陰からの攻撃は止まない。だが、彼は俊敏な身のこなしで刃を次々と避け、ハクヤへと近づく。そして、ほんの数メートル前までに差し掛かった時、シルバは刀を強く握った。


「この距離ッ、もらったァ!!」

「甘いな。はっきり見える私が満月だとして、見落としているものがあるはずだ。シルバ。」

「なっ!?」


 その瞬間、シルバの右脚と横腹に斬撃が走った。刃は見えなかった。そして、その攻撃を放った者の姿も。


「新月、その姿は誰にも見えぬ。…誰にもな。」

「…しまったッ、脚が斬られて地面が蹴れねぇッ……!!」


 その時、ハクヤはシルバの左頬を右足で蹴り払った。シルバは横に飛ばされ、壁に体を叩きつける。その衝撃で壁は崩れ、塵が煙幕となってシルバを隠した。


「シルバさんッ!!」

「シルバぁぁぁぁっ!!」


 レオやマリスは叫んだ。だが煙幕からは何も返ってこない。ハクヤは複数立っていた陰を消し、刀を握ったままシルバの方へ近づいて行った。アランは拳を強く握り、怒りを噛み締める。


「分身だとッ……1対1なんだぞッ……卑怯だッ…!」

「いや、あれもハクヤの技だ。あいつも1人で正々堂々戦っている。」

「……でもよぉッ——」


 アランとシェウトが話しているその時だった。煙幕から物凄い勢いでシルバが飛び出し、ハクヤへと向かった。その手には刀が強く握られている。


「“乱れ桜花”ァ!!うぉぉぉぉぉぉァァッ!!」

「………」


 シルバは桜吹雪を纏った刀を何度もハクヤに振った。だが、ハクヤはその攻撃を軽々と刀で受け止める。飛び散る火花、鳴り響く刃の音。そして次の瞬間、2人の動きは止まった。


「………ッ!!がはァァッ……!!」

「……………」


 シルバの腹部を、ハクヤの刀が貫いたのだ。シルバは血を吐き、ハクヤはそれをただ冷たい目で見つめる。マリスは首を横に振った。


「………う……嘘………そんな………」

「シルバさぁぁぁぁぁぁんッ!!」


 するとハクヤは刀を捻るようにして刃の向きを変え、シルバの腹を横に切り裂いた。大量の血が噴き出る。


「………ッ!!」

「うわァァァァァ!!シルバさァァァァァんッッ!!」


 シルバの血に染まった体は静かに地に落ちた。冷たい床に、生暖かい真紅が広がっていく。信じられなかった。まさか、あのシルバが目の前で敗れるとは。


「シルバぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「くそォォォッ!!」


 だが、ここで飛び出したところで彼には敵わない。悔しかった。するとハクヤは倒れるシルバを見つめて小さく口を開いた。


「………貴は確かに、多くの信頼を得る器であった。……だが、守れなかった………か。」


 そう言ってハクヤは奥の扉へ歩き出し、静かに部屋を去った。その瞬間、レオ達は飛び込むようにシルバの元へ走る。


「シルバさんッ!!」

「シルバさんっ!しっかりしてくれェ!!」

「シルバぁ!シルバぁぁっ!!やだッ!死なないでッ!!」


 シルバの瞳から輝きが失われつつあった。マリスはシルバの血に染まった体にしがみ付き、泣き叫んだ。ネネカは急いで回復を試みる。だが…


「………どうして………傷が……塞がらない……」


「………っ、な……何が……起こったんだ………?」


 その声にレオ達は振り向いた。煙の方からだ。そこから歩いて来ていたのは、横腹と脚に傷を負ったシルバだった。


「……ど……どういうこと…………」

「………シルバさんが………2人………まさかッ!!」


 レオは倒れている方のシルバを見た。腰のあたりを見ると、狐の尻尾のようなものが9つ見えた。この九尾は間違いない。ココだ。


「ココっ!!これはシルバさんじゃないッ!!ココだッ!!」

「なッ…何ッ!?」


 すると、倒れているシルバの姿が少しずつ小さくなり、ココの姿に戻っていった。シルバはそれを見て、ココの方へ走り出す。


「ココッ!!」


 シルバは弱ったココを抱き抱えた。するとココは、苦しみではなく安心した表情を見せた。


「………よ…よか……った………シルバが……無事……で……」

「なんでこんな事ッ!!」


 だがあの時、ココが煙幕から飛び出さなければ、シルバは確実にハクヤに仕留められていた。それは彼自身、一番分かっていた。だがこの傷は何よりも重い。するとアランはネネカに叫んだ。


「ネネカっ!!回復魔法だっ!!早くココの怪我を治してやってくれっ!!」

「やってますッ!…でも……まるで効果が無くてっ…」

「当たり前だ。」


 そう口にしたのはリュオンだった。彼は続けて話す。


「ココは……魔物だ。人の回復魔法の効果は受けない。」

「……そんな………っ、じゃあ、薬草っ!回復アイテムならっ!」


 ネネカはポーチの中を必死に探した。アランも探した。レオもシェウトもマリスも。だが長い間、回復魔法に頼って戦っていたため、そんな物は1つも持っていなかった。ネネカの頬に涙が流れる。すると、再びココが掠れた声でシルバに口を開いた。


「………み……見たかっ………オイラ…の……変身………シルバ……そっくり……だった…ろ……」

「……あぁ………誰よりも似てた。今まで見た変身の中で、誰よりも……」

「………へへッ………伊達に……お前の隣……歩いて……ねぇ……から…………な………………………相棒……」


 シルバはそんなココを強く抱きしめた。ネネカは肩を落として泣いた。マリスも涙を堪えきれなかった。アランとシェウトは歯を食いしばり、レオはただ哀しい目でココを見つめていた。リュオンはタバコに火をつける。そして、シルバはココの垂れ下がった耳に口を近づけ、小さく口を開いた。


「ありがとな………ゆっくり休めよ……」


 その時、ココの体が優しい光に包まれ、少しずつ形を変えていった。細く、長くなっていく。


「………これは……」

「……この形………まさかッ!!」


 気付いた時には、シルバの胸にココの姿は無かった。だが、彼は違う何かを抱えていた。刀だ。マリスの開いた口は塞がらない。


「………嘘………ココが………刀に………」

「おいシルバ。その刀ちょっと抜いてみろ。刀の名が刻まれているはずだ。」


 リュオンは刀に指をさし、シルバにそう言った。シルバは刀を優しく握り、ゆっくりと鞘から抜く。そこに刻まれていた文字は——


「神々ノ乱………」

「間違いねぇ……神器だ。刀の神器だ。……だが、なんでこの火狐がこんな物を……」


 リュオンはその刀を前に戸惑っていた。だが、そんな謎はシルバにとってどうでも良かった。彼が感じていたのは、またココと一緒に旅ができる、またココと一緒に戦える。ただそれだけだった。そして彼は銀刄の横に神々ノ乱を差し、ゆっくりと立ち上がった。


「ココはまだ…俺のそばに居る。これから先、どんな時でも、ずっと一緒だ。……行こうぜ。この先で、きっと奴らが待ってる。」

「…はいっ。」

「…そうっすね。」

「はい。…行きましょう。」

「あぁ。」

「うんっ、行こうっ。」

「………フッ。」


 そして彼らは奥の扉を開き、先へと進んだ。

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