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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
179/206

夜の向日葵

「ッ、開かねぇ………。そっちはどうだ?」


 窓から差し込む月の光だけを頼りに、暗い建物の中を歩きまわるシェウトとネネカ。複数ある扉の取手を引いていくが、どこも固く閉ざされている。


「……ここもダメです。」


 書庫から出て、中心に大きな階段があるエントランスのような場所に来たものの、出入り口どころか1階の扉は全て開かない。ネネカは辺りを見回した。大きな洋館であることは確かだが、棺桶が並んだあの地下室の存在が謎だった。また、その部屋が書庫の端に隠されるようにあった事がまた奇妙だ。


「ったく、どこなんだここは。コルトも女王さんもどこに行ったのやら……」

「…そういえば、シェウトさんはなぜここに?私は…怖い夢のようなものを見て、気が付いたら…」


 ネネカの問いかけにシェウトは振り向いた。


「…同じだ。変な幻覚に襲われて、目が覚めたらあの部屋に。」


 シェウトはそう口を開いて、2階の右端の扉を指差した。ネネカはその扉を見つめる。


「……どんな部屋でした…?」

「あぁ、やたらデカい絵画がある部屋だった。目が覚めたら、その絵画の目の前の椅子に座ってたんだ。…またその絵画が不気味でな、描かれた人の顔が全部こっち向いてんだ。」


 想像するだけで背筋が凍った。この洋館は何かがおかしい。ますますこの洋館が謎に包まれていった。


「………そう…ですか。………2人を早く探しましょう。」

「………だな。あの2人はこの洋館のどこかにいるはずだ。敵は、俺たちをこの洋館に閉じ込めて何かをしようとしている。」


 2人は真ん中の大きな階段を上った。さきほどの2人の会話の中で、シェウトはいくつか口に出さなかった事があった。それは、部屋にあったのが大きな絵画と椅子だけではなく、ナイフが落ちていたという事だ。彼は何を思ったのか、絵画を見つめながらナイフを手に取り、自身の首を掻っ切ろうとした。だが彼は、現実の世界で待つ親の事を思い出したすぐにナイフを投げ捨て、部屋を逃げるように出たのだ。そして、彼が見落としていた事もあった。それは、絵画に描かれていた人々は皆、向日葵(ひまわり)を持っており、人々の顔は元々シェウトの方など向いていなかったという事だ。


「………さて、どこから試す?」


 階段を上り2階に立つと、シェウトは複数の扉を見ながら腕を組んだ。


「……では正面の扉を後にして、シェウトさんがいた部屋の隣から順に……」

「……だな。小さい部屋から潰していこう。」


 2人は右へ歩き、扉の前に立った。そして、取手を引く。開かない。


「……ダメか。次だ。」


 シェウトは取手から手を離し、1つ左の扉を開こうとした。その時だった。左端の部屋から、何かが倒れる音がした。洋館全体が静かだったため、その音はエントランスに響いた。2人は足早にその部屋の方へ向かった。


「この部屋ですよね………」

「………あぁ。」


 2人は扉の前に立った。中から少しだけ音がする。ネネカは扉に耳をあてた。布が擦れる音、上からは軋む音、暴れているのだろうか。しかし、床からは音がしない。床に足がついていないのか。しばらくすると、その音は消えた。


「………これは………まさかっ!!」

「っ、どうしたネネカ。」


 彼女の中で嫌な予感が駆け巡る。ネネカは扉の取手を握り、力強く引いた。開いた。そして2人は衝撃の光景を目にしたのだ。


「っ………!!」

「これはッ………!!」


 宙に浮く1人の陰。正確には天井に吊るされたロープで首を締めて静かに揺れている状態だ。その足元には倒れた椅子。そして、見覚えのある尖った帽子。


「コルトさんっ!!」

「コルトぉぉぉッ!!」


 返事はない。窓から差し込む薄い月明かりに照らされたその陰は、まさにコルトであった。シェウトは床を強く蹴って跳び、ロープに向かって右脚を振った。


「“真空罅割脚(しんくうかかつきゃく)”ッ!!」


 振り切った脚が空気とロープを斬り裂き、コルトを落とした。


「“ガードファントム”っ!」


 ネネカは落下するコルトの体に光の盾を与え、衝撃を抑えた。床に横たわるコルト。石になったかのように動かない。HPは0を示していた。そして、ネネカの視界にだけ、横たわる彼のそばに2分のカウントダウンが見えた。


「……し……死んで……」

「大丈夫ですっ!まだ間に合いますっ!」


 ネネカはコルトの前で膝をつき、両手をあてた。


「“リバイブ”………」


 コルトの体を癒しの光が包み込む。すると、彼は眠ったままだが呼吸を取り戻した。


「………蘇生……しました。これでなんとか。」

「…そうか、良かった。……頼りになるな。」


 シェウトは彼女に微笑み、コルトの帽子を拾った。部屋はまた静まり返る。ネネカは、もう1人と合流できた事に安心していた。だが、目の前に横たわる“状況”について、考えずにはいられなかった。


「コルトさんも……自殺を…………」

「……ネネカもそうだったのか?」


 シェウトの言葉に、ネネカは小さく頷いた。


「………何を思ったのか、急に……死にたいって感じて……自分の手で首を締めました。」

「………そうか。」


 シェウトの口から出た言葉はそれだけだった。彼自身の自殺については、彼女には話さなかった。


「……やはり敵は、私たちをこの洋館の各部屋に連れ込むだけでなく、自殺させる能力をもっているのでしょうか………」

「多分そうだな。だが能力としては強すぎる。なにか発動条件がないと、俺たちに勝ち目はないぞ。」


 そして他に敵の能力をあげるならば幻覚と不気味に微笑む人陰だ。未だ恐怖が体から出ていかないのは部屋が暗いせいか、敵の存在がはっきりと分からないからか。ネネカは静かに立ち上がり、窓の前に立った。


「……あとは、女王様だけですね。コルトさんが目を覚ましたら部屋を出ましょう。」

「……そうだな。」


 優しく光る星々、見下ろせば花園が広がっている。この時、彼女はふと疑問に思った。なぜシェウトは書庫で助けてくれたのか。仲間を助けるという点では当然だがそうではない。シェウトは2階右端の部屋に居たと言った。ネネカが居たのは1階左端の扉の先の書庫だ。


「…………」


 先ほど2人で1階全ての扉を調べた。その後2階の扉を調べて今に至る。つまりシェウトは、部屋を出たすぐネネカが居た書庫の方へ向かったという事になる。大声で助けを求めたからか。それで解決できればこんな疑問は抱かない。書庫とエントランスまでは距離があった。


「…………」


 それに思い返してみれば、取手を引いた全ての扉に鍵穴のようなものは見当たらなかった。なぜ開かなかったのか。この都合の良さと悪さが何かを表しているように思えた。そもそも窓から差し込む月明かりもどこかおかしい。書庫で見た窓からも、エントランスで見た窓からも、この窓からも星空と花園が見えた。建物の影が無かったのだ。







 ———影がない。







「…………」


 花園に誰かが立っている。こちらに大きく手を振っている。その姿はシェウトだった。


「……っ!!」


 ネネカは咄嗟に振り返った。そこに立っていたのは、シェウトでもコルトでもなく、書庫で追いかけてきた不気味に微笑む人陰だった。


「キャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァァァァッッッ!!!」

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