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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
188/206

——カレンより

「…………カレン………」


 耳に入った死人の声と、遠くに見えた魔物の顔でレオは全てを思い出した。


「お……おい、どうしたボウズ………しっかりしろっ!」


 船長はそう言って、膝から崩れ落ちたレオを立ち上がらせた。全身を震わせた彼は完全に力が抜けていた。それもそのはず、救うことのできなかった人の名を今になって思い出し、その人が今、魔物として彼の前に現れたのだ。


「おい!ボウズ!!なにボーっとしてんだぁ!!」

「船長っ!!攻撃来ますッ!!」


 その時、前方の海面から巨大な触手が現れ、彼らが乗る船に覆い被さるように倒れてきた。船長は横に立つレオを片腕で担いで、必死に走る。彼の行動によりレオは無傷で済んだが、船体を強く叩きつけた触手は木片を撒き散らし、船に損傷を与えた。しかし、敵の攻撃はそれだけでは終わらなかった。巨大な触手は、3本の帆柱のうち最も背の高い帆柱に巻き付き、軋む音を響かせたのだ。


「お前ら何やってるッ!!早く大砲を撃てぇッ!!」


 船長の声の後に、3つの砲門から砲弾が放たれた。弾は触手の肉を抉り、肉片を撒き散らす。しかし、触手はまだ帆柱に巻き付いたままだ。乗組員は急いで次の砲弾を装填する。その時だった。


「…っ!!お前らァ!!装填はいい!!大砲を捨てて逃げろォォォッ!!」


 船長は下の砲門に向かって叫んだ。彼が目にしたのは、帆柱に巻き付いているのとは別の触手の接近だ。その触手は徐々に船体に近づき、敵側の砲門を全て薙ぎ払った。嵐で荒れ狂う海に、木片と複数の大砲と数人の乗組員が落とされ、波に呑まれた。


「船長ぉ!!船がぁっ…みんながぁっ!!」

「うるせぇ!!それ以上喋ってみろ!!テメェも海に放り投げてやるッ!!俺は覚悟決めた男しかこの船に乗せてねぇはずだ!!」


 船長は1人の乗組員に怒鳴り、その後乗組員全員に口を開いた。


「180度回頭ッ、反対の砲門全て開け!!手が空いたヤツらは装填準備に向かえッ!!すぐにだ!!」

「し、しかし船長ッ!!今船を動かせば、帆柱がッ!!」

「1本でも2本でもくれてやるッ!!…そんなもん無くても、俺の船は根性で動くッ!!」


 すると、操舵手は強く目を閉じて舵を切った。帆柱がメキメキと音を立てる。そして力強く巻き付いた触手が遂に帆柱を折ると、持ち去るように海面へと沈んだ。同時に船は回頭速度を上げ、反対側の砲門を遠くに浮かぶ魔物に向けた。


「お前らッ!!この大砲が全部シャカになったら、船ごとヤツに突っ込むからなッ!!ヤツと沈みたくなけりゃ、よぉく狙えッ!!」




“…く…ん…………レオ……君………………見て……私………カレン…………だよ………”




「——っ!?………カレンっ…」


 レオは正気を取り戻し、自分の足で立った。嵐の向こうに見える魔物の顔はやはりカレンだ。


「………カレン…………僕はっ………僕は君をッ……」




“……良いの……レオ君………そばに居てくれるだけでいいの………それだけで私……安心………できるから………”




「……許さないでくれッ…!!………頼むから僕をッ……一生恨んでくれッ……!!」




“……来て…………こんな体になっちゃったけど………私、今でもしっかり……レオ君が分かるよ…………ほら……来て……”




「………か………カレン…………」


 頬が濡れる。これは雨ではない。涙だ。レオは彼女の声に泣いた。そして、一歩ずつ床を踏み締め、彼女に近づこうとした。しかしそれは、船から身を乗り出すという行為である。それを見た船長は彼に叫んだ。


「ボウズッ!!死ぬ気かァッ!?」


「……カレン……君に………話したいことが…………今……行くから………」


「ボウズッッ!!」


 その時、遠くに見える魔物の腹部を、巨大な光束が貫いた。元を辿って見ると、そこには光の壁で守られた海賊船が浮かんでいた。光束を放ったのはアランだ。彼ら3人は、船内に残っていたゾンビを全て討伐したのだ。アランは煙が立つ重いパワードアームをゆっくりと下ろし、魔物に口を開く。


「………さっきから聞いてりゃ……レオ君レオ君って………俺たち殺す気満々のクセに何ぬかしてやがるッ!!」


 そしてアランは魔物に指をさし、睨みつけた。


「少々気の毒だが、これだけは言っといてやるッ!!レオにはすでに先客が居るんだッ!!…クナシア・ネネカっていう女がなぁッ!!」

「っ!?…アランさんっ!?」

「ヒュ〜……何だか分んねぇけど、青春だねぇ。」


 死人の声が聞こえないネネカとシルバにとって、彼が放った言葉はあまりに突然だった。特にネネカには衝撃が強く、その一瞬の油断で船を囲む防御壁が消えてしまった。


「っ!しまったっ!」




“………知ってるわよ……………でも………それでもっ…………私のこの気持ちはっ……誰が何と言おうと本物なのッ!!”




「まずいッ!!ネネカっ、早く防御壁をッ!!」

「ごめんなさいっ!間に合いませんっ!!」


 巨大な触手が、彼らが乗る船目掛けて、覆い被さるように襲い掛かった。


「“狐火”ッ!!“乱れ桜花”ッ!!」


 床を強く蹴ったシルバは緑炎の面を顔に付け、握った刀の素早い斬撃と同時に桜吹雪を撒き散らした。触手は徐々に斬り刻まれていく。しかし、後方からも巨大な触手が襲い掛かってきていた。アランはパワードアームを構え、受け止めようとした。


「くっそッ……!!」

「アランさんっ!…キャァァッ!!」


 船が激しく揺れた。ネネカとアランは揺れに耐え切れず、床に手をついた。他の触手が槍のように尖り、船体を貫いていたのだ。そして、アランが前にしていた触手が船に覆い被さった途端、軋む音とともに船体に大きな亀裂が入り、船を2つに分けた。


「っ!!アランッ!!ネネカッ!!」

「アランさぁぁぁぁぁん!!」

「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 3人を乗せていた海賊船は残骸と化した。複数の触手が残った船体を叩き割り、跡形もなく海に沈める。それを遠くから見ていたレオと他の乗組員は、口を開けたまま黙っていた。そして、レオの口から言葉がこぼれ落ちる。


「………アラン…………ネネカ………………シルバさん…………」




“…………レオ君…………私を見て…………”




「………カレン……………どうして……………」




”………怖くて言えなかったけど………本当のこと……言うね………………“




「…………」




“……………私を…………殺してほしいの……………”




「…………カレン……」




“……レオ君…………あなたの手で…………………”




「……そんなのッ………そんなのッ……!!」


 レオは膝をつき、握り締めた両手を床に叩きつけた。


「そんなのできるワケないだろッ!!カレンッ!!」




“……………じゃあ……こうするしか………ないじゃない…………”




「っ!!回避だァッ!!攻撃が来るぞッ!!」


 船長は叫んだ。彼らの視線の先に浮かぶ魔物は、先ほど持ち去った長い帆柱を右手に握り、まるで槍を持つように構えたのだ。




“恨んでくれて構わない………むしろ……これを見て……私に向かってきて………”




 魔物が構えた帆柱は周囲の嵐を全て纏わせた。魔物の周りの波をさらに荒れ狂う。そして、この槍の構えを見たレオは、また1つ思い出した。これはカレンが得意としていた、槍を用いたスクリュー・ストレートだ。レオは大きく口を開いた。


「みんなッ!!伏せてッ!!」


 その瞬間、巨大な竜巻を纏った槍が船に向かって真っ直ぐ伸び、木片と乗組員を勢いよく吹き飛ばした。強風を受けた船体はいくつも亀裂が走り、大きく傾く。


「うわああああぁぁぁぁぁッッ!!」

「船長ォォォォォォォッ!!」

「がはァァァァァァァァアッッ!!」




”さぁ…見て………私は魔物なの………こんなにも人を——“




「やめろォ゛ォ゛ォ゛ォォォォォォォォッッ!!」


 レオは剣を抜き、力強く握り締めた。彼の中で強い葛藤が渦巻く。彼女はカレンなのか、魔物なのか。しかし、考える時間など残されてはいなかった。すると、海面から複数の触手が顔を出したため、レオは船から飛び降り、触手の上に着地した。


「……よくも………よくもッ……!!」


 彼は力強く足元を蹴り、魔物の方へと走り出した。


「よくもカレンの技を真似したなッ!!魔物がァァッ……!!」


 複数の触手は彼に襲い掛かることなく、ただ本体へと向かう橋となる。


「…カレンはッ………カレンは人殺しなんかしないッ…!!人のために戦う強い人だッ!!」


 彼の目は鋭かった。浮き上がる血管、しわが刻まれた眉間や頬。彼は必死だった。


「…お前を倒すッ!!僕がッ!!この手でッ!!カレンのためにぃッ!!」


 レオは足元を強く蹴って高く舞い上がった。そして魔物と、彼女の顔と目が合うと、空中で剣を構えた。


「“バードストライク”ッ!!」










“……………レオ君…………………ありがとう……………”




          “さようなら”
















 その後、レオ達4人は、船長と他の乗組員によって救助された。海へと沈んだ乗組員も皆無事だった。これは偶然だったのか、彼らの中に大きな傷を負った者はいなかったのだ。そして、船長に行き先を問われたレオは、ある場所へ連れて行って欲しいと答えた。






「やっぱり、静かな村ですね……」


 ネネカは小さく口を開いた。魔物を討伐してから偽りの夜空は消え、夕焼けの色になった。波は穏やかさを取り戻し、優しい風が頬を撫でる。船から降りたレオとアランとネネカは、オーリンの小さな村の前に立っていた。


「オーリンか。まぁ、ここに来ることになるだろうとは思ってたさ。……会いに行くんだろ?レオ。」

「………………うん。………でも、もし…会ってくれなかったら……」


 レオは下を向いた。そんな彼の顔を覗くようにして、ネネカはレオに声をかけた。


「大丈夫です。………きっと、話してくれます。良い子でしたから。」

「…………頼みがあるんだけど………一緒に…来てくれないかな………」


 すると、アランはレオの小さな背中を叩いた。


「ったく、しょうがねぇな。…分かった。でも、ついて行くだけだからな。」

「はい。もちろんです。…私も行きます。」

「………ありがとう。アラン、ネネカ。」


 3人は歩き出した。そして小さな家の前に立つと、レオは深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。


「…………よし。」


 レオは扉をノックした。しばらくすると、中から小さな足音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。


「………だぁれ…?……あ。」


 リィルと目が合った。彼女はまだ幼かった。純粋な瞳でレオを見上げる。レオは一瞬息を詰まらせたが、呼吸を整えて口を開いた。


「………リィル、久しぶり。………謝りに来たんだ。カレンの事について。」


 その言葉を聞いて、リィルは少しだけ驚いた。彼は話を続ける。


「………あの時は本当にごめん………悲しかったよね………」

「…………………ぅん……」

「……お願いがあって…………手紙って……まだ持ってる?………もう一度、読ませて欲しくて……」

「…………ちょっと…まってて。」


 するとリィルは扉を閉めた。扉越しに、棚を漁る音が聞こえる。しばらくして、扉がゆっくりと開いた。リィルの小さな手には、1枚の手紙があった。


「………これ……」

「…ありがとう。リィル。」


 レオは彼女から手紙を受け取り、読み始めた。



〈——レオ君へ

 口では恥ずかしくて上手く話せないから手紙にするね。学校でも何回か話した事あったけど、またこの世界でも一緒に話せて嬉しかったよ。レオ君はいつも一生懸命で、仲間思いで、優しくて。ちょっと鈍感なんじゃないかなって思うトコロもあるけど、それもレオ君らしいなって思ってる。パーニズに行けば私の病気は治せるって安心させてくれたけど、重い病気なんだろうなって正直勘付いてた。別にレオ君が悪いってわけじゃないよ。むしろ感謝してる。この先、もしも私に何かあっても、どうか自分を責めないでほしい。だってレオ君は私を助けてくれたんだもん。私、この村に来て最初に会えた仲間がレオ君で本当に良かったって思ってるよ。正直、病気は怖いけど、レオ君がそばに居てくれるから頑張れるよ。本当にありがとう。リィルやみんなによろしくね。リィルなんて特に寂しがると思うから、また会えた時は思いっきり抱きしめてあげてね。

——カレンより〉



「……リィル………寂しかった………よね……」


 レオの言葉に、リィルは小さく頷いた。


「………うん……レオにぃも…お姉ちゃんもいなくなって………わたし……わ゛たしっ……ひとりぼっちでっ………うぅぅっ……」


 レオはそんな彼女を強く抱きしめた。


「ごめんね…リィル。……僕………カレンを………守れなかったっ……」

「ううん………わたし……分かるよっ……レオにぃが……お姉ちゃん助けるために……がんばってたって………それなのに………わたし……レオにぃに………大っ嫌いって………っ!大っ嫌いって言っちゃったぁっ……!………ごめんなさい…っ……ごめんなさい………っ!」

「……いいよ……リィルは悪くないよ……カレンがいつも言ってた………リィルは良い子だって。……寂しい思いさせてごめんね……」


 リィルはレオの胸の中で泣いた。それを抱きしめるレオも泣いた。

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