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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
183/206

オキザリスのブローチ

「ネネカ、ネネカッ!しっかりして!!」


 その声を聞き、ネネカは目を開けた。そこにいたのはコルトだった。


「………あれ、私………」

「よかった………みんな無事だね………」


 仰向けに倒れていたネネカは、ゆっくりと立ち上がった。辺りを見渡すと、横たわる巨大な陰とその横に立つステンノー、そして大の字で倒れるシェウトが居た。


「シェウトさんっ!」

「あぁっ、ネネカっ!シェウトはッ——」


 ネネカは倒れるシェウトの方へ飛び出し、彼の前で膝をついた。そして、回復魔法による治癒のために、彼の体に手を置いたその時だった。


「ィッててててェッ………!!」

「っ!!ごっ、ごめんなさいッ!」


 ネネカは手を離し、頭を下げた。コルトは彼女に歩み寄る。


「一時的な筋繊維の弱体化だよ。回復魔法は意味ないから、今はそっとしてあげて。」

「……は…はい。…………あの…この状況、魔物は倒した…という事であってます…?」

「………まぁ、それに近しい感じ……かな……」


 コルトはそう口を開くと、横たわる巨大な陰とその横に立つステンノーの方を見た。ネネカも同様に目を向ける。仰向けに倒れる魔物の顔を見つめるステンノーは、どこか嬉しいようで、またどこか悲しいような顔をしていた。2人は彼女に歩み寄る。


「………女王様……ネネカが目を覚しました。」

「…………そうか。」


 ステンノーは2人に振り向くことなく、静かにそう言った。そしてネネカは彼女の悲惨な両腕を見て、咄嗟に手を当てた。


「“リフレッシュ”っ!大丈夫ですかっ!?」

「…………あぁ、問題ない。」


 右腕の骨は元に戻り、左手の傷口は塞がった。しかし、彼女はやはり振り向かない。彼女が複雑な表情で見つめる先を、ネネカは気になって目を向けた。


「………っ!」


 巨大な陰の魔物が付けていた仮面、その奥に隠されていた顔を見て、ネネカは口を押さえて驚いた。すると、ようやくステンノーが2人に顔を向けた。


「……私の妹、エウリュアレだ。」


 漆黒の体に包まれたその顔は、幼く、優しく、安らかだった。ネネカは思わず問いかけた。


「………どういう……ことです……?」

「……多分、とても残酷な話になるよ……」


 彼女にそう答えたのはコルトだった。彼は続けて口を開く。


「…声を聞いたんだ。…死人の声ってやつかな。それも、エウリュアレさんの。……女王様の妹さん…エウリュアレさんと、彼女を連れ去った仮面の男、ダークフェイクという魔物、そして僕らと同じ生徒の誰か………これらを融合させてできたのがこの魔物だよ。」

「………そんな………じゃあ、私たちは……エウリュアレさんを……」


 肩を落とすネネカ。ステンノーはそんな彼女の背に手を置いた。


「……いや、良いんだ。気にすることはない。……私も、しっかり別れは言ったからな。」

「………エウリュアレさんは、仮面の男に連れ去られた後、妹のメドゥーサさんに見放されたどころか組織に酷い扱いをされ、女王様の名前をいつも叫んでいたそうです。……助けて……と。その後、彼女は自らの舌を噛みちぎり……」


 コルトのその話を聞いて、ステンノーは安らかに眠るエウリュアレの頬を優しく撫でた。彼は続けて話す。


「………女王様以外の僕らに自殺を促す幻覚を見せたのは、一緒に死んでくれる人が欲しかったから……だそうです。……確かに、僕たちへの攻撃にはそれ以外の者の意思は含まれていましたが、少なくとも彼女は、女王様に会うためだけに僕たちをこの洋館に連れ去ったそうです。」

「………そうか………そうだったのか…………」


 エウリュアレの頬に雫が落ちた。見ると、ステンノーは優しい顔で涙を流していた。


「…怖かったよね………寂しかったよね………つらかったよね………ごめんね………そばに居てやれなくて………ごめんね………ごめんね………………」


 彼女の手には、オキザリスのブローチが握られていた。











 太陽が少しずつ顔を出し、シェウトが動けるようになると、4人はペガサスに乗ってローアへ戻った。要塞都市上空から遠くに見えるパーニズ、その北に浮く禍々しい色の渦、そこに真っ直ぐ伸びる光の階段は渦にかなり近付いていた。


「女王様だぁぁぁぁッ!!女王様がお戻りになったぞぉぉぉッ!!」

「女王様ァァッ!!」

「女王陛下ァァァッ!!」


 その後、ローアの要塞都市では彼女らの成果が大いに讃えられた。それもそのはず、女王の妹をめぐる事件は何年も未解決のままで、国が抱える深刻な問題だったからだ。女王の2人の妹が誘拐された事で造られた壁だが、今後もその防衛力を誇りにすべきと、都市の壁は残された。壁に囲まれたままではあるものの、女王ステンノーはネネカ達の働きに信頼を覚え、以前よりは他国への受け入れを認めるようになった。4人の帰還後、都市では祝宴会が開かれたわけだが、ネネカとコルトとシェウトは参加することなく天界へと戻った。






「……っとまぁ、パーティーに参加することなく?メシは天界で済ませようと?まったく、天界を食堂か何かと間違えてはおらんかお前たち。」

「……いや、ただパーティーって気分じゃなくて……」


 呆れた顔の亀神に、シェウトはそう口を開いた。天界を包む黄金色の雲海が静かに流れる。


「お疲れ。ネネカ、コルト、シェウト。」


 3人に声をかけたのはアランだった。その横にはレオが静かに立っている。


「みんな無事で何よりだよ。ゆっくり休んで!」


 ココを抱き抱えるマリスが、3人に笑顔を見せた。ネネカ達は疲れ果てた顔で彼女に頷く。すると、その背後から何やら見覚えのある人陰が現れた。


「よぉ!元気だったかお前らぁ!」

「っ!!エレナス兵長っ!!それに、他のギルドの皆さんっ!!」


 そこに立っていたのは、エレナスとエルドとクレアとリュオンだった。


「ご無沙汰しております。御三方の帰還を心からお待ちしておりました。」

「やっほ〜っ!久しぶり〜!」


 エルドは丁寧に頭を下げ、クレアは大きく手を振っていた。ネネカは彼らに問いかける。


「皆さん、どうしてここに?」

「現状の確認だ。」


 タバコを咥えるリュオンがそう口を開いた。


「闇の渦に続く階段は見たか?お前らが秘宝を集めている間、俺たちも秘宝を集めていたんだ。7つもな。感謝しろよ。」

「…そうだったんですか……皆さんっありがとうございますっ!」


 ネネカは深々と頭を下げた。しかしリュオンは彼女を見ることなく、煙を吐いて亀神に話しかけた。


「もうすぐ階段はダークネスに繋がる。今何段だ?」

「………神聖な場所で喫煙とはなんちゅう無礼なヤツじゃ……、今か?そじゃのぉ……1、2、3……106段じゃ。」

「ほう、そうか。」


 リュオンはそう言うと、タバコを落とし、踏みつけた。


「おいこらテメェ!ワシの宮殿ぞ!!下界で捨てんか!!」

「あぁっ!!すみません亀神様っ!!しっかり処分しますのでっ!!」


 ライラが急いで吸い殻を拾い、リュオンを睨みつけた。亀神はまた呆れた顔で口を開く。


「まったく……エレナスとリュオンは違うドグマであるから特別に天界に招き入れたというのに………何が『感謝しろよ』じゃ、まずお前がワシに感謝せぇ。……ホンマ腹立つわぁ。」

「まぁ、今日のところはメシでも囲んで話しましょうよ亀神さん。久々に彼らの顔見れた事ですし。」


 エレナスのその言葉で、その場は丸くおさまった。そして彼らはそれぞれの冒険の話を語り合いながら1日を過ごした。

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