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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
192/206

猛き絆の拳

 キドゥーの鋭い目を見て、ギルガは歯茎を見せて笑った。そして、黒髪の彼を目にしたシェウトの口から、小さな声がこぼれ落ちる。


「……し…師匠っ……来てくれたんですね。」

「…師匠……って、どういうことだっ……!?」


 アランは混乱した。そして思い出した。キドゥーが以前言っていた、彼に修行を申し込んだ人物の事を。するとキドゥーは、体が麻痺して倒れている2人を見て口を開いた。


「シェウト、アラン。遅れてしまってすまない。森皇獣様からのお告げがあって駆けつけたわけだが、ここは俺に任せてほしい。」

「キドゥーさんっ…以前言ってた弟子って、シェウトの事だったんすね……すんませんッ…俺、稽古の誘いも結局受けずに……」


 アランはキドゥーから少し目を逸らし、そう口にした。すると彼はアランに一瞬だけ微笑み、再び真剣な眼差しを見せた。


「気にするなアラン。技は見るだけでも得られる。その目で俺の戦いを見ていてほしい。」


 そして、彼は構えた。対するギルガも、首の骨を鳴らした後にゆっくりと構えた。彼らから伝わる気迫は息を呑むほどだ。


「ギルガよ、俺とお前は共に鍛え合い、共に高め合った仲だった。忘れてはいないだろう、あの日々を。」

「過去などぉ、どうでもいいわァ!今ぁここに立つのはぁ、最強の武闘家の名をぉ冠するギルガという男とぉ、それにぃ挑むキドゥーという男のみィ!!」

「……やはり力に呑まれたかっ。…分かった。では約束しよう。この俺が、必ずやお前を止めてみせるッ!」

「ならばぁ全身全霊をもって掛かって来いァ!!俺をぉ本気にさせてみろォォッ!!」


 2人は同時に飛び出した。ギルガは太く重い右腕を引き、キドゥーはそれを目で捉える。


「“サンダーボルトストライク”ッ!!」


 ギルガが一瞬にして放った右の拳は、落雷のような爆発音を響かせた。しかし、その先にキドゥーの姿は無い。キドゥーは雷を纏った拳を体勢を低くして回避したのだ。そしてギルガの横を通り過ぎた後、地面に両手をついて、両脚をギルガの首に伸ばしながら跳んだ。


「強さを語るのは攻撃力だけではないッ!ハァッ!!」

「っ!?」


 キドゥーは両脚でギルガの首を挟み、余った勢いを利用して空中で回転した後、地面にギルガの顔面を叩きつけた。


「立て。俺を見ろ。俺と戦え。」


 キドゥーの目は冷たかった。そして、その声を聞いたギルガはゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。血が一滴も出ていないどころか、傷一つ見えない。そして笑っている。


「嬉しいぜぇ……その動きぃ、そのぉ気迫…そして最高にぃキレてやがる。……だがぁ、まだ足りん。俺の本気にはぁ程遠い…」

「当然だ。そうでなければ困る。…来いッ!!」


 するとギルガは、その巨大な体からは想像できない程の勢いでキドゥーに飛び掛かり、両腕を交互に放った。


「”シコーチカポエイラ“ッ!!」


 キドゥーは地面に手をつき、両脚を鞭のように振り回して、ギルガの重い拳を次々と跳ね返した。


「ハハハハァッ!!”金の拳“ぃ!!」


 ギルガの右腕は金色に染まり、放たれる拳はさらに重くなった。しかし、キドゥーの表情は変わらない。


「”竜尾蹴り“ッ!」

「フンッ!!」


 キドゥーが横に振った右脚を、ギルガは左腕のパワードアームで受け止めた。その一瞬の隙を見て、キドゥーは左脚に風を集める。


「”疾風蹴り“ぃッ!!」

「ぅおっ!?」


 竜巻を纏った左脚が、ギルガの胸に捻じ込まれた。その一撃は彼に大打撃を与えたように見えた。だが——


「ぅ……がッ……!!」


 キドゥーの腹に、ギルガの蹴りが入っていたのだ。するとギルガは、キドゥーの尻尾を掴み、頭上で大きく振り回し始めた。


「そらそらそらァァ!!」


 そしてギルガは腕を振り下ろし、キドゥーを地面に叩きつけようとした。体と地面が触れる直前、キドゥーは勢いよく地面を蹴り、ギルガの腹部目掛けて頭突きした。


「ぅごォッ!!」

「”ムーン・サルト“っ!」


 キドゥーは宙返りと同時にギルガの顎を蹴り上げる。またしてもギルガが怯んだ。


「ギルガよ、言ったはずだ。俺はお前を止めると。俺は本気だ。だからお前も本気で来い、ギルガッ。」

「……ヘッ、そうかぃ。」


 ギルガの口から、一筋の赤い雫が流れ落ちた。そして彼はキドゥーの真っ直ぐな視線を見つめて口を開く。


「1つ聞きたい。確かにぃ以前のお前とはぁ、動きもパワーも違う……一体ぃ何がお前をぉ強くさせたぁ……」

「………お前への思い。それだけだ。」

「何ぃ?」

「もし忘れたというのなら聞き流してくれて構わない。あの日、お前は武闘大会で優勝を手にした。俺も喜んだよ。共に高め合った仲だったからな。」


 すると、キドゥーが拳を強く握り締めた。


「だがっ……その後現れた魔王にお前は敗れ…左腕を失い…同時に武闘家としての誇りまでも失った。今のお前に残ったのはただ力のみ。……俺はあの日の事を悔いている。恐らく、これから先永遠にだ。俺に力があれば……お前を……友を失う事など無かった。」


 ギルガは黙って彼の言葉に耳を傾けている。するとキドゥーは、一歩前に出てギルガに問いかけた。


「聞かせてくれギルガっ!お前は俺を恨んでいるか…?お前を守れなかった……弱かった俺をッ……恨んでいるかッ………?」

「そこにぃ恨みなどぉ…あるものかぁ。」

「っ!?」


 キドゥーは目を大きく開いた。ギルガは続けて口を開く。


「あの日ぃ、俺が魔王にぃ敗れたのはぁ、紛れもなく俺のぉ力不足が原因だぁ。……弱かったお前をだとぉ?……二度言わすなァ。過去などぉ、どうでもいい。今ぁここに立つのはぁ、最強の武闘家の名をぉ冠するギルガという男とぉ、それにぃ挑むキドゥーという男のみぃ。それだけだぁ。」


 その言葉を聞いたキドゥーの胸に、ある感情が満ちた。この感情は何だ。あの日から抱え続けた後悔と罪悪感、それら全てはギルガにとって何事もなくどうでもいい過去(・・)に過ぎなかったのだ。この感情、これは解放からの喜びだ。


「どうしたぁキドゥー。止めるんだろぉ?俺をぉ。」

「…………………あぁ……………そうだ。大切な事を忘れていたよ。俺たちに言葉なんていらない……互いの拳さえあれば……俺たちに言葉なんていらない……」


 キドゥーはそう呟いて構えた。彼の口角は上を向いている。ギルガも笑っていた。そんな2人の姿を見てアランとシェウトが感じ取ったのは、強者の気迫とは程遠い、ただ強さを求めた青春だった。彼らは拳で繋がっている。絶対に引き裂くことができない強い絆が、彼らにはあったのだ。


「ギルガよ……思えば俺は、お前に勝ったことが無かったな。数々の鍛錬の中で、お前はいつも俺を超えていった。……だからせめて、この場でお前の力を止め、お前を超えてみせるッ!!」

「来いァ゛ァ!!」


 キドゥーはその言葉、その志と共にギルガに飛び掛かった。


「“槍脚連撃”ッ!!」


 キドゥーが次々と放つ足の突きが、ギルガが向けるパワードアームに火花を散らす。するとギルガは右腕に雷を纏わせ、キドゥーの顔面目掛けて拳を放った。


「“サンダーボルトストライク”ッ!!見ろォッ!!これがァ俺のォ本気だァァァッ!!」


 その時、キドゥーの顔の前で爆発が起こり、黒煙が立った。ギルガには手応えがあった。攻撃を止めて地についたキドゥーの足、足元に落ちる大量の焦げた血。だが、黒煙の先にはまだ強者の気迫がある。そして黒煙が晴れると、ギルガは目に映った光景に衝撃を受けた。


「ッ!!……お前ぇ……そこまでしてッ……」


 ギルガの拳の先にあったのは、キドゥーの焦げた手首。そこに彼の左手は無かった。キドゥーはギルガの渾身の一撃を左手で受け止め、爆発で左手を失ってもなお、腕の先で彼の拳を受け止めていたのだ。


「師匠ッッ!!」

「キドゥーさァァんッ!!」


 シェウトとアランは叫んだ。キドゥーの全身には電気が走っている。だが彼は静かに笑っていた。


「………やはり…重いな……お前の拳は……ッ………ぅぅ…ぉぉぉぉおおおお゛お゛お゛お゛ッ!!」


 キドゥーは麻痺した体を無理矢理動かそうとし、力を振り絞って地面を蹴った。


「この技にぃ……全てをぉッ……“スレイ・ファング”ッ!!」


 キドゥーは鋭い牙を剥き、ギルガの首に噛みつこうとした。しかし、麻痺した体は重く、鈍かった。ギルガは一瞬でキドゥーの背後に回り、両腕を掴んだ。


「ッ!!」

「キドゥー、お前はぁよく頑張ったぁ。お前はぁ…良いライバルだったぁ。だからせめてェ……この俺の一撃でェ……散れェェェッ!!」


 一瞬、この世界から音が消えた。たった1秒が長かった。だが、アランとシェウトは叫んだ。


「やめろォ゛ォ゛ォォォォォォォォォォォッ!!」

「ギルガぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ギルガが突き出した膝がキドゥーの背にめり込み、その衝撃でキドゥーの胴体は肋骨を剥き出しにして裂けた。噴き出す大量の血と、溢れ出る内臓。それらが残酷な音を立てて地面に落ち、赤く染め上げる。キドゥーは動かなくなった。その時のギルガの目を、2人は忘れる事はないだろう。哀しい目をしていた。


「ギルガぁ゛ぁ゛ッ!!テメェ゛ェ゛!!」


 その時、アランの体の麻痺が治った。アランは感情のまま飛び出し、ギルガに拳を向けた。しかし、そんな彼をギルガはパワードアームで軽々と払い飛ばし、小さく口を開いた。


「………忘れはぁせん。お前はぁ永遠にぃ、俺の中で眠る……“モーメント”ぉ。」


 一瞬にしてギルガはその場から消えた。その後すぐに麻痺が治ったシェウトは、仰向けに倒れる弱ったキドゥーの元に走った。


「師匠っ!!しっかりしてくださいっ!!師匠っ!!」


 シェウトはキドゥーの右手を強く握り締めた。


「…………ぁ………ぁ…ぁ………」

「…師匠………ッ!!師匠っ!!…すぐに手当てをッ!!」

「…無駄……だ…………こんな傷………塞がるわけ……」

「駄目です師匠ッ!!生きるんですッ!!……でないとっ……」


 シェウトは握った手を額に当て、涙を流した。そんな彼に、キドゥーは優しく微笑む。


「……良い……勝負……だった…ぁ………シェウ…ト………戦いには……勝ちと…負け……が……ある…………とうとう……俺は………ギルガに……一度も勝て…なかった………」

「……そんなの……あんまりですッ……負けたから死ぬなんてッ……そんなのッあんまりだァッ!!」


 悔しかった。自分は師匠を守ることができなかった。それはなぜか。弱かったからだ。自分に腹が立つ。師匠に勝ったギルガに腹が立つ。負けを認めて満足そうに微笑む師匠に腹が立つ。そこに、アランが歩み寄った。


「……キドゥーさん……」

「………アラン………シェウト…………見たか……これがっ………俺の………たた……か……ぃ……だ………」


 キドゥーはそう口にすると、ゆっくりと目を閉じ、シェウトの手から、右腕を落とした。

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