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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
181/206

彼岸花の影

 4人は武器を構えた。仮面をつけた陰の魔物は大きく手を広げ、4人を見下ろす。すると魔物は大きな右腕を4人目掛けて勢いよく伸ばした。


「回避っ!!」


 ステンノーの声で、4人は散開して攻撃を避けた。黒く大きな腕は床に突き刺さり、暗い聖堂を揺らした。


「鈍いッ!!“真空罅割脚(しんくうかかつきゃく)”ッ!!」


 シェウトは地面を強く蹴り、床に刺さった腕の方へ飛び掛かった。そして右脚を振り上げ、空気とともに腕を切断した。そのはずだった。彼の脚に命中の感触は無く、そのまま腕をすり抜けた。


「なっ……!?」


 魔物は無防備な姿勢で宙を舞うシェウトに、左腕を伸ばした。


「“ウォールファントム”っ!」


 ネネカはシェウトを囲む光の壁を出した。しかし、大きな左腕は光の壁をすり抜け、シェウトに襲い掛かる。


「………!そんなっ!?」

「っ!!Ms.クナシア!!解除だッ!!」

「——っ!!」


 ステンノーはネネカにそう言うと、シェウトの方へ飛び込んだ。ネネカは光の壁を消し、コルトは黒い左腕に杖を向けた。


「“ウィンドチャクラム”!!」


 杖から放たれた鋭い風の輪は、左腕をすり抜けた。そして——


「……ッ……く!!」


 シェウトの前に立ったステンノーが、大きな杭のような腕を光の剣クラウ・ソラスで受け止めた。正確に言えば、ステンノーが剣を握る右手の甲から、盾の形をした光が放たれていたのだ。


「Mr.アラートっ、怪我は無いなっ!」

「っ…すみません。」


 すると、ステンノーは魔物の大きな腕を受け止めた状態で左手をシェウトの肩に置き、口を開いた。


「“ミラージュクリーチ”。」


 2人は雪煙の残像をその場に残し、ネネカの隣に突如として現れた。


「シェウトさんっ!女王様っ!大丈夫ですかっ?」

「…問題ない。……………手強いな。」


 ステンノーは再び魔物に剣を向けた。魔物の左腕を受け止めていた雪煙は散り、左腕も床に突き刺さる。そして魔物は右腕を床から引き抜き、その手を広げて3人の方に向けた。


「…何か来るッ!!」

「今度こそっ…“ウォールファントム”っ!」


 ネネカが目の前に光の壁を出したと同時に、魔物の大きな右手から巨大な闇の波動が放たれた。その色は禍々しく、耳を塞ぎたくなるほどの爆破音を伴う。そしてその波動は光の壁をまたしてもすり抜け、3人の目の前まで迫った。


「……っ!どうしてっ!?」

「“プィスヴィーストァ”!!」


 ステンノーはクラウ・ソラスを複数回振り回し、目の前の闇の波動を斬り刻んだ。その斬撃の勢いは闇の波動を伝って、波動を放つ右腕をも斬り刻む。


「“スラストカノン”ッ!!」


 そして彼女が剣を前に突き出すと、剣の先から真っ直ぐな光線が放たれ、斬り刻んだ波動や右腕を吹き飛ばした。先ほどからのステンノーの瞬発力、判断力、そして破壊力に3人は目を大きく開いて驚く。


「……………強い……」


 するとコルトを除く3人目掛けて、魔物の左腕が横から襲い掛かってきた。シェウトは2人の前に立ち、床に踵を振り下ろした。


「“破岩壁”ッ!!」


 すると目の前の床が高く上がって壁をつくり、敵の攻撃を防いだ。ステンノーが彼に口を開く。


「いい判断だ。………これで分かったことがある。一旦退くぞ。」

「ぇ……ぁ、はいっ。」

「“ミラージュクリーチ”。」


 ステンノーはネネカとシェウトの肩に手を置くと、雪煙の残像をその場に残し、遠くの影に隠れていたコルトの元に姿を表した。


「……よし、みんな無事だな。」


 4人は並ぶ椅子の裏で身を隠した。魔物は彼らを見失い、辺りを見回している。ステンノーは続けて口を開いた。


「簡単に話すとだな、ヤツは私にしか倒せない。…やり方によっては、お前もだがな。Mr.アラート。」

「………どういうことです?」


 シェウトは小さい声で彼女に問いかけた。


「Mr.アラートの物理攻撃、Ms.クナシアの防御壁、Mr.ルティエンスの攻撃魔法。これら全てはヤツに通用しなかった。だが、このクラウ・ソラスの攻撃はヤツに通った。その理由は、この剣がクラウ・ソラスであるから…としか言えない。」

「……では、やり方によってはシェウトさんも倒せる……というのは?」


 次にネネカが問いかけた。すると、ステンノーは椅子の影から少しだけ顔を出し、魔物が立つ方向を見て口を開いた。


「あの防御壁となった床、あれはヤツの攻撃を防ぐ事ができた。なぜならあの壁は魔法でできたものではなく、元々床だったからだ。……Mr.アラート、あれのような地形を利用した技は他にあるか?」

「………土竜起こしと、岩落蹴鞠と、蟻地獄があります。」

「…そうか。十分だ。……あぁ、十分過ぎるくらいに十分だ。」


 シェウトの言葉を聞き、ステンノーは口角を少しだけ上げた。だが、その表情は一瞬にして豹変した。目を大きく開き、歯を食いしばっている。ネネカとシェウトも椅子の影から少しだけ顔を出した。


「……どうしてっ!?」

「………マジかよ……」


 2人も同様に驚いた。視線の先に立つ魔物の右腕が完治していたのだ。


「……なるほど…Mr.アラートの蹴りは通っていたんだ。空間ごと切り裂いているからな。……だが、その傷も一瞬で治した。つまり……どちらにせよヤツには通用しない………。それは、私のこのクラウ・ソラスでも……」

「………じゃあ…どうすれば……」


 シェウトはそう吐き捨て、ステンノーは剣を握り締める。そして、彼らは今になって気づいた。コルトについてだ。見ると彼は影の中で(うずくま)って震えていた。


「どうしましたっ?コルトさんっ!」

「……おいコルトっ!しっかりしろっ!!」

「…………が…っ………るんだ…………っ…」


 震える彼の声が小さくて聞こえない。


「…な…なんだって?」


 シェウトはもう一度問いかける。するとコルトはゆっくりと顔をあげて口を開いた。


「………声が……聞こえるんだよ…………」

「……………声………まさかっ、死者の声っ!?」


 死者の声、確かに彼に聞こえてもおかしくはなかった。なぜなら彼は死を経験しているからだ。だが、霊や怪異の括りが苦手な彼にとって、その現象は苦痛そのものだった。


「……聞きたくないっ……やめて………っ、耳を塞いでも聞こえるッ………うわあ゛ぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 彼の悲鳴は暗い聖堂内に響き、不気味な仮面は4人の方を向いた。


「っ!!来るぞっ!!」


 仮面を付けた巨大な魔物は、左手を広げて4人に向けた。そして、その手からは無数の赤い針が放たれる。シェウトはコルトを担いでその場を離れ、ステンノーは迫り来る無数の針に右手の甲を見せて光の盾を出した。その背後にはネネカがいる。


「……っく!!」


 光の盾に赤い針が弾かれる。ステンノーにとってこの攻撃は忌まわしき過去の一部であった。後ろには守るべき仲間、ネネカがいる。床に落ちる赤い針を見つめ、彼女はますます魔物への殺意が湧き上がった。


「まともに受けると思ったかッ!!あの時とは違うぞッ!!」


 ステンノーは最後の1本を斬り払い、振り返った。


「動けるな、Ms.クナシ——」


 そこにネネカは居なかった。慌てて彼女を探す。居ない。


「たっ……助け……て…ッ!!」

「ッ…!!クナシア!!」


 ステンノーは彼女の声に振り向いた。ネネカは魔物の大きな右手に握られていた。


「…!?何があったっ…!!…いつ!?………いや、そんな事はどうでも良いッ!!クナシアッ!!」


 ステンノーは床を強く蹴り、魔物の方へ飛び掛かった。剣を強く握り締め、刃を強く光らせる。


「“スラストカノン”!!」


 彼女は剣を突き出し、剣の先から鋭い光線を放った。しかし、そこに魔物の姿はなかった。


「何ッ!?…ぅぐっ!!」


 魔物の巨大な拳がステンノーの左から現れ、彼女を殴り飛ばした。彼女は壁に体を叩きつけられ、床に落ちた。


「女王様っ!!チィッ………コルト!!しっかりしろ!!まずい事になってんぞ!!」

「……違うんだ……違うんだよぉ………だから……許して……」


 シェウトに担がれたコルトは、耳を塞いでそう呟いていた。


「いつまでも死人に耳貸してんじゃねぇッ!!」


 すると仮面を付けた魔物の左手が、2人の方に向けられた。そして、その手からは先ほどのような禍々しく巨大な波動が爆発音とともに放たれた。シェウトはコルトを担いでいたため、素早く動けない。


「っ!!まずい!!」


 咄嗟にシェウトはコルトを蹴り飛ばし、自分だけ闇の波動に呑まれた。


「ぅ…っ!!がぁぁ゛ァァ゛あァぁア゛あァァッ!!」












「………………っ」


 意識が朦朧とする。体中が痛い。額からは血が流れる。歯を食いしばり、ゆっくりと顔を上げたステンノーは、不気味な光景を目にした。


「………クナ…………シ……ア………」


 魔物の右手の中で動かないネネカが、ステンドグラスに押し付けられている。そして彼女は一瞬にして、色鮮やかなステンドグラスの柄の一部となった。


「……何が……起きてる……ッ…!!」


 重い首を左右に曲げ、辺りをゆっくりと見回す。部屋の端に倒れたコルト、壁に寄りかかって動かないシェウト。よく見ると、彼の首には強く締めた痕があった。


「………なるほど……………絶体絶命…………と、いうことか………」


 ステンノーはそう口にすると、目の前に落ちていたクラウ・ソラスを拾っては握り締め、ゆっくりと立ち上がった。


「…………Mr.コルトは気絶……Mr.アラートは恐らく死んだ………首を締めた痕がまだ残っているということは死んだのはついさっき。……蘇生不可までまだ時間があると見た。……そして、それを蘇生するためにはMs.クナシア、彼女を助けなければならない。そのためには………」


 ステンノーは鋭い目で黒く巨大な陰を捉えた。陰も仮面を彼女に向ける。


「…………来い。すぐに方を付けてやるぞバケモノ。貴様の仮面を斬り剥がし、その(つら)、その首を壁内の民に晒してやる。……逝き面を用意しておけ。(とき)は長くないぞ。」

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