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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
182/206

幸運のクローバーを探すように

 暗く静まり返る聖堂には2つの陰が立つ。ステンノーは光の剣クラウ・ソラスを力強く握り締め、立ちはだかる魔物の仮面を睨んだ。対して魔物は両腕を大きく広げ、じわじわと迫り来る。それは大きな影がゆっくりと覆い被さるように。


「っ!!」


 ステンノーは魔物目掛けて勢いよく飛び出した。魔物は鋭い目を向ける彼女の前で右手を広げ、無数の真紅の針を放つ。


「“ミチェーリスラッシュ”!!」


 ステンノーは複数回、光の剣を振った。正面から降り注ぐ血の色の雨が次々と斬り刻まれていく。しかし、鋭い雨は止まない。次第に血の色の雨が勢いを増し、刃では間に合わなくなった。


「……やるっ!!」


 ステンノーは剣を握る手の甲を魔物に見せ、そこから光の盾を出した。赤い針が次々と弾かれる。同時に、彼女の右腕には芯に響くほどの負荷がかかった。受け止める角度を誤れば骨が折れそうだ。


「っ……!…………この程度の攻撃でッ……屈する私ではないわァ!!」


 彼女はもう一度床を強く蹴り、魔物との距離を一気に詰めた。近づくにつれ、雨の威力は増す。そして、魔物の右手を目の前にして剣を握り直したその時だった。彼女の右腕から鈍い音が響き、その激痛に歯を食いしばった。一瞬の油断で光の盾が消える。


「……まずぃッ…」


 鋭い雨が1本、目の前まで迫ってきた。しかし、折れた右腕は剣を握り締めたまま垂れ下がる。咄嗟に彼女は左手を広げて前に伸ばした。


「“ミラージュクリーチ”ッ!!」


 彼女はそう口を開いた。無意識に伸ばした左手を真紅の針が貫通し、目に刺さる直前に彼女の姿は雪煙となった。そして残像を残した彼女は左にまわり、体を回すと同時に折れた右腕を無理矢理振り上げた。


「はぁぁぁぁぁ゛あ゛ア゛ア゛ア゛!!」


 鞭打つように振られた右腕の剣が、魔物の大きな右腕を斬り落とした。しかし、空中を舞う彼女は隙だらけだった。魔物は彼女に振り向き、左手から禍々しい色の波動を放つ。ステンノーは波動に呑まれた。


「ぅああ゛アア゛ア゛あアああ゛ア゛アァァ!!」


 その威力に彼女は勢いよく吹き飛ばされ、壁に背中を強く打ちつけた。


「ッ!!がはッ!!」


 そして彼女は落下し、体を床に打ちつけた。捻られた右腕に激痛がはしり、剣を落とす。左手からは熱く赤いものが流れ出る。床が冷たい。


「…………ッ……」


 体が重い。先ほどまで着こなしていたドレスアーマーが重い。意識が遠退く。















“…………ぇさま……”






「——っ!」


 聞き覚えのある声だ。幼く、優しい声が聞こえる。






“…………ぉねぇさま………”







“…………ステンノーおねぇさま…”






「………………エウリュ……アレ………」






“…………こっちだよ………わたしは………ここにいるよ………”






「…………エウリュアレ………エウリュアレ……なのか…………」






”………………うん……………“






「……………………そう……か。……生きて———」






“………………ううん…………”






「…っ!………………エウリュアレ………では……やはり……私は………遅かった………のか………」






“…………ううん………ちがうよ………おねぇさま…”






「………………っ!………すまない………っ!」






“……………ちがうの……おねぇさま……………”






「………違うものかっ…!……あの時……私が2人を追いかけていれば……っ!!」






“……………ちがうのに……………”






「本当にすまなかったァッ!!………私は…………長女なのにッ…………あなたの………お姉様(・・・)なのにッ……………あなたを…手放してしまったァッ!!」






“……………おねぇさま…………”






「………できることならッ…………あの時に戻りたいッ!!………………またっ……2人の妹の顔を見たいっ……!!………2人の妹にッ……………お姉様って!!…………………お姉様…って…………呼ばれたい…………」






“…………こっちだよ………おねぇさま……”






「っ!!」


 ステンノーは顔をあげた。そこには、幼き日の妹、エウリュアレが1人立っていた。






”……………こっち………きて…………“






「…………そこに………行けば良いのか…………」






”…………こっち………………こっち……………“






「……………そこに行けば………また…………あの時のように……………」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と歩き始めた。体が軽い。心に曇りなどない。やさしく浮き上がるこの感覚はとても気持ちがよかった。何より、目の前には誰よりも愛していた妹がいる。そして、ステンノーはエウリュアレの前に立つと、膝をつき、小さな彼女を強く抱きしめた。


「…………エウリュアレっ!!……すまないっ!!……本当にっ………すまなかったっ!!……私はッ………ずっと……何年も…何年も…………こうしたかったんだッ!!……あなたさえ居ればっ……私はもう何も……………っ!!」






“……おねぇさま…………あったかい…………”






「…………あぁ………そうだな……っ………」


 ステンノーはそのまま眠りにつくように瞼を閉じた。その目からは雫が落ちていき、頬を濡らす。しかし彼女は、その瞼の裏で1つの小さな光を見た。


「…………………。」


 その光は形を変え、クラウ・ソラスとなった。


「…………………………………。」


 そしてその光の奥に映るのは、要塞都市の人々と、その笑顔。


「………………………………………………。」


 ステンノーは目を開き、立ち上がった。


「………………………すまない、エウリュアレ………」


“…………おねぇさま………?”


「……私には、まだやる事があるんだ。………いつまでもこうしていたかったが、そうもいかないみたいだ。」


“…………………そっか……”


「…………分かってくれるな。あなたは、いい子だから。……私が胸を張って言える、私の自慢の妹だから。」


“…………うん………………じゃあわたし………おねぇさまを…まもるね………”


「…………よろしく頼む。」


“…………わたし………まってるから………いつまでも…………まどからみえる…おそとにさく………たくさんのはなに………かこまれて…………まってるから…………わたしを………さがして………”






「———っ!!」


 ステンノーは目を開いた。彼女の目の前には、魔物の杭のような腕が襲い掛かって来ていた。


「“ミラージュクリーチ”ッ!!」


 彼女は咄嗟の判断で雪煙の残像をその場に残し、素早く引き下がった。魔物の左腕が大きな音を立てて床に刺さる。ステンノーは右腕を垂れ下げ、左手から落ちる赤い雫で床を染め、その激痛を思い出した。


「ぅ!!…お゛お゛ぉぁぁア゛ッ…!!」


 危なかった。あと少し幻から帰ってくるのが遅ければ、あの腕に胴体を潰されていた。しかし、その安心もその時だけの一瞬のものである。垂れ下がる右手には剣がない。足元を見ると、輝きを放つクラウ・ソラスが落ちていた。


「…ッ…………両手が使えない………………それが何だと言うのだッ…!!」


 彼女は剣を蹴り上げ、柄を噛み締めた。


「……ふ……ググ……ッ…」


 ステンノーは巨大な魔物を睨みつけた。魔物は斬り落としたはずの右腕をこちらに向けている。ここで彼女はある事に気が付き、遠くの壁を見た。


(………あれから、何分経った…………。アラートの蘇生可能時間は………もう過ぎてしまったか………)


 彼女の視線の先に、動かぬシェウトの姿が———




———無い。


(……っ!?)


 その時、目にも留まらぬ速さの何かが、ステンノーに向けられた右腕をあらゆる方向に次々と折り曲げた。


(…何だッ……何が起こっているッ!?)


「ソラァ゛ァ゛ァァッ!!」


 その瞬間、魔物の仮面に重い蹴りが入り、ヒビを刻んだ。魔物が怯む。そこにいたのはシェウトだった。彼は再び仮面を蹴り、物凄い速さでステンノーの横に着地した。


「……………。」

「……どうやら、影を置き去りにするほどの速さなら、ヤツは対応できないようですね。」


 ステンノーの中で様々な事に理解が追いついていなかった。クラウ・ソラス以外の攻撃があの魔物に通用した、影を置き去りにするほどの速さとは、彼は死んでいたのではないのか。彼女は剣を咥えたまま、驚いた顔をシェウトに見せる。彼は続けて口を開いた。


「……何で生きてるのかって顔してますね。奥の手ですよ。獣人族の師匠が教えてくれた死んだふり(・・・・・)ってヤツです。まぁ、死ぬ寸前だったのは事実ですが。」


 前に立つ魔物が体勢を立て直した。右腕の形も次第に戻る。だが、仮面のヒビは残ったままだ。


「あと、耳にした事ありませんか?…人間の特殊能力。死を目前にした時や死を覚悟した時、発動する力………」

「……………。」

「俺の能力は、能力使用後の筋繊維の弱体化と引き換えに、一時的に光の速さを超える…………“刹那”!!」


 シェウトは再び魔物の方へ飛び掛かった。彼は一瞬で姿を消し、魔物の大きな体に蹴りを入れた。敵を攻撃しては壁を蹴って飛び込み、また敵に重い蹴りを入れる。彼は何度も繰り返した。


「……………。」


 そして、ステンノーはある事に気が付いた。魔物の仮面にヒビが入った時、上のステンドグラスが1枚、音を立ててヒビ割れたのだ。彼女は考えた。あの陰の魔物はどれほど攻撃を与えても再生する。しかし、仮面に与えた攻撃だけは残っている。そして彼女は再び上を見た。仮面と同時にヒビ割れた1枚のステンドグラスには、色とりどりの花が描かれており、その中に少女の姿が見える。


(……終わらせるッ………終わらせてやるぞッ!!)

「ゥググッ…!!」


 ステンノーは力強く床を蹴り、勢いよく飛び出した。狙うは上のステンドグラスに描かれた少女だ。そんな彼女に気が付いた魔物は、左腕を鋭い杭のようにして彼女に伸ばした。


「“アースモーク”っ!」


 急に噴き出た煙幕がステンノーを隠し、魔物は翻弄された。その煙幕を出したのはコルトだ。そして、走るステンノーの前にシェウトが現れ、彼は力強く踵を床に落とした。


「”破岩壁“ッ!!」


 勢いよく上がる床に足をつけたステンノーは高く舞い上がり、煙幕を抜けた。彼女の目の前には花と少女のステンドグラス。彼女はクラウ・ソラスの柄を強く噛み締め、首を振った。


「ゥガァァァァァ゛ァ゛ア゛!!!」


 ステンドグラスは大きな音を立てて割れ、魔物は仮面を砕かれて仰向けに倒れた。

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