骨肉相食
光の階段を駆け上がり、闇の渦へと飛び込んだレオ達。しばらくの間、彼らの視界から光が失われた。そして、一瞬にして空気が冷たくなったのを感じた。この雰囲気、この圧力。頭に浮かぶのは、このダークネスの世界の王、魔王ヴォルシスを倒さなければ、後戻りも逃げ出すこともできないのだろうということだ。覚悟はできていた。何も見えない中、彼らは歩みを止めない。そしてついに、彼らの周りに光が灯った。
「……これはっ……」
蒼い炎だ。壁に掛けられた複数の松明に、独りでに、それも手前から順番に蒼い炎が灯った。それらが照らしたのは、円形の広場だった。奥に扉がある。レオ達は階段を上り切り、広場に立った。
「なんだ……この部屋は……」
「この形……この広さ……。まるで、ここで誰かと戦うような……」
「そうだ。」
「「———っ!?」」
レオとネネカの小さな声の後に、誰かが口を開いた。男の冷たい声だ。レオ達の中の数人は、その声に聞き覚えがあった。部屋の奥を見ると、1つの陰が見える。アランはそれを睨みつけた。
「……お前は…ッ!!」
「だが、戦うのは貴。…そう、銀刄シルバ。貴1人だ。」
幽霊のように静かに揺れる白い衣、胴の大きな斬り傷、振り子のように揺れる右のこめかみの髪、尖った耳、十字に刻まれた顔の傷、帯に縛られた刀。銀刄ハクヤだ。シルバは前に出て口を開く。
「よぉ、会いたかったぜ?兄貴ぃ。」
「その胴の傷、よく生きていたものだな。」
「生憎シーズンだったのか、黄泉は予約がいっぱいだったんだ。」
シルバの顔はいつものように余裕そうだった。対してハクヤは表情を変えない。レオ達は、まさかこんな所で彼が現れるとはという驚きで、指先までが止まった。すると、ほんの一瞬だけシルバは鋭い目をして背後のレオ達を見た。
「いいか…?何があっても絶対に手出しするなよ。」
「………わ…分かってます……あの男の恐ろしさは……十分に理解できているつもりです。」
レオはそう口にした後、歯を食いしばって拳を強く握った。彼は分かっていた。ここでシルバに手を貸そうと、敵は銀刄流奥義の使い手。敵うはずがない。銀刄流奥義には銀刄流奥義、つまり奴に対抗できるのはこの世界でたった1人、シルバしかいないのだ。
「し……シルバっ!」
マリスのその声で、シルバは歩みを止めて振り返った。彼女はシルバの目を見て口を開く。
「……胸の傷が開かないよう……無理は…しないで……。」
「………まぁ、なるべく…な。相手が相手だから……正直どうなるか分かんねぇ。……心配すんなよっ、ここで負けてたまるかってんだ。」
シルバはそう言って、マリスに微笑んだ。マリスはそんな彼の顔に、いつも勇気をもらっていた。今もそうだ。彼はいつも、目に映る世界を明るく照らしてくれるのだ。マリスは彼に頷いた。シルバも彼女に頷く。そして彼は、再びハクヤと向かい合った。
「よし。………んじゃ、手合わせ願うぜ?」
「抜け。もう一度、貴が世を背負うに相応しい器を持つか、試してやる。」
ハクヤは刀に手を掛けた。シルバも呼吸を整え、目を閉じてゆっくりと刀に手を掛けた。
「………………っと見せかけて“千輪菊”ッ!!」
シルバが背に掛けていた弓、神々ノ殲から放たれた矢は無数の光となってハクヤの方へ飛び、爆発音と共に色とりどりの菊の花火となって咲き乱れた。
「……!!」
ハクヤは火花を切り捨て、高く跳んだ。そして、彼はすでに人差し指と中指で円を描いており、5つの火を揺らしていた。
「“ 五芒星魂”。」
続けて円の中で星を描くと同時に、火の玉を次々とシルバに放った。
「“狐火”ぃ!!」
「“狐火”。」
2人は同時に緑の炎の面を顔に当て、目にも止まらぬ速さで飛び込んだ。シルバはハクヤの放った5つの火の玉を軽々と避け、ハクヤは壁を蹴ってシルバに一直線。そして、刀と刀が大きな音と火花を起こして交わった。
「分かっているだろうがシルバ、どちらかが散るまで互いに退いてはならぬッ。」
「上等ッ!!“乱れ桜花”!!」
「“流れ柳木”ッ。」
シルバの握る銀刄は咲き乱れる桜吹雪を纏い、ハクヤの握る月光は川のように流れる柳の葉を纏って、互いに刃を何度も打ち付けあった。
「ッ!!ッ!!ッア!!」
「ッ!!ッ!!フッ!!」
刃が交わるたび、飛び散るのは火花ではなく桜の花と柳の葉。だが、それは美しいだけでなく、荒々しく激しい。隙のない攻撃に力を込め、無駄のない動きと呼吸を絶やさない。時に刃を稲妻のように走らせ、時に敵の刃を水のように受け流す。全身を燃え上がる闘志の炎で動かし、風のように技をすり抜ける。そして常に草木のような落ち着きを保ち、山のような構えで技を受け止める。視線は冷たい氷のように、刃は身に通せば毒のように。だがそれらは常に無常。水は力を増せば岩をも砕き、火は癒しとなる。それこそ、銀刄家の流派であり、銀刄流奥義なのである。だが、この奥義を語るには、これだけでは不十分。確実に言える事があるのだとすれば、もはや誰も彼らを止めることはできないという事だ。
「“炎獅子乱舞”っ!!」
「っ…」
シルバが握る刀に炎を纏った獅子が宿り、それが刃とともに荒々しく暴れる。柳の葉は燃え上がり、ハクヤは刃を強く弾かれた。重い振動と負荷が、刀を握る左腕に伝わる。ハクヤは咄嗟に右手をシルバに向けた。
「“烈風斬-鎌鼬-”」
「っあ!?」
無数の風の刃が放たれ、シルバはそれを刀で弾こうと試みた。だが、斬り掛かってくるのは全て風。刀1本の動きでは、とても間に合わない。シルバの刀をすり抜けた風が、頬や腕、脚に切り傷を刻んでいく。だがシルバは引き下がらなかった。この状況で彼が手にしたのは、神々ノ舞の名をもつ扇だった。
「“剣扇舞-雨霧-”。」
扇が揺れるたび、シルバを白い霧で包み込んでいった。これによって、小さな水の粒が何層もの壁となり、ハクヤが放つ風の刃を防いだ。また、霧は次第に大きくなり、シルバの正確な位置が分からなくなっていた。
「………」
敵の位置が分からなければ当然、攻撃を与えるのが困難であり、いつどこから攻撃が来るか分からない。完全に相手のペースに乗せられる状況だ。それにもし、霧の中にいるシルバがハクヤの位置を認識できているとしたら、攻撃に対応するために一瞬の隙も許されない。だが、彼は違った。落ち着いて納刀し、ゆっくりと息を吐きながら、鞘を握った手の親指で鍔を持ち上げる。
「“ 刹那ノ斬”。」
親指を離し、刀が鞘に入った瞬間、目の前の霧が真っ二つに斬れた。だが、血飛沫も上がらなければ、シルバの姿も無い。彼は消えた。
「…………陽炎で姿を消したか。」
ハクヤは左右に目をやった。だが彼はいない。そして素早く後ろを向いた。いない。
「……と、なれば………上ッ!!」
「“電光雷轟”ォッ!!」
雷を纏った刀を握るシルバが、ハクヤの頭上目掛けて落ちてきていた。その勢い、音、姿はまさに落雷。あまりに一瞬であったため、ハクヤは咄嗟に刀を抜き、受け止めることしかできなかった。
「っ!!」
刀が交わると、ハクヤの体に電流が走った。そしてシルバは、ハクヤの顎を蹴り上げ、空中で一回転した後に着地した。
「っと。1対1だからって、視野が狭くなってんじゃねぇの?兄貴ぃ。」
「…………………それは貴だ。シルバ。」
「なにっ?」
そしてシルバは気が付いた。自身を囲む、冷たくて静かな気配に。それも複数居る。
「月にはいくつか表情がある。二日月、三日月、上弦の月、十三夜月、小望月、満月、十六夜月、立待月、居待月、寝待月、更待月、下弦の月、有明月、三十日月、新月。」
「……なるほど?……つまりこういうこった。……シルバくん大ピ〜ンチ……」




