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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
194/206

骨肉相食

 光の階段を駆け上がり、闇の渦へと飛び込んだレオ達。しばらくの間、彼らの視界から光が失われた。そして、一瞬にして空気が冷たくなったのを感じた。この雰囲気、この圧力。頭に浮かぶのは、このダークネスの世界の王、魔王ヴォルシスを倒さなければ、後戻りも逃げ出すこともできないのだろうということだ。覚悟はできていた。何も見えない中、彼らは歩みを止めない。そしてついに、彼らの周りに光が灯った。


「……これはっ……」


 蒼い炎だ。壁に掛けられた複数の松明に、独りでに、それも手前から順番に蒼い炎が灯った。それらが照らしたのは、円形の広場だった。奥に扉がある。レオ達は階段を上り切り、広場に立った。


「なんだ……この部屋は……」

「この形……この広さ……。まるで、ここで誰かと戦うような……」


「そうだ。」


「「———っ!?」」


 レオとネネカの小さな声の後に、誰かが口を開いた。男の冷たい声だ。レオ達の中の数人は、その声に聞き覚えがあった。部屋の奥を見ると、1つの陰が見える。アランはそれを睨みつけた。


「……お前は…ッ!!」


「だが、戦うのは貴。…そう、銀刄シルバ。貴1人だ。」


 幽霊のように静かに揺れる白い衣、胴の大きな斬り傷、振り子のように揺れる右のこめかみの髪、尖った耳、十字に刻まれた顔の傷、帯に縛られた刀。銀刄ハクヤだ。シルバは前に出て口を開く。


「よぉ、会いたかったぜ?兄貴ぃ。」

「その胴の傷、よく生きていたものだな。」

「生憎シーズンだったのか、黄泉は予約がいっぱいだったんだ。」


 シルバの顔はいつものように余裕そうだった。対してハクヤは表情を変えない。レオ達は、まさかこんな所で彼が現れるとはという驚きで、指先までが止まった。すると、ほんの一瞬だけシルバは鋭い目をして背後のレオ達を見た。


「いいか…?何があっても絶対に手出しするなよ。」

「………わ…分かってます……あの男の恐ろしさは……十分に理解できているつもりです。」


 レオはそう口にした後、歯を食いしばって拳を強く握った。彼は分かっていた。ここでシルバに手を貸そうと、敵は銀刄流奥義の使い手。敵うはずがない。銀刄流奥義には銀刄流奥義、つまり奴に対抗できるのはこの世界でたった1人、シルバしかいないのだ。


「し……シルバっ!」


 マリスのその声で、シルバは歩みを止めて振り返った。彼女はシルバの目を見て口を開く。


「……胸の傷が開かないよう……無理は…しないで……。」

「………まぁ、なるべく…な。相手が相手だから……正直どうなるか分かんねぇ。……心配すんなよっ、ここで負けてたまるかってんだ。」


 シルバはそう言って、マリスに微笑んだ。マリスはそんな彼の顔に、いつも勇気をもらっていた。今もそうだ。彼はいつも、目に映る世界を明るく照らしてくれるのだ。マリスは彼に頷いた。シルバも彼女に頷く。そして彼は、再びハクヤと向かい合った。


「よし。………んじゃ、手合わせ願うぜ?」

「抜け。もう一度、貴が世を背負うに相応しい器を持つか、試してやる。」


 ハクヤは刀に手を掛けた。シルバも呼吸を整え、目を閉じてゆっくりと刀に手を掛けた。


「………………っと見せかけて“千輪菊”ッ!!」


 シルバが背に掛けていた弓、神々ノ殲から放たれた矢は無数の光となってハクヤの方へ飛び、爆発音と共に色とりどりの菊の花火となって咲き乱れた。


「……!!」


 ハクヤは火花を切り捨て、高く跳んだ。そして、彼はすでに人差し指と中指で円を描いており、5つの火を揺らしていた。


「“ 五芒星魂(ごぼうせいこん)”。」


 続けて円の中で星を描くと同時に、火の玉を次々とシルバに放った。


「“狐火”ぃ!!」

「“狐火”。」


 2人は同時に緑の炎の面を顔に当て、目にも止まらぬ速さで飛び込んだ。シルバはハクヤの放った5つの火の玉を軽々と避け、ハクヤは壁を蹴ってシルバに一直線。そして、刀と刀が大きな音と火花を起こして交わった。


「分かっているだろうがシルバ、どちらかが散るまで互いに退いてはならぬッ。」

「上等ッ!!“乱れ桜花”!!」

「“流れ柳木”ッ。」


 シルバの握る銀刄は咲き乱れる桜吹雪を纏い、ハクヤの握る月光は川のように流れる柳の葉を纏って、互いに刃を何度も打ち付けあった。


「ッ!!ッ!!ッア!!」

「ッ!!ッ!!フッ!!」


 刃が交わるたび、飛び散るのは火花ではなく桜の花と柳の葉。だが、それは美しいだけでなく、荒々しく激しい。隙のない攻撃に力を込め、無駄のない動きと呼吸を絶やさない。時に刃を稲妻のように走らせ、時に敵の刃を水のように受け流す。全身を燃え上がる闘志の炎で動かし、風のように技をすり抜ける。そして常に草木のような落ち着きを保ち、山のような構えで技を受け止める。視線は冷たい氷のように、刃は身に通せば毒のように。だがそれらは常に無常。水は力を増せば岩をも砕き、火は癒しとなる。それこそ、銀刄家の流派であり、銀刄流奥義なのである。だが、この奥義を語るには、これだけでは不十分。確実に言える事があるのだとすれば、もはや誰も彼らを止めることはできないという事だ。


「“炎獅子乱舞”っ!!」

「っ…」


 シルバが握る刀に炎を纏った獅子が宿り、それが刃とともに荒々しく暴れる。柳の葉は燃え上がり、ハクヤは刃を強く弾かれた。重い振動と負荷が、刀を握る左腕に伝わる。ハクヤは咄嗟に右手をシルバに向けた。


「“烈風斬(れっぷうざん)-鎌鼬(かまいたち)-”」

「っあ!?」


 無数の風の刃が放たれ、シルバはそれを刀で弾こうと試みた。だが、斬り掛かってくるのは全て風。刀1本の動きでは、とても間に合わない。シルバの刀をすり抜けた風が、頬や腕、脚に切り傷を刻んでいく。だがシルバは引き下がらなかった。この状況で彼が手にしたのは、神々ノ舞の名をもつ扇だった。


「“剣扇舞-雨霧-”。」


 扇が揺れるたび、シルバを白い霧で包み込んでいった。これによって、小さな水の粒が何層もの壁となり、ハクヤが放つ風の刃を防いだ。また、霧は次第に大きくなり、シルバの正確な位置が分からなくなっていた。


「………」


 敵の位置が分からなければ当然、攻撃を与えるのが困難であり、いつどこから攻撃が来るか分からない。完全に相手のペースに乗せられる状況だ。それにもし、霧の中にいるシルバがハクヤの位置を認識できているとしたら、攻撃に対応するために一瞬の隙も許されない。だが、彼は違った。落ち着いて納刀し、ゆっくりと息を吐きながら、鞘を握った手の親指で鍔を持ち上げる。


「“ 刹那ノ斬”。」


 親指を離し、刀が鞘に入った瞬間、目の前の霧が真っ二つに斬れた。だが、血飛沫も上がらなければ、シルバの姿も無い。彼は消えた。


「…………陽炎で姿を消したか。」


 ハクヤは左右に目をやった。だが彼はいない。そして素早く後ろを向いた。いない。


「……と、なれば………上ッ!!」

「“電光雷轟”ォッ!!」


 雷を纏った刀を握るシルバが、ハクヤの頭上目掛けて落ちてきていた。その勢い、音、姿はまさに落雷。あまりに一瞬であったため、ハクヤは咄嗟に刀を抜き、受け止めることしかできなかった。


「っ!!」


 刀が交わると、ハクヤの体に電流が走った。そしてシルバは、ハクヤの顎を蹴り上げ、空中で一回転した後に着地した。


「っと。1対1だからって、視野が狭くなってんじゃねぇの?兄貴ぃ。」

「…………………それは貴だ。シルバ。」

「なにっ?」


 そしてシルバは気が付いた。自身を囲む、冷たくて静かな気配に。それも複数居る。


「月にはいくつか表情がある。二日月、三日月、上弦の月、十三夜月、小望月こもちづき、満月、十六夜月いざよいづき立待月たちまちづき居待月いまちづき寝待月ねまちづき更待月ふけまちづき、下弦の月、有明月ありあけづき、三十日月、新月。」

「……なるほど?……つまりこういうこった。……シルバくん大ピ〜ンチ……」

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